42.再会
見習い騎士は下働き、雑用係専任と言っても良い。だからして率先して荷物運びなどに従事しなければならない。例えこの派遣団の真の目的、その仕事を担っているからと言って免除されるような物では無い。ましてやマクシミリアンの任務は極秘扱いなのだから、誰に説明できるものではない。
あっという間に決定した派遣団の編成―――まるでこんな事態を予測していたかのように。
いや。
マクシミリアンは頭を振った。きっとカーの中ではあれもこれも決定事項だったのだろう。振り返ってみると、思わせぶりな彼の行動の理由が……浮かび上がる。察しの良いカーはマクシミリアンの邪な感情に―――きっとかなり早い時期から気が付いていた筈だ。考えたくはないが、最初にクラリッサの求めに応じて屋敷を訪問したその日から……マクシミリアンが彼女に見惚れ、呼び出しに浮かれていた事などお見通しだったのだろう。
カーはマクシミリアンを都合の良い手駒にする機会をうかがっていたのだ。そう言う目で物事を見直してみると、以前クラリッサとペトロネラに絡んできた伯爵家の近衛騎士、キストナ―と剣先を合わせるよう彼が誘導したのも―――マクシミリアンの力量を確認するための物だったのかもしれない。
筆頭公爵家出身の近衛騎士、カー=アドラー少尉が一言断罪すれば、一介の近衛騎士など簡単に退けられた筈だ。マクシミリアンは『どうせ彼はふざけて面白がっているだけなのだろう』とタカを括っていいたのだが、今思うとやはり不自然だ。何等かの意図があるのだと、何故気が付かなかったのだろう、と苦々しく思ってしまう。
あの適当な、調子ばかり良い軽い態度と物言いの殆どが用意周到な計算の上で成り立っている物なのだと……今回、改めて思い知らされたような気がした。
カーとの契約は―――まるで罠の中に自ら飛び込むような物だ。マクシミリアンはカーが張っていた網に掛かった獲物なのかもしれない。狙い通りにまんまと自ら餌に誘われ飛び込んでしまった。
けれどもマクシミリアンには後悔は無い。毒を食らわば皿まで。クラリッサを手に入れる為には悪魔のように計算高いカーの手中に収まる事を厭う余裕など無いのだと、覚悟を決めている。どんな犠牲を払っても努力する価値がクラリッサにはある、そう思ったからだ。
しかし問題は……もっとずっと根幹的な部分にあるのだ。マクシミリアンは自嘲の笑みを零さざるを得ない。努力しようと犠牲を払おうと―――クラリッサが自分に振り向いてくれなければ、全く意味がないのだ。
彼女は元々クロイツを慕っていた。王立学院では自治会長を務め常にリーダーとして活躍し、近衛騎士団に引立てられ既に中尉に任ぜられている、バルツァー侯爵家嫡男にして『蒼の騎士』と称される黒髪蒼目の美男騎士クロイツ=バルツァー。彼はマクシミリアンの従妹レオノーラ=アンガーマンへの恋慕を実らせ既婚者となってしまったのだが……そのクロイツと比べて自分が勝っている所があるとはどうしても思えない。
「いや、剣術試合なら……もしかして」
辛勝できるくらいには上達しているのではないだろうか?
「コリント、何ぶつぶつ言っているんだ?」
「え?あ、いや……」
隣で作業していたジーモンが、思いに沈み眉根を寄せるマクシミリアンの顔を覗き込んだ。そこに先輩騎士から声が掛かる。
「おーい、そこの見習い。一人付いて来い」
「あ、はい!俺、行って来る」
「おー、頼む」
マクシミリアンはパッと背を伸ばした。こんな時は気分を変えるに限る、と手をパンパンと払い大股に先輩騎士の背中を追い掛けたのだった。
「これとこれと―――それからこいつも!」
ドサドサドサっと、抱えた荷物の上に更に荷物を積み上げられ、思わずよろけそうになる。
「おい、腰入れろ」
とバランスを崩しそうになる腰に、指導の膝蹴りを受けてしまう。
「はいっ……」
と返事をしながらも、ヒヒヒと嗤う先輩騎士を尻目に炭田に力を込めて歩き出した。力の使い方には自信があるのだが……やはり筋骨隆々とした体格の良い先輩騎士と地力の差が明らかだ。身長が伸びきる前に筋肉を付け過ぎないようにしているのだが……やはりもう少し鍛え方を筋肉増強寄りにした方が良いのでは、などと考えながらマクシミリアンはバランスに細心の注意を払って歩き出した。
「おーい!コリント!」
ジーモンの声が荷物の向こう側からした。マクシミリアンはバランスを取る事に集中しているため、気の抜けた返事を返してしまう。
「あー?」
「早く来いよ!」
簡単に言うなよなー、と思いつつ叫ぶ。
「無理!荷物重いんだよ!」
「いーから!」
焦れたようなウーラントの声を訝しく思っていると、不意に重みが減って荷物が一つ取り去られた。そのお陰で視界が広がって正面の景色が目に飛び込んできた。
そこにあり得ないものを見つけて、マクシミリアンは思わず立ち止まる。
「え……クラリッサ……?」
クラリッサは思いつめた表情でマクシミリアンを見つめている。
瞬きを繰り返す彼の頭が―――漸くその存在を認識できた時。ドサリと音がして腕の中から荷物が滑り落ちた。そのまま無意識に一歩、荷物の脇から前に踏み出していた。
すると一瞬顔を辛そうに僅かに歪め。クラリッサがパッと駆け出したのだ―――マクシミリアンに向かって。全力で駆けるクラリッサを、この時マクシミリアンは初めて目にした。
(意外と脚が速い)
あまりに驚き過ぎた所為か、そんなどうでも良い事しか頭に浮かばなかった。
するとボンヤリしたまま立ち竦むマクシミリアンの腕の中に勢いよく―――キラキラ輝く銀髪をたなびかせて彼女が飛び込んで来たのだった。




