31.薔薇の騎士の事情
マクシミリアンに要件を告げて追い出した後、カーはゴクリとジョッキを煽って立ち上がった。それから壁際まで歩き……窓に体を寄せカーテンの隙間から外を窺う。
すると暫くしてマクシミリアンが居酒屋から出て来た。
彼がスタスタ歩いて行くと、道端で酔い覚ましをしていた態の男が独りノロノロと立ち上り……フラフラしながらその後に着いて行く。
おそらくマクシミリアンは気付いているだろう、とカーはそう推測している。尾行をそれと気付かせず捲く術も心得ている筈だ。そしてマクシミリアンなら、きっとカーがラーラを呼びつけたもう一つの意図にも……気が付くに違いない。
配下に探らせていた動きを気付かれたのか単なる別口なのか、ここ数日カーに尾行が着いている。小熊亭への出入にわざわざ偽名を使ったがそれは周囲に配慮しただけで、尾行の目をくらませる目的で行った訳では無い。
もしあの男達がゲゼル家の配下の者であれば、おそらく相手もカーの意図を測りかねている所だろう……妹の縁談相手としてその周辺を洗い直しているのだと思わせたままにしておきたい。そういう意図もあって―――マクシミリアンを巻き込んだのだ。
マクシミリアンのクラリッサへの執着は―――当人同士はどうであれ、周囲には全く隠しきれていない。
その若い情熱に絆され同情した彼女の兄が、私情に捕われて嗅ぎまわっているのだと思われるくらいがちょうどいい。そう上手く行くかは定かではないが。
マクシミリアンを尾行する者が歩き出した直後、壁際に立っていた酔っ払い風の男がふらりと小熊亭の扉を潜った。きっと階下で客の振りをしてカーの動向を探っているに違いない。
そして更に尾行を煙に巻く為の道具が―――『看板娘』だ。
放蕩者の薔薇の騎士は伊達では無い。この密会の目的が平民の娘を引っ掛けて遊ぶ為のお忍びと思われれば上出来だ。そうじゃなくても、このままそれを真実にするつもりなのだから―――そんな下らない情事に朝まで付き合わされた者は、ほとほと呆れ果てて油断するに違いない。
カーは本物の遊び人だが。
遊び人である事を―――相手の警戒心を解く手段として大いに活用している。
クロイツなどはその事情を知っていて尚、学生の頃と変わらず苦言を呈してくる。半ば本気で公の場でも語られるその苦言が、カーの『女性関係にだらしない』と言う印象をより助長しているのだ。
それは彼にとって、至極都合が良い。
カーの女好きは―――まさに趣味と実益を兼ねているのだ。
コンコン。
「どうぞ」
扉を開けて、瞳を潤ませた童顔のラーラが恥ずかしそうにジョッキを持って近づいて来る。
カーは女性を蕩かす事で定評のある―――柔らかな微笑みを湛えて、彼女を迎えたのだった。




