Episode45 Ainsel -もう一人の私-
先程まで響き渡っていた銃声が途絶えた。
窓際からそれを確認したメアリー(透明人間)は、長い蜜色金髪を掻き上げる。
「一旦は状況終了…ってところかしらね」
魔術によって感覚を増強し、離れた場所で戦闘を行っている頼都達の様子を探っていた彼女は、ゆっくりと振り向いた。
室内のベッドに腰掛けたままのセリーナが目に入る。
先程まで自分と瓜二つの妖精と対峙していた彼女は、やや呆然自失状態だ。
無理もない。
自分自身の“二重に出歩く者”と出くわすなど、到底あり得ない事件だ。
しかも、セリーナは過去にその「もう一人のセリーナ」と出会っているという。
そして「もう一人のセリーナ」を頼都は「妖精だ」と言い切った。
それは間違いないだろう。
頼都は普段気だるげな男だが、腐っても怪物揃いの「Halloween Corps」を率いる隊長である。
隊に加わってから日の浅いメアリーだったが、頼都自身の評価はそこそこ高い。
いや、高くなくては困る。
錬金術の申し子たる人工生命体の自分が、不本意ながら入隊したのだ。
それを率いる男が無知無能ではプライドが許さない。
そんな頼都がもう一人のセリーナを「妖精だ」と断言したのだから、メアリーも信じないわけにはいかない。
だが、メアリーの中で引っ掛かっていることがあった。
「取り換え子」とされるセリーナが出会っていたあの妖精は、まさに鏡面に映った瓜二つの存在だ。
そんな妖精が、何故セリーナを取り換えっ子に選んだのか…?
妖精が人間の子供を取り換え子にするのは、その愛らしさに惹かれる場合が多い。
その場合、取り替えた妖精の子は人間の元で成長し、いずれ妖精郷へと戻る。
そのケースに当てはまるなら、妖精側にはセリーナにちょっかいを掛ける理由は無いはずだ。
にも関わらず、もう一人のセリーナは姿を見せ、セリーナを妖精郷へと誘おうとする。
そして、頼都が口にした「種族の進化」
それにはどんな意味があるのだろうか…?
「…森が輝いていたの」
ふと、セリーナが小さな声でそう呟く。
俯いたままのその表情は、長い髪が覆い隠していて伺い知れない。
「パパとママは…その森へ…私を連れ出して…」
うわごとのように呟き続けるセリーナ。
メアリーは溜息を吐いた。
「セリーナ、今は余計なことは考えなくていいわ」
ブツブツと呟くセリーナは、明らかに消耗している。
「森の中には…小さな女の子が二人いて…」
「セリーナ」
メアリーはその正面にしゃがみこむと、セリーナの肩に手を置いた。
「もう止めなさい。今は無理に思い出さなくていい。貴女は疲れているのよ。少し横になって…」
「女の子は…私」
ふと、顔を上げるセリーナ。
青空の色を湛えていた叡智の瞳は、いまは見る影もなくくすんでいた。
「私は言っていたわ…『これは盟約だ』って」
「セリーナ…?」
その瞳の中に異様な光を感じたメアリーが訝しげな表情になる。
(何…?この娘から変な感覚が…)
「エアハート家は私と共に生きた…」
セリーナの肩に置いた手を放すメアリー。
「セリーナ、落ち着いて。もう何も言わなくていい」
「盟約は…果たされた。けれども…私は戻れなかった」
静かに立ち上がるセリーナ。
彼女から一歩身を引くメアリー。
二人だけがいる部屋の中に、徐々に濃密な何かが満ちていく。
メアリーはわずかに目を細めた。
世界唯一の完全なる人工生命体であり、錬金術が生み出した調整器「プロメテウス」の管制用素体でもあるメアリーの五感(視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚)には、周囲の空間や次元すらをも完全解析し、微細な変動を感知する能力がある。
さらに第六感も鋭敏なセンサーの役目を持ち、超常的干渉を行うことが出来た。
いわば彼女は完全無欠の分析機能を有し、周囲の空間へ干渉すら行うことが出来るのである。
(室温、大気成分…共に異常なし。次元境界…異常なし。因子情報収集…規定内。魔力漂散値…微増)
高速思考により脳内で周囲の空間を走査し、分析をするメアリー。
明らかに異常を見せ始めているセリーナを中心に、室内環境の変動観測、干渉準備を整える。
彼女が導き出した分析結果に大きな異常は無い。
しかし…
(…セリーナのキルリアン波長が10代少女のそれとは違う…!?)
キルリアン波長とは、超心理学でいう「オーラ」…生体が放つ「気」などに近い。
メアリーの鋭敏なセンサーである視覚が、セリーナの波長が異常値にあることを捉えていた。
(どういうこと!?この娘は取り替えっ子ではあるけれど、素は人間よね!?)
脳内でひとり混乱するメアリー。
(過去に妖精郷から還ってきた人間はいたけど、精神的な変質は認められても、『魂の影』であるキルリアン波長から異常が出たっていう事例なんて…)
平たく言えば、いま目の前にいるセリーナは、間違いなくセリーナ自身だ。
しかし「魂」が違う。
魂の入れ物である「肉体」
魂の駆動力である「精神」
両者の「核」である「魂」に、セリーナのそれとは異なる「何か」が覆い被さっている。
(何てこと…まるで薄皮一枚を隔ててセリーナと『何か』が同時存在している…!)
その実に巧妙な状態が、セリーナの近くにいたメアリーの超越的感覚すら偽装していたのだ。
「貴女、誰…!?」
メアリーの誰何に、セリーナであってセリーナではない「何か」は答えた。
「私は『私』…成功例になり得なかった存在」




