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episode2-42 マスカレイド・ブラック

 時間は少し遡り、意気揚々と教室を出て行く氷室たちを見送った如月は、野次馬に紛れてその後を追い、昇降口付近に黒石庶務の姿がないことを確認して生徒会室へと足を向けた。

 生徒会と氷室が正面からぶつかり合うことになった時、これまで表立って異能を使用したことがない黒石庶務が最初から出て来る可能性は低いというのが氷室の読みであり、生徒会役員の近くにいないようなら探し出してマークしておくよう如月は指示されている。


 如月としては、偉そうに命令してくる氷室が気に食わないという気持ちはあるが、沖嶋の代わりに協力しているのだから、一々反発せずに大人しく従う程度の分別は持ち合わせている。


「あれ、いないや」


 駆け足で生徒会室の前に到着した如月は、引き戸の窓からこっそりと中を伺い誰もいないことを確認して首を傾げた。生徒会役員なのだから放課後は生徒会室にいるはずだと安直に考えていたのだが、予想は外れたらしかった。


「すいませーん! 生徒会の黒石さん見ませんでした?」


 手がかりなしに探し回っても時間を浪費するだけだと気が付いた如月は、ひとまず生徒会室周辺で遭遇した生徒に片っ端から声をかけて黒石庶務を見なかったか聞いて回ることにした。


「ああ、黒石さんならさっき中庭にいるのを見かけたよ」

「ありがとうございます! 助かります!」


 数人目にして目的の情報に行き着いた如月は、初対面の上級生に愛想よく笑ってお礼を告げた後再び走り出す。

 万が一黒石庶務をフリーにした結果氷室たちの戦いに介入され、それが原因で負けたとなっては目も当てられない。如月自身はどちらが勝とうが負けようが構わないが、沖嶋なら中途半端なことはしない。だから走る。


「やあ、生徒会の黒石菜々ちゃんだよね? 初めまして」

「……?」


 教室棟と特別教室棟を繋ぐ渡り廊下に面する広々とした中庭にたどり着いた如月は、どこか見おぼえのある後ろ姿の男子生徒と黒石庶務が何やら話をしている場面を目撃し、咄嗟に物陰に隠れて様子を伺うことにした。氷室からの指示はあくまで黒石庶務をマークすることであり、接触しろとは言われていない。戦いに介入する素振りを見せるようなら足止めする必要があるが、そうでないのであれば下手に藪をつつく理由もない。


「あれ、俺のこと知らない? 結構有名なつもりだったけど最近こういうこと多いなぁ。俺は三年の愛川。自分で言うのも何だけど、咲良第二高三大イケメンなんて言われたりもしてるんだけど……」

「?」

「あはは、その感じだと知らないっぽいね」


 明るく気さくに話しかける男子に対し、黒石庶務は表情をかえずに小首を傾げている。


 如月の立ち位置からは男子生徒の顔は見えていなかったのだが、名前を聞いてその後ろ姿の既視感を理解した。直接面識はないが、愛川は沖嶋と同じく咲良第二高三大イケメンと呼ばれる男子の一人であるため、名前や容姿、評判くらいは知っていた。誠実で真摯な沖嶋とは全く違う、軟派で軽い男だという噂を聞いているため、如月的にはあまり良い印象のない男だ。


「まあいいや。実は俺、菜々ちゃんに大事な話があるんだよね。あんまり他人に聞かれたくない内容だから、人目に付かないところで話したいんだ。良かったら一緒に来てくれないかな?」

「……」

「ありがとう! いきなりだったのに優しいんだね、菜々ちゃん」


 どうやら可愛い子には手あたり次第粉をかけるという噂は本当だったらしく、今まさに黒石庶務をナンパ中のようだった。

 自分がナンパされているということを知ってか知らずか、黒石庶務は愛川の言葉に小さく頷いて促されるまま後に付いて行く。


(え、えぇ? あんな雑な誘いに乗っちゃうなんて黒石さん大丈夫なの? なんか無口だし押しに弱かったりする? 放っておけば足止めにはなりそうだけど……、そんなの駄目だよね)


 如月はネックレスに吊るされた星の杖を握りしめ、中庭から離れていく二人に気づかれないよう尾行を開始する。

 元よりマークするつもりである以上目を離すつもりはなかったが、もしも黒石庶務が乱暴されそうになるのであれば、その時は助けに入ることを如月は覚悟した。

 もちろん、いくら愛川が軟派な男とは言ってもいきなりそんなことをするとは限らないし、あるいは黒石庶務が行きずりの関係を忌避しないタイプということもあり得るが、とにかくもしもの時は助けると決めたのだ。


「そういえば菜々ちゃんはいつも生徒会の誰かと一緒にいるけど、どうして今日は一人だったの?」

「大事な用事」

「え? あぁ、みんな何か大事な用事があるってこと?」


 端的に答えた黒石庶務の言葉をかみ砕いて愛川が問い返すと、黒石庶務は無言で頷いた。

 少しでも心理的な距離を詰めようとしているのか、愛川はその後も様々な話題を振っていくが、黒石庶務はほとんど首を縦に振るか横に振るかばかりで、言葉を発しても一言二言程度であり、終始愛川が一方的に話しかけているような状態が続く。


(愛川先輩もめげないなぁ。てか黒石さん、全然乗り気じゃなさそうに見えるけどやっぱ断り切れなかったのかな)


 黒石庶務と如月は同じ学年ではあるがクラスは別であり、選択授業で一緒になっても話したことはないため人となりをほとんど知らない。そのため、この無口で無表情で感情を失っているのではないかと思えるほど無機質な態度が素なのかどうかもわからない。


 そうして歩くこと数分。如月の拙い尾行は幸いにもバレなかったようで、黒石庶務を先導する愛川は旧校舎裏で足を止めた。以前に氷室が樹霧を勧誘する際にも選んだとおり、ここはほとんど人通りのない場所で、人目に付かないという意味ではうってつけと言えるだろう。


 しかしどうやら先客がいたらしく、ソワソワと落ち着かない様子の女生徒が警戒するようにしきりにキョロキョロと周囲を見渡しており、近づいて来る愛川たちに気がつくと表情を引き締めた。


「生徒会の黒石さんと、たしか愛川先輩、でしたっけ? 手紙の差出人はあなたたちですか?」

「やあ、お待たせ香織ちゃん」

「……?」


 そこにいたのは如月の友人であり、加賀美隼人の恋人でもある八木橋香織だった。

 愛川たちに何事かを問いかけるその声はいつになく低く固く、まるで威嚇しているようにも感じさせる。


(なんでかおちゃんが!? どういうこと!? 黒石さんをナンパしようとしてたんじゃないの!?)


 たまたま居合わせただけであれば驚くほどのことではないが、八木橋の発言は明らかに何者かの呼び出しを受けたことを察せられる内容だった。

 まったく予想していなかった人物の登場に如月は内心でパニックを起こしながらも必死で息を潜めことの成り行きを見守る。


「手紙を出したのは俺だよ。約束通り一人で来てくれたんだ」

「こんな脅しの手紙を送り付けておいてよく言うよね。それで、私の異能の秘密がなに? どこまで知ってるわけ?」

「んー、そうだね、君の異能が悪の組織由来の科学系だとか、名前はマスカレイドとか?」

「……あなた、何者?」

「はは、まだ気づかないのか? 薄情な女だな、ホーネット・・・・・

「っ!? お前、まさか!!」


 黒石庶務を置き去りに愛川と八木橋の会話がヒートアップし始めたかと思えば、突然愛川の身体がグニャリと歪み、粘度をこねて形を整えるように姿を変えていく。


「キメラ……!」

「Dr.ヴォイドと呼びたまえ。私は貴様のような旧式怪人とは格が違うのだから」


 八木橋にキメラと呼ばれたその男は、しわがれた声の老人だった。

 さきほどまで確かに今時の青年という風貌だったはずの愛川が、白髪に白衣を着用した初老と呼べる医者、あるいは博士のような出で立ちに変貌していた。


「違う! 私は怪人なんかじゃない!」

「やれやれ、久々の再会だというのに相変わらずのヒステリーか」


 キメラと呼ばれた男、もといDr.ヴォイドはこれ見よがしに肩を竦めて見せる。


「ふっ、それにしても、怪人なんかじゃない、だと? 笑わせるなマスカレイドホーネット。お前は正真正銘怪人だ。この私が改造してやった恩を忘れたか?」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇぇぇ! 私は! 人間だ!」


 煽るようなDr.ヴォイドの言葉に、八木橋は激昂して叫び声をあげながら、まるで仮面を付けるかのように顔の前で大きく左手を開く。如月はその名前を知っている。その動作を知っている。それは、加賀美隼人の異能と同じ


「マスカレイド・ホーネット!!」


 その言葉と同時に、開かれた左手からフルフェイスの仮面が発生して八木橋の顔を覆い、続けて全身が異形の肉体へと変化する。


(あれじゃまるで――)


 同じ異能であるはずなのに、加賀美のマスカレイド・ホワイトを知る如月にはそれと同じものとはとても思えなかった。

 ヒーロー然とした加賀美のホワイトに対し、八木橋のホーネットは蜂という昆虫と人間を無理矢理融合させたかのような、まさしく怪人という名称がよく似合う異形の外見をしており、そこにはヒロイックさの欠片もない。


「抹殺対象、マスカレイド・ホーネットを確認。作戦行動を開始します」


(なに考えようとしてんのあたし!? 外見で友達を見る目変えるなんて、ありえない! かおちゃんはかおちゃんでしょ!?)


 一瞬、あれじゃまるで怪人だと思いそうになったことに気が付き、如月は自分を恥じる。

 先ほどの剣幕から考えれば、八木橋とて好きでああなったわけではないのだろう。怪人と呼ばれることを非常に忌避していることもわかる。それなのに友人である自分が、彼女を怪人だなんて考えてしまいそうになったのは最低の裏切りだ。


 自己嫌悪に陥った如月は、機械音声のように呟かれた黒石庶務の言葉を聞き逃した。


「死ねぇ! キメラぁぁぁ!!」

「所詮はガキだな。こうも思い通りに行くとは」

「マスカレイド・ブラック」


 如月の目には、状況に付いて行けず呆然としているだけに見えていた黒石庶務が、八木橋と同じように顔の前で左手を広げ、そう呟いた。

 次の瞬間、黒石庶務は漆黒のフルフェイスヘルメットを被り、真っ黒なスーツとコートに身を包んだヒーローのような姿へと変身し、今にもDr.ヴォイドを殴りつける寸前だったマスカレイド・ホーネットを蹴り飛ばした。

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― 新着の感想 ―
思いっきり挑発しまくったヤツを守る形になってるのは、融通の利かない正義感タイプか、こいつに改造されて操られてるのか。
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