episode2-32 坂島賭博場
生徒会連トップ層と氷室凪が盛大にぶつかり合った日の翌々日。
一日の授業も終わり今日は何をして暇をつぶそうかと考えていた桜川は、舞締生徒会長からの呼び出しを受けて生徒会室へと出頭していた。
ダンジョンアサルトで備品が放り出されたのを機に模様替えされた生徒会室には、既に生徒会役員のフルメンバーが揃っており、桜川を取り囲むようにそれぞれの席に腰掛けている。
「やってくれたね、桜川さん」
「なんのことでしょう~?」
舞締生徒会長の目の前にある机には、新聞部が号外と称して今日の朝から放課後にかけてバラまいていた校内新聞が置かれている。
十中八九記事の内容についてだろうということはわかっているが、自分の思い通りにことが進まなかった腹いせもかねて桜川はすっとぼけてみることにした。
「私言ったよね? 氷室くんは無理に勧誘しなくて良いって。それがどうして、生徒会VS救高の英雄、全面対決開幕か!? なんて記事になってるの!?」
「氷室くんに喧嘩を売るところまでは良かったんですけど、運悪く新聞部の枡米さんに見られてしまったんです。私としたことが失敗してしまいました。すみません」
桜川も目を通したが、中々どうして好奇心を煽る面白い記事となっており感心したものだ。
枡米の尋問には素直に本当のことを答えたはずだが、記事を読む限りでは生徒会連の独断ではなく、生徒会の総意として氷室凪と争い始めたと誤認しやすい内容になっていた。伊達にマスゴミなどというあだ名を付けられていない。
「喧嘩を売るのが良くないって言ってるんだよ!」
「でも全てのホルダーを生徒会連に参加させるって方針でしたよね?」
「それはそうだけど、氷室くんは例外だって言ったよね!?」
「特別扱いは良くないですから。とはいえ、今回の件は生徒会連の独断だと説明したのですけど、都合よく偏向報道されてしまいましたね」
元々は生徒会に責任を押し付けるつもりだったが、枡米という嘘発見器を敵に回してしまった以上、有耶無耶にすることは出来ても騙すことは出来ない。
黙秘を貫くという選択肢もあったが、氷室凪は生徒会側に争う意思はないと知ったうえで、これで終わりにする気はないと言った。そして実際、明らかに生徒会と争うことを前提に仲間づくりをしている。桜川に嘘看破の異能はないが、それでも氷室凪の言葉は真実だろうと感じられた。
だからあえて現在の状況を赤裸々に語ることで次の手を氷室陣営に委ねた。最終的な目的こそ違えど、生徒会VS氷室凪という流れを作るところまでは利害が一致している。そして枡米は見事に桜川の期待に応えてくれた。
「不本意ですけど、私が個別に訂正して回ってもこの新聞以上の拡散力はありません。ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ないです」
桜川はあくまでも悪気はなかったと表面上は申し訳なさそうな態度を見せる。
何か企みがあることくらいは舞締生徒会長も薄々勘づいているかもしれないが、確証はないはずであり、であればわざわざ本性を晒してやる必要はない。
「……はぁ、色々言いたいことはあるけど、やっちゃったものは仕方ないか。とりあえずこれ以上余計なことされると困るから、耀ちゃんの異能で行動を縛らせて貰うよ。良いよね?」
「はい、構いません。けじめをつけなければ示しがつきませんから」
本当はちっとも良くないが、ここでそれを断れば裏がありますと白状しているも同然だ。桜川に断る選択肢はない。舞締生徒会長も一応同意のうえでという形を取ってはいるが、実際のところこれは強制と言える。
「あはは、やっちゃいましたね桜川先輩! そんじゃルールを説明しますよ!」
トランプを忙しなくシャッフルしながらつまらなそうに話を聞いていた坂島会計が、途端に目を輝かせて立ち上がり楽しそうに声をあげる。
「一つ! 私の世界、坂島賭博場は誰にも邪魔されずギャンブルをするための空間です! 物理的な逃げ道はなくて外部とは完全遮断! ギャンブルの勝敗を決するまで抜け出すことは出来ません!
二つ! 坂島賭博場で賭けるのはお金や物じゃなくてお互いの権利です! 細かく分割するも良し! 大きくドカンと賭けるも良し! どちらかが続行不能になるか、挑戦者が脱出権を手に入れるまでギャンブルは終わりません!
三つ! 坂島賭博場でのギャンブルは中立のディーラーが取り仕切ります! 公平なゲームをお楽しみください!
四つ! イカサマがバレたら反則負けです! 全ての権利が対戦者に委ねられます!
五つ! 暴力行為は厳禁です! 警備員に手痛く鎮圧されちゃうので絶対にやめてください!
六つ! 以上のルールを参加者全員に直接説明しなければゲームは始まりません!
てなわけで! 桜川先輩、坂島賭博場へご案内~」
坂島会計が早口でそうまくし立てたかと思えば、桜川の周囲の景色が一瞬で切り替わる。
先ほどまでは学校の一室に相応しい殺風景で地味な部屋にいたはずが、いつの間にか豪華絢爛で彩り豊かなカジノへと変貌していた。
これこそが世界系の異能が標準的に搭載している、自らの創造した世界に相手を引きずり込む力。すなわちここは既に坂島賭博場の中ということだ。
「噂には聞いてましたけど、雰囲気は及第点ですね」
坂島耀の異能は事前にその説明をしなければ十全に効果を発揮することが出来ない。そのため、既に能力の詳細を知っている生徒には説明を始めた途端に逃げられてしまう。それを阻止するために武闘派の副会長や書記、生徒会連のメンバーが戦いを仕掛けて逃走を防ぐというのが、ホルダー狩りの主な流れだ。
生徒会連の一員としてホルダー狩りに参加していた桜川も坂島の異能のことは知っている。
「余裕ですねー、先輩。私の勝率知ってます?」
「けじめだと言ったとおりです。勝負する気はありません」
坂島賭博場における坂島耀の勝率は100%。これまでのホルダー狩りで坂島が続行不能になったことはなく、脱出権の獲得を許したことすら一度としてない。絶対無敵のギャンブラーというわけだ。
当然桜川はそのことも把握しているが、元より本気で勝ちを狙うつもりはないため、余裕というよりも然程興味がないという方が正しいだろう。
勝率100%など、普通に考えればあり得る数字ではなくイカサマをしているのは確実で、それを見破ることが出来れば勝利の可能性もあるが、前述の通りそもそも勝つ気はないのだから本気で見破ってやろうとまでは考えていない。
なお、精神を支配して、実際には自身が勝利し生徒会の面々には坂島が勝ったと誤認させることも桜川は考えたが、坂島の精神を支配出来なかったため既に諦めている。
「つまんない人ですねー。じゃあ賭けるのはお互いへの敵対行為の権利ってことにして、ポーカーでさくっと決着つけましょうか」
「それで構いませんよ」
「ほんとは色々権利を分割して賭け金にするんですけど~、今回はそれもないのでレイズとかフォールドはなしで! ルールはスタンダードなドローポーカーの一回勝負で、引き直しは一度だけ。他に説明いります?」
「いえ、結構です」
ポーカーにも色々と種類があり、最近では一部の公開共有カードと非公開カードで役を作るルールが流行っていたりもするが、ドローポーカーというのはお互いに五枚の非公開カードを用いて役を作るという伝統的で単純なルールだ。
桜川自身は賭け事をしたことはないが、知識としてそれらのルールは把握している。
「サードちゃんカモン!」
スロットやルーレットなどが並ぶ中にカードゲーム用のテーブルが置かれており、坂島がそのテーブルの前に配置された椅子に腰かけて誰かの名前を呼ぶと、突如床の一部がスライドして穴が開き、その下からせりあがるようにスーツを着た無表情の女性が姿を現した。
「初めまして、レディ。私、今回のゲームでディーラーを務めます、サード・パーティーと申します。お気軽にサードとお呼びください」
「は、はあ、よろしくお願いします」
深々と頭を下げて丁寧かつフランクに挨拶してくるディーラーに桜川は少々困惑しながらも、坂島に続いて席につきながら言葉を返す。
ルール説明で中立なディーラーがギャンブルを取り仕切るとは聞いていたが、想像していたよりも主張が激しかったようで、珍しく外面を取り繕うのに失敗している。
「そして坂島様。再びのご来店誠にありがとうございます」
「話は聞いてたよね? ちゃっちゃと始めちゃって!」
「承知しました。ルールのご説明は不要とのことでしたので、早速カードをディールいたします」
言うが早いか、サード・パーティーと名乗ったディーラーが素早くカードの山をシャッフルし始め、素人目にもよく混ぜられていると感じ始めたところでシュッシュッと小気味よく順番に坂島と桜川の前にカードを配っていく。
「それではハンドをご確認ください」
それぞれに五枚のカードが配られたところでサードがそう告げ、坂島と桜川が自身に配られたカードを自分にだけ見えるように手に取った。
桜川のハンドは、♡の7、♡の8、♣の9、♡の10、♢の10の五枚。
現時点でもワンペアの役が出来上がっており、交換次第ではストレート、またはフラッシュ、運が良ければストレートフラッシュも狙えるかなり強力なハンドだ。
「私はこのまま勝負します!」
「……では私は2枚交換します」
悩む素振りもなく交換なしの宣言をした坂島に対して、桜川は♣の9と♢の10を交換に出す。
例えばこれでストレートフラッシュが完成した場合、坂島耀は今の手札でそれに勝てるのか。桜川に勝つ気はないが、勝率100%のカラクリを知れるものなら知っておきたいという気持ちもあり、あえて賭けに出た。
そして交換に出した2枚の代わりに配られたのは、♡の9と♡のJ。ストレートフラッシュの完成だ。
(できすぎですね)
この時点で桜川はディーラーもグルであることを確信した。
カードでのギャンブルにおけるイカサマというのは、基本的にディーラーでなければ難しい。
にもかかわらず、坂島は中立なディーラーの仕切るゲームで勝率100%を維持している。
つまりそれは、『中立なディーラー』というのが完全な嘘っぱちであるということを意味する。
(ルール説明をしなければゲームを始められないのは事実なんでしょう。ただその説明の中に、嘘が混ぜられている)
嘘を信じさせるコツは、真実の中に嘘を混ぜ込むこと。
「それではお二人とも、ハンドを公開してください」
「ストレートフラッシュです」
「え、え~!? やばいです! これめっちゃ強力な役ですよ先輩!?」
負けるとわかりきっているゲームを楽しめるはずもない。
桜川が役の強さとは対照的につまらなそうにハンドを公開すると、坂島はわざとらしく驚いたというリアクションをとってみせる。
「白々しい。どうせ坂島さんの手札はロイヤルストレートフラッシュとかですよね?」
「あはっ☆ バレました?」
坂島がテヘペロとうざったい仕草をしながら公開したハンドは、♠のA、10、J、Q、K。
(単純なフォールスシャッフルとボトムディールによるイカサマ? それともこの賭博場自体に何らかのギミックがある? 今の情報だけでは判断できませんけど、前者だとすれば恐ろしい手腕ですね……)
桜川は最初からディーラーもグルである可能性は想定しており、シャッフルとディールは注意深く観察していた。しかし何かあるかもしれないと思いながら見ていても気づけないほどに、サード・パーティーのカードさばきは巧みで流麗だった。
十中八九イカサマがあったとわかり切ってはいても、それを証明できなければ意味がない。この賭博場のルールは、イカサマがバレたら反則負けなのだから。
「坂島様の勝利となりますので、桜川様の坂島様に対する敵対的行為の権利が坂島様に譲渡されます」
「ちなみに、私の異能の詳細を話すのも敵対行為なんで出来ませんよ~」
「言い触らすつもりなんてありませんからご心配なく」
元より、桜川はこれ以上生徒会側にも氷室凪陣営にも協力するつもりはない。
途中で欲をかいてしまったが、元々桜川にとって生徒会関連の騒動は暇つぶしに過ぎない。
後は勝手に潰し合って面白い見世物になってくれれば良いと、完全に他人事のように考えているのだった。




