episode2-29 桜川
氷室が建内、加古川を立て続けに打ち破り新聞部にて悪だくみをしている頃、同じく悪だくみに興じている一団が3年E組の一角で言葉を交わしていた。
「加古川から連絡きましたー。負けたみたいですね」
「建内に続いて加古川もか。ならマグレってわけでもなさそうだな」
「滑波田と日宮のペアも古條に完敗だって」
「生徒会連の戦闘要員ともあろうものが情けない……」
「氷室くんさえ倒せればそれで良かったのに、思い通りにはいかないものですね」
咲良第二高等学校、生徒会補佐連合会。通称、生徒会連。
ここに集まっているのは、その中でも生徒会連を実質的に取り仕切っている五人の生徒たちだ。
生徒会連とは、元々は生徒会の活動を自主的に補佐する生徒たちの通称であり、いわば志願生徒の集まりだった。
そのため生徒会室のような執務室があるわけではなく、連合の首長が決まっているわけでもない。規定上の話をするのであれば存在しない組織ということになる。
本来であれば強力な異能を有しているからなどという野蛮な理由でトップに立てるものではなく、実際今までは人望のある生徒や、人を動かすのに長けた才能を持った生徒が自然と旗振り役になることが多かった。
しかし、生徒会がホルダー狩りを始めたことで元々所属していたボランティアの大半は生徒会連を去り、異能集団としての色が強くなった。そして次第に異能強度が生徒会連内での序列に直結するようになっていった。
すなわちこの五人こそが、生徒会連における精鋭であり最高戦力。
「こうなったら私たちが出るしかなさそうですね」
如何にもやれやれ仕方ないという雰囲気を醸し出しながら、しかしギラギラとした目つきからやる気が漏れ出ている小柄な女生徒は、佐藤 舞香練。
パステルカラーのピンクとパープルがミックスソフトのように交ざりあったロングストレートの頭髪が特徴的で、学校指定のものとは根本的に異なる淡い水色のセーラー服を着用している。
異能強度3。飴玉を爆弾に変える、変換系の異能持ち。
「まずは誰から行く? 俺は一番手でも構わないぞ」
がっしりとした体格で額からは捻じれた大きな角を生やした、凶暴そうな外見とは裏腹に理性的な様子の男子生徒は、淡路 正造。
肌は灰色で頭を丸めており、眼球の色は黒、瞳孔は黄金とわかりやすく人外の姿をしている。とはいえ、何も御伽噺の鬼の子孫などということはなく、大変革の影響で変貌してしまった被害者の一人だ。
彼のように生粋の人間であるにも関わらず異形の存在へと姿を歪められた者は今や珍しくもない。
異能強度4。冷風と高熱を操るフレーム、『北風と太陽』の使い手。
「助けて貰ったことを考えると正直氷室くんとはやりにくいし、私は古條ちゃんが良いかな……」
好戦的な二人とは対照的に尻込みした様子の厚底眼鏡をかけた大人しそうな女生徒は、久毘 佐々良。
こげ茶色の髪を三つ編みのおさげにしていて、そばかすの浮いた顔からは化粧っ気のなさを見て取れる。黒髪黒目ではないが、今時珍しい大変革以前の一般的容貌に近しい少女だ。
異能強度3。大地の精霊と契約を交わした、精霊使い。
「だったら俺が氷室とやってやる。この俺を差し置いて英雄気取りしたことを後悔させてやる!」
氷室に対して謎の対抗意識を燃やしている長耳に痩せぎすの男子生徒は冷相 魂。
中性的な美しい容姿をしており、長い白髪や名前からも間違われることが多いが紛れもない男性だ。
異能強度3。冷気を操るクリオキネシスの超能力者。
「いえ~、生徒会の意向に反した動きをしている以上私たちは失敗出来ません。全員で同時に氷室くんを叩きますよ」
個々に戦うことを想定していた四人の意見を退け、異論は認めないとばかりに断言したその女子生徒は、桜川 夕花。
桜色の髪をハーフアップにしており、瞳の色は若葉のような暖かみを感じさせる緑。
雰囲気や喋り方こそおっとりした大らかさを感じさせるが、実際にはこの五人の中で最も我が強い現生徒会連のトップ。
異能強度3。相手の精神を支配する異能の使い手。
「三人が合流するようなら私と久毘さんと佐藤さんで制圧しますから、冷相くんは古條さん、淡路くんは樹霧さんを足止めしてください」
「さすが桜川先輩、わかってますねー。ま、ほどほどにやりますよ」
「樹霧の足止めか……。このメンツならそうなるか」
「私と淡路先輩は逆じゃ駄目なんですか?」
「いや、俺と久毘を変えるべきだ!」
新聞部の記事からの情報、および、古條の勧誘時に氷室が割り込んできたという下っ端からの情報を統合し、生徒会連は樹霧、氷室、古條の三人が同盟を組んで生徒会の勧誘に対抗しようとしているのだろうと推測している。
そして桜川は、この中で最も警戒すべきは幾度となく生徒会役員の勧誘すら退けている樹霧緑だと考えている。
もちろん生徒会連の戦闘員を2回続けて撃退した氷室や古條もそれなりのホルダーだとは理解しているが、これまでの情報だけなら異能強度6には届かないことがわかる。
本来であればもう少し戦闘員を使って全員の力を見極めてから仕掛けるのがベストであることは桜川もわかっているが、時間をかけ過ぎれば生徒会に気づかれる。
生徒会連の下っ端と氷室凪が派手に喧嘩をしたことは既に生徒会役員の耳にも入っている。そしてその上で、氷室凪とは穏便にという方針は撤回されていない。
ただでさえ非難の声が多いこの状況で、生徒会としてはこれ以上敵を作るわけにはいかないのだろう。
だからこそ桜川は動いた。生徒会から生徒会連へどのような指示がされているのかなど外野にはわからない。生徒会連の行動は生徒会の意向だと短絡的に考える生徒がほとんどだ。
今ならば、咲良第二高校の英雄である氷室凪と敵対することのデメリットを生徒会に押し付け、利益だけを独占出来ると判断したのだ。
しかし桜川の思惑に生徒会が気づけば、桜川は坂島の異能によって行動を縛られることになり、ゲームオーバーだ。
「お静かに~」
「「「「――」」」」
桜川はこの四人を既に支配下に置いている。
久毘は人助けに異能を使うことはあれど、誰かと戦うなんて本来ならばしない。
淡路は誰かを守るための力を得るためにフレーム使いの戦いに身を投じている。
冷相はプライドが高く傲慢ではあるが、下らない理由で喧嘩をすることはない。
佐藤は元より凶暴だが、桜川のような女を蛇蝎の如く嫌い下につくことなどありえない。
だが桜川の異能は、精神を支配、洗脳することでそれらを可能にする。
さきほどまでの賑やかさが嘘のように、四人は無表情で真一文字に口を結んでいる。
強力な異能である分発動には条件があるが、一般的な十代の少年少女と比較してあらゆる能力が優秀な桜川にとって、その条件を満たすことはそれほど難しくない。
異能強度は過少申告しており、全力なら異能強度5程度の判定が下るだろう。
「もう、手慰みのお遊びじゃなくなったんですよ」
元々は、現生徒会を解散に追い込みその後釜として生徒会長の座を手にすることが目的だった。とはいえたかだか一高校の生徒会長を務めたなどというものは大それた箔でもない。桜川にとっては暇つぶしでしかなく、思い通りにことが運んだら面白そうとしか考えていなかった。
しかし今日、氷室凪が異能強度1の集団を薙ぎ倒し、異能強度2のホルダーすら蹴散らしたことで、状況は大きく変わった。
「ダンジョンの外でも使える冒険者だなんて、新しい利権のヨ、カ、ン~♪」
氷室凪は間違いなく、ダンジョンの外で異能を発動できる。そうでなければ異能強度1の雑魚はともかく、建内や加古川は倒せない。
ならばそもそも冒険者ではない可能性。なくはないが、低い。桜川は桜ノ宮葵の異能、そして護衛である根付弥勒の異能を知っている。あの二人ではどう足掻いてもダンジョンを攻略することは出来ない。だとすればやはり、ダンジョンを攻略したのは氷室凪である可能性が高い。
ダンジョンの内外どちらでも力を発揮する異能など、桜川は聞いたこともない。
未知の力や現象など今の世界ではありふれた話であるため、大袈裟に考えていない者も多いだろう。実際、大袈裟に騒ぐほどの未知ではないのかもしれない。だが、世界を変えるほどの未知かもしれない。
さらに言うのであれば、あの桜ノ宮葵が、あらゆる能力が卓越して優秀なあの天才が、いくらソロでダンジョンを踏破出来るほど優れた冒険者とはいえ、桜ノ宮の名前を使ってまで活動をバックアップすると宣言するというのが怪しい。
十年近くも前に桜ノ宮を名乗ることを禁じられた桜川では、今現在、桜ノ宮葵がグループの中でどれほどの発言力を有しているのか正確にはわからない。だがそれでも、公の場において独断で家名を使うことが許されるほどの立場でないことはわかる。その地位にまで上り詰めているのであれば、必ず目に見える大きな功績を残しているはずだからだ。
あるいは、氷室凪の実力が勇者や唯一つの栄光といったトップクラスの冒険者に迫るものだとすれば桜ノ宮葵の行動も納得できるが、結局のところ考えているだけでは真相はわからない。
「なんにせよ」
氷室凪を支配下に置けば本人から聞き出すことが出来る。
大したものでなければその時はその時。元より暇つぶしのつもりだったのだから残念でしたで終わりだ。
だが、氷室凪の力が大きな利益をもたらすものだったならば
「人生、なにがあるかわからないですね~」
失った名前を取り戻す。
そして自分こそが桜ノ宮の頂点に立つ。
桜ノ宮夕花が諦めたはずの野望に再び火がついた。




