episode2-11 2年C組
学年の違う美月とは途中で別れ、賑やかな喧騒が聞こえてくるクラスのドアをいつも通り開ける。
高校生にもなればクラスメイト全員に対しておはようなんて挨拶はしないし、教室にいる連中も誰が入って来たのか一瞬視線を向けて親しい相手でなければすぐに興味を失う。
いつもであれば。
「――」
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、みんなの視線が俺の存在を捉えた瞬間教室内が静まりかえる。
いつもの姿とは違うが、まさか俺が誰なのかわからないという奴は流石にいないだろう。
普段冒険者やらダンジョンのことに興味なんてなくても、自分の身に降りかかった出来事まで無関心とはいかない。
だとすればこの静寂は、未知への警戒ではなく戸惑いだろうか。
まったくしょうがない奴らだ。こういう時どうすれば良いのか、言われなきゃわからないのか?
「英雄の凱旋だぞ? 拍手喝采で迎えろ」
「ぷっ、あはははっ! さすが氷室! かますなぁ!」
俺の言葉に思わずと言うように吹き出し、おかしくてしょうがないとでも言いたげに笑い声をあげたのはこのクラスの中心人物だった。
「助かったよ氷室。お前は命の恩人だ。サンキュな」
「……ああ」
わざわざ俺に近づいて爽やかな笑顔を浮かべながら握手を求めて来た沖嶋に対して、言葉少なに返して手を握る。
桜ノ宮のシナリオに乗ると決めた以上、沖嶋はこういう反応をするしかない。
今更それを蒸し返すつもりはないが、思うところがないと言えば嘘になる。
しかしクラスの連中はそんな俺の心境など知る由もなく、沖嶋の対応を引き金にするように、わっと勢いよく集まって来てあれこれと喋り始めた。
「あんた冗談わかりにくすぎ。でも助かったわ。あんがとね」
「お陰で助かりました。ありがとうございます。ところで本当に氷室くんなんですか?」
「ありがとー」
「ボスってどんな感じでした? やっぱり強かったですか? どうやって勝ったんですか?」
沖嶋に続いて真っ先に声をかけてきたのは4人組の女子たち。
チャラチャラした改造制服のギャルと、それとは対照的に物腰丁寧な如何にも真面目そうな女。こいつらは名前も覚えてない。ホルダーじゃない……、少なくとも俺は異能を知らないから興味がなかった。
残りの二人の内、宙に浮かびながら今にも眠りそうなトロンとした目で適当に感謝を告げて来た女子は新藤。こいつの異能は触れずに物体を動かす念動力で、超能力に分類される異能だな。
最後の一人、自称九十九憑きの樹霧だけ礼ではなくダンジョンについての質問だったが、どうやらこいつはダンジョンアサルトの被害に合ってないようで、別に感謝を伝えに来たのではなく他の三人に付いて来ただけのようだった。
「ありがとな、命拾いした。にしてもお前は俺と同類だと思ってたけど全然そんなことなかったな」
「感謝はしてるけど未だに信じられないな。普通ダンジョンアサルトに巻き込まれて踏破しようなんて思わなくないか?」
「サンキュー氷室ぉ……、マジたすかったぁ……」
次いで集まって来たのは、並木、草壁、宵路の男子3人組。普段はたしか、根無も含めて4人でつるんでるんだったか?
男子は流石にホルダーじゃなくても名前くらいは覚えてる。軽く話すことも全くないってわけじゃないからな。
こいつらの中で異能を持ってるのは根無だけだ。物探しの異能らしいことは知ってるが具体的な内容までは知らない。
「いやー、見た目が可愛いとあんたの偉そうな態度まで可愛く見えちゃって困るね~。お望み通り拍手喝采してあげる! わーパチパチ! なーんて、あんがとね!」
「ぐぅぅ~~! 感謝と嫉妬が私の中で渦巻いてるよォォ! 私もチートクラスで俺TUEEEしたかった! え、私またなんかやっちゃいましたってしたかったぁ!!」
「ワー、パチパチ」
「し、清水ちゃん、それだけだと煽りみたいになっちゃうから……。あの、ありがとうございました」
さっきの女子たちが正統派だとするならば色物と言わざるを得ない女子連中も集まってきた。
無駄にテンションが高く失礼なのは天海。空中に描いた絵を実体化させる異能を持つホルダーで、前に見せて貰ったことがあるが素人目にもかなり絵はうまく見えた。
鬱陶しいノリの二人目と常に無表情の三人目は名前を覚えてないが、二人目の方は聞いてもいないのに自分のクラスは僧侶で特異変性は本性を抑えられない精神の変化だと語り出した。
最後の一人は霜月。目が完全に隠れるほど前髪が長く、それで本当に前が見えてるのかと不思議になる女子だ。冷気を操る異能を持つが、新藤と違い超能力ではないらしい。詳細はわからない。
「ふん、こ~んなチビになっても偉そうなのは相変わらずってわけ? ま、お礼だけは言っといてあげるけど」
「氷室くん、ありがとう」
「あ、アリガトナ氷室」
「バイト先へのあいさつ回りは終わったの?」
俺が教室に入るまでは桜ノ宮と委員長を中心にクラスメイト達に周囲を囲まれていたようで、必然的に如月、加賀美、小堀、桜ノ宮の四人が集まって来たのはほとんど最後の方だった。
如月は中々演技がうまい。いつもの俺を目の敵にしてる感じが出ていて自然体だ。
小堀も適度な素っ気なさで交友が少ない相手への距離感をよく演出できている。
加賀美は全然駄目だが、まあこればっかりはしょうがない。これ以上ボロが出る前に桜ノ宮が割り込んで誤魔化したから良しとしよう。
「おはようございまず氷室くん。それと、ありがとうございます。お陰で助かりました」
「おっはよーっ、氷室くん! みーちゃんも凄かったけど氷室くんもヤバイね! 小っちゃくて可愛い~!」
集まってきたクラスメイトたちに適当な返事を返してようやく自分の席にまでたどり着いたところで、最後に委員長とその友人である大崎の二人がやって来た。多分クラスメイトに先を譲って待っていたのだろう。
委員長は交友関係が広くどこのグループとも繋がりを持っているみたいだが、普段よくつるんでいるのはこの大崎になる。
二人ともホルダーであり、委員長はエアガンと呼ばれる空気銃の異能、大崎はナルコレプシーと呼ばれる強制睡眠の異能を持っている。どちらも特定の分類には属さない、いわゆるその他の異能だな。
「こっちこそありがとな。委員長が助けた生徒の中には俺の妹分も交じってた。犠牲者0ってのは俺と桜ノ宮だけじゃなくて、委員長のお陰だ」
「謙遜しないで下さい。私のやっていたことはその場しのぎに過ぎません。氷室くんたちがダンジョンを踏破してくれなければ何の意味もありませんでした」
「聞いてよ氷室くん。みーちゃんってばずっとこんな調子で、私は大したことしてませんなんて言うんだよ? 氷室くんからももっと言ってあげて! みーちゃん凄いって!」
委員長の言葉も間違いではないが、たらればを語ってもしょうがないだろうに。結果として委員長がやったことには大きな意味があった。それは間違いない。
というか正直、感謝はしているが未だに信じられないという驚きもある。俺は菓子姫の力であれば可能性はあると思ったからこそダンジョン踏破という選択をしたが、委員長はダンジョン内では何の力も発揮できないホルダーだ。にもかかわらず素人集団を統率し、なり立ての冒険者を上手く采配して死傷者を出さなかった。
「委員長こそ、謙遜も度が過ぎると嫌味になるぞ。委員長がやったことは誰にでも出来ることじゃないし、その結果たしかに救われた生徒がいる。胸張って自慢しろよ」
「ふふ、自慢はしませんよ。でもそうですね、わかりました。どういたしましてです、氷室くん。これから大変だと思いますけど頑張ってください」
「氷室くんファイト!」
委員長はぺこりとお辞儀をし、大崎は激励をして自分の席に戻って行った。
教室の中には俺に話しかけに来ていないクラスメイトもいるが、全員が全員被害者というわけでもない。一先ずこれで一息ついたと思って良さそうだ。
「ふっふっふ、人気者じゃん氷室。やっと落ち着いて話せそうだね」
「……枡米か」
いたのかこいつ。
性格的に真っ先に話を聞きに来るだろうと思ってたから、逆説的にまだ登校してないと思ってたんだがな。
「何その嫌そうな顔、失礼しちゃうなー。折角このあたしがあんたの武勇伝を広めてあげようと思ってんのにさ」
「結構だ。お前に話すことなんざねーよ」
名前を捩ってマスゴミと揶揄されることすらあるこの自己中女が食いつかないわけがないのはわかりきっていた。
知名度を上げる方針なら使い道はあったかもしれないが、地盤固めを優先すると決めた以上こいつに関わっても良いことはない。
「ふふーん、そんな態度取っちゃって良いのかな~? あんただって冒険者になった以上隠しときたい情報とか切り札の一つや二つあるでしょ? だけどあたし相手に隠し通せると思う?」
「勝手に言ってろ」
そもそも嘘看破系の異能は黙秘である程度対策できる。そのうえ桜ノ宮お抱えの魔術師から嘘看破への対抗魔術を施されているのだから、枡米の異能など何ら脅威にならない。
「……何その自信、ムカつく」
今、俺の言葉に異能を使ったな。
「てかちょっと考えればわかんない? あたしっていうメディアが協力してやるって言ってんだけど? あんたこれから冒険者として活動すんでしょ? 知名度はあるに越したことなくない?」
どうやら多少は冒険者について知ってるらしい。言っていることもそれほど的を外してはいない。
しかし役者が違う。こいつも馬鹿ではないと思っていたが、桜ノ宮のことをある程度知った今となっては比べるべくもない。
当然、枡米と桜ノ宮では前提となる情報が違う以上単純比較は出来ないが、もし桜ノ宮が桝米と同じ立場だった場合、こんな短絡的な動き方はしないだろう。
「どうだかな。ま、どうしても知りたいってんなら勝手に調べろよ。俺は何も話す気はない」
「……ちっ。わざわざ家まで行ってあげたのに警察呼ぶし、あんたちょっと冷たくない? それでも友達なわけ」
いつの間に俺とこいつは友達になったのだろうか。都合の良い奴だ。
というか、不可視の鬩ぎ合いでも弾ききれなかった野次馬は警察を呼んで追い払ったと明から聞いてたが枡米もその一人だったのかよ。本当に迷惑極まりない奴だ。
「大体あんた――」
「どけ自己中女。おい、氷室」
「あん?」
まだ何か言おうとしていた枡米を強引に押しのけて誰かが声をかけてきた。
今の俺と比べるとかなり長身で、いつにも増して鋭い目つきのツンツン頭。
「堀口か」
さっきまで教室にはいなかったはずだが、枡米に絡まれてる間に登校して来てたらしい。
確かあの日、こいつはすぐに帰っていたからダンジョンアサルトには巻き込まれてないはず。
礼を言いに来たってわけでもないだろうし、何の用だ?
「……お前、氷室で間違いないんだな?」
「まあな。特異変性のことくらいお前なら知ってるだろ」
クラスの連中もちょっと驚いてはいたが、今の姿の俺を氷室凪だと認識していたため、恐らく事前に学校側から知らされていたのだろう。加えて堀口は冒険者なのだから、ダンジョンアサルトに巻き込まれればこういうこともあるってことくらいわかってるはずだ。
「そう、か……」
珍しく歯切れが悪い。何だってんだ。
「なんだよ、笑いにでも来たか? 冒険者になる気はないつっといて、結局冒険者になってるじゃねーかってよ。言っとくけど俺は――」
「悪かった」
「――は?」
どうせまた喧嘩を売りにでも来たのだろうと思い、平定者を諦めるつもりはないと言おうとした俺の言葉を遮って、堀口は深々と頭を下げながら謝罪した。
「撤回する。お前は腰抜けなんかじゃないし、半端でもない。お前は、本気だった」
「お、おい、なんだよ急に」
「だけど、それでも平定者になるのは俺だ。お前には負けねえ。それだけだ」
堀口は一方的にそう言い放って、何事もなかったかのように自分の席へ戻って行った。
普段からは考えられないその行動に、俺だけではなくクラス中が呆気に取られて静まりかえっていた。
きっと皆、ついさっきまでの俺と同様に混乱していることだろう。
だがそんな中で俺だけは、堀口の最後の言葉に熱く燃えるような競争心を抱いていた。
「はんっ! 平定者になるのはこの俺だ! 覚えとけ!!」
異能を手に入れ、平定者という目標への明確な筋道が見えてきたことで、お互い平定者を目指して頑張ろうなんて甘っちょろい気持ちは掻き消えていた。
8番目の平定者になるのは俺だ。




