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episode2-10 胸を張って

 休校期間中に誂えた小さめの男子制服に身を包み、見慣れた通学路を美月と並んで歩く。

 お互い部活はやっていないため登校時間がズレるということもなく、美月が入学してからは二人で登校するのが日常となっている。


「制服間に合って良かったね、凪兄さん」

「シーズンでもないからな。暇だったんだろ」

「もう7月だもんねー」


 蒸し暑さの中にもどこか爽やかな涼しさがあった初夏も終わり、季節は夏真っ盛り。

 今年もニュースでは記録的な猛暑であり熱中症に注意が必要だとしきりに繰り返していたが、毎年似たようなことを言っているような気もする。

 雲一つない澄み渡った青空には燦々と輝く太陽がこれでもかと存在感を示しており、降り注ぐ陽の光が俺たちのことをじっくり弱火で調理しているかのようだ。


「クッソあちー。女子制服にしとけば良かったかもな」

「駄目に決まってるでしょ。凪兄さんは隙が多すぎるもん」


 俺みたいに後天的に性別が変わるというのはよくある話ではないが、大変革以降は滅多にないというほど希少な現象でもなくなった。

 だからそういう状況になった時、学校や社会での対応方法もある程度マニュアル化されており、最近では大きな事件や混乱が起きたと言う話もそこまでは聞かなくなっている。

 制服に関してもそのマニュアル化された対応の一つであり、ATS被害者は肉体の性別と精神の性別、どちらの制服を着用しても良いということになっている。


 俺の場合は異能の都合上仕方なく現状維持をしているだけであり、当然男子制服一択だったわけだが、隣を歩く美月のスカート姿を見ると夏だけは女子制服というのもありかと思えてくる。


 ちなみにATS被害者とは、Acquired Trans Sexual被害者の略称であり、直訳すれば後天的性転換被害者ということになる。被害者部分は略してATSと呼ばれる場合もあるな。


「ほら、胸元緩めないで」

「暑いんだからしょうがねーだろ。それにこんななりでも俺は元男だぞ? そんな警戒する意味ねーって」

「甘いよ凪兄さん。最近は今可愛い女の子なら元は男でも関係ないって人もいるんだから」

「そんな一部の例外のことまで気にしてられるかよ」


 ATS被害者が珍しくなくなったことで、色恋沙汰も様々に多様化してるってのはネットか何かで見たことある気もするが、そんなのは少数派だ。

 生まれついての女とATSの女がいた場合、普通の男は前者を選ぶ。というか、後者はそもそも選択肢に入りすらしない。元男ってのはそれだけで特大のマイナスだ。その辺美月はよくわかってないみたいだが、何も心配する必要なんざないんだよな。


 まあATSでもよっぽど面が良いとか胸がデカいとかなら注目されることはあるだろうが、別に見られるくらい減るもんでもないし気にするほどのことじゃない。


「だいたい、美月も俺の異能のことはわかってるだろ? 万が一、いや億が一俺に発情した物好きが襲って来たしても返り討ちにしてやるだけだ」

「それはそうだけど……」


 ダンジョン外での異能の検証は美月にも手伝ってもらっている。

 当初は体格と筋力が大幅に低下した俺を心配していた美月だが、俺の異能がダンジョン外でも使えるとわかってからは多少安心した様子だった。


「凪兄さんが厭らしい目で見られるのが嫌なの。凪兄さんは私がそういう目で見られてたら嫌じゃないの?」

「そりゃぶっ飛ばすな」


 俺の妹分に邪な視線を向けるなんざ万死に値する。


「ほら、私も同じだよ」

「……たく、しょうがねーな」


 美月の言い分も理解できてしまったため、開放していた首元の第二ボタンを渋々しめる。


「本当に気を付けて凪兄さん。今の凪兄さんに言寄ってくる人なんて、みんなロリコンの変態だって思わなきゃ駄目だからね」

「いや、ロリコンってお前なぁ」


 この休校期間中に健康診断をやった結果、現在の俺の身長は144cm程度であることがわかった。

 確かに女子高校生の平均身長と比べればかなり低めではあるが、そうは言ってもロリなどと揶揄されるほどではない。


 それに


「この胸を見てもまだ俺をロリだなんて言えるかよ?」


 隣を歩く美月にも見えやすいように、大きく胸を張って胸部を強調する。

 それほど大きくはないが、つるぺたというほどないわけでもない。こうしてアピールすれば確かな膨らみを目視できるくらいにはある。


「何してるの凪兄さんっ! 外では変なことしちゃ駄目って言ってるでしょ! それにそういうのもセクハラだからね!」


 顔を真っ赤にして怒っている割には、美月の視線は突き出された俺の胸に集中している。

 そういう視線は女子は気づいてるというが、たしかにこれは見られてるってわかるな。


「はん、ロリの胸見せつけられてセクハラってことは、そりゃつまり美月もロリコンってことじゃねーか」

「ああ言えばこう言うんだから……。とにかく、ATSだとしても今は女の子なんだから自覚を持ってね」

「わかったわかった。そんな何度も言わなくてもわかったって」


 もうここ数日で耳にタコが出来るほど聞いた言葉だ。過保護な母親かってレベルだぞ。


「つーかさ……」


 そんな風に美月と雑談したりふざけている間にかなり学校に近いところまで来たわけだが、どうにも今日はいつもと違う感じがする。


「なんか俺たち見られてねえか?」

「そうだね。でも見られてるのは多分凪兄さんだと思うよ?」


 この辺まで来るとチラホラ他の生徒の姿も見えてくる。それ自体はいつもと変わらないのだが、今日はやたらと視線を感じる。

 こっちを見ている生徒の方へ視線を向けると、一瞬目が合うがすぐに視線を逸らされる。

 二人組や複数人で登校している生徒は何やらこっちを見てひそひそと話している。しかし嘲笑してるような雰囲気でもないし、どうにも変な感じだ。


「見た目女子の俺が男子制服着てるのが珍しいのか?」

「多分そういうことじゃないんじゃないかなぁ」


 まあ、そうだよな。そんな理由じゃないことはわかりきってるし、美月もわかっているから何とも言えない歯切れの悪さで苦笑したのだろう。


 この視線は十中八九ダンジョンアサルトを踏破したことが原因だろう。

 世間では事件当日に話題になったくらいでその後は大して盛り上がらず、今となっては冒険者界隈で語られている程度に落ち着いているが、当事者たちにとってはほんの数週間前の大事件であり、今もその悪夢のような恐怖体験は心に深く刻まれているはずだ。

 そして当然、その悪夢を終わらせた存在についても世間一般よりは関心があって当たり前。


 全員が全員というわけでもないが、学校前に来る頃には道行く生徒の7割方の視線を集めているなと感じるほど、俺たちは多くの生徒の注目を集めていた。

 ダンジョンを踏破したのが俺と桜ノ宮だってのはニュースにもなったし、巻き込まれなかった生徒でも流石に知ってるわな。


「あのっ」

「氷室先輩ですよね!」

「あ、あぁ」


 悪い気はしない。むしろ、もっと俺に感謝し崇め奉れと上機嫌になって校門の内側へ歩みを進めたところで、見慣れない二人の女子生徒に呼び止められた。

 まさか遠巻きに眺めるだけではなく声をかけてくる者がいるとは思っていなかったため少しだけ言葉に詰まる。


 俺を先輩と呼ぶということは1年だろう。

 というかこの二人、名前は思い出せないが顔は前に見たことがある気がする。

 確か、枡米から買ったホルダーのリストに載っていたはずだ。


「私たちこの前のダンジョンに巻き込まれて、何にも出来なくて、もう駄目だって思って……」

「でも氷室先輩のお陰で生きて帰って来れました! 本当にありがとうございます!! 先輩は私たちの命の恩人です!」

「これ、私たちの感謝の印です! 受け取ってください!」


 二人は感極まったような上ずった声音で感謝の言葉を述べ、深々と頭を下げてから小さな紙袋を俺に押し付けて返事も待たず足早に去って行った。


 あっと言う間の出来事に呆気に取られてしまった。

 何と言うか、こんなこと本当にあるんだな。


「凪兄さん、嬉しそうだね」

「……別にぃ」


 ホルダーだからダンジョン内で戦う方法もなく絶望していたんだろう。さっきの感じからすると、委員長が回収して回ってたって集団にも合流出来なかったってところか。それなら確かに、ダンジョンを踏破した俺を命の恩人扱いするのもうなずける。


 そしてどうやらそれは少数の例外というわけでもないらしい。


 最初の子たちを皮切りに、その後も度々見ず知らずの生徒や顔見知りの生徒に呼び止められては、涙ながらに、あるいは軽い感じでお礼を言われたり、時には贈り物を貰ったり、心配の声をかけられたりと、様々な形で感謝を伝えられた。


 崇め奉れなんて思ったのは冗談みたいなもので、実際のところ別に誰かに感謝して欲しくてダンジョンを踏破したわけじゃない。

 半分は美月のため、もう半分は自分のためで、無事に終わった今となっては平定者を目指す道の通過点に過ぎないと思っていた。


「ま、たまには称賛されるのも悪くないな」

「もー、素直に嬉しいって言えば良いのに」


 似たようなもんだろ。


 気分を良くした俺は自分でも知らず知らずの内に堂々と胸を張って歩き出し、またしても美月に叱られるのだった。

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― 新着の感想 ―
周りから見たら、その女の子が普通の少女か、元男か、なんて解らんだろうに。 知り合いなら兎も角さ。 つまり、元男でも危険性は変わらんのだぞ?
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