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君臨するは我にあり! ~菓子姫平定録~  作者: ペンギンフレーム
一章 ダンジョンアサルト編
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episode1-41 報告

 体育館に足を踏み入れると、普段学業で使ってる時とは随分と様相が変わっていた。異能庁の制服を着た職員や、スーツ姿の見慣れない大人たちが慌ただしく行き交っており、生徒の姿は見当たらない。知っている顔と言えば、何人か先生がいるくらいか。


 支援拠点などというくらいだから何か大がかりな設備やら物資があるのかと思っていたが、とくにそれらしきものは見当たらない。

 目につくものと言えば、ところどころにカーテンで仕切られた簡易的な個室のようなものが用意されていることと、受付のように並べられた机と椅子くらいのものだろうか。イメージとしては健康診断に近い。


「思ったより仰々しくないな。ここで会議とかしてるのかと思ったけど」

「対策本部は大抵現場じゃなくて省庁や都県に置かれるものよ。あなたのお母さまが言ってた通りここは支援拠点。まあ、その設営もまだ追い付いてないでしょうけどね」


 ダンジョンアサルトが発生してからまだ3時間くらいしか経ってないし、とりあえず人を派遣して現場の混乱を収めるフェーズだったのだろう。それがまさかこんなに早くダンジョンが踏破されるなんて、予想できまい。


「お話し中のところ失礼します。桐井主査、最後の要救助者2名を連れて来ました」

「あぁ、ありがとうございます氷室さん。川端係長、すぐに魂魄鑑定をするから用意を。氷室さんもお願いします」

「はい」

「わかりました」


 何やら忙しそうに話をしている黒髪オールバックの中年男性に母さんが声をかけると、その桐井と呼ばれた男は端的に指示を出し、簡易的な診察室へ母さんたちが向かうのを少しだけ目で追ってから俺たちの方へと向き直る。


「桜ノ宮葵さんと、氷室凪さんで間違いありませんか?」

「はい、私が桜ノ宮です」

「氷室です」

「それでは、これから本人確認と負傷や体調不良の有無の確認のため簡単な診療を行います。こちらのリストに名前を記入して、向こうの診察室の前の椅子に座ってお待ちください。順番に名前を呼ばれますので、呼ばれたら診察室に入ってください。終わった後は元の椅子に戻ってお待ちください。何か質問はありますか?」

「大丈夫です」

「ないです」

「ではあちらでお待ちください」


 桐井と呼ばれた男はそれだけ言うと再び周囲の人間と話を始め、かと思えばノートパソコンに向かって何かの情報を打ち込んだり、どこかに電話をかけたりと慌ただしく動き始めた。

 こんな状況だというのに凄いな。なんて淡白で機械的なやり取りだ。まるで市役所の人間と話してるみたいだ。


「別に褒め称えろとは言わないけど、それにしても反応薄過ぎないか? 役人てのはみんなあんな感じなのか?」

「あの人のお仕事はあくまで被害者支援なのよ。私たちも一被害者として扱ってるんでしょうね」

「職務に忠実なんだか融通が利かないんだか……」


 診察室前で座って待っている間、桜ノ宮と他愛もない雑談をして時間を潰す。

 まあ、今は落ち着いてるみたいだが一斉に緊急脱出させたことを考えればついさっきまで大忙しだったのだろうし、人をさばくためには一々特別な対応とかしてる余裕はないものか。


「桜ノ宮さーん」

「はい」


 準備が終わったのか、川端と呼ばれた男性が診察室から出て行ってすぐに母さんが桜ノ宮を呼ぶ声が聞こえた。桜ノ宮はそれによく通る声で返事をして診察室へと入っていく。


 話相手がいなくなったことで少しの間暇になったため、情報収集がてらスマホでSNSを開いてみると咲良町で発生したダンジョンアサルトについてそれなりの話題になっているようだった。冒険者やダンジョンの話題はそれほど世間の注目度が高いわけじゃないが、流石に高校と重なるように出現して生徒を巻き込んだのが大きかったのか、ニュース速報にもなっている。

 さっきの記者の群れの中に生放送中の局でもあったのか、ネット上では半信半疑という感じだがダンジョンが踏破された情報も出回り始めているようだった。


「氷室さーん」

「氷室くん、あなたの番よ」


 スマホと睨めっこしていたのはほんの数分だったのだが、いつの間にか桜ノ宮が戻ってきており自分の名前を呼ばれていた。早いな。


「へいへい。つーか氷室さんて、母さんにそう言われると変な感じだな」


 適当に返事をしながらカーテンの仕切りをくぐって診察室に入ると、椅子に座った母さんがバインダーに挟まれた紙にさらさらと何かを書き込んでいるところだった。


「私も違和感凄いけどしょうがないでしょ、仕事なんだから。それじゃあ質問するわよ。あなたは氷室凪さんで間違いありませんね?」

「間違いない」

「怪我はありませんか? どこか痛い場所や体調が優れない部分は?」

「こんな身体になっちまったこと以外はとくにないかな」

「気分はどうですか? 気が滅入るとか、興奮して落ち着かないとか、なにか気になることはありませんか?」

「ないよ。精神の方の特異変性は多分ない」


 特異変性は身体的、または精神的、若しくはその両方に不可逆的な変化をもたらす。

 ただ、身体的な変化であれば自分でもすぐわかるが、精神的なものとなると自分では気づけない場合も多い。だから断言はできないが、今のところ自分の性格や思考が変わったという実感はない。


「そうですか。それじゃあ聴診をするので服をまくってください」

「……やっぱやんの?」

「後から何かありましたじゃ困るでしょ。恥ずかしがらずにさっさとしなさい」

「はいはい、やれば良いんだろやれば」


 家で半裸でうろつくのは何も気にならないのに、こういう状況だと何か気恥ずかしい気がするのは何でだろうな。


「あーあー、あんなに筋肉質で逞しかった息子が、こんな小さくて華奢になっちゃうなんて、ダンジョンって不思議よねぇ」

「余計なこと言ってないで早く終わらせてくんない?」


 セクハラだろこれ。


「はい、じゃあ後ろ向いてくださいね。あなた髪長いわね。これ手入れ大変よ」

「帰ったらバッサリ切るから」

「折角ここまで伸ばしたのにもったいないじゃない」

「伸ばしてねえよ」


 クソっ、逃げられないのを良いことに弄り倒しやがって。


「肌も白くてすべすべだし、私もこんな風になりたいわ」

「これ幸いに息子の身体を観察するのは楽しいか?」

「良いじゃない、どうせ今だけなんでしょ?」

「……」


 まあ、普通はそう考える。


 特異変性による変化は不可逆。カフェラテから牛乳だけを取り除くことが出来ないように、元の自分と寸分違わぬ姿に戻ることは難しい。

 しかし、カフェラテに別の物を混ぜることで全く異なる飲み物へと変えることが出来るように、別に元の自分を完全再現とまではいかなくても、性別を男に変えるくらいなら手がないわけじゃない。

 外科的なものではなく、遺伝子レベルで性別を変える手段は存在する。馬鹿みたいな費用がかかるため普通の一般人には手が出せない代物だが、桜ノ宮との取引のことを考えれば不可能ではない。

 そして桜ノ宮との取引がなかったとしても、国家魂魄鑑定士である母さんの財政力なら一生手が届かないというほど遠い目標でもない。


 だから母さんは、俺がそうした手段によって男に戻ることを希望するのなら、協力してくれるつもりなのだろう。


 だが


「予想が外れて残念だけど、当分戻るつもりはないよ」

「お金のことなら心配しなくて良いのよ? 貯えもあるし、生活に困るようなことはないわよ?」

「俺がダンジョンを踏破したことくらい母さんもわかってるんだろ? それを金に換えるあてもある。別に気を遣って言ってるわけじゃない」

「じゃああなたこれから女の子として過ごすって、本気でそうしたいの?」

「そうだよ。だから――」


 余計な心配はしなくて良い、そう続けようと思ったのだが


「気が付かなかったわ、まさか凪が女の子になりたがってたなんて……」

「ちげぇよ!」


 それじゃあ俺が自分の身体と心の性別の不一致に悩んでたみたいじゃねぇか!!


「俺の異能の話だよっ。俺の冒険者としてのクラスは菓子姫なんだよ!」


 こういうクラス名に外見的な特徴が入ってる場合、その条件から外れることで力を失ったり変質するケースがある。

 別に女になりたいなんて毛ほども思っちゃいないし、むしろ背が低いわ力は弱いわで不便そうだと感じるが、それでもこの菓子姫というクラスが持つ力は無視できない。この力は平定者を目指すうえで俺の大きな助けになってくれるはずだ。


「そう、ユニーククラスを得たのね。そういうことならわかったわ。あなたがそうしたいんなら好きにしなさい」

「最初からそのつもりだ」

「まったく、口が減らないわね。特に問題なし、健康そのものよ」


 聴診器が背中から離れたのを感じて、いそいそと服を戻しつつ前を向く。

 まったくはこっちのセリフだ。悪ふざけしやがって。


「これでおしまい。戻っていいわよ」

「はいはい。帰りは遅くなりそうなのか?」

「多少ね。先に帰ってていいわよ。明にもご飯は先に済ませるよう言っておいて」

「ん、了解」


 最初と同様適当に返事をしてカーテンをくぐり診察室を後にする。


 外に出ると、なにやら桜ノ宮が異能庁の職員と話をしているのが目に入った。

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