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ヘタレ剣道一本勝負  作者: 八雲 辰毘古
入段試験:歴史が継げない僕らについて
22/23

第22話.譲れないモノ、ただそれだけ。

 二〇〇九年、春の公式戦。

 ついにこの日が来た。来てしまった。


 場所は相変わらず川越某所の中学校体育館で、そこには六つのコートが出来上がっている。ぼくたちタマキタは例年のごとく最寄りの駅に集まり、そこからてくてくと歩いてきたわけなのだ。

 ぼくは結局補欠にもなれなかった。だから大木や佐伯先輩たちと同様、ジャージを着て選手の荷物持ちをしている。いっぽうで昨年よりも楽なのは、その役割の一部を新一年生に委ねられたことだった。


「先輩〜、これ重いっすよ」

「ガタガタ言わないの」


 今年の一年生は、いま時点で合計七人。同時期に四、五人を往復していたぼくらに比べれば、人手も教える相手も多い。ぼくたちは佐伯先輩たちと腕を振るって作業指示を出していった。相手校の調査、試合の結果確認、昼ごはんのお弁当や、保護者の観戦のサポートなどなど。

 試合は、一見順調だった。タマキタは例年の常勝校だから、予選シードで最初の一回戦は〝待ち〟になる。その間にぼくたちは後輩をスパイに出して試合結果の記録をさせる。


 だいたい予想通りといった感じだった。


 埼玉県西部地区での常勝校、雁行(かりゆき)、北丘といった(剣道部界隈では)名だたる学校の名前がトーナメントを勝ち進んでいくなか、タマキタはようやく二回戦で初戦を迎える。相手校はさいたま栄達だ。

 錬成会で初めて知った名前だが、あまり強いといった印象は受けなかった。ぼくでも勝てた相手である。もっとも、それは二軍の中堅くんだったので、一軍が桁違いなのは間違いないのだが──


 ぼくは選手陣の側でたすきを結びながら、中嶋の背中に回った。


「がんばれよ」

「おう。ぶちのめしてやる」


 中嶋は軽口を叩いた。でも、おまえは試合に出ない予定じゃなかったのかよ。

 もちろん、正規のレギュラーでの出番だった。急に組んだ布陣なので試してみると言った心地もあっただろう。だが、夏野先生は強気に選手たちを焚き付けた。


「おまえらの日頃の頑張りからすれば、安心して勝てる相手だ。平常心だ。平常心で勝て」

「はい!」


 早速、団体あいさつと、試合開始──


 先鋒:設楽。構えて、ソンキョ。


「はじめ!!」


 立ち上がりざま、一本。すかさず赤旗が三本、瞬きひとつで上がった。

 続きも瞬殺と行きたかったが、設楽の相手は左手をしゃくりあげるようにして逃げの姿勢を取った。小手面が空振り、竹刀に防がれる。間合いが詰まり、鍔迫り合い。


 設楽が離れようとするたびに、相手が粘着する。これは勝てないとわかった以上の苦しい戦術だ。見てて気持ちのいいものではない。

 案の定、設楽の発声に若干威嚇の調子が混じり始める。詳しくは見えないが、ぼくの知ってる設楽ならガンを飛ばしているはずだ。だが相手は身を強張らせて守りに入る。設楽が必死に攻めるも、動体視力だけは良いのか、ギリギリのところで竹刀や腕で防具を庇ってしまう。


 打たれまいとする一心で、防具を身で守る。これはあまりに本末転倒だ。

 だがあまりの回数、敗戦を重ねてきたぼくには、その醜さはかえって痛いほど、苦しいほど理解できる。それはうぬぼれかもしれない。が、この舞台において重要なのは自分が勝つことでは無い。


 団体が──チームが勝つために自分に何ができるか、なのだ。


 設楽はまだ、勝とうとしている。勝つことが自分の使命だと思っているからだ。しかしそれは少し違う。先鋒の役割は試合の流れをこちらに良いように作ることだ。勝つことは、圧勝することはそのひとつの手段に過ぎない。しかし設楽は歯を剥き出しにして、感情すらも露わにしたケンカっ早い犬のような戦い方だった。まるで自分の先にも後にも人なんていない、というような──


 ヒュンと、鞭打つように竹刀が翻った。設楽の面がついに相手の防戦をかい潜って面を叩いた。赤旗が三本。ここまで二分弱の苦戦であった。


「ばかやろう。なんて試合したんだ」


 夏野先生は軽く説教した。ぼくは先生の背後から補欠組ともども試合の記録をつけていたので、設楽が何に怒られているのか一部始終聞こえていた。

 さて、しょうじきに告白しなければいけない。ぼくがさっき賢げに書いていたことは、いましがた夏野先生が設楽にした説教の受け売りだと言うことだ。当時はぼくはまるでわかってなかった。ただ目の前の試合模様がどうなるかを手に汗握り、せっかく勝った設楽がなぜ怒られているのかとちょっとかわいそうな気もしたぐらいだった。


 でも、いまならわかる。設楽は、この時からずっと何かに追われるように焦っていたのだった。


 次鋒は三木先輩である。こちらは小手に逃げがちであることを差し引けば、順当に勝ちだった。もちろんあとでそのことをこってり説教された。


 中堅湯浅は、鋭い面が序盤で決まったが、二本目は打ち返され、互いが互いを牽制しあううちに引き分けに終わった。これに対しての夏野先生のコメントは「もう一歩、勇気が要ったな」だった。


 さて、流れが微妙になったのは、副将の遠藤先輩だ。

 新人戦で先鋒無双をかました先輩だったが、副将では思ったほどの動きができず、まるで相手が面を打つのを待っているようなもたつきようだった。面が来るたびに返し胴を打ち、抜けきらずに相手の追い打ちを防ぐ。そんなことの繰り返しで、いつしか相手の面が早くなった。


 結果、打たれた。そのまま負けた。


 嫌な流れだ。このままストレートに負けたところで負けることはない(勝者数が同じ場合は取った本数の総数で決まる)。しかし良い気持ちにならない初戦なのは間違いない。

 決して口にはしないが、ぼくが初めて見た公式戦の凄まじい勝ち方からはほど遠かったのである。


 ぼくは、この時までなにか勘違いをしていたことに気がついた。

 タマキタが強いのではない。タマキタの制服を着て、タマキタの練習をして、タマキタの名前を背負っているから、ぼくたちが強いのではない、ということ。


 もっと言えば、タマキタの名前を背負うに値すると、そう言われた人たちですら、ほんのちょっとした状況の揺れで、ぜんぜん別人のように勝てないということ。


 北島先輩が主将だった、あのチームが圧倒的に強かったのだ。ただそれは、北島先輩だけが強いということではない。みな、ぼくから見れば足元に及ばないかと思わされるようなほどの実力者であり、経験者である。

 しかし、大将が圧倒的な実力者として、君臨すること──そのことによるチームの安定感は、信じられないくらい団体戦の成績に影響する。それは言うなれば、リレーのアンカーのようなもので、「いま自分が頑張れば、あいつにこのバトンを渡せば、結果を出してくれる」と信じることに等しい。


 黒崎先輩はそのバトンのアンカーであることに耐えられなかった。アンカーとして最後を走ることを拒んだのである。


 この役割はいずれはだれかがやらねばならない。毎年続く公式戦、入れ替わり立ち替わりする部活の部員たち、先輩と後輩の関係……そのざまざまなコミュニケーション、日頃の下世話な会話や生意気の応酬、練習や日常でのぶつかり合いをしながら、それでも結果を出すために、ただひとつ公式戦に向けて一丸となって前に進むことを心得てきた人たちの、血の滲むような時間の蓄積。

 そのすべてが、「大将」の二文字にどんと重くのしかかる。


 思えば、北島先輩以前の先輩は、決して北島先輩ではなかったし、黒崎先輩は北島先輩ではなかった。そして久川先輩は、黒崎先輩の代わりには決してならない。

 それでも、タマキタの歴史の一翼を担うものとして、大将を背負うのである。


 その久川先輩が、大将戦に臨んだ。


 主審の開始の合図とともに立ち上がる。その結果は、一本勝ちだった。

 そう、そうなのだ。久川先輩はまだ、「大将」であることに慣れていない。


「黒崎の代わりはだれもいない」


 初戦の団体勝利ののち、夏野先生は珍しく選手・補欠、応援部員全員を集めて説教に入った。


「そうだろう? いつまであいつのことを引きずってるんだ。もう過ぎたことを、ここに持ってくるんじゃない」


 その声にじゃっかんの感情的な響きが含まれているのを、ぼくたちは敏感に察した。

 説教が終わると、ぼくは佐伯先輩がぼやくのを耳にした。


「まあ、無理もないけどね。黒崎、小学校の時から夏野先生が目を付けてたから」

「目を……?」

「ある種のスカウトみたいなもん。設楽もその口のはずだよ」

「いちおう、おれも親がつながりだから、タマキタは剣道部一択だったわけだけど。そこはあてが外れたと言うか、まあね」


 佐伯先輩は苦笑いする。この、老成したというか達観した感じは、ぼくは追いつける気がしなかった。


「引きずってるのは、むしろ先生のほうだよ。おれらはおれらなりに頑張ってる。ただ、黒崎が強かったんだ」

「黒崎先輩って強かったんすか?」


 途中で未経験者の新一年生が割って入る。まあこいつらは黒崎先輩の試合を一度もまともに見たことないから、無理はないかもしれないが。


「強かったよ。北島先輩にも負けないぐらい。ほんとはね」

「でも、やめたじゃないですか」

「まあね」

「てことは、弱かったてことじゃないすか」

「……」

「おい佐渡島、生意気言うなよ」


 ぼくがさすがに堪えきれなくて諭すと、佐伯先輩は首を振った。


「そうだな。メンタルと言う意味では弱かった。だから、実力も半分も出てない。そう言う意味では弱いさ。その弱さとも戦えなかったわけだしね」


 佐伯先輩の目は、しかしどこか遠くを見るような感じがあった。


「そういう意味じゃ、みんな弱いよ。県大会でも二回戦勝てれば良い方なぐらい。おれたちはみんな全国レベルから見れば、話にならないザコだ」

「あっ……」


 そういう意味で言ったつもりではなかったのだろう。後輩がしどろもどろになる。


「違うんだよ。佐渡島。おれたちはあんなに練習やってるのに、それでも試合になった途端に焦ったり、『負けたら嫌だな』とか思ったりする、そんな奴らだってことなんだ。強くもなんともないんだ。それでも、勝つんだよ。勝つ」


 なぜ? なんのために?

 そんなこと、だれにだってわかりっこない。


 お昼を食べ、アップをしてから三回戦になると、今度は北島先輩や飛田先輩が観戦に来た。タマキタはこの時期運動部が大会続きなので、例外的に次週と早帰りのメニューだそうだ。この春、高等部に入ったふたりは、そっちの練習もそこそこに、川越くんだりまで足を運んで応援に来てくれた。

 試合はちょうど後半戦だった。遠藤先輩が苦戦し、久川先輩が頑張って勝ち越した。なんとか勝っている、と言った状況。それを見て飛田先輩が無邪気に言う。


「なんだよ〜おれっちのいた時より全然弱えじゃん」


 試合が終わり、高一の先輩方が選手陣と交じり合った。茶化してるのか、発破を掛けているのか、ちょっとぼくにはわからなかったが、状況が変わったのはその後だった。


 準々決勝──相手は北丘中。昨年の公式戦では決勝で北島先輩と接戦だった。今年はあの時ほどの輝きはなかったが、それでも依然として要注意の実力校であることは間違いない。


 ここで意外な人選が行われた。夏野先生が試合の直前、戦績の振るわない三木先輩と、湯浅を外したのだ。


「かわりに窪田、そして中嶋、はいれ」


 へっ、と言う声があるかないか、すかさずはいっ! と返事をしてことなきことを得た。しかしこの期に及んで、この選択をするとは──

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