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ヘタレ剣道一本勝負  作者: 八雲 辰毘古
入段試験:歴史が継げない僕らについて
16/23

第16話.クリスマス? おらぁサムすぎてブルっちまうね。

 あっという間に秋が終わり、冬になる。ぼくらにとって秋はイベントが目白押しである一方で、過ぎ去ってみれば何も残らない。

 おまけに気がつけば第四回目の定期考査がある。数々のできごと(主に部活動)に忙殺されていたぼくたちは、またしても机の前にかじりつかねばならなかった。


 しかし、どんなに部活でしごかれた不屈の精神があったとしても、せいぜいできるのは一夜漬けである。勉学の方はどうしたって敵わない。

 いちおうタマキタは私立の自称「進学校」、高等部単独で切り取ると偏差値が六〇にも達する〝大した〟学校なのだった。中等部はそのレベルに比べるとマイナス五、と言ったところで中学受験予備校(学習塾?)では、「まあ、景気付けの滑り止め校だろう」という評価だった。


 学歴社会において、基本的に見られるのは大学の名前までだ。しかしその大学に至るまでの道は険しい。良い大学に受かりたければ高校できちんと勉強できる環境が必要で、そういうことのできる良い高校は、だいたい厳しい入試の篩に掛けられる。

 ということは、良い大学受験をするためには良い中学から選ばなければならない。そしてその良い中学というのは、たいてい自分の住んでる地元にはないのである。


 ふつうの小学生は、学区に応じて地元の小学校に通わされ、何もしなければ、同様の学区で割り当てられた中学に通う。これは義務教育が定めるひとつのパターンである。ところが先ほど話したような、「良い中学」というものを考えると、ぼくみたいな人間は「ふつうの」進学路線から外れた道を進まなければならなくなる。

 仮にそうだったとして、小学生の時点でそこまで考えて行動できる人間なんて、そうそういない。いたとしても、それを叶えるためには親の立場というものがある。中学受験は「親の受験」と言われているのも、そうした背景があるのだった。


 つまり何が言いたいのかと言うと、ぼくは決していまやってるテストの問題が、自分がやりたくてやってるわけじゃないということだった。

 第一、算数だけでも七面倒くさいものを、なにゆえ数学などとして余計に小難しくするのであろうか。


 中学受験でもさんざん泣かされた計算問題が、やれXだのYだのの不可思議なアルファベットに置き換えられていくのもよくわからなかった。この計算式がグラフAになりますと言われるとなおさらだった。なんだよ計算式がグラフになるって。それが直線じゃなくてUの字みたいな曲線になるっていったいどういうことなんだ。

 そんな途方に暮れるような第四回定期考査は、初めての赤点だった。ちなみにタマキタの赤点は三十五点未満を指す。


 そして赤点は、剣道部(うち)では丸刈りの刑に処される。


「勉強のできないやつに髪の毛は要らない」


 まあそこまで極端なことはさすがの夏野先生も言ってはいないんだけど、ぼくにはそういうふうに聞こえたものだった。


 今回の在籍メンバーで、中等部の髪の毛は時期にしては珍妙な収穫期にあった。


 まず高学年から順に辿ると。


 黒崎先輩が化学で赤点。

 三木先輩が古文と日本史で赤点。

 窪田先輩が理系科目全滅。

 遠藤先輩も数学Bで珍しい失点だ。


 そしてぼくらの代も。


 まずぼくが数学。

 中嶋も数学。

 大木が国語で失点。


 一年生では唯一赤点を回避した湯浅だけが、誰が見てもむかつくようなドヤ顔で髪の毛の収穫現場を高みの見物ときていた。


「お前も五十点だから五十歩百歩だろがい」

「でもおれは赤点じゃねーもんねー」


 文句を垂れる中嶋を、湯浅はさらに煽る。その後頭部を裏拳で叩きのめすのは、飛田先輩である。


「つーかよ、てめーら県大会では結果は出ねーわ赤点は取るわでさんざんじゃねーか。シャキッとしろよシャキッと」

「あれれー、かく言う飛田先輩も、今回たまたま免れただけで第三回考査では失点してませんでしたっけ」

「うるせえ、しばくぞ」

「あっハイ」


 ちなみにいまはバリカン待ちである。高等部の先輩方も赤点真っ盛りだったので、その粛清現場を遠巻きに見ているのである。

 なぜか体育座りの二年生丸刈り決定者たちは、それを見ながらテストの愚痴を散らかしている。


「つか、mol(モル)数ってまじなんなん?」

「あれだろ、6.02掛ける10の23乗でしょ」

「三木なんで知ってんの。つか、三木はなんで国語できないのに数学できんの?」

「るせー。おれからすれば『ありをりはべりいまそかり』をマスターしてるお前らが気持ちわりいよ」

「いいなー、おれなんか全部ダメだったよ」


 途中割って入った窪田先輩に、黒崎・三木・遠藤、その他もろもろ異口同音にこういった。


「いや、おまえはもっと勉強しろよ」

「えー」


 へにゃっと笑って誤魔化す。そんなんでいいのか、先輩よ。


 そうこうしているうちに、高等部の芝刈りが完了した。十五名中六名が丸刈りの憂き目に遭う中、高等部部長は「意地でも刈るもんか」と軽口を叩く。

 聞くところによると、高等部部長、彼女がいるらしい。


 毎日稽古の前後で雑巾掛け、洗濯、パシリと道場を往復するなか、ぼくたち一年生は知っている。汗に溺れるほどの稽古のさなか、身だしなみに気を使う先輩方の背中を、それとなく見知っている。

 鏡の前で眉毛のセルフカットをする先輩、稽古の後に水道蛇口でシャンプーをする先輩、着替えのさなかに制汗スプレーとボディペーパーでニオイを気にする先輩……


 冬休みも目前に迫るなか、学校がなくてもぼくらの青春にはイベントがある。

 ある人もいる。ない人もいる。でも、ぼくらはどこかでそんな青春なイベントを期待するから、仮になかったとしてもゲームとか漫画とかでその欲求不満をみたしている。


 これは男子校ならではなのかもしれないが、部室での会話なんて、「こないだのテレビバラエティ」か「美人な女優の可愛い仕草」か、「クラスの先生の愚痴」、試合のシーズン前だけ「真面目な剣道話」のこのパターンしかない。そうでなければ絡み、いじり、パシリである。

 はっきり言って、しょーもない。ただ、その空気に馴染んで半年以上が経つと、参加せずとも見ているだけで面白かったりするのだから不思議なものだった。


 そんな日常を掻い潜るようにして、先輩方は青春を追いかける。決して部活と勉強だけにならないように、必死だった。

 ぼくはそういう先輩がうらやましくもあり、同時に自分が果たして誰かと付き合うなんてあり得るのだろうかとも思った。


 同じ話はしたくない。この際ぶっちゃけてしまうと、ぼくはいまだに女子が怖かった。一回いじめられている過去があるせいか、それともそれを言い訳にして直視しないようにしているのか、とにかく女の子と話している自分というものが想像できないでいた。そもそもテレビを見ていても、女優の誰それが美人だとか可愛いだとかの話題についていけない。顔立ちが整ってるとか、笑顔が優しそうだとか、それならわかる。でも、それは別に「好き」という意味ではない。第一名前と顔が一致しないのだ。それを「好き」と言うには、あまりにも程遠い。

 異性と話す機会がないうえに、その必要も求められない環境で育っていると、次第になんだかどうでも良くなって来る。しかし同時に異性と話せることが、交際経験があることがひとつのステータスになる世界で生きているぼくたちは、それがないことを小馬鹿にされたり、「まあそういう人もいるよね」と敬遠されたりする。誰かが好きになることがそんなに重要なのだろうか。自分が何かを好きであることを暴露するのがそんなにヒトの中身をわかりやすくするのだろうか。


 女優に興味がなければ声優になるし、声優に興味がなければ二次元? と言う質問になる。ぼくは正直言ってどれも意識したことがない。だからその手の話には乗れない。好きとか嫌いの話は、思春期の少年少女にとっては三度の飯より好きな話題だ。その話題は青春の急行列車のように爆速で吹き荒れる。


 ぼくはただそれが来るたびに、帰り道のにわか雨のように「早く過ぎ去りますように」と願うしかなかった。

 そんなぼくだから、しょうじき見た目を気にかけたこともないし、赤点取って坊主になることの嫌な感じは一ミリもない。こんなことでは、何が罰なのかわかったもんじゃなかった。


「おい、星野、お前の番だ!」


 飛田先輩がバリカンを構える。

 すでに四人が処刑されていた。髪の毛がそこかしこに飛び散り、切られた諸君は武道館入り口付近の水道台に頭を晒し、蛇口をシャワーに髪を洗っている。


 さあ、一刈りいこうぜ!


 そんなノリで、あっという間にぼくは丸坊主にされてしまった。


「うわ、かっこわり」


 湯浅がゲラゲラ笑っていた。このやろう、おぼえていろよ。


 ぼくに続いて中嶋、大木と髪の毛が削がれていく。途中、バリカンの電池が切れて大木が落武者ヘアーになるなどのトラブルがあったものの、無事(?)みな無惨な頭皮を晒していた。


 翌朝からまたふつうに稽古の日々だった。唯一、と言うか坊主になる前と決定的に違ったのは、「面が痛い」ということだった。なにせ頭を守るものがないんだもの! 中嶋の面はより痛くなってるさ!

 見た目もへったくれもなく、ぼくらはそのままクリスマスを迎えた。クリスマスも結局稽古だった。その夜予定があった人がどれだけいたかは知らない。ただ、坊主になったぼくらは頭が冷えて仕方がなかったことだけ、補足しておく。

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