第13話.何年も続けてるとな、竹には五月蝿くなるんだよ。
さて、あれほどキツかった(と言ってもぼくからすれば途中で〝キツそう〟に変わってしまった)合宿も終わると、休みがあった。どうやら高等部の遠征会があるらしく、中二以下はようやく、砂漠の中でコップ一杯の水を得るみたいな至福の休みだったが、よりによって午前中は寝っぱなしで、それからようやく何かをすると言った具合。
それもこれもあっという間に過ぎて、またしてもキッツイ稽古が再来した。ぼくらは相変わらずジャーに氷を詰め、スポーツドリンクを作り、それから雑事をしてから稽古に挑む。そして相変わらず声を張り上げ、喉を枯らす勢いでゼーハー息をし、中嶋に怒鳴られる。
頑張ってるつもりではいるのだが、どうしてもスタミナが足りない。
「いや、お前に足りないのは気持ちだよ、気持ち」
飛田先輩が一回しょんぼりしてるぼくに向かってそう言った。どんな文脈だったのかは忘れてしまった。
「気合いの問題だって。みんなきついのは一緒だよ。それを『おれだけがー』って思ってるからより一層からだが重たくなるんしょ」
「そう、なんですか?」
「そういうもん」
茶々も入らなければ異論も反論もない。
だとすると、ぼくはやっぱり、なんのために剣道を頑張りたいのかがよくわからないまま、それでもやっているだけなのだ。夏野先生も言っていた。ぼく自身がほんとうは何をやりたいのか。それはいまだに答えが出ていないままだった。
悩んでも答えは出ない。結局ぼくらは夏休みの日々をほぼすべて稽古に使い果たし、夏休みの宿題もちゃんとやれたかおぼつかないまま二学期を迎えた。
そして二学期は、タマキタは始まるとすぐに学園祭シーズンとなる。
もうここまでくると「デスヨネー」と言わざるを得ないのであるが、学園祭でも剣道部には稽古がある。ちなみに体育祭の後もあるそうだ。理由は簡単。そろそろ中等部高等部問わず、新人戦が近づいているからだ。
新人戦。いよいよ、と思うと同時に、本当に来るのか、という不安がある。
秋も半ばに始まり、二学期の後半で県予選と展開するこの一連の(もうひとつの)公式戦は、中学二年生が来年に向けて責任を大きくすると同時に、中学一年生ほか新人メンバーが本格的にレギュラー入りする重要な局面だった。
そのメンバー選びは、実は夏合宿の時点で始まっている。ぼくらはたくさんの稽古を、地稽古と掛かり稽古を繰り返し、踏ん張りと技術とやる気の三つを見られる。審査結果が出るのは大会の一ヶ月前になる。
ぼくは、しかしその競争には最初から乗ってないと、どこかで拗ねてもいた。
だって夏合宿中ずっと素振りだったんだぜ? おまけにそれ以降も大した頑張りが見せられてない。というか、自分では頑張ってるつもりなのだが、周りのレベルがそれ以上なのだ。これじゃあいくらやっても足りないし、どうすればいいかもわからない。どうせぼくなんか、という思いも少なからずあった。それでも稽古中、うまく面が入ると嬉しいし、できないことができたら良かったと思う。上手くなること。それは楽しい。
そういえば、そもそもぼくは剣道をやりたくて剣道部を始めたわけではなかった。
単に親が「スポーツをしなさい」と言ったのを、野球やサッカーが嫌いだからという理由で、しかも可能なら弓道とかをやりたいと思っていたのを、該当の部活がなく、その消去法でたどり着いたというだけなのだった。
ぼく自身、やれることなら文化部のほうがずっと気分が向いていた。だから文化祭のとき、剣道部も剣道部で出し物があると聞いたときは耳を疑ったものだった。
「焼き鳥屋ァ?」
「らしい」
「何すんの??」
部室でざわつく先輩方の会話を盗み聞きする。さすがに怖いもの知らずの生意気で誇る三木先輩ですら、拍子抜けしている。
「そりゃ、焼き鳥焼くんだろ」
「焼き鳥と剣道部のどこに接点あるんだよ」
「竹串だけだろうな」
「竹」
「いやあ、晋二の趣味だろ、絶対。陰でこっそりビール飲んでるぞ」
いまさら言うのも変だけど、夏野先生は下の名前が晋二である。
夏野晋二。生意気ざかりの生徒たちは、夏野先生を愛憎混じりの口調で「晋二」と呼び捨てにする。もちろん、陰で。
そんな陰口もほどほどに、夏野先生がやってきて、二学期の稽古が始まる。準備運動、着装、そして整列。
高等部部長の「黙想」の一声で静寂が訪れるのも、もう数えるのを諦めたほどだった。しかしこの何秒もない静かな時間が、ぼくにとって、学校生活と部活動を線引きする重要な、そして居心地のいい時間だった。
夏野先生が手を鳴らす。
「やめっ!」
高等部部長が言った。
「神前に! 礼!」
そして。
「先生に! 礼!」
正座姿勢からの一礼。
「よろしくお願いします!」
「はい」
夏野先生はいつも通りの、しかし何を考えているのかわからない様子で、生徒を見渡す。
「文化祭の件、すでに聞いてると思うけど、うちは焼き鳥屋のブースを出すから。肉と飲み物とかは、だいたい仕入れてるから、当日にちょっと手伝ってもらうだけでいい。それで店番なんだが、一応シフトを組んでいるから、クラスの予定と合わない人はあとで申し出なさい」
それと──夏野先生の声色はまったく変わらないのに、急にピリッとした空気になる。
「新人戦のレギュラーを決定した。今から言う生徒は、文化祭の午前練に参加するように」
「はいっ!」
一同、示し合わせたように返事をするが、内心はドキドキしている。
ぼくはと言うと、どこか他人ごとのような気もしていた。
夏野先生はまず高等部の先輩の名前だ。先鋒、次鋒、中堅、副将、そして大将。
北島先輩や飛田先輩は、もちろんまだ中学三年生なので、ここに名前は入らない。しかし北島先輩は、しれっと文化祭の午前練にお呼びがかかった。
全員ハキハキした「はい」で返事する。
さて、中等部は──
「先鋒、遠藤」
「はい」
意外なことに、遠藤先輩に白羽の矢が立った。それまで、ぶっちゃけ申し訳ないけどそんなに目立って結果を出していたようには見えなかったのだ。
「次鋒、三木」
「はいッ!」
ここは、そうだろうな、という感じ。
「中堅、湯浅」
「はいっ」
ついにわれわれ中等部一年からレギュラーが出た。
湯浅はぼくと交流がほとんどないし、別に三人一組の練習でもそんなにやり合うこともない。負けん気は強いが、中嶋ほどぼくに絡んでくるわけでもないし、いまだに何を考えてるかはわからない。
けれども、たぶんぼくたち一年生のなかでは一番まともな剣道をする。
「副将、久川」
「はい!」
久川先輩も安定した実力とスマートな剣道という印象だった。これも想定通り。
では、大将は……?
「大将、黒崎」
「はい……!」
まさかだった。振り向きはしないものの、ぼくにはちょっと意外な、でも確かに言われてみればそれ以外の人選は消去法的にはあり得ないかな、と言った感じだった。
「今言った五人と、窪田は練習。あとは文化祭の準備を手伝ってくれ」
そして、稽古が始まって、終わった。
†
九月の稽古は稽古でもちろんきつかったが、それと並行してクラスの出し物、部の出し物の準備で夜遅く残ることも増えてきた。
文化祭という名目で部活をサボることができたのも、ぼくにとっては嬉しい思い出だ。弁明ついでに言っておくが、これは中嶋や大木、佐伯先輩や飛田先輩にも共通していた。
「ほんともうね。おれたち並のサラリーマンよりハードな生活させられてるよ」
飛田先輩は準備中そんなことをこぼした。ちなみにタマキタはスクールバスでしかたどり着けないような、田園のど真ん中に校舎がある。そのあまりに殺風景な有り様から、夏合宿中、剣道部が寝泊まりする空間は〝北園監獄〟とあだ名していたのが飛田先輩だった。合宿終わりに「シャバの空気は美味いぜー!」と言って中一の爆笑を取ったのを、ぼくは鮮明に覚えている。
そして湯浅には悪いが、ぼくたち一年生三人は焼き鳥屋の準備だったり、自分のクラスの出し物準備だったりでこそこそ部活をサボっていく悪い遊びを覚えた。こればかりは中嶋もひとのことが言えない。
彼自身はやるとなったら人を罵倒してまでちゃんとやるというスタンスだった(ただ、これはぼくの色眼鏡かもしれない。たんに彼はやり直しをさせられるのが嫌なだけなのだ)が、サボるときは結構だいたんにサボる。それも、やれ委員会だのなんだのとごもっともな理由があればなおさら生き生きとサボっていく。
「やーっぱ、剣道しない剣道部が一番楽しいわー」
「なんだよ、それ」
「部?」
「剣道部マイナス剣道?」
「うん。部」
「なにもねえじゃねえか」
ゲラゲラ笑う。まあでも、ぼくはこないだからずっときつい剣道部のことばかり話していたけれども、実際はもっと人間味があふれていて、愉快な遊び場でもあったのだ。
例えば、日曜の稽古が終わって洗濯している最中、先生の目を盗んで携帯ゲーム機でサッカーを遊んだり、どこからともなくサッカーボールを持ってきて道場でサッカーを始めたり。いや、野球の時もあるけどなぜか高等部の先輩がサッカー好きで、道場の端から端をゴールに見立てて遊んでいた。
それを、ときどき夏野先生に見つかって怒鳴られる。それだけならまだ可愛いもの。まれに神棚のお供物を吹っ飛ばす時があり、そうなったらサッカーをしてなかった後輩含めてごめんなさいをする。
また、夏野先生ご自身がタマキタの美化委員会の顧問でもあるためか、やたらと剣道部員で道場掃除をすることを徹底する。
特に学期末、「稽古納め」と称して防具や道着を整理して、雑巾掛けやら何やら、徹底的に掃除をする日がある。この日ばかりは稽古はない。代わりにみんな体育着を着て、剣道部の活動で使うありとあらゆるものの埃を叩き、濡れ雑巾でピカピカにすることを要求される。
それは、例えば床の隅から隅まで、だけではなく、窓の縁から棚の上まで、ほんとに「誰がそんなところに手を掛けるんだよ」とツッコミを入れたくなるようなところまで、掃除しなくちゃならないのだ。
でも、先輩方はそれに慣れているのか、それとも夏野先生のご命令でみんながみんな美化委員会だからなのか、結構的確に中一のサボりを見抜く。とくに中嶋と湯浅はどつかれっぱなしだった。
こういう稽古以外の場面でいつも監督役をやるのは、なぜか佐伯先輩である。いや、飛田先輩のときもあるけど、最近は佐伯先輩がよくやるようになっている。何か目に見えない立場の踏襲があるのだろうか。
今回、文化祭の出し物でも中等部の面倒を見るのは佐伯先輩だった。佐伯先輩は決して剣道が強いわけではない(面を振り下ろす速さで言えば、実はぼくの方が速い)が、こうした日常面での面倒見の良さや後輩の監督ぶりから、あまり「軽んじようがない」先輩でもあった。
むしろ、日々接しているうちにぼくは個人的に佐伯先輩と話す機会が多くなり、いろいろ考えや稽古の取り組み方を学ぶことが多かった。
九月に入ってから、何度か地稽古で言われたことを思い出す。
「星野はさ、まっすぐ打ちに行けばきれいに入るんだよ。それを、ビビったり、変に小手先で打とうとするから出し抜かれちゃう。もっと剣線まっすぐして、目を見て。それで、正面から戦うことを怖がらないで」
だが、言うは易し。行うは難し。
ぼくはまだ正面打ちの面だけが、まあまあできるかな、と言ったところ。実際には引き面や小手面、抜き胴などのさまざまな技や駆け引きの先に勝負があって、そこにはまだ至れていない。
まあそんなこんなで文化祭。
ぼくは午前中のシフトを終えて、自分のクラスの出し物を適当に眺め、あとはほんとうに自由に過ごした。剣道のない日は、剣道を飽きるほどやってるからこそ清々しく気持ちが良かった。こう言う時、ぼくは不思議と剣道部の仲間と一緒になることはなかった。
たまーに漫画研究会の同人誌販売会で大木の姿を見かけた以外は、剣道部員とすれ違うこともほとんどなく、むしろぼくは途中から人混みを避けて、四階の美術室や音楽室に逃げてくつろぐなんてしていた。
ちなみに校庭ではフェスみたいな大きな屋根付き舞台が設営され、軽音楽部や少林寺拳法部がパフォーマンスを繰り広げていたらしい。ぼくはそんなこともつゆ知らず、いつのまにか、せっかくの文化祭もなんだか退屈になってしまったのにも気付かず、ただ時間だけが過ぎてくれないかなー、なんて思ったりしたのだった。
ちなみに、あとで聞いた話だが、二日目の午後は夏野先生がはちまき姿で焼き鳥を焼いていたらしい。それはそれで絵になる。その場に居合わせられなかったのが、ちょっぴり残念だったが、もう過ぎたことだった。




