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きずな君の記憶②【初めてのお出掛け】

「きずな君!」



 朝、俺を見つけた逢璃が、嬉しそうに駆け寄る。



(可愛い)



 逢璃を撫でながら、俺は深々とため息を吐く。

 付き合い始めたら、この強すぎる想いも少しぐらいは和らぐものと思っていたが、全然だった。寧ろ日々、恐ろしいほどの勢いで強くなる。



「あのね、朝にきずな君に会えたら、その日一日、物凄く幸せなんだ! だから、会えて良かった」



 そう言って逢璃は幸せそうに笑う。



(可愛い)



 本当は、今すぐ抱き締めたいほど可愛かった。けれど、同じ学校の連中でごった返した道の往来で、そんなことが出来る筈もない。己の願望をため息にして、俺は逢璃を更に撫でる。



「どうしたの? さっきからため息ばかり吐いて」



 逢璃はそう言って小さく首を傾げる。そんな些細な仕草すら可愛くて、困った。



「逢璃が可愛すぎて辛い」



 素直にそう白状すると、逢璃は途端に顔を真っ赤に染め、恥ずかし気に俯く。



「またそういう可愛いことを――――」



 言葉にし掛けて、止めた。だってもうきっと、何をしても逢璃は可愛い。俺達は手を繋いで、学校に向かった。


 けれど、そんな幸せな数日が続いた反動か、金曜日の午後、俺は鬱々とした感情を持て余していた。



(明日は学校がない)



 授業そっちのけで、俺は深々とため息を吐く。

 学校がない、ということは『逢璃に会えない』ということだ。電話番号は知っているし、文字でのやり取りもできる。けれど俺は、逢璃の顔が見たいし声が聴きたい。



(それに――――)



 自分でも強欲なのは重々承知しているが、もう俺は、手を繋ぐぐらいじゃ満足できなかった。



(逢璃を思い切り抱き締めたい)



 抱き締めて、好きだと伝えたい。そうしたら、逢璃は一体どんな顔をするだろう。驚くだろうか。嫌がられはしないと思いたかった。




「明日、きずな君の時間をわたしにくれませんか⁉」



 放課後。開口一番、逢璃は真剣な表情でそう口にした。



「一体どうしたの、逢璃?」



 あまりにも必死な逢璃の様子に、俺は小さく首を傾げる。



「その……明日もきずな君に会いたいから。だから……デートのお誘い?」



 逢璃はそう言って照れくさそうに笑う。



(ここが学校じゃなかったら……)



 いや、もしも今ここに他の生徒がいなかったら、俺は間違いなく逢璃を抱き締めていた。悔しい。悔しくて堪らない。仕方がないから手を握り、俺は必死に煩悩を誤魔化す。



「どうかな?」



 逢璃はそんな俺の葛藤も露知らず、不安そうに首を傾げている。



「俺も逢璃を誘おうと思ってた。明日も会いたいって」



 言えば、逢璃は花が綻ぶ様に笑う。



「良かったぁ! きずな君、週末は勉強が忙しいかなぁって思って」


「そんなことないよ。まだ2年だし、俺、週末まで頑張る程、真面目じゃない」


「そうなの? でも、本当に良かった」



 逢璃は繋いだ手をぶんぶん振りながら、嬉しそうに歩く。俺も嬉しくて、楽しみで、堪らなかった。



***



「わぁ……! 遊園地に来るのなんて、すっごく久しぶり!」



 翌日、俺の目論み通り、逢璃はそう言って嬉しそうに目を輝かせた。

 デートをするなんて生まれて初めての経験だ。思いついたのも昨日のことで、プランを立てる時間なんてない。だから、散々悩んだ挙句、俺は逢璃が一番喜びそうな場所を選んだ。



「子どもの頃家族で来たっきりだもん。五年ぶりぐらいかな? きずな君は?」


「実を言うと俺、遊園地に来るのは初めてなんだ」


「えっ、そうなの? 本当に?」


「うん。正直、一生来ることは無いだろうと思ってた」



 言えば逢璃は目を丸くし、ほんのりと頬を赤らめる。



「逢璃と一緒だから、来たいと思ったんだ」



 加えて言えば、ギュッと恥ずかしそうに目を瞑った。



(それにしても)



 私服の逢璃はいつにも増して、物凄く可愛かった。白いレースのワンピース姿は可憐だし、髪型もふわりとウェーブが掛かっている。ほんのりと施されたお化粧も新鮮だった。まるで花嫁さんみたいだ――――そう思ってしまうのは、さすがに浮かれすぎだろうか。けれど、そうなったら良いなと思う自分がいるのは、間違いなかった。



「逢璃、すごく可愛い」



 脈略無く紡がれた俺の言葉に、逢璃は一瞬で真っ赤に染まる。



「あっ……ありがとっ」



 照れくさそうに笑う逢璃がまた格別に可愛い。気づけば俺は、逢璃の額に口づけていた。



「……っ! …………っ!」



 突然のことに、逢璃は言葉なく驚いていた。パクパクと口を開け閉めし、瞳をウルウルと潤ませて頬を手のひらで覆う。可愛い。どうしようもないほど可愛い。



「ねぇ、全部、俺のためだって自惚れて良い?」



 俺は逢璃の両手を掴み、そっと顔を覗き込む。



「――――もちろん。そのために頑張ったんだもん」



 上目遣いに逢璃が俺を見上げる。デート場所の選別を間違えたかもしれないと、本気で思った。


 逢璃は終始、楽しそうに笑っていた。ジェットコースターやコーヒーカップ、メリーゴーランドに乗ってはしゃぐ姿は、幼い子供のようで。けれど、そんな彼女の素を見られることが、俺はとても嬉しかった。逢璃と一緒なら何でも楽しい。そのことを実感した。

 昼食は店に入るつもりだったけど、逢璃が早起きしてお弁当を作ってくれていた。集合時間が早かったし、急なことだから大変だっただろう。けれど、逢璃はそんな素振りはちっとも見せない。



「きずな君のお口に合うか分からないけど……」



 緊張しているらしく、逢璃はソワソワしながら俺を見つめていた。



(逢璃が作ってくれたってだけで嬉しいのに)



 そう思いつつ、俺は一口、逢璃の作った卵焼きを口に運ぶ。



「美味い……」


「本当っ⁉ 本当に⁉」



 逢璃が嬉しそうに身を乗り出す。絶対、どんな味でも美味しいって言おうと決めていた。だけど、そんな必要は全くなく、本当に自然に言葉が口を吐いて出た。これまで食べた何よりも、美味しく感じた。



「美味しいよ。本当に、すごく美味しい」



 口にしながら、俺は他のおかずも口に運んでいく。そのどれもが、まるで俺の身体に染み入るように美味い。逢璃は甲斐甲斐しくお茶を注ぎつつ、俺の顔を見つめている。



(良いな、こういうの)



 胸がほっこりと温かい。家でも感じたことのない心地よさが、俺を包んでいた。

 もしも逢璃と結婚したら――――気づけば俺は、そんなことばかり考えている。ついこの間付き合い始めたばかりなのに。まだ高校生なのに。それでも俺は、逢璃にずっと、側に居てほしいと思っていた。



(逢璃はどう思っているんだろう?)



 さすがに俺みたいに飛躍した考えは持っていないだろうか。けれど、ゆっくりでも良い。同じになれば良いと、そう思う。



「もっと沢山食べて良い?」


「もっちろん! きずな君に食べてもらえるの、すっごく嬉しい」



 逢璃はそう言って満面の笑みを浮かべた。



***



「見て、きずな君。綺麗だね」


「うん……すごく、綺麗だ」



 観覧車の窓から外を見つめながら、逢璃が笑う。だけど俺は、外じゃなくて逢璃のことばかり見ていた。夕陽に照らされた逢璃は綺麗で、俺を堪らない気持ちにさせる。俺はそっと逢璃に手を伸ばした。逢璃は少しだけ目を丸くしつつ、俺の手を受け入れる。そのままギュッと抱き寄せると、胸一杯に甘さと温かさが広がった。



「好きだよ、逢璃」



 ありったけの想いを込めて、そう口にする。すると、逢璃は「わたしも」と小さな声で呟いた。多幸感で胸が疼く。



「逢璃、こっち向いて」



 言えば逢璃は、俺の腕の中でくるりと回った。頬が紅い。吸い寄せられるように唇を寄せると、逢璃は恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めた。



「嫌?」



 苦笑交じりに俺が尋ねる。逢璃は首を横に振って、俺のことをそっと見上げる。



「嫌なわけ、ない。すごく嬉しい。でも」



 躊躇いがちに視線を彷徨わせ、逢璃は眉間に皺を寄せる。



「唇の方が良い」



 そう言って逢璃ははにかむ様に笑った。そんなことを言われて、平常心でいられるわけがない。



「んっ……」



 俺は夢中で逢璃の唇を塞いだ。初めて触れる彼女の唇は、あまりにも柔らかくて、甘かった。逢璃と出会うまで空っぽだった心と身体が、彼女のおかげで満たされていく。



(俺はきっと、逢璃に出会うために生まれてきたんだ)



 そう確信できるほど、俺には逢璃しか見えなくなっていた。何度も何度も角度を変えて唇を重ねながら、逢璃をきつく抱き締める。すると逢璃は慌てた様子でトントンと俺の胸を叩いた。気づけば観覧車が、随分下の方に降りてしまっている。



(まだ足りないのに)



 内心残念に思いながら唇を尖らせる俺を見て、逢璃がクスクスと笑った。



「きずな君、実はね。この観覧車には言い伝えがあるんだ」


「言い伝え? 一体どんな?」



 サッパリ見当が付かずに首を傾げると、逢璃は穏やかに目を細める。


 

「この観覧車の一番上で初めてのキスを交わした恋人達は、ずっと一緒に居られるっていう定番の奴」



 そう言って逢璃は俺のことをギュッと抱き締めた。心臓がドキドキと鳴り響く。



「叶うと良いなぁ」



 蚊の鳴くような声でそう囁く逢璃を、俺はきつく抱き締める。



「俺が叶えるよ」



 言えば逢璃は嬉しそうに笑う。絶対、と心の中で付け加えて、俺は満面の笑みを浮かべた。



「ねぇ……もう一回乗らない?」



 ゴンドラから降りながら、逢璃がそう尋ねる。



「もちろん」



 一回といわず、何度でも。閉園時間ギリギリまで、俺達は観覧車に並び続けた。

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