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何とかしなきゃ

(――――――よしっ)



 朝。鏡に映った自分と向き合いながら、わたしは大きく息を吐く。

 前世とは異なる金の髪を撫でつけて、旦那様から贈られたリボンを結ぶ。ついこの間まで下膨れしていた頬が今ではシュンと引き締まって、スッキリとして見える。前世と比べると肌は十分白いから、ファンデーションは塗らない。代わりに花の香りがするリップと、チークをほんの少し乗せて、一生懸命笑顔の練習をする。傍から見たら変に思われるかもしれないけど、わたしにとってはすごく重要な習慣だ。



(今日も旦那様に可愛いって思ってもらえますように)



 そんな願いを込めながら、最後に大きく息を吸う。頬を軽く叩くと、気合が入った。




「おはようございます、旦那様」


「おはよう、アイリス」



 朝食のパンが焼き上がる頃、わたし達はキッチンで朝の挨拶を交わす。

 穏やかな笑みを浮かべる旦那様は、朝の太陽の光りみたいに綺麗だった。柔らかくて、神々しくて美しい。いつまでもいつまでも眺めていられる。



(今日も好きっ! めちゃくちゃ大好きっ)



 今すぐ抱き付きたい衝動を押さえながら、わたしはニコリと微笑んだ。



「今日も街に出掛けるの?」


「はい! 説明会があるので、クラスの子達と一緒に出掛ける約束をしているんです」



 あれから4年の月日が流れた。

 15歳が成人のこの世界で、わたしは数か月後に学校の卒業を控えている。卒業までの間に就職活動をして、自力で生活をできるようになる――というのがこの世界の14歳の少年少女の一般的な生き方だ。つまりわたしは今、前世でいう高校3年生や大学4年生の立ち位置――人生の岐路にいる。

 この時期になると、授業という授業は殆どない。一旦出席確認して、その後は各々の目的に向けて活動をする、という感じになる。



「――――お守りは持った? きちんと肌身離さず持っているんだよ」


「ちゃんと持ってますよ。心配無用です」



 そう言ってわたしはニコリと笑う。

 わたしが外出することに対して、旦那様は未だに敏感だった。誘拐された事実が尾を引いているらしい。


 あの時わたしを誘拐したのは旦那様のお父様だった。それを知った時は、ビックリしたけど、妙に納得もできて。だけど、旦那様はそれ以降は一度も、お父様の話をしなくなった。


『父は自分とは関係のない人だから』


 旦那様はそう言っていたけれど、本当にこのままで良いのかはわたしには分からない。家族なんだから、いつかは仲直りした方が良いんじゃないかなぁって思いつつ、旦那様の様子を見ている。だって、あの時のことを口にすると、旦那様は傷ついた表情を浮かべるんだもの。いつも笑っていてほしいから、ついつい言葉を呑み込んでしまう。



「――――就職なんて、しなくても良いのに」



 そう言って旦那様は穏やかに目を細める。その瞬間、心臓がギュンッて勢いよく収縮した。



(それ、どういう意味⁉ どういう意味なんですか、旦那様⁉)



 ドッドッと煩い胸を必死でおさえながら、わたしは旦那様を盗み見る。すぐに四年前にも似たようなやり取りをしたなぁって思い出した。あの時は『一生養う』って言ってくれた旦那様だけど、今回はそんな風に言葉は続かない。思わせぶりな分、行間をあれこれ想像してしまって、心がしんどい。だけど、そういう所も含めて旦那様が好きだ。大好きだ。


 あの日以降も、わたし達の関係は大きくは変わらなかった。恋人として触れ合うでも、言葉で愛情を確かめ合うでもない。わたし達の関係性は、言うならば保護者と養女。いや、保護者がとんでもなく麗しい竜人様って時点で普通じゃないし、おまけに一応結婚の約束をしているんだけども!恋人と呼び合えるような関係に進展していないことは確かだった。



(あっ……)



 旦那様はわたしの頭上にそっと手を掲げる。撫でてほしくて堪らなくて、ドキドキしながら旦那様を見上げるけれど、手は一向にわたしの頭には下りてきてくれない。背伸びをするけど触れられる距離じゃ無くて、もどかしさの余り眉をへの字型に曲げる。そしたら旦那様は仕方がないなぁって顔で笑った。旦那様のこの顔にわたしは物凄く弱い。前世からずっと、大好きで堪らない顔だ。



「……撫でてくれないんですか?」



 気づいたらそんなことを尋ねていた。旦那様の表情の威力のせいだ。だって『愛しい』って言われてる気分になるんだもん。尋ねて良いかなぁって思ってしまう。



「―――――――今はね」



 旦那様はそんなことを言いながら、優しい顔をして笑っていた。



(嘘吐き)



 そう言ってもうずっと――都合三年近く――旦那様はわたしに触れてない。あんなに頻繁に手を繋いでいたことも、何度も何度も頭を撫でてくれたことも、ギュッてキツく抱き締めてくれたことも。全部全部嘘みたいに、ピタリと触れてくれなくなった。

 焦れたわたしが旦那様に手を伸ばすと、旦那様はいつも困ったように微笑んで、そのままやんわりと退けてしまう。

 だからといって、嫌われたわけじゃないってことは分かっている。寧ろ愛されている自覚はあるし、わたし自身旦那様をめちゃくちゃ愛している。あれから旦那様からはミモザさんのミの字も聞かないし、他の人と結婚話が上がっている感じもしない。それはわたしとの約束を覚えてくれてるからだって信じている。



(だけどなぁ)



 わたしはもう、十歳のあの時とは違う。大人だ。

 正確にはあと一週間。あとたったの一週間でわたしは十五歳――成人を迎えることになる。お酒を飲むことも、結婚をすることも、子を成すことも世間的に許される、そんな年齢に到達している。

 それなのに旦那様は、わたしとの関係性を変える気がないように見える。そのことが焦れったくて堪らない。



(旦那様にギュッてしたい)



 あのミントみたいな香りを力いっぱい吸い込みたい。優しくて逞しくて温かい身体に目一杯抱き付いて、スリスリして、大好きって言いたい。大好きって言われたい。

 旦那様がわたしに対して抱く愛情が、わたしと同じ愛情だってそう思いたい。だけど、出会った時が幼女だったから、家族愛とか親愛とか、そういう感情の方が大きくなっている可能性は否めない。五年も養女として育ててくれたんだもん。急に恋愛感情に切り替えるなんて、実は難しいことなのかもしれない。



(でも、結婚するって約束したもの)



 旦那様に愛されている。そのこと自体は間違いないと思う。だけど、たとえこのまま結婚してもらえたとしても、触れてもらえないんじゃどうしようもない。家族としてしか接してもらえないなんて、そんなの嫌だ。



(何とかしなきゃ)



 そんなことを考えながら、わたしは食卓へと向かう旦那様を見つめた。

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