四人目:熟れた果実
「タ、タダイマ……」
朝、10時。コソコソと家の玄関を開ける。初めての朝帰りだ、慎重過ぎて悪い事はない
右確認、左確認、正面確認
「………………よし」
俺の部屋は一階の右奥。途中、七海の部屋やリビングの前を通る必要があるが、七海の気配は無い
俺は差し足、抜き足、忍び足でゆっくり歩き……
「……何をコソコソしているのですか? 兄さん」
「うわ!?」
振り返ると、いつ居たのか七海の姿。俺に気配を悟らせないとは……
「今日はお早いお帰りでしたね」
ニッコリと笑う七海
「き、昨日電話で説明したじゃない……ですか」
「ええ。聞きましたよ」
七海は笑顔を崩さない
「……あ、これお土産です」
スカル饅頭とスカル煎餅
「ありがとうございます」
「………………」
「………………」
「あ、あの、僕そろそろお部屋に……」
「どうぞ」
「は、はい」
再びゆっくりと歩き出す俺
「…………」
「…………」
「…………な、何故僕の後に着いて来るのでしょう?」
「リビングに用事がありますので」
「あ、そうでしたか……」
「…………」
「…………」
それから一言も発せず、俺と七海は目的の場所へとたどり着く
「つ、着きましたね」
俺はドアを開けて部屋のに中へ足を入れる
「ええ」
七海もまた、リビングへ続くドアに手をやり、開けようとしていた
「そ、それでは」
「はい」
そして俺は部屋に入り、急いでドアを閉めた
「………………」
会話の間、七海の表情は全く変わらなかった
「…………こ、怖いな」
何か機嫌をとらなくては
溜息を付き、トイレに行こうとドアを開けると……
「ぎゃああああ!?」
「わ!? び、ビックリさせないで下さいよ!」
「お前こそ何で俺の部屋の前に居るんだよ!?」
「あ、いえ。多分また直ぐドアを開けるんじゃないかなぁって……」
「お前は俺の心臓を止める気かよ……。出掛けて来るからな」
「また朝帰りですか?」
「……すぐに帰るよ」
しつこい奴だぜ
気まずい空気から逃げ出す様に、俺は家を飛び出した
「さて、七海の機嫌を取る訳だが……」
五月の日差しが目に染みるぜ
「やっぱ、基本は物か」
駅前でアイツの喜びそうな物でも何か買ってやろう
チャリンコに跨がり漕ぎ出そうとすると、声を掛けられる
「一也く~ん」
「ん? ああ、美弥子さん」
声を掛けて来たのは、隣りの家で庭の掃除している美弥子さん
美弥子さんは美人で優しく、俺達兄弟も大変お世話になっている、とても良い人なのだが正直少し苦手な人でもある
今日は急いでいるし、なるべく係わり合いたく無いが……
「一也君、一也君、いーちーやーく~ん!」
両手を目一杯振って美弥子さんはピョンピョンと跳ねる。大きい胸が、これまた大きく揺れた
「き、聞こえてますよ。今行きますから」
渋々とチャリンコから降り、数メートル先の立派な一軒家の前へと行く
「良かった~。突発性内耳障害になっちゃったのかと思ったわ」
美弥子さんは掃除道具を置き、俺の前に来た
「そんな浜崎さんちのあゆみちゃんみたいな病気にはなってませんよ」
「良かった。さ、家に入って」
「ち、ちょっと忙しいのですが」
「ほらほら」
素早くアームロックを決められ、ズルズルと家の中へと連れ込まれてしまう
「い、痛い、痛いですってもう!」
「あら、ごめんなさい」
腕を離され、通された和室の居間。大きめなテーブルと、淡い画風の掛け軸が目立つ
「お茶を入れるわね」
「お構いなく」
「入れるわね」
「…………はい」
相変わらず強引で逆らえん
俺は嫌な予感がしつつ、正座で美弥子さんが戻って来るのを待つ
「はい、お待たせ~おっとっと」
「あちー!?」
お茶が俺の股間にピンポインツっ!?
「わ~大変~。ちょっと待ってて今脱ぐから」
着ているサマーセーターを脱ぐ美弥子さん。黒いブラジャーからはみ出さんばかりの胸が、非常に魅惑的だが
「意味分かんねーよ!」
「てい!」
顔に胸で抱き着かれ、押し倒される。うお~柔らかけ~って
「み、美弥子さん、痛いって!」
「痛いのは最初だけ~」
俺のピンポイントに美弥子さんの指が!
「ぎゃ~!?」
「……何してるの?」
美弥子さんに襲われていると、突然上から幼い声がした。胸から顔をずらし見上げると、廊下から俺達を覗き込むさっちゃんの姿
「お帰りなさい、桜子。待っててね、今新しいパパが出来るから」
「じ、冗談じゃ無いよ! 助けてさっちゃん!!」
「……助けて欲しい?」
さっちゃんは俺達の前に来て、しゃがみ込む
「パンツ見えてるわよ、桜子。はしたないぞっ」
「あんたが言うな!」
「…………お兄ちゃんも見た?」
「い、いや、見てないぞ」
「ふ~ん」
「さ、さっちゃん?」
「見る?」
スカートを軽く捲るさっちゃん
「ち、ちょっと、さっちゃん!」
「クス。…………ママ、お兄ちゃんの嫌がる事したら駄目」
「え~でもぉ」
「ママ」
「……は~い」
渋々と言った感じで美弥子さんは俺の上からどいた
「ハァ、ハァ……た、助かった。ありがとな、さっちゃん」
「パパになられたら困るもの」
「だよな~」
「ふふ」
さっちゃんは妙に妖しく笑う
「じ、じゃあ俺はそろそろおいとまするから」
「あら~大したお構いもしませんで」
「いえ、もう十分です! さようなら!!」
俺は美弥子さんの家を飛び出し、自分の家に逃げ込んだ
「相変わらずとんでもねぇ人だな!」
普段は良い人なんだが、たまに壊れから恐ろしい
「……は~」
何か買い物に行く前から疲れたな……
溜息を付き、俺は再びチャリンコに乗って駅前のデパートへと向かった




