第22話「【タイマー】は、激突する」
「いだだだだだっだだだだ! 割れる割れる!!」
ルビンのヘッドロックを喰らい、呻くギルドマスター。
だが、許さん。
「聞き捨てならねぇ事を言ったよな、テメぇ……」
転職神殿を紹介したのが自分だと、このギルドマスターは言った。
「な、なんななな、なんの話だ、いだだだ、いだい!!」
メリメリメリ……。
ドラゴンの力を得た常人離れした膂力で頭蓋骨を圧迫すると、ギルドマスターの鼻からツツーと鼻血が零れ落ちる。
それでも、力を緩める気はなかった。
「ぐぐぐぐ……。くそぉ……! え、エリックがテメェを嵌めたいみたいだったから、そりゃ~手助けしてやったんだよ!! お前みたいな、雑魚一匹とSランクパーティだ。比べるべくもない!」
そういえば、最初からコイツはエリック側だったな。
ルビンの言う事は端から聞かず、エリックが正しいと決めつけていたし、ギルド内でのリンチにも見て見ぬふりをした。
……まぁ返り討ちにしたけど。
「嵌める、だぁ? 何の話だ?」
「ひひゃはははは! おめでたい野郎だぜ……! 転職の失敗が偶然だと思ってるのか?」
なに?
「ぐひひひ。転職の手配も俺がしてやったのよ───そのうえで、」
メキョ───!
「プビ!?」
「あ」
一瞬、ルビンの中で何かが弾けた。
怒りとも、悲しみとも、憤りともつかぬ感情のそれ。
ただ、心の中にあった彼らを信じたいという僅かな何かが……。
(エリック……!)
ギルドマスターの話が本当なら、【サモナー】から【テイマー】に転職をしたあの時の誤字は偶然じゃないということに……。
(エリック!!)
チリン……♪
腕に巻いた鈴が寂しげに鳴り、ルビンはハッと正気を取り戻す。
危ない危ない……。あやうく握りつぶすところだった。
「ぐべ……。こ、ここここ、この野郎……荷物持ちのクズのクセにぃぃぃ……!!」
ドクドクと鼻血を吹き出したギルドマスターが床に膝をつき、荒い息でルビンに睨みつけている。
「…………転職の手引きはテメェの仕業なんだな?───なら、」
「なんだ、この?!」
ルビンの暗く曇った顔にギルドマスターは怯んだ様子を見せたが、所詮はSランクパーティの寄生虫だという認識が抜けないらしく、とことんまでルビンを侮っていた。
「…………転職を失敗し、【サモナー】としての力を失ったのは偶然じゃないってことかよぉ?」
「はッ!! 俺が知るかッ。しゃらくせぇ!!」
片方の鼻をおさえて、プビッと鼻血を吐き出すと、ギルドマスターは猛然と起き上がる。
「ここからが本気だ!!」
腰の物入れから小瓶を取り出すと、一気に呷るギルドマスター。
「ぐひひひひひ! お、おおお、俺を本気にさせたなぁぁあ!!」
「話は終わってないぞ。……ん?───これはポーションか? いや、この匂い」
カランと、投げ捨てられた小瓶にラベルはない。
だが、この特徴的な匂いは知っている。
「ひひひ。気付いたか? これで勝ちは決まりだぜ! 命乞いの言葉を考えておくんだなあぁっぁあ!」
グイっと、口を拭いギルドマスター。
その筋肉がみるみるうちに盛り上がる。
「ちょ、ま、マスターまさか!!」
セリーナ嬢が異常に気付いて尻もちをつく。
「……強化薬を使ったみたいだね」
ソッと、セリーナを抱えると、安全圏に避難させるルビン。
そして、あっという間に戦場に舞い戻ると、ギルドマスターに相対した。
「ふーっ、ふーっ、ふー……! ぐは!」
モリモリと盛り上がった筋肉に埋もれるギルドマスター。
見た目で1.3倍くらいに体積が膨張していた。
「───その薬は違法じゃなかったのか?」
「ぬかせッ! ただの検査だよぉぉお!! ギルド職員の特権だぁっぁああ!」
マンドラゴラ、千年草、世界樹の朝露、エルフ鹿の麝香等、様々な材料を組み合わせて作られる魔法薬。
その中でもトップクラスにヤバいのが、この強化薬だ。
使用すれば、戦士の力を増大させ、魔法使いの魔力を増幅する。文字通りの強化薬。
だが、材料のいくつかが違法な薬物であるため、一般では使用を禁止されている薬だった。
しかし抜け道もあるらしい。
(なるほど……)
取り締まり側のギルドならこれらを検査する役目を担っている。
一応、ギルド職員が使う分には合法だという事。
だけど……、
「───行くぞルビぃぃぃぃいいいいいいン!!!」
ズズドォォオン!!
さっきまでとは比べ物にならないくらい素早い動きとパワフルな機動!!
そして、暴力的なまでに膨れ上がった攻撃力!!!
それでも───……。
それでも!!!
「うおりゃぁっぁぁあああああああああ!──死ね、ルビンっ」
はっ…………。
「それでもぉぉぉお!!」
ミシミシミシ……。
ルビンの足の筋肉が膨らみ、ズボンを破って露出する。
「…………数字のゼロには、何を掛けても───」
「どっりゃぁぁぁあああああああああ!!」
すぅ、
「───ゼロなんだよぉぉぉおおおおお!」
三節棍の一撃がルビンに降り注ぐ──────が、それを真っ向から迎撃するルビン!!
ドカァァァアアアアン!! と、空間が爆発する衝撃が起こる!!
「きゃああああ!! げほげほ!」
もうもう、と土埃が立ち昇りセリーナ嬢が悲鳴とともに咳き込んでいる。
そして、激しい騒音に早朝クエスト争奪戦にやってきた冒険者たちが何だなんだと、様子を見に来始めていた。
薄っすらと土埃が晴れた中に立っているのは、ギルドマスター。
肩で息をしながら、キョロキョロと───。
「や、やったか…………!?」
はい。
「それフラグだから」
「んな?!」
ギルドマスターの正面。
大量の土埃のたったそこにルビンが敢然と立っていた。
それも傷一つなく…………。
三節棍の先端を握りしめ、圧倒的強者の風格で!!
「ば、ばばばばばっばばば、ばぁかな!!」
「馬鹿はアンタだよ」
……立ち合いをして、強化薬を飲んだくらいでどうにかなると思ったのか?
「まだ、話はおわってねぇぞ……───」
転職の失敗。そして、その理由……!!
キウィの仇───!!
知ってることは話してもらおうかッ。
───じゃないと、キウィが浮かばれないだろう!!!
「ま、ままっまま、待て!! タンマタンマ!!」
は?
「セリーナ、タンマだ! いったん中止!」
「え? いや、は?」
セリーナ嬢もポカンとして見ている。
そして、野次馬に現れた冒険者たちも状況が分からず顔を見合わせている
彼等の目にはみっとも無く悪あがきするギルドマスターの姿が見えていることだろう。
「いや、タンマってあんた……」
「うるさい! 黙れ!! 俺が試験官だぞ! 俺がタンマと言ったらタンマだ!!」
そんなん聞くわけねーだろ!!
「お、大人しくしてろよ! 試験を失格にしてもいいんだぜ!」
「ち……」
「そこで待ってろ!! 部屋に武器を取りに行ってくる!!」
そう言い捨ててギルドマスターは、バヒュン!! と、訓練場から飛び出していった。
………………………あいつ、マジか?
ポカーンとしたのは、
ルビンと、セリーナと、冒険者たち。
彼等が見守る中、対戦者に背を向けて一目散にかけていくギルドマスターの姿。
それを見た観衆の感想は、一言。
「「「かっこわりー……」」」
ルビンも一時の激情が抜けて、白けてしまった。
だが、聞き出したいことがあるのも事実。
平時に問い詰めても答えないだろうし、今がチャンスと言えばチャンス。
だが、それにしたって……。
「…………いいんですか? あれ」
「えっと……。い、一応規則上は問題ないですね」
セリーナ嬢が苦々しく答えている。
別に彼女が悪いわけではないんだけど、ギルド職員という立場上彼女のギルドマスター側だと思われても仕方がない。
すみません、すみません。と平身低頭して謝るセリーナをみていると、逆に可哀想だ。
「いいですよ。マスターが何をやっても負ける気はしませんし」
「ですよね~……」
正直、想像以上に『雑魚』だった。
あれはやっぱり、「自称Sランク」だな。
実際の腕前はB級に毛が生えた程度だろう。
「はぁはぁ、ま、待たせたな!!」
そこにようやく帰って来たギルドマスター。
なんか、いっぱい担いでるし……。
「で、……再戦オーケーか?」
「あ、ああああ、当たり前だ!! お前が卑怯なことをするから、準備に戻っただけだ!!」
あっそ。何が卑怯なのか知らんけど。
「ぐひひひ。こ、今度はそう簡単に行くと思うなよ!」
ガシャーン! と、鉄仮面をかぶり、ミスリル製らしき鎖帷子を着込むと、2連装クロスボウを構えて、おまけにと自動戦闘人形を従えた。
完全武装。
もはや、『ルビン絶対殺すマン』になって再戦するらしい。
っていうか、自動戦闘人形とかありかよ……。
「えっと……。試合中に退席したり、途中で武器を持ってくるのってありなの?」
「き、規則上は…………お、オーケーです」
セリーナさんがプルプルと引きつった顔で答えている。
ギルドマスターの余裕のなさとなりふり構わない様子に眩暈を起こしそうになっているようだ。
いくら、ギルド側がやることといっても限度があるだろう。
「当たり前だッ! 俺がいいと言えばイイし!! ダメと言ったらダメだ! そ・れ・がルールだ!!」
無茶苦茶やんけ。
だけど……。
「───だけど、アンタ言っちまったなぁ……………?」
「ああん!?」
そう。ルビンは聞いた。
セリーナも立ち会った。
「…………この試合───どっちかが倒れるまでだったな?」
「おうよ!! クソ雑魚を地べたに這いつくばらせてやるぁぁッ!」
ほう。
言うねぇ……?
(上等じゃねーか……)
どうやってもルビンを殺したいらしい。
ならばこっちももう遠慮はしない。
どうやらコイツも転職の失敗に絡んでいるらしい。
そのせいでルビンは不遇な目に会い……………………キウィを失った。
大事なものを失ったんだ───。
ならば、同じ目に合わせてみせようか?
大事なものを失うことの痛み……。その一端でも知るがいい───。
そしてギルドマスターは言った。
言ってしまった、
「───…………試合中でも、なんでも。アンタがイイと言えばイイし、ダメと言ったらダメなんだろ?」
「当然だ!!」
はい。オッケー。
言質取った。
観客もセリーナも聞いただろう。これで十分だ。
「───その言葉を待っていたんだよ」
「ああ?! 生意気な野郎だ……! 予備の強化薬と、完全武装の俺に敵うと思うなよ!! 【サモナー】でもなくなったお前なんか、鼻息一つでポンだ!」
ゲハハハハハハハハハハハハ!
「お前みたいな【テイマー】の成りそこないが、このSランク相当のギルドマスターの俺に勝てるわけがねーーーーーーだろぉぉぉおお!!」
「ははッ!」
……言うねぇ。
ならば、見せてやるよ。
その【テイマー】のなりそこない。
【タイマー】の本領を───見せてやるッッッ!!
「死ねッ!! ルビ」
「───タイム!」




