その27 子供達の初陣
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飛行型モンスターの接近は、すぐさま特別攻撃隊へと伝えられた。
彼らはすぐさま迎撃へと向かった。
特別攻撃隊とは帝国軍の第一軍、第二軍から選りすぐりの弓の腕前を持つ者のみを集めて編成された特別な部隊。現状で考え得る最強の遠距離攻撃力を持つ特殊部隊である。
「最強、ね。俺も以前は自分達の事をそう思っていたものだが・・・」
誰にも聞こえないよう小声で呟いたのは、目にも鮮やかな深紅の鎧に身を包み、朱塗りの大弓を担いだ三十代半ばの騎士。
第二軍きってのエリート部隊。赤備えの騎士隊、赤弓隊の隊長である。
左に目をやると、そちらには白い鎧の弓隊の姿が見える。
こちらは帝都第一軍の精鋭部隊、通称、荒鷹隊。
赤と白。戦場でも良く目立つ華やかな部隊だが、その性質は微妙に異なっている。
赤弓隊は国境近くに配備されている部隊という事もあって、より実戦的で戦いに参加した経験のある者がほとんどである。逆に荒鷹隊は帝都にあって儀仗兵としての色合いが強い。
そのため、赤弓隊の中には荒鷹隊を甘く見ている者が多かった。
実際、隊長も、『あんなピカピカの鎧で戦場で役に立つのかよ』と、荒鷹隊を内心で侮っていた。
しかし、その認識はこの数日ですっかり改められている。
荒鷹隊の騎士達の技量は、赤弓隊のそれに匹敵する程に高く、部隊の統率も取れていて士気も高かった。
確かに実戦経験では赤弓隊に一日の長があったものの、それすらも連日の厳しい戦いによって差を埋められつつある。
荒鷹隊は決して赤弓隊に劣るものではないのだ。
今では赤弓隊の隊員達は誰もがそう認識し、そして自分達も負けるものかと奮起した。
二つの隊は競い合い、互いに切磋琢磨する事で戦果を重ねていった。
その勢いに水を差し、流れを完全に断ち切ったのが、飛行に特化したモンスター。高速飛行型と呼ばれるモンスター種であった。
一昨日はわずか数匹のモンスターによって前線が引っ掻き回され、あわや崩壊寸前にまで追いやられてしまったほどである。
ミロスラフ王国のドラゴンの助けが間に合ったから良かったものの、空中を素早く動く高速飛行型に対して、特別攻撃隊はなすすべがなかったのだ。
馬を歩かせながら考え込んでいた隊長は、周りの視線を感じて顔を上げた。
何事だ? という疑問は、左から近付いて来る白い鎧の騎士の姿によって即座に解消した。
精緻な模様が刻まれた派手な大弓を背負った初老の騎士。荒鷹隊の隊長である。
「こちらの手はずは整えた。念のためもう一度確認するのだが、合図はこちらが出すので構わないのだな?」
「ええ。我々はそちらに合わせて攻撃を開始します」
初老の騎士は小さく頷いた。
赤弓隊の隊長は不意の衝動に駆られて思わず口を開いた。
「――本当に我々であの高速飛行型をどうにか出来るでしょうか?」
「分からん。上手くいってくれればいいとは思うが」
衝動の原因。それは不安だ。
自分達では手も足も出なかった相手。あのドラゴンですら手を焼いている相手とこれから戦わなければならないのだ。
なまじ自分達の力に自信を持っていただけに。そしてなまじこれまで飛行型のモンスターを相手に戦えていただけに、あの日、何も出来なかった衝撃と絶望は大きかった。
正直、自分一人の力だけでは――この経験豊富な初老の騎士と荒鷹隊の存在がなければ――今もまだ立ち直れずにいたかもしれない。
「それに今日は最初からドラゴンがいるからな」
「しかし! いかにドラゴンとはいえ、敵との数の差は! ――あ、いえ」
赤弓隊の隊長は勢い込んで続けようとしたが、荒鷹隊の隊長が拳が震える程に馬の手綱を強く握りしめているのに気付いて言葉を止めた。
(そうだ。この方も不安がない訳がないのだ・・・)
荒鷹隊の隊長の表情はいつもと変わらない。騎乗の姿も泰然自若として小揺るぎすらしていない。
だがそれらは全て部下を動揺させないようにするため。指揮官としてのパフォーマンスなのである。
(それに比べて俺はどうだ? 自分の心を鎮める事が出来ずに、他人に対して無意味に当たり散らしている)
なんたる未熟。赤弓隊の隊長は穴があったら入りたい気持ちで一杯になっていた。
その時、羽音に似たヴーンという音が上空から響いて来た。
青い空に陽光を反射する大きな翼。ミロスラフ王国のドラゴンである。
頼もしい援軍の姿に、騎士達の間に笑みが広がった。
だが二人の指揮官は――両部隊の隊長は、今回ばかりは部下達のように手放しでドラゴンの力を信じる事が出来ずにいた。
(数は力。この戦いは厳しくなるな)
隊長達は表情を引き締めるとドラゴンの後ろ姿を見送るのだった。
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「すっかり遅れちゃったな。まだ帝国軍が無事で良かったよ」
「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(パパ、あっち! あっちにネドマが見えたよ!)」
『こら、ファルコ! パパの中で走り回るのはおやめなさい!』
「ねえファル子。さっきもお前がそう言うから見に行ったけど、結局、何もいなかったじゃないか」
「ギャウギャウ!(今度は絶対にいたんだもん!)」
帝国に着いてからこちら、ファル子のテンションはずっと爆上がりである。
ティトゥは騒ぐファル子を捕まえると、強引に自分の膝の上に座らせた。
『これから戦いになるんだから、今のうちに体を休めておきなさい!』
「ギャーウー!(イーヤー!)」
言う事を聞かずに暴れるファル子。やれやれ。
「はあ・・・。ねえティトゥ、本当にファル子達も戦わなきゃダメなのかな?」
『まだそんな事を言ってるんですの? 最初に言い出したのはハヤテじゃないですの』
それはまあ、そうなんだけどさ。
でもあの時はあの時っていうか。実際に戦場が近付いて来たら、やっぱり気持ちも揺らいで来るというか。
いくら進化して自由に空を飛べるようになったからといっても、生後半年の子供を戦わせるのは人としてどうなんだろうとか思う訳で。
『人としてって、ハヤテはドラゴンですわよ』
「そこはスルーしても良くない? 親としてどうかって話だからさ」
「ギャウギャウ!(私、戦う!)」
「ギャウギャウ(僕もパパと一緒に戦いたいかな)」
胴体内補助席で丸くなって寝ていたハヤブサも、首を伸ばして姉の言葉に同意した。
「なんでみんなこんなにやる気な訳? そんなに戦いたいのかなあ」
『二人共パパの役に立ちたいんですわ』
「ギャウギャウ(うん。パパの手伝いする)」
「ギャウ! ギャウ!(私も手伝う! 戦いを手伝う!)」
声を揃えてそう言われると、流石に何も言い返す事が出来ない。
何であの時の僕はあんな事を言っちゃったんだろうなあ。
ファル子とハヤブサの飛行お披露目式は、僕の想像以上の(親の贔屓目を抜きにしても)ものだった。
僕はすっかり感心しきり。手放しで二人のフライトを褒め称えた。
『でも、ハヤテの方が飛ぶのは速いですわよね?』
「そりゃまあ、真っ直ぐ飛んだ時のスピードは流石にね。けど、僕じゃファル子達のように自由自在に空中を飛ぶ事は出来ないから。そうだね、例えは悪いかもしれないけど、二人の素早さはネドマの高速飛行種にも匹敵するんじゃないかな」
『ネドマの高速飛行種ですの?』
うん。あるいはそれ以上かも。実際の所は戦わせてみないと分からないけど。
「とはいえ、本当に戦えば絶対に二人が勝つのは間違いないと思うよ。高速飛行種は能力を飛行に全振りしているせいで大して強くないし、二人の圧勝だろうね」
高速飛行種が厄介なのは、こちらの攻撃が当たらない点にある。
長い牙を持っている訳でもなければ、毒を持っている訳でもない。攻撃力自体は大した事はないのだ。
「つまりファル子達が同等の飛行能力を持っている時点で、完全な上位互換になる訳だね。あ~あ。最初から二人が一緒に戦ってくれてれば、こんなに苦労する事もなかったんだろうなあ」
無意識にこういう発想をしてしまう時点で、それだけ高速飛行種に頭を悩まされているという証拠になるのだろうが、それはさておき。
ティトゥは今の言葉を聞き逃さなかった。
『ふむふむ。ファルコ達は高速飛行種の完全上位互換で、間違いなく勝てる相手。なる程。でも今からでも決して遅くはありませんわね』
「えっ? ティトゥ、今なにか言った?」
『ファルコ! ハヤブサ! ママから話がありますわ!』
「「ギャーウー(なぁに、ママ)」」
「待って! ちょっと待ってティトゥ! 待ってったら!」
ここで失言に気付いたものの後の祭り。ティトゥから説明を受けたファル子達は、すっかりやる気になってしまい、僕の説得に耳を貸してくれなかったのだった。
てな訳で現在。僕はみんなに説得され、渋々ファル子達を連れて帝国領へとやって来ていた。
「どうしてこうなった・・・。いやまあ、全部自分の発言が原因ってのは分かっているんだけどさ」
『ハヤテ、それよりホラあそこ! 帝国軍の騎兵がこちらに手を振っていますわ!』
ティトゥの声に周囲を見回すと・・・いた。帝国軍の騎兵達がその場でグルグルと回りながらこちらに手を振っている。
僕が翼を振り返すと、騎兵は馬首を巡らし、北北西に向けて走り出した。
このひと月あまり、毎日のように見ている光景。あの先に原始ネドマの群れがあって、帝国軍に向かっているのだ。
『ハヤテ』
「こうなりゃ仕方がない。ファル子、ハヤブサ。もう一度言うけど、お前達が相手にするのは高速飛行種だからね。もし、この先に他のネドマしかいなかった場合、戦うのは僕だけだから。その時は二人共、操縦席でママと一緒に大人しくしているんだよ。分かったね?」
「ギャーウ(分かったよパパ)」
「ギャウギャウ!(私は戦う!)」
ファル子。お前というヤツは・・・。呆れる僕にティトゥが小さく苦笑した。
『この子が勝手に飛び出さないように私が抱いておきますわ』
「僕が風防を開けない限りそんな心配はないけど、一応ヨロシクね」
「ギャーウー!(イーヤー!)」
ティトゥに抱きかかえられたままイヤイヤをするファル子。僕は騎兵達を追い越すと、ネドマの群れへと向かったのだった。
次回「50対3」




