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その26 助っ人現れず

◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日、帝国軍の総指揮官、グスタボ・カルヴァーレは決断を迫られていた。

 指揮官用の天幕の中、彼は集まった側近達に尋ねた。


「それで? ミロスラフ王国のドラゴンはまだ姿を現さんのか?」


 彼ら帝国軍との因縁浅からぬ、ミロスラフ王国のドラゴン・ハヤテ。

 一昨年にはウルバン将軍率いる帝国南征軍を退け、最近でも黒竜艦隊を撤退にまで追いやった忌まわしい超生物。しかし、何故かこのグスタボ率いるこの帝国精鋭軍には、当初から一貫して協力的な姿勢を貫いていた。

 その真意を計り知る事は出来ないが、戦場でドラゴンが攻撃するのがモンスターだけという点を考えれば、ドラゴンにとっても、このカルヴァーレ侯爵領を占拠しているモンスターの群れは放置してはおけない存在なのだろう。

 そうでもなければ、はるばる半島くんだりからこの国へとやって来る理由はないからである。


 ――ちなみにグスタボは、ハヤテはこの国のどこかに潜んでいる、つまりは夜の間はどこかに隠れていて、昼になると戦場にやって来ている、と考えているが(ミロスラフ王国までの距離を考えればそれも当然なのだが)、ご存じの通り、ハヤテ達はナカジマ領から毎日この戦場まで通っている。

 勿論、ハヤテ一人だけなら燃料の節約という意味でもそうしたいのは山々なのだろうが、現実的にはティトゥを屋敷まで送り届けなければならない。

 そもそもティトゥを乗せなければいいだけなのでは? とも言えるが(別にティトゥがハヤテを操縦している訳ではないし)、”言える”というのと、”実際に言う”とでは天地の開きがある。

 少なくともハヤテには、ティトゥ本人に面と向かってそれを言えるような度胸はないのであった。


 話を戻そう。

 今や帝国軍と奇妙な共闘関係を築いているドラゴン・ハヤテ。

 グスタボはハヤテを積極的に自軍の戦力に組み込む事で、いや、有り体に言えば便利に使う事で、最小限の被害でモンスターを駆逐し、ここまで順調に進軍を続けて来た。


「――もう正午にもなろうとしているにもかかわらず、一向に姿を見せんとは。まさかあの化け物がモンスターにやられたとも思えんし、一体何が・・・」


 そう。ハヤテは連日、日が高くなり始めると南の空から現われ、四~五時間程、周囲のモンスターと戦い、そして再び南の空へと帰って行く。

 それが今日に限っては、いつまで待ってもその姿を現さなかったのである。


(もしや、昨日、我が軍がこの場に留まっていたせいか? こちらが動きを見せない事に痺れを切らしたというのか?)


 口にこそ出さないが、この場にいる誰もが同じ不安を抱いていた。


 昨日、帝国軍はこの地に留まり、部隊の再編成を行った。

 いくらドラゴンの手助けがあったとはいえ、連日の戦闘に兵士は疲弊し、ケガ人の数も無視出来なくなっている。更には、カルヴァーレ侯爵領内に深く踏み入るごとに、モンスターの数はどんどん増えていく。

 ましてや一昨日には手強い飛行型モンスターによって、帝国軍は多くの被害を出していた。

 ここで再編成を行うのはやむを得ない――いや、今後の進軍を考えれば、むしろ急務と言えたのである。


(だが、それはあくまでもこちら側の事情でしかない。ドラゴンにとってはあずかり知らない事だったのではないだろうか?)


 ドラゴンは一向に動こうとしない帝国軍を見て、足手まといだと判断したのではないだろうか?

 それどころか、戦う意思を失くしたと考え、あっさりと共闘に見切りを付けてしまったのかもしれない。

 一方的に共闘されて、一方的に見限られた方としては、色々と言いたい事もあるが、なにせ相手は人外の生物だ。人間の理屈や道理など一切通じないのかもしれない。


(つまり我々はドラゴンに見限られてしまったという訳か・・・)


 最悪の想像にグスタボの動悸が乱れた。

 あの超生物の助け抜きでカルヴァーレ侯爵領からモンスターを駆逐する。

 一体、どれだけの被害を覚悟すればいいのか。いや、そもそもそんな事が人間の力だけで可能なのだろうか?


(人知の及ばない事態――モンスターの氾濫――には、同じく人知の及ばない存在――ドラゴン――でなければ対応出来ないのかもしれない)


 この時グスタボは、現場に立っている人間の直感、ないしは当事者の肌感覚で、この事態の本質を捉えつつあった。

 とはいえ、今はそんな事を考えている場合ではない。既に行動開始の予定時間は過ぎているのだ。

 指揮官の役目は決断を下す事にある。指揮官が命令を下さなければ、部隊はいつまでも待ちの態勢を維持し続けなければならない。今日の行軍を開始するにしても、もう一日この場に留まるにしても、早急にそれを決断し、部下に命じる必要があった。


 グスタボは閉じていた目を開いた。視界に側近の姿が映る。彼らの表情は、皆、不安そうに曇っている。

 部隊の後方に位置している指揮官達ですらこう(・・)なのだ。戦場に立ち、実際にモンスターと戦っている兵士達の不安は想像するに難くなかった。


(いつの間にかドラゴンの存在は、これほどまでに帝国軍将兵の心の支えとなっていたのか)


 グスタボは軽いショックを覚えると共に、覚悟を決めた。


「――進軍を再開する」

「し、しかし閣下!」


 ドラゴンのいない状態で、もし、手強いモンスターが現れたら。そう続けようとした側近の言葉を、グスタボは前に出した手で遮った。


「待って事態が好転するというのであれば、このまま待ち続けるのもいいだろう。だが、帝都では皇帝陛下が、我らの成功を――このカルヴァーレ侯爵領に巣食うモンスター共を一掃するのを待っておられる。我らは誇りある帝国軍。その中でも特に精鋭の部隊を集めた最強軍団だ。我らに出来ないのであれば、この国、いや、この世界に存在するあらゆる軍隊にとっても不可能であると俺は考える」


 ちなみに一般兵ならいざ知らず、グスタボらここにいる指揮官達は、全員、皇帝ヴラスチミルが王城にいない事を知っている。

 ヴラスチミルは若い皇后と共に新たに作られた離宮に移り住み、その離宮がモンスターの氾濫に巻き込まれた事で(※実はその離宮こそがこの異変の中心地なのだが)、生死不明の状況となっている。

 とはいえ、形の上では未だにヴラスチミルが権力の中心であり、そして帝国軍が皇帝の所有する軍隊である以上、今回の派兵はヴラスチミルが命じたという形になっているのである。

 皇帝の名前を出されてしまえば、軍人である彼らに否が応はない。

 側近達は不安な心に無理やり蓋をすると、事務的な方向へと気持ちを切り替えた。


「では狼部隊を先頭に、虎部隊。殿(しんがり)を竜部隊で行きましょう。今日はドラゴンがいないので、大型モンスターを優先して狙うよう、各部隊の隊長に通達をお願いします」

「今、出発している騎兵による偵察だが、こちらもいつもと違ってドラゴンがいない事を忘れぬよう、再度徹底しておかねばならんな」

「荷馬車隊の護衛は特別攻撃隊に任せては? 飛行型のモンスターが確認された時は、休憩中の部隊が任務を引き継ぐ形でなら負担はないかと」


 連日、モンスターの群れと戦って来た彼らである。

 一度動くと決めれば、ドラゴンがいないというイレギュラーにも即座に対応し、素早く調整を行っていく。

 その姿にグスタボは頼もしさを感じ、小さく頷いた。


「では、進軍開始は四半刻(しはんとき)(※約三十分)後に。それでは各々――」

「ご報告致します!」


 その時、天幕の中に転がり込むように若い騎士が入って来た。

 すわっ、モンスターの襲撃か!? 

 指揮官達が慌てて振り返る。

 しかし、騎士の顔に浮かんだ笑顔を見て、彼らは緊張を緩めた。


「ドラゴンです! ミロスラフ王国のドラゴンがやって参りました!」

「何!? ドラゴンだと!?」


 騎士の言葉に耳を澄ますと、確かに。分厚い天幕の布を通して、兵士達の上げるどよめきの声。そして「ドラゴン!」「ドラゴンだ!」というざわめきの声が伝わって来た。

 指揮官達は魂を抜かれたような表情で互いに顔を見合わせた。


「なんと。ドラゴンが・・・」

「ええと、という事は、今日はたまたまいつもより遅くなってしまっただけだったのかな?」

「なんともはた迷惑な・・・。いや、遅れる事自体は別に構わないんだが」

「やれやれ、気を揉ませてくれたものだ」


 先程までの重苦しい空気から一転。天幕の中はホッと緩んだ空気が満ちた。

 気持ちを切り替えたとは言ったが、やはり不安は消え去っていなかったのだ。

 指揮官のグスタボも、胸に安堵の気持ちが湧き上がるのを感じながらも、その気持ちをイヤな物だとは思えずにいた。


(帝国軍にとっては厄介者のはずのドラゴンだが、我々にとっては頼もしい存在。いや、勝利のシンボルとさえ言っても過言ではないのかもしれんな)


 帝国軍では、過去にウルバン将軍の編成した白銀竜兵団。それに帝国海軍の新鋭艦を集めた黒竜艦隊の例もあるように、”竜”という名に特別な意味を持たせていた。

 それが軍の持つ力や威厳といった象徴を、竜のイメージになぞらえたものなのか、それとも単純に帝国人の好みなのかは分からない。

 あるいは力も弱く、翼も持たない人間という種族は、竜という天空の支配者に対して、生まれながらにして本能的な憧れを持っているのかもしれない。

 近年、ドラゴンが現実に現れた事によって、帝国では微妙な扱いになってしまっている感はある。

 だがそれは不幸にして対立する立場に立ってしまったからに他ならない。

 グスタボらのように同じ仲間。同じ戦場で共通の敵と相対する味方という立場になれば、ドラゴンほど兵士達の心を惹きつけ、頼もしさを感じさせる存在は他にないのである。

 その時、誰かがポツリと呟いた。


「こりゃあもう、帝国軍はドラゴンとは戦えんなあ」


 その瞬間。ハッと空気が凍り付いた。

 ドラゴンは何度も帝国軍を蹴散らした忌むべき敵である。帝国軍人という立場上、流石に今の言葉は聞き流せない。

 側近たちが緊張に固唾をのむ中、グスタボはゆっくりと口を開いた。


「そうならない事を祈りたいものだ」


 グスタボが言外に今の言葉に同意した事で、この場にホッと安堵の空気が流れた。

 その時だった。大きなざわめきと共に、天幕の外に馬の足音が響き渡った。


「何事だ!」

「報告致します! 北北西に飛行型モンスターの群れ、多数!」


 偵察に出ていた騎兵が連絡に戻って来たのだ。

 どうやらドラゴンの到着はギリギリの所で間に合ったようである。

 そう思ったグスタボらの考えは、しかし、続く報告で裏切られる事となった。


「飛行型モンスターの約半数は高速飛行型! その数、約五十! 先行してこちらに向かっています!」

「なんだと!」


 一昨日、帝国軍の前線をあわや崩壊寸前へと追いやった高速飛行型モンスター。ドラゴンですら手を焼く恐るべき敵。

 その高速飛行型が何と五十匹も。

 既にこちらの存在に気が付き、向かって来ているというのである。

次回「子供達の初陣」

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