その25 ナカジマ家航空隊
夜中に僕のテントに駆け付けたティトゥとカーチャ。
二人に抱きかかえられたリトルドラゴン、ファル子とハヤブサは、今までよりも飛行に適した姿へと成長していた。
それはそうと聞き逃せない不穏なワードに、僕は慌ててハヤブサに問いただした。
「進化だって? ハヤブサ、それってどういう意味なんだい?」
緑色のリトルドラゴン(今は脱皮したてでほとんど真っ白だけど)ハヤブサは、大きな翼を振ると誇らしげに「キュウ」と鼻を鳴らした。
「ギャウギャウ。ギャウギャウ。(前にパパが言ってたよね。パパは昔、”進化”して今の姿になったって」
いや、確かに言ったけどさ。
二人が話せるようになってしばらくした頃。僕はハヤブサから「なんで僕達の姿はパパとは違うの?」と尋ねられた事があった。
姿が違うも何も、本当は僕は二人の父親でも何でもないのだが、こちらを親だと信じ切っている無邪気な子供に、たとえ事実だとしてもそんな無慈悲な言葉を口にできるはずもない。
僕は苦し紛れに、「パパも子供の頃はお前達と同じ姿だったけど、進化して今の姿になったんだよ」というウソをつくはめになってしまったのだった。
今も密かに僕を悩ませ続けている、ドラゴン進化設定の始まりである。
そう。ハヤブサの言った進化とは、僕があの場をごまかすためについた出まかせ。中二風味の入ったウソ設定のはずなのである。それがどうしてこうなった?
メイド少女カーチャは手を伸ばすと、嬉しそうにハヤブサを抱き上げた。
『お二人共、ハヤテ様を見習って毎日頑張って飛ぶ練習をしていたんですよ』
「ギャーウ!(ウン、パパみたいになるために頑張った!)」
どうやらハヤブサは(そしておそらくファル子も)僕の姿に憧れて、ずっと空を飛ぶ練習をしていたらしい。
その結果、飛行に向くように体が変化した――あるいは、元々何もしなくてもこういう体になる生態だった?――のか、二人は自分達の望み通り、大きな翼と流線形のスリムな体を手に入れたようである。
「そんなバカな――って、いや。ひょっとして本当に進化したのかも。ドラゴンは周囲の環境に適応するように自らの体を変化、成長させていく生き物なんじゃないだろうか?」
そんな生き物いる訳ないって? けど、ドラゴンの生態なんて僕も含めてこの世界の誰も知らないのだ。
絶対にない、と言い切るなど誰にも出来ないのではないだろうか?
「ドラゴンってスゴイな」
『何を感心しているんですの? ハヤテだってドラゴンじゃないですの』
いや、僕の場合はティトゥが勝手にそう呼んでいるだけだから。本当の僕はドラゴンじゃなくて四式戦闘機・疾風だから。本物はファル子とハヤブサの二人の方だから。
弟だけが話題の中心になってチヤホヤされているように感じたのだろう。桜色ドラゴンのファル子が、自分にも注目して欲しくて大きな声を上げた。
「ギャウギャウ!(パパ、今から飛ぶから、見てて!)」
『ファルコ様、どこに行くんですか!?』
急にテントから飛び出そうとしたファル子を、代官のオットー達が慌てて止めた。
『もう外は暗いですよ。庭で遊ぶなら明日にして下さい』
「ギャーウー!(イーヤー!)」
翼が倍の大きさになったとはいえ、体のサイズは以前とそれ程変わりはない。ファル子はあっさりとオットーに抱きかかえられると、ジタバタと暴れた
「ファル子、飛ぶのはまた明日にしようね。夜に空を飛ぶのは危険だし、お前だって脱皮したてで今は疲れているだろう? それに朝になれば、使用人の人達も屋敷に出て来る。だったら今夜はゆっくり体を休めて、万全の態勢でみんなの前で初飛行を行った方がいいんじゃないか?」
「ギャウギャウ。(ファル子。パパの言う事を聞こうよ。それに僕も眠くなって来ちゃったし)」
「ギュウ・・・(仕方がないわね・・・)」
僕自身には脱皮の経験はないが(当たり前だ)、体の表面が固くなる前に激しい運動を行うのはあまり良くはないはずだ。
ファル子は僕とハヤブサの説得に渋々頷いた。
『では、ファルコ達のお披露目は明日の朝! この裏庭で行う事にしましょう!』
この中で唯一、今の会話が理解出来たティトゥが、そう宣言する事でこの場はお開きとなった。
『じゃあハヤブサ様、ファルコ様。お部屋に戻って休みましょうね』
「ギャーウ。(カーチャ姉、寝る前におこしが食べたい)」
「ギャウギャウ!(私も! 私もおこし食べる!)」
『カーチャ フタリニ オコシ アゲテ』
『二人共お腹が空いているんですね? 分かりました。ハヤブサ様、ファルコ様、でしたら寝室に戻る前に厨房に寄りましょうか』
「ギャウギャウ!(※喜んでいる)」
カーチャは賑やかに騒ぐ子供達を連れてテントを出て行った。
次いでティトゥが、そしてオットー達がいなくなると、テントの中は再び夜の闇に包まれた。
シンと静まり返ったテントで、しかし、僕は不思議とさっきまでよりも随分と軽くなった気持ちで、朝日が昇るのを楽しみに待つのだった。
といった訳で明けて翌日。
空は抜けるように青々と晴れ渡り、絶好のフライト日和りである。
僕は屋敷の使用人達の手でテントの外に運び出されていた。
みんなが裏庭にゾロゾロと集まってくる中で待つ事少々。やがてファル子とハヤブサにせかされながらティトゥ達が姿を現した。
一晩経ってウロコが固くなったからだろうか。ファル子達の体色はすっかり以前と同じ色――桜色と緑色――に戻っていた。
「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(ママ、ママ! 早く早く!)」
『ハイハイ、そんなに急がせないで頂戴』
周囲から期待のこもった微笑ましい視線がリトルドラゴンの姉弟に送られる。
『それじゃファルコ、ハヤブサ。みんなに挨拶をなさい』
「ギャウ! ギャウギャウ!(みんな! 今から私とハヤブサが飛ぶから、見てて!)」
何を言ったのかは分からなくても、言いたい事は伝わったのだろう。ファル子の言葉に小さな拍手が起こった。
「ギャウギャウ!(パパも見ててね!)」
もちろんだとも。
僕は返事の代わりに左の翼の着陸灯を瞬かせた。
ファル子はみんなの注目を浴びてテンションアゲアゲ。誇らしげに胸を反らすと、背後の弟に振り返った。
「ギャウギャウ!(さあ行くわよ、ハヤブサ! 私に恥をかかせたら許さないんだからね!)」
「ギャーウ。(え~。分かったよ)」
さて、いよいよ小さな航空隊のお披露目会の始まりである。
ファル子が背中の翼を大きくバサリと広げると・・・そこには赤く丸い模様が――日の丸の模様があった。
「えっ? なんで――」
『ヒソヒソ(ファルコがハヤブサの翼にだけパパと同じような模様があって羨ましがっていたから、カーチャが描いてあげたんですわ)』
あーそれで。
少し混乱した僕に、すぐ側まで来ていたティトゥがコッソリ耳打ちしてくれた。
昨夜はなかったはずなのに、ファル子の翼にまで日の丸の模様があるから、どうしてなのかと思ったよ。
どうやらファル子達の晴れ舞台という事もあって、メイド少女カーチャが化粧品を使って特別に描いてくれたようだ。
僕達の視線に気付いたカーチャが、こちらに向かって小さく微笑んだ。
バサッ! バササッ!
二対の翼が大きく振られると、フワリ。小さな体が軽々と空へと舞い上がった。
使用人達の間から『おお~っ』とどよめきが上がる。
「へえ~。スゴイじゃないか」
僕も思わず感心の言葉が口を突いて出た。
今までのファル子達は、飛ぶと言うよりは空に浮かぶといった感じで、そこからグライダーのように滑空する事しか出来なかった。
しかし、今の二人は鳥のように自由に空を飛んでいる。僕の贔屓目を抜きにしても、スゴい進歩と言っていいだろう。
地上の僕達が見上げる中、二人はグルグルと旋回しながら徐々に高度を上げて行った。
『あの飛び方、きっとハヤテ様のやり方を真似しているんですね』
僕のやり方?
ああ、そう言えば僕は飛び立った後、いつもああして旋回しながら高度を上げているんだっけ。じゃあ二人はそれを見て真似したって事か。
そう言われてみると、なんだかちょっと恥ずかしい気が・・・って、ん?
「あれ? ちょっと待てよ。別に旋回しながら高度を上げる必要なんてなくないか? あれは隊列を組んで編隊飛行をするために――後続の機体が上がって来るのを待つために必要な事で、別に一人しかいない僕の場合は、この場でグルグル回らなくても、真っ直ぐに目的地に向かいながら高度を上げればいいだけなんじゃないか?」
何という事だろう。
僕は頭にズガンと一発喰らったかのような衝撃を受けた。
この四式戦闘機の機体に転生してから約二年。今まで何十回と空を飛んでいながら、まさか今更そんな事に気付いてしまうとは。いや、気付かされてしまうとは。
そうなのだ。後続を待つ必要がないのなら、別にこの場で高度を上げなくてもいいのである。実際、僕も前世で旅客機に乗った事は何度かあるが、その時のジャンボジェット機は羽田空港の上空を旋回しながら高度を上げたりはしていなかった。
そりゃそうだ。
「えっ? ウソだろ。まさかファル子達に真似されるまで気付かなかったなんて・・・」
『どうかしたんですの? ハヤテ』
突然、ショックを受けた様子の僕に、ティトゥが不思議そうに振り返った。
・・・言えない。今まで無意識に行っていた行動が――毎回ティトゥも付き合わせていた行動が――全く意味のない行動だったと今更ながら気付いたなんて。
「――なんでもないよ。それより、ホラ。二人が飛ぶ姿を見てあげないと」
『? そうですわね』
ティトゥは怪訝な表情を浮かべたが、直ぐに視線をファル子達に戻した。
僕にだって男のプライドというものがある。それにこの世界で初の戦闘機として、後に誕生する後輩戦闘機達にいらぬ恥をかかせる訳にはいかないのだ。
幸いな事にこの世界で空を飛べるのは僕(それと今はファル子達も)しかいない。鳥や虫も飛べるが、言葉を話す事は出来ない。つまり僕が言わなければ真実は誰にも分からないのである。
(よし。この秘密は黙って墓場まで持っていこう)
僕はそう固く決めると、軽やかな空中動作で大空を舞うリトルドラゴンズを見上げるのだった。
次回「助っ人現れず」




