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その24 新たな翼

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ナカジマ領。港町ホマレの町はずれ、ティトゥの屋敷。

 初夏の太陽が西の空に沈むと、建物の窓に明かりが灯り始める。

 そんな屋敷の裏口に近い大部屋。代官のオットー達、ナカジマ家の事務官達が執務室として使っている一室。

 屋敷に戻ったティトゥは、この部屋で仕事の書類に目を通しながら昼間の戦いについて話していた。


「――という訳で、今日はたいした進展はありませんでしたわ。残念ながら昨日の戦いで帝国軍はすっかり怖気づいてしまったようですわね」

「ふうむ。それは厄介な事になりましたね」


 ティトゥが説明を終えると、オットー達は眉間にしわを寄せて唸り声を上げた。


 数日前からハヤテが手を焼いている、原始ネドマの高速飛行種。

 昨日、遂にこちらの隙を縫うように、数匹の高速飛行種が襲いかかり、帝国軍に無視できない被害を与えていた。

 幸い、ハヤテ達が駆け付けるのが早かったおかげで致命的な被害にまでは至らなかったものの、帝国軍指揮官は進軍を一時中断。一日かけて部隊の再編成を行いながら、ダメージの回復に努める事にしたようである。


「このまま帝国軍が足を止めるような事になると、今後の予定が狂ってしまうんじゃないですか?」

「ええ。ハヤテもその事を気にしてましたわ」


 全く動こうとしない帝国軍に、ハヤテは今日一日、『あの時、僕が目を離さなければ』と、クヨクヨと後悔の言葉を繰り返していた。

 ティトゥは大きな胸を張り、不満げに鼻を鳴らした。


「そもそも帝国軍は少し必死さが足りないんじゃないですの? 自分達の領地を取り返すための戦いなのに、ハヤテをあてにしてどうしますの。最低でも、自分達の身くらいは自分達で守って欲しいものですわ」


 元々、帝国軍に対しては当たりのキツイ傾向にあったティトゥだが、ここの所ハヤテに頼りきりの帝国軍には大分業を煮やしている様子である。

 とはいえ、原始ネドマの高速飛行種には未来兵器(※この世界基準での話)であるハヤテですら手を焼かされている。

 近代兵器を持たない帝国兵が苦戦するのも無理はないと言えた。


「そうは言っても、帝国軍の弓兵は装備も練度も大変に優れていると聞いています。その弓兵隊が手も足も出ないのでは、帝国軍の指揮官としても手の打ちようがないのではないでしょうか?」

「でも、それくらいはあちらで何とかして貰わなければ、先に進むことなんてできませんわ」

「まあそれはそうなんですが・・・。高速飛行種の数自体が少ないとはいえ、今の所ハヤテ様しか対応出来ないというのが問題ですね」


 飛行型ネドマ全体における高速飛行種の割合は微々たるものである。

 この件について、ハヤテは、ネドマは種として体を大きくさせる方向に進化する傾向が強いためではないか、と推測していた。


『高速飛行種はネドマにとって特殊な個体。主流から外れた突然変異種なのかもしれないね。なにせ、わざわざコストをかけてまで飛行性能を上げなくても、体さえ大きくしてしまえば、理屈の上では天敵の数は減る訳だし。ネドマは既存の生物が持っていない魔法という武器を手に入れた、いわば進化の最先端にいる種――生存競争のためのライバルがまだ少ない先駆者でもある。大昔に陸上に進出した魚類が、天敵のいない新天地(フロンティア)で巨大な恐竜へと進化したように、現在のネドマは順当に大型化の道を辿っているのかもしれないね』


 以上がハヤテの説である。

 ちなみにティトゥはいつものようにハヤテの話を軽く聞き流していたため、全く彼女の記憶には残っていなかった。

 こうして、ハヤテの考察を(あるいは単なる思い付きを)この世界の人間達が検討する機会は永遠に失われてしまったのだった。

 それはさておき。

 日が沈んだとはいえ、季節は既に初夏。部屋の温度を下げるため、窓もドアも大きく開け放たれている。

 その開いたドアから、若いメイドが姿を現した。

 ランピーニ聖国からの押しかけメイド、モニカである。

 モニカはいつも落ち着いている彼女にしては珍しく、急ぎ足で部屋へと入って来た。


「ご当主様、カーチャがご当主様を呼んでいます。急いでお部屋にお戻り下さい」

「カーチャが? そう言えば屋敷に戻ってからあの子の姿を見ていませんわね」


 いつものメイド少女の姿がない事にティトゥは不思議そうに室内を見回した。モニカは小さく頷いた。


「カーチャはご当主様の部屋でファルコ様達の世話をしています」

「ああ、そうでしたわね。ここの所、あの子達は妙に元気がなかったけど、今朝は特に様子がおかしかったから――って、まさか!」


 この場に姿を見せないカーチャに、いつもと違って慌てた様子のモニカ。

 ティトゥはイヤな予感にハッと目を見開くと、慌ててイスから立ち上がったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕は薄暗いテントの中で、一人、悶々と考え込んでいた。


「――やっぱりダメだ。どう考えても手が足りない。最低でもあと一人、僕と同等の能力を持つ者がいないと」


 高速飛行種さえどうにかする事が出来れば、帝国軍が進軍を再開するのは間違いない。

 しかし、現状で高速飛行種を相手に出来るのは僕だけ。

 しかも昨日は対処に手間取っている間に、別方向から違う高速飛行種が襲来。帝国軍は少なくない被害を受けてしまった。


「大体、他に対処出来る人間がいないから、仕方なく僕が引き受けているだけで、僕自身、あの手の素早い相手は苦手なんだよな。四式戦闘機にヘリコプターみたいに空中に留まれるホバリング機能でもあれば別だけど」


 回転翼で揚力を得ているヘリコプターとは違い、飛行機は翼の上下に流れる空気の圧力差によって揚力を得ている。流体の速度が増加すると圧力が下がる現象。いわゆるベルヌーイの定理である。

 その原理上、飛行機は常に前に進んでいなければ、揚力を失って墜落してしまう。


「そして僕の機関砲は進行方向に向かってしか発射出来ない。せめて銃身が自由に動かせればもう少しやりようがあるんだけど」


 これがどれだけ難しいかは、ゲームの空中戦でミサイルを一切使わずに敵機を落とす縛りプレイをしてみれば分かると思う。

 戦闘機のゲームなんて持ってないって? そもそもゲーム機自体が家にないって? まあ最近だとみんなスマホゲーばかり遊んでいて、昔ほどゲーム機が売れなくなってるって話だからなあ。更に追い打ちをかけるように、昨今のメモリ価格の高騰が・・・って、何の話をしてたんだっけ? そうそう。それぐらい空中戦を機関砲だけで戦うのは技術がいるという話なんだよ。


「バラクにもいいアイデアはないみたいだし」


 僕のつぶやきに反応して、叡智の苔(バレク・バケシュ)の子機、スマホのバレクの画面が点灯。暗いテント内を、液晶の明かりが照らした。


「いや、別に君を呼んだわけじゃないから。――ヘイ、バラク。終了」

「またのご利用をお待ちしております」


 女性の合成音声が流れると、音声認識アシスタントVLAC(バラク)は待機状態へと移行。テント内は再び暗闇に包まれた。

 はあ。本当にどうすればいいんだか・・・


 その時だった。バタバタという足音と共に、テントの入り口が大きく開け放たれた。

 突然の事にギョッとする僕。

 一体何事!?

 真っ暗なテントの中に飛び込んで来たのは、長いゆるふわヘアーの女性の影。僕の契約者、ナカジマ家の当主ティトゥだった。


『ハヤテ! このファルコを見て頂戴! ほらほら!』

「ギャウ! ギャウ!(パパ! 見て見て!)」


 ティトゥは余程興奮しているらしく、テントの中が真っ暗なのにもお構いなく、僕に詰め寄って来る。

 二人の声とボンヤリとした輪郭から、ティトゥがファル子を抱いている事くらいは分かるものの、見てと言われても、僕の目には暗視機能は付いていないんだけど。


『ティトゥ様! ま、待ってください! 夜に走ったら危ないですよ!』


 次に聞こえて来たのは慌てた様子の少女の声。この声と輪郭はティトゥのメイド少女カーチャだな。

 こちらはハヤブサを抱きかかえているみたいだけど・・・やっぱり暗くてよく分からない。

 ていうか、ホントに何事?

 やがて少女二人に遅れて手に明かりを持った使用人達が姿を現した。

 その光に照らされて、ようやくテントの中が明るくなる。


『ハヤテ! 二人が今日、脱皮したんですわ!』

「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(※興奮して叫んでいる)」


 みんなの姿が見回せるようになると、ティトゥがファル子を僕の前に突き出した。

 脱皮の直後だからだろうか。いつもより白っぽい色合いのファル子が自分の姿を自慢するように首を逸らしている。

 というか、そうか。二人は脱皮したのか。

 実はその可能性は考えていなくはなかった。以前もファル子達は脱皮し、一回り体が大きくなり、背中の翼も大きくなったのだが、その時も数日前から、元気がなくなったり気難しくなったりと、普段の二人とは違う様子をみせていた。

 今回は二人そろって元気がなくなっていたので、病気の可能性があるかもと心配していたのだが・・・そうか。脱皮の時期だったのか。良かった良かった。

 僕は今か今かと尻尾を振っているファル子に話しかけた。


「そうか。うん。二人共見違えたよ。顔付きも精悍になって、前までの可愛い感じから、大人びたカッコ良い感じになったんじゃないかな? 体だって前よりも大きくなって――って、ん? あれあれ?」


 確かに二人の顔と体は、以前までの子供っぽい丸い感じから、より細くシャープな印象へと変わっていた。

 それはいいのだが、思っていたよりもあまり体の大きさは変わっていない感じというか、いや、体長自体は伸びているのかもしれないが、全体的に細身になったせいか、大きさの自体は変わっていない印象だったのである。

 いや、小柄なカーチャが今まで通りにハヤブサを抱きかかえられているのを見れば、体重も前とそれ程変わっていないのは明らかだった。


「あれ? だとすると、二人はこれで大人の体になったという事? これ以上は大きくならない? 何となく、将来は僕と同じサイズくらいにはなるんじゃないかと思っていたけど違ってた?」


 混乱する僕に、ティトゥはフフフとイタズラっぽい笑みを浮かべた。


『ハヤテが心配するような事は何もありませんわ。二人共、今回の脱皮で大きく成長したんですわよ』

「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(そう、成長した! パパ、見て見て!)」


 ファル子はティトゥの腕から飛び降りると、背中の翼を大きく広げた。


 バサッ!


 大きな音がしたその瞬間、テントの外に集まっていた使用人達の口から『おお~っ!』とどよめきの声があがった。


「ファル子! お前、その翼は!」

『ええ。二人共パパのようになりたくて必死に努力したんですわ』


 ティトゥがまるで自分の事のように誇らしげに胸を張る。

 ファル子の翼は今までの倍以上の長さに伸び、力強く羽ばたいていた。

 そう。決して二人の体は成長していなかった訳ではなかった。ファル子達は全体の成長よりも翼の成長を優先した結果、体の方はフォルムの変化に留め、翼をより大きく逞しく、高速の飛行に対応した姿に変化させたのである。


「そんな事が出来るのか。いや、これは変化なんてシロモノものじゃない。進化だ」


 驚きのあまり思わず漏れてしまった呟きに、ハヤブサが嬉しそうに「ギュウ!(やっぱり!)」と鳴いた。


「ギャウギャウ。ギャウギャウ。(そう。僕達は、前にパパから教えて貰った進化に挑戦したんだ。やっぱりこれで良かったんだね。ホラ、僕も見て)」


 ハヤブサは身をよじってカーチャの腕の中から飛び降りると、背中の翼を大きく広げた。

 その翼はファル子のように大きく力強く――そして翼の中央には四式戦闘機(ぼく)の翼と同様、赤く丸い日の丸の模様が浮かび上がっていた。

次回「ナカジマ家航空隊」

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― 新着の感想 ―
800話おめでとうございます!
おおー!ついに滑空ではなく自力での飛行が可能に! でも実戦に耐えられるのか心配ですね
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