その23 高速飛行種
周囲を見張っていたティトゥが警戒の声を上げた。
『ハヤテ、あそこ! 例の厄介なネドマがいますわ!』
「またか。異変の中心に近付いているからかな。飛行型の中に高速飛行種が混ざっている割合が、明らかに増してる感じなんだけど」
『しかもどんどん大きくなっている気がしますわ』
確かに。
ティトゥの言う厄介なネドマ。そして僕の言う所の高速飛行種。それはトンボに良く似た形をした、大きな羽根を持った特殊な個体であった。
僕は自分でも高速飛行種の姿を確認しながら呟いた。
「トンボか。そういえば、トンボって英語ではドラゴンフライって言うんだっけ。同じドラゴン同士。同族のよしみで見逃してくれないものかなあ」
まあ僕の場合、ティトゥが勝手にそう呼んでいるだけの、なんちゃってドラゴンなんだけど。
高速飛行種の数は・・・三匹か。ちょっと多いな。
「いや、相手はまだこちらを警戒していないみたいだ。ファーストアタックで出来れば三匹全部――最低でも一匹は仕留めるよ」
『りょーかい。ですわ』
僕は翼を傾けると、飛行ネドマの群れへと進路を取った。
高速飛行種――いかに高速で飛行するネドマとはいえ、四式戦闘機の速度には敵わない。当たり前だ。四式戦闘機の最大速度は時速600キロ超。世界最速の鳥と呼ばれるハヤブサですら、その最大速度は時速300キロ超えでしかない。しかもそれは獲物を捕らえるために急降下をしている時の速度なのだ。
そもそも、高速域での空気抵抗は速度の2乗に比例する。いくら空の上が地上よりも空気が薄いとはいえ、時速600キロという数値は生身の生き物が耐えられる速度を超えている。
そういった意味では、高速飛行種は僕の相手にもならないはずなのだが・・・それと倒しやすさというのはまた別の問題なのである。
「まあ正直言って、苦手な部類の相手ではあるかな。もちろん、速さで負けるような事はないけど、ああいう小回りの利く相手ってのはそれとは別の面倒臭さがあると言うか。空中を素早く動く標的に照準するのは、結構神経を使うんだよなあ」
だからと言って、彼らの相手を帝国軍に押し付ける訳にもいかない。
いかに帝国軍が空を飛ぶネドマの対応に慣れつつあるといっても、高速飛行種にはなすすべもないからである。
なにせ高速飛行種は空中では恐ろしく小回りが利く。弓兵が放った矢を見てからでも、それを回避出来るだけの速度を持っているのである。こんなもの、相性最悪なんてもんじゃない。完全にメタられていると言ってもいいだろう。
だったら苦手だとか面倒だとか言っている場合じゃないのだ。
僕がやらなければ、最悪、あの三匹の高速飛行種だけで帝国軍が撤退せざるを得ない所まで追い込まれる可能性だってなくはないのである。
その時、ホコッという軽い電子音と共に、照準器の場所に固定されているスマホ――叡智の苔の子機の画面が点灯した。
画面には大写しになった高速飛行種の姿と共に、ターゲットまでの距離が表示されている。
この戦いが始まってからこちら。もう何十回と繰り返された攻撃手順は、何も指示を出さなくても最適化されている。
その事に頼もしさを覚えながら、僕は飛行ネドマの群れの中に飛び込んで行った。
「よし、角度はドンピシャ! これなら三匹狙える! もらった!」
しかしそう思ったのもつかの間。一番離れた位置にいた一匹が、こちらを見つけて素早く離れてしまった。
僕のバカ! 攻撃する前の『もらった!』と、攻撃した後の『やったか!?』は、失敗フラグだって分かっていただろうに。
『ハヤテ!?』
「――問題無い! 先にこっちの二匹を片付ける!」
悔しいは悔しいが、中途半端に未練を残したままで攻撃を仕掛けても虻蜂取らずになるだけだ。今は狙える位置にいる二匹に集中する。
――今だ!
ドドドドド!
鈍い発射音と共に四本の赤い火線が前方へと伸びた。
四式戦闘機の主兵装、四丁の20㎜機関砲から放たれた曳光弾の光である。
弓兵の矢なら見てからでも避けられる高速飛行種でも、音速を超える速度で打ち出された弾丸を躱す事などは出来はしない。
よし、命中!
その瞬間、ネドマ二匹の体がパッと砕けて弾け飛んだ。
弓兵をメタっている高速飛行種が、四式戦闘機に完全にメタられた瞬間である。
やったと思ったその直後、機体に重い衝撃と僅かな振動が伝わった。
バン! バツン!
進路に入った群れの飛行ネドマが、機体に衝突して木端微塵になって吹き飛んだ衝撃である。
僕は進路を維持したまま、群れの中から飛び出した。
「うん。さっきぶつかったネドマは大した大きさじゃなかったみたいだね。当たったのもプロペラじゃなくて翼の根元だし、全然大丈夫だよ」
僕は心配そうにこちらを見つめるティトゥに、あえて軽い口調でそう報告した。
『でも・・・こんな戦い方を続けていたら、いつかハヤテがどうにかなってしまいそうですわ』
ティトゥの心配は良く分かる。
僕も異変の中心地に向かったあの日。迂闊にも飛行ネドマの群れの真っただ中に突っ込んでしまった時の恐怖を忘れた訳ではない。
ネドマが機体にぶつかるドシンドシンという衝撃。ギシギシと嫌な軋み音を立てる機体。歪むフレーム。
四式戦闘機の体に転生してからこちら、あの時程リアルに命の危険を感じた瞬間はなかった。
その気持ちは一緒に乗っていたティトゥも同じだったに違いない。
だからティトゥの心配する気持ちも分かる。それは良く分かっている。
「大丈夫だよ。大丈夫」
だけど僕はそう繰り返すしかなかった。
高速飛行種の相手をする場合、今の所、高い確率で攻撃を当てる方法はこれしか思いつかない。
相手が油断している所を、まるで辻斬りのように背後から一撃必殺。
一度警戒されてしまうと、僕でさえ次の攻撃チャンスを作るのが難しくなってしまう。
だからチャンスは初太刀一本。勝負は最初の一射が命中するか命中しないかにかかっている。そんな中、周囲のネドマの動きに気を付けている余裕などないのである。
「それよりも今は逃がしてしまった高速飛行種を倒さないと。急いで探そう」
『――それなら、あそこにいますわ』
ティトゥは何か僕に言いたそうにしながらも上空を指差した。
青い空を背景に浮かび上がった黒い点。高速飛行種は先程よりも十分な高度を取っていた。
「厄介な位置だな。けど、最低でも弱らせておかないと、帝国軍の手には負えないだろうし」
『そうですわね』
ティトゥも高速飛行種の危険性は分かっているのだろう。これ以上、追及してくる事は無かった。
僕はその事に内心で少しホッとしながら、上空に機首を向けた。先ずは高度を回復させないと戦いにもならない。
すると高速飛行種はこちらから逃げるように上空に移動を開始した。どうやら完全に警戒させてしまったようである。
「本当に厄介な事になっちゃったかも。まいったな」
『こちらが手間取られている間に、別の高速飛行種が現れて帝国軍に襲いかからないといいんだけど』
それは・・・確かにないとは言い切れないかも。
出来るだけ早く仕留めないと。
僕はエンジンを吹かすと急上昇。高速飛行種へと迫ったのだった。
心の焦りが照準に余裕を失わせたのか、それとも、たまたま逃がした高速飛行種が特に手強い個体だったのか、僕の攻撃はなかなか高速飛行種を捉える事が出来なかった。
高速飛行種は緩急をつけた動きでヒラリヒラリとこちらを翻弄し、僕はたった一匹のネドマを仕留めるために、延々三十分もかけて二十ミリ機関砲の弾丸を無駄に大空にばら撒く事になってしまったのだった。
ようやく倒した時には、帝国軍から大分離れた場所まで引き離されていた。
慌てて元の場所まで戻った僕達だったが、幸いな事にその間、帝国軍の所には別の高速飛行種は飛来していなかったらしく、彼らは自力でネドマの群れを退け、行軍を再開しようとしていた。
『どうやら特に面倒なネドマは現われていなかったみたいですわね』
「良かったよ。これで全滅してたらどうしようかと思ってた」
僕はホッと安堵の息を吐いた。
それにしても・・・
僕は行軍を続ける帝国軍を見下ろしながら考えに耽った。
それにしても、これからどうするべきだろうか? 今日はたまたま上手くいった。手こずったとはいえ、高速飛行種は倒せたし、その間に帝国軍は残りの飛行ネドマを倒す事が出来た。
だが、明日もこういくとは限らない。
飛行ネドマは夜は飛ばない。そういう意味では僕がいない夜の間に帝国軍が高速飛行種にやられてしまう事はないだろう。
だが、中心地に近付くにつれてネドマの数は増えていく。そうなれば当然、高速飛行種の数だって今よりも増えるに決まっている。
そうなった時、僕の力だけで彼らを守る事が出来るだろうか?
たった一匹の高速飛行種にすら翻弄されていた僕が、次々と飛来する高速飛行種を相手にする事が可能だろうか?
せめて後もう一人僕がいれば。
僕は激しく渇望した。
そう。僕と同じように、戦闘機の体になってこの世界に転生した日本人が、もう一人いてくれれば。
そうすれば今日のような場面でも、もっと余裕を持って戦う事が出来たのに。
『ハヤテ?』
「――何でもない。それよりも今のうちに休憩しようか。増槽から燃料も補充しておきたいし」
『さっきの戦いには手こずらされましたものね』
ティトゥは小さく頷いた。
絶対にあり得ないと分かっている事を妄想していても仕方がない。馬鹿げているだけでなく、非生産的でもある。
戦争は自分の懐にあるものだけで戦わなければならないのだ。それは地球でもこの世界でも変わらない。戦争の基本ルールと言ってもいいだろう。
僕はこちらを見あげる帝国兵達に翼を振って応えると、ネドマのいない安全な南の空へと進路を取ったのだった。
次回「新たな翼」




