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その22 綱渡り

 帝国軍首脳部は、飛行型ネドマとの初戦闘で何かしらの手ごたえを掴んだのだろうか。その後の進軍速度は今までのそれよりも明らかに上がっていた。


「あ~、コレってアレだ。なまじあっさり勝ててしまったものだから、変に自信を付けちゃったのかな。自分達の命が懸かっているんだし、帝国軍の指揮官にはもう少し慎重に行動して欲しい所なんだけどなあ」

『どうせ懸かっているのは兵士の命で、指揮官の自分には関係ないとでも思っているんですわ』

「相変わらず君は帝国軍に対して辛口だね。とはいえ、今回ばかりはそれも仕方がないかな」


 帝国軍首脳部が甘い見通しを持つのは勝手だが、だからと言って、このまま放置しておく訳にもいかない。

 ムチャな命令で命を落とすのは、実際に戦場で戦う兵士達だからである。

 僕達の目的を果たすためにも、帝国軍には街道の北――異変の中心地から発生しているであろうネドマの群れを駆逐して貰わなければならない。

 ここで被害を受けて全軍敗走、なんて事になってもらっては困るのだ。


「今後はこれまで以上に、大型のネドマは事前に攻撃して、帝国軍に近付けさせないように気を付けようか。それだけじゃなく、飛行型の群れに対しても規模によっては手を貸した方がいいかもね」

『はあ・・・。全く手間をかけさせてくれますわね』


 おっしゃる通り。

 完全に帝国軍の指揮官の尻拭いをする形だが、今回ばかりは仕方がない。

 主導権はあちらにあるし、相談しようにもこちらの話を聞いて貰えるとは思えないからである。


「こんな事になるのが最初から分かっていたら、帝国軍の恨みを買うのも程々にしておいたんだけどなあ」


 一昨年の冬。帝国軍との戦いで、僕は戦闘開始早々、敵軍の切り札である【白銀竜兵団】を叩き潰す事で彼らの心に恐怖を刻み込んだ。

 いわゆる一罰百戒――一人を罰することで他の者達に戒めを与える――の効果を狙った作戦だったのだが、おかげであれから僕と帝国の関係性は最悪になってしまった。


「話を聞いて貰うどころか、近付いただけで矢を射かけられそう」

『一緒にネドマと戦うようになってから、少しはマシになったんじゃないですの?』


 そうかな? だったらいいんだけど。

 その時、帝国軍の騎兵がこちらに手を振りながら走って来るのが見えた。

 気付いたという合図にこちらが翼を振り返すと、彼らは馬首を巡らせ、元来た方向へと走り出した。

 あちらに大型ネドマの群れがいるのだろう。


「ボヤいていても仕方がない。こちらも今出来る事をしないとね。行くよティトゥ」

『仕方がありませんわね。――あっ、これから忙しくなるなら、オットーから渡された仕事をしている暇はなさそうですわね』


 ティトゥは少しだけ嬉しそうに言うと、ナカジマ家の代官、オットーから渡された書類をまとめてイスの後ろに押し込んだのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハヤテは、帝国軍首脳部が飛行型ネドマとの戦いに完封した事で調子に乗っていると思ったようだが、実は違う。

 いや、そういった側面も多少はなくはないのかもしれないが、少なくとも、帝国軍総指揮官、グスタボ・カルヴァーレには、そんな浮ついた気持ちは微塵もなかった。

 彼が部下に進軍を早めるように命じた理由。それはこの戦い――突然発生した未知のモンスター群から、カルヴァーレ侯爵領を取り返すための戦い――に横入りして来たイレギュラー、ミロスラフ王国のドラゴン・ハヤテを利用するためにあった。

 帝国軍にとって因縁浅からぬこの巨大生物が、原始ネドマことモンスターと敵対しているのは、今までの行動から見ても明らかである。

 その真の目的までは分からないが、モンスターの存在を邪魔に思っているという点では一致している。

 ならば利用する事は十分可能だ。

 そう。グスタボはハヤテという戦力を最大限に使い倒すため、あえて進軍速度を早めたのである。

 部隊の進軍速度を早めれば、当然、それだけモンスターとの遭遇機会も増える。つまりは危険度が増す。

 しかし、ドラゴンはこちらを見捨てない。相手が帝国軍を戦力としてあてにしている以上、みすみすモンスターにやられるのを黙って見ているはずがないからである。

 実際、帝国軍がモンスターとの戦いに慣れ、余裕が生まれていた時には、ドラゴンは明らかに攻撃の頻度を減らし、手を抜いている様子が伺われた。(正確に言えば別にハヤテは手を抜いていた訳ではなく、燃料と弾薬を節約していただけだったのだが、そんな事情を帝国軍総指揮官グスタボが知るはずもなかった)

 グスタボは全軍をあえてモンスターとの厳しい戦いの中に置くことで、ドラゴンから最大限の戦果を引き出そうと考えたのである。




 グスタボの考えた、自分達の身を人質にするような危険な策。

 彼の狙いは見事に当たり、ハヤテは以前よりも積極的に帝国軍の戦いに参加するようになっていた。

 帝国軍はハヤテの姿が見えると急いで進軍を開始し、ハヤテが南の空に消えると、その間に休憩や部隊の再編成を行う。

 ハヤテからすれば、助っ人としていいように帝国軍に使われている形である。

 だが、それでハヤテにとって問題があるかと言えば、そうでもなかった。

 帝国軍の行軍速度が上がった事自体は、ハヤテにとっても願っても無い事。一日でも早く異変の原因を突き止めたいハヤテとしては、帝国軍に足を止められる方が困るのである。


 ハヤテを利用して、出来るだけ早くモンスターからカルヴァーレ侯爵領を取り返したい帝国軍。

 帝国軍を利用して、出来るだけ早く異変の中心地から原始ネドマを排除したいハヤテ。


 互いが互いを利用しようとした結果、双方の思惑が(たく)まずして一致。帝国軍は大量のネドマの発生地に向かっているにも関わらず、ほとんど速度を落とす事無くその進軍を続ける事が出来ていた。


「ここまでは順調だな」


 馬上でそう呟いたのは帝国軍の総指揮官、グスタボ・カルヴァーレ。

 今日だけでも何度目かとなるモンスターの群れの波状攻撃を、先程どうにか撃退し終えた所である。

 ヴーンという低い羽音に見上げると、彼の頭上を大きな翼が通過していった。

 ミロスラフ王国のドラゴン・ハヤテである。

 ドラゴンは兵士の歓声に翼を振って応えると、南の空へと消えて行った。


「特別攻撃隊は飛行型モンスターの襲来に備えてその場で待機。竜部隊は後方に下がって負傷者の治療。虎部隊は竜部隊に代わって周囲の警戒を行え」

「はっ! 特別攻撃隊はその場で待機! 飛行型の襲来に備えよ! 竜部隊は――」


 伝令が走り去ると、戦場の張り詰めていた空気が幾分か和らいだ。

 グスタボにも軽く周囲を見回す余裕が生まれる。


(皆、酷い顔をしているな)


 グスタボも何度か軍を率いて戦場に出ているが、彼の経験から言えば、戦争というのは意外と戦っている時間はそれ程でもない。

 ほとんどは移動にかかる時間か待ち時間――敵軍とにらみ合っている時間――に費やされるのである。

 しかし、今回の戦場は――モンスターとの戦いは違う。

 戦闘は連日、昼夜を問わずに行われ、しかもその間に移動まで挟まる。

 疲労を補うために竜・虎・狼の三部隊に分けてはいるものの、当然、完全な休みなど望めるはずもない。

 兵士達はもちろんの事、指揮官達までもが全員、土埃とモンスターの返り血を浴びた体を洗う事も出来ず、頭から足先まで全身薄黒く汚れている。

 そんな黒い顔に目だけはギラギラと血走らせた集団は、まるで餓鬼か幽鬼の群れのようでもあり、一種異様な凄みを感じさせた。


(この戦いはいつまで続くのか)


 グスタボはため息をつきたい気持ちを堪えた。

 北に進むにつれ、モンスターの群れは益々その数を増し、帝国軍を圧倒した。

 出来ればどこかで一度、ちゃんとした休みを取りたい所だが、領内の砦や町はモンスターによって無残にも壊滅されている。


(人手はともかく、十分な資材も確保出来ない状態で砦の修理に入れば、どれだけ時間がかかるか想像も出来ん。その間にモンスターに取り囲まれてしまえば逃げ場がなくなってしまうだけだ)


 現在、カルヴァーレ侯爵領は無数のモンスターによって占拠されている。

 そんな場所で腰を据えて砦の修理になど取り掛かろうものなら、途端に四方八方からモンスターが押し寄せて来て退路を断たれてしまうだろう。


(言い換えてみれば、我々の強みは移動しているという点にある。だから今は前に進むしかない。だが、果たして進んだ先でどうにかなるのだろうか?)


 敵は人間の軍隊ではない。モンスターだ。

 負けたからと言って逃げ出す事もなければ、命惜しさに降参して来る事もない。

 グスタボは今更ながらこの戦いの難しさに気が遠くなる思いがした。


(ミロスラフ王国のドラゴンが味方に付いているのがせめてもの救いか)


 グスタボは無意識にハヤテの姿を求めて空を見上げた。

 ハヤテが大型のモンスターを引き受け、飛行型の群れを蹴散らしてくれているからこそ、帝国軍は最初の方針を守って、部隊ごとに戦力を回す事が出来ている。

 もしハヤテがいなければ、とっくに総力戦となり、全将兵が疲労困憊となった挙句、敗走を余儀なくされていただろう。

 皮肉な事に、帝国軍の仇敵とも言えるドラゴンのおかげで、自分達はこうして戦闘を続ける事が出来ているのである。

 その時だった。グスタボの頭に不意に恐ろしい想像が浮かんだ。


「まさかドラゴンは狙いはコレなのか? 俺達に味方をしているのはそう見せているだけ。巧みに味方を装いながら、引き返せない場所まで帝国軍を誘い込むという罠。モンスターすらも利用して、纏めて帝国全軍の息の根を止めるつもりではないだろうか?」


 ひょっとして自分達はドラゴンの力を利用しているつもりで、逆に罠にかけられているのかもしれない。

 その想像にグスタボの背に冷や汗が伝った。

 恐怖にカッと目を見開いたまま空を見上げる指揮官に、彼の側近が慌てて尋ねた。


「閣下、いかがなされましたか? 上空に何か?」

「・・・い、いや、何でもない。今のうちにお前達も食事をとっておけ。いつまたモンスターが現れるか分からんのだからな」

「ははっ」


 仮に全てがドラゴンによって仕組まれたものであったとしても、そんな不確かな想像を理由に撤退を命じられるはずもない。

 そもそもカルヴァーレ侯爵領のすぐ目と鼻の先には帝都バージャントがある。

 帝国軍人である彼らは、何が何でもモンスターの駆除を成功させなければならないのである。

次回「高速飛行種」

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― 新着の感想 ―
ハヤテを掌の上で転がしていたつもりが自分が転がされているのかも、とグスタボさんは思ってしまったのですね。 気の休まる暇も無い状況では悪い考えに陥りがちですが、なんとか持ちこたえて欲しいですね。
グスタボ総指揮官、今胃に穴が空きそうな気分でしょうね。自分達だけの力でモンスターの群れを駆除し切るのはほぼ不可能。 ミロスラフ王国のドラゴンによる罠であろうとなにかしらの企みであろうと、血を吐きながら…
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