その19 飛行ネドマとの戦い
帝国の首都、帝都バージャント。
そのバージャントから北に向かって伸びる広い街道。
ひと気のないその路上に僕は翼を休めていた。
「そろそろいい頃合いだし、出発しようか」
『りょーかい、ですわ』
僕の呼びかけに、操縦席のティトゥは今まで読んでいた書類を纏めると、太ももの上でトントンと揃えた。
「大丈夫? 僕的には君の仕事のキリがいい所まで待っていても良かったんだけど」
『構いませんわ。はあ。私達は人類の存亡を賭けてネドマと戦っているのだから、オットーも少しくらい気を使ってくれればいいのに』
ティトゥはクソデカため息と共に、書類を持たせた代官のオットーに対しての愚痴を吐き出した。
原始ネドマとの戦いが始まってから約一週間。
初日こそ、慣れない敵との戦いに苦戦していた帝国軍だったが、今では僕の手助けなしでも割と戦えるようにまでなっていた。
正直、結構意外と言うか、確かに『そうなってくれたらいいな』とは思っていたが、まさかこんなに早くネドマとの戦いに対応するとは思ってもいなかった。
どうやら僕は帝国軍の底力をかなり侮っていたらしい。
帝国軍だけでどうにかなるのなら、こちらとしても願ってもない。まだ屋敷に貯蔵している分が残っているとはいえ、二十ミリ機関砲の弾数は有限なのだ。
こうして僕の出番が減るのと比例して、戦いと戦いの間の休憩時間の方は次第に長くなっていった。
そしてつい先日、ティトゥがポロリとこぼした会話でその事実を知ったオットーが、『だったら空き時間にコレをお願いしますね』と、出発前に仕事を渡して来たのだった。
「こればかりは僕が助ける事は出来ないからね。君に頑張って貰うしかないかな。でも考えてみてよ、僕達がこうして毎日帝国に通う事が出来るのは、オットー達が君に代わって領地を守ってくれているおかげなんだよ」
『分かっていますわ。だからこうして書類に目を通しているんじゃないですの』
ティトゥにもオットー達の頑張りは伝わっているのだろう。いつもと違って無駄にごねる事はなかった。
確かに戦っているのは僕とティトゥだ(いやまあ、正確には戦っているのは僕一人だけで、ティトゥは操縦席に座っているだけなんだけど)。
しかし、戦争というのは戦場だけで行われるものではない。銃後の守りという言葉があるように、兵士が戦場で戦うためには、その後ろに何倍もの数の人達が――後方で戦いを支える非戦闘員が――いるのである。
ティトゥは『それはそうと』と僕に向き直った。
『こういう時のハヤテは、いつも自分に手伝える事はないと言うけど、それって本当なんですの? 女の私だって領主の仕事がやれているんだから、ドラゴンのハヤテがやってやれない事はないと思うんですけど。ひょっとして本当は出来るけど、面倒だからやれない事にしているとかいうんじゃないですの?』
「さ、さあ、行くと決まった事だし、さっさと出発しようか! 前離れー!」
僕はティトゥの言葉をみなまで言わせずエンジンを始動。一気にブーストした。
危ない危ない。
そりゃあまあ、これでも前世は社会人(死んだ時には無職だったけど)だったから、やり方さえ教えて貰えば仕事の手伝いくらいは多分、出来ると思うんだけど・・・ことドラゴンに関しては、ティトゥは妄信的な所があるからなあ。
僕がやらかしてしまったうっかりミスを、『ハヤテが言ったことだから』と完スルーして、結果、オットーや領地の人達に迷惑をかけてしまう未来が見える気がするんだよね。
ナカジマ家には、国の元宰相のユリウスさんもいるし、流石に大事に至るような事はないと信じたいけど――
いやいや、君子危うきに近寄らず。見えている地雷をわざわざ自分から踏みに行く必要はない。
僕は僕で戦闘機らしく、書類仕事ではなく戦闘でみんなの役に立とうじゃないか。
こうして僕はエンジンを吹かすと街道の先、帝国軍がネドマと戦っている場所へと急行するのだった。
といった訳で、北に向かって飛ぶ事少々。
前方に大きな土埃が見えて来た。あそこが今日の戦場である。
『あれからまた少し、先に進んだんじゃありません?』
確かに。
ティトゥの言葉を裏付けるように、帝国軍は隊列を組んでネドマを蹴散らしながら前進を続けている。
戦いの初期は、大きな町を背にして戦っていた帝国軍だったが、兵士達がネドマとの戦いに慣れて来ると一転。町を出て北へと――この異変の中心地へと向けて――進軍を開始していた。
『ハヤテ、あちらに騎兵が』
「うん。気付いている。偵察部隊だね」
ティトゥが指差す先には、数人の騎兵がこちらを見あげて手を振っている。
僕が翼を振って返事を返すと。彼らは一斉に同じ方向に向かって走り出した。
「――見えた。大型ネドマが四匹・・・いや、離れた所にもう一匹か。確かにアレが一度に殺到したら大変な事になるだろうね」
騎兵の進行方向に、小さな家くらいはありそうな大きな塊が五つ。もぞもぞと動いているのが見えた。
大型ネドマだ。
まだ動きが鈍い所を見ると、帝国軍の存在に気付いていないのだろう。先制するなら今だ。
騎兵を追い越すと、背後で彼らが馬首を巡らせているのが見えた。
別の大型種を索敵しに向かったのだろう。
最初は僕が姿を現す度に激しく警戒していた帝国軍だったが、戦いが一週間も過ぎると、流石にこちらがネドマだけを狙っていると理解してくれたようだ。
警戒を緩めただけではなく、さっきのように、攻撃して欲しいターゲットを向こうから指示して来るようになっていた。
あまり帝国軍にいい印象を持っていないティトゥは、僕が彼らに顎で使われているように感じるのか、ちょっと不満そうな顔をしているが、僕としてはいちいち自分で探さずに済むので助かっている。
というか、こういう緩い共闘関係も案外悪くないんじゃないかなとも思っていた。
「おっと。そんな事を考えてる場合じゃなかった」
いつの間にか起動していたスマホことバラク子機の画面に、大型ネドマの姿が大写しになっている。標的までの距離は八百。機関砲の射程距離だ。
ズドドドッ!
機銃の発射スイッチを押すと、曳光弾が赤い線を引きながら、ネドマに向かって伸びて行く。
よし、命中。
「ギョエエエエエエエエ!」
いかに大型ネドマの体が分厚い殻に覆われているとはいえ、二十ミリ機関砲の弾丸を浴びて無事に済むはずもない。
一瞬にして体の一部を消し飛ばされ、大型ネドマは衝撃と激痛に身をよじって身悶えした。
仲間の悲鳴に驚いた他の四匹が、慌ててこの場から逃げ出す。
「後で戻って来たら厄介だ。ティトゥ。残りのヤツらもここで仕留めるよ」
『りょーかい、ですわ』
僕は翼を翻すと、次のターゲットへと襲い掛かったのだった。
大型ネドマは攻撃を外すような大きさでもなければ、躱される程の素早さも無い。
帝国軍にとっては――人間にとっては――厄介な敵かもしれないが、戦闘機にとってはむしろやりやすい相手だ。
僕はたちまちのうちに残りの四匹を仕留めると、帝国軍の方へと機首を向けた。
順調過ぎる程順調な戦い。余裕を持った戦い。
しかし、それはティトゥの言葉と共に唐突に断ち切られる事となった。
『ハヤテ! あそこ! 飛行型ですわ!』
遂に来たか。
ティトゥの視線の先。青い空を背景にポツリポツリと黒い点が浮かんでいる。
羽根の生えた異形の姿。飛行タイプのネドマである。
まだ中心地から遠いせいか、小型の個体の姿しか見当たらない。とは言っても、多分、人間の背丈くらいはあるんだろうが。
僕の緊張が伝わったのだろう。ティトゥが気づかわし気に僕に声をかけた。
『・・・ハヤテ』
「分かってる。帝国軍には申し訳ないけど、しばらくは手を出さずに戦いを見守るよ」
ようやくネドマとの戦いに慣れて来た所に、新たな敵、飛行タイプまで同時に相手にするのは兵士にとってはいささか酷かもしれない。
しかし、異変の中心地に向かうのであれば、どの道飛行タイプとの戦闘は避けて通れない。
「異変の中心地には大小様々な飛行ネドマがひしめいていた。もし、帝国軍がこの程度の相手に苦労するようなら、この先に進んで行けるはずなんてない。そうなった場合、申し訳ないけどこれ以上彼らに手を貸す事は出来ない。僕達は僕達で、どうにかして飛行タイプを相手にして異変の中心地に向かう手段を考えないと」
そう。この戦いは彼らだけではなく、僕達にとっても試金石。
今後、帝国軍をどこまであてに出来るかどうかを見定める、大事な一戦なのである。
『もし帝国軍が飛行タイプに手も足も出ないようなら・・・』
ティトゥが緊張にゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。
勿論、僕の希望としては帝国軍には余裕でここを凌ぎ切って貰いたい。
だが、空を飛ぶ敵が厄介なのは明らかだ。
果たして帝国軍にこのハンデを覆すだけの力はあるのだろうか?
上空で僕達が固唾を飲んで見守る中、帝国軍の前衛が飛行タイプネドマと接触した。
次回「帝国軍ドリームチーム」




