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その18 かつての二虎とかつての双獅子

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ミュッリュニエミ帝国ヴィンテーツ侯爵家は、国の中央に何人もの役人を輩出している、東部を代表する名門貴族である。

 その日、侯爵家の当主は自身の屋敷にとある人物の来訪を受けていた。


「おおっ。ようこそいらっしゃいました、ウルバン将軍」


 髪に白い物が混じった、痩せた初老の貴族は、元、帝国軍大将のボリス・ウルバンである。

 侯爵家当主は満面の笑みを浮かべると、自らウルバンの手を取って、来客用のソファーへと案内した。

 この下にも置かぬ歓待ぶりは、ウルバン将軍の勇名が未だ帝国東部で強い影響力を持つという証拠でもあった。


「急に知らせを頂いたゆえ、大したもてなしは出来ませんが、滞在中はどうかここを自分の屋敷と思ってお寛ぎ下され」

「いや、話を済ませたら直ぐにお(いとま)させて貰うつもりです。今日中に行かなければならない所がありますので」


 ウルバン将軍はそう言うと、挨拶もそこそこに本題に入った。


「現在、東からチェルヌィフ軍がヴィンテーツ侯爵領に向かっております。このまま止める者がいなければ、明日の朝には最初の町へと到着する事となりますぞ」


 ヴィンテーツ侯爵家はギクリと動きを止めると、顔を青ざめさせた。

 ウルバンが口にした情報。それは今、彼にとって、最も知りたかった情報であり、そして最も聞きたくなかった最悪の凶報でもあった。




 ヴィンテーツ侯爵領の領境の町。

 レフド率いるチェルヌィフ軍二万が到着した時、町の門は大きく開かれていた。


「ご当主様。辺りを調べて参りましたが、伏兵が潜んでいる様子はございませんでした」

「なる程、ウルバン殿は我らとの約束を守られたようだ。ならばこちらも筋を通さねばなるまい。全軍に停止を命じろ」

「ははっ!」


 町の外でチェルヌィフ軍が足を止めると、それを待っていたように門から一台の馬車が姿を現した。

 ウルバンの馬車である。

 レフドは馬から降りると、自ら馬車を出迎えた。


「ウルバン殿、そちらの話し合いは上手くいったようですな」

「ええ。ヴィンテーツ侯爵には、貴殿の軍が領民の安全を脅かさないのを条件に、街道を通過する事を了承して頂けました」


 ウルバンの言葉に周囲の騎士達から「おお~」と驚きと歓喜の声が上がる。

 しかし指揮官であるレフドの表情は曇っていた。


「領民の安全を脅かさない、ですか。こちらとしても、相手が他国の民とはいえ、罪なき民に無為に犠牲を強いるようなマネをするつもりはありませんでした。そういう意味では、ウルバン殿の出された条件に従うのはやぶさかではありませんが、帝都までの道のりの長さを考えると、現地での兵糧の調達は必須となります。全てをエミネク砦から運ぶのでは限界があるのですが」


 機械化された輜重部隊を持たないこの世界の軍隊では、武器や防具などの軍需品はともかく、食料の類は現地で徴発するのが一般的である。

 徴発、つまりは略奪だ。

 ウルバンの出した条件は、今後の作戦行動に大きな釘を刺されたも同然であった。

 とはいえウルバンも、元帝国軍将軍として大軍における兵糧の重要さは十分に分かり切っているのだろう。安心させるようにレフドに頷いた。


「その点でしたらご心配なく。ヴィンテーツ侯爵から兵糧の支援の約束を取り付けております。それにもし、輸送が遅れたり滞ったりした場合には、現地での調達もやむを得ずとの言質もあらかじめ取っておりますので」

「おお。それでしたら否応はない。ウルバン殿、感謝致しますぞ」


 レフドはパッと破顔一笑。いつもの人懐っこい笑みを浮かべた。

 一兵も損なう事なく街道を通過する約束が取りつけられただけか、当面の食糧の心配までなくなったのだ。

 指揮官としては肩の荷が一つ下りたといった気持ちなのだろう。


 数日前。エミネク砦のチェルヌィフ軍を訪れたウルバンは、レフドにとある提案を行っていた。


「私に東部貴族家の説得を任せて頂きたいのです」


 チェルヌィフ軍が帝都を目指すのであれば、街道が領内を通っている東部貴族家との戦闘は避けられない。

 ウルバンの提案は、その前に彼ら貴族家の下に赴いて、チェルヌィフ軍に寝返らせる、ないしはチェルヌィフ軍との休戦を取り付ける使者となりたいというものだった。

 元帝国将軍からの――そして過去に何度も戦場で剣を交えた指揮官からの――予想外の申し出に、レフドは彼の真意を掴みかねていた。

 そんなレフドの戸惑いを察した副官が、彼に代わってウルバンに尋ねた。


「こちらとしては願ってもない申し出ですが、失礼ながら、その言葉をどこまで信じて良いものか。ウルバン将軍は帝国軍の重鎮であらせられます。その将軍が今日、どのようなお考えで我らの元を訪ねていらしたのでしょうか? こうして話をしているだけで、王家に対する裏切りと取られても仕方がないと思いますが」


 言外の「お前、味方から寝返ったと思われるけどいいのか?」との問いかけに、ウルバンは平然と答えた。


「心配はご無用。自分が何をしているかは私自身が良く分かっていますので」

「それでは、ミュッリュニエミ王家に対する忠誠心は無いと?」

「今の帝国は――」


 その瞬間。それまでうらぶれた没落貴族然としていたウルバンの目に、強い感情の炎が宿った。

 それはこの場にいる軍人達にとって見慣れた光景。敵を憎む憎悪の目だった。


「今の帝国はカルヴァーレ将軍によって支配されています。カルヴァーレは軍部を私物化するだけに留まらず、皇帝陛下の外戚として国政にも強い影響力を示しております。そのカルヴァーレを王城から追い落とすためならば、私は例え相手が悪魔でも手を取る覚悟でいます」


 一見、淡々と語っているかのように見えるその姿。しかし、レフド達はその奥に、ウルバンの隠しきれない怨讐じみた負の感情を感じたのだった。




 ウルバンが馬車に乗り込むと、レフド達は馬に跨った。

 ここからはウルバンの馬車が先導して進む事になっている。

 レフドは馬車の後ろに続きながら、かたわらの副官にだけ聞こえる小さな声で呟いた。


「ウルバン殿について調べさせたが、昨年、家族を失っているらしい」

「それは――ご不幸でしたな。せっかく長く務めていた軍を引退されて、これからは家族と暮らせるという所だったというのに」


 ウルバンの身に降りかかった突然の不幸。

 思わず同情の言葉を口にした副官に、レフドは小さくかぶりを振った。


「毒殺だったそうだ」

「毒!? そ、それは本当なのですか?」

「事実だ。屋敷で出された食事に毒が盛られていたらしい。ウルバン殿も含めて、家族全員が倒れたそうだ。残念ながら助かったのはウルバン殿だけ。軍人として体を鍛えていたおかげで、体力があったのだろうな。それでも後遺症は残っているようだが」


 副官はウルバンの痩せこけた姿を、そして震える手で杖にすがって歩く姿を思い出した。


「――命じたのはカルヴァーレ将軍でしょうか?」

「分からん。ウルバン殿は表舞台から消えたとはいえ、彼の部下達は未だに軍の要職に就いている。それに長年、東方面軍を率いて来た事もあって、東方の貴族の間では絶大な影響力を持っているそうだ。そういったウルバン殿の立場を脅威に思う者は、帝国にも多いだろうからな」


 ウルバンが死んで、一番利益を得るのはカルヴァーレ将軍だろう。

 ならば彼が犯人かと言えば、安易にそうとも言い切れない。カルヴァーレ本人ではなく、彼の歓心を得たいと思っている取り巻き達。あるいはウルバンの再起を恐れるカルヴァーレ派閥の者達。それともウルバンという中心人物を得て東方の貴族が力を付けるのが面白くない中央の貴族達。

 彼に消えて欲しいと思っている者はそれこそ無数にいるためである。

 そういった者達の思惑が渦巻く中、何者かが直接的な行動に出た結果が、毒殺という形になったのではないだろうか?

 レフドは前を行く馬車に目をやった。


「とはいえ、ウルバン殿はカルヴァーレ将軍がやったと確信しているようだが」

「あの様子ですからね。恐らくそうでしょうな」


 二人はエミネク砦でのウルバンの表情を思い出していた。

 ウルバンへと伸びた殺しの手は、彼の命を奪うまでには至らなかった。

 だが、代わりに彼の家族がその犠牲となってしまった。

 ウルバンの酒焼けした鼻と頬を見ても、彼がどれだけ眠れぬ夜を過ごして来たか――夜な夜な酒で感情を紛らわせていたか――が、容易に想像出来るというものである。

 そんな中、レフド率いるチェルヌィフ軍が電撃的に国境を突破。難攻不落のエミネク砦を陥落させた。

 ウルバンは思ったはずである。今が家族の復讐を果たすチャンスだと。

 チェルヌィフ軍を利用し、王城の奥に潜むカルヴァーレ将軍を引きずり下ろすのだ。

 そうでなければ、現役時代、長年にわたって戦い続けて来たチェルヌィフに手を貸すなどと自分から言い出したりはしないだろう。

 そもそも、チェルヌィフ軍を訪ねた所で、過去の恨みで殺害される危険すらあったのだ。

 ウルバンはそれだけの覚悟でレフドの下へと訪れたのである。

 あるいはウルバンとしても、自分とかかわりの深い東方地域がチェルヌィフ軍によって焼かれるのを見たくなかっただけなのかもしれない。

 帝国軍主力はモンスターとの戦いにつぎ込まれ、現在、東方地域を守っているのは、各貴族家が所有する私兵だけしかいない。

 そんな実戦経験もロクにない寄せ集めの軍が、レフド率いるチェルヌィフ精鋭軍に敵うとは到底思えない。

 どの道、チェルヌィフ軍の目的地は帝都バージャント。街道を通過するのに目をつぶっておけば何もされる心配はない。無理に自分達を見捨てた王家に義理立てして、自分から火傷を負いに行く必要はないだろう。

 そう考えて貴族達への説得を志願した。その可能性もなくはないのだろうが・・・


「それはないな。それならば例え悪魔と手を結んででも、などと言うはずがない」

「我々チェルヌィフ軍はウルバン殿にとっては悪魔そのものなのかもしれませんね」


 例え悪魔を国に招き入れる手助けをしてでも恨みを晴らす。

 ウルバンがそう覚悟を決めているのは明らかだった。

 レフドは無意識に空を見上げた。


(英雄は並び立たぬと言うが、二虎だの双獅子だのと呼ばれる者達は、最終的に争う運命にあるのかもしれんな)


 かつては帝国の二虎と称えられた名将、ウルバン将軍とカルヴァーレ将軍。

 そしてチェルヌィフの双獅子と呼ばれた、自分、レフド・ハレトニェートとマムス・ベネセ。

 レフドはウルバンの状況を自分達の立場になぞらえると、そう皮肉に思うのであった。

次回「飛行ネドマとの戦い」

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