その14 帝国軍の戦い
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モンスターこと原始ネドマとの戦いが始まって、四半刻(約三十分)。
ここまでは帝国軍は余裕を持って戦えていた。
帝国軍指揮官グスタボ・カルヴァーレは、思案顔で自慢のヒゲを撫でつけた。
「ふぅむ。モンスターの数が思ったよりも少ないのか」
現在、前線で戦っている竜部隊を構成しているのは、帝都第一軍を中心とした将兵達。モンスターとの激闘を生き抜いた彼らにとっては、この程度の数では問題にもならないようだ。
「それ自体は喜ばしい話なのだが、このまま全滅させては他の部隊に経験を積ませれん。よし。少し予定よりも早いが、部隊を入れ替えるとするか。副官」
「分かりました。伝令! 竜部隊は後退! 虎部隊は前進せよ!」
合図の角笛が響き渡ると、竜部隊の兵士達は現在の戦闘を放棄。後方へと下がった。逆に今まで後方に控えていた虎部隊の兵士達が前へと進む。
虎部隊の隊長が檄を飛ばした。
「今の竜部隊の戦いは見ていたな!? 次は我々がモンスターと戦う番だ! モンスター共に我ら帝国軍の力を思い知らせてやれ!」
「「「おおーっ!」」」
最初は初めて見る未知のモンスターに気圧されていた虎部隊の兵士達だったが、竜部隊の手際の良い戦いぶりを見る事で、逆に今では士気が上がっている。
こうして始まった虎部隊の戦い。
当然、さっきまでの竜部隊の戦いに比べるとぎこちない点が目立つが、この勢いだと直ぐにその差を埋められそうだ。
指揮官のグスタボは満足そうに頷いた。
「順調だな。このままの流れで行けば良いが」
虎部隊に戦いの場を譲った竜部隊は、そのまま町へと後退。しばらくして町で休憩していた狼部隊が入れ替わりに戦場へと姿を現した。
問題はそれから二時間程後に起こった。
「大型種が多数襲来! それだけではありません! 更にその後ろに一回り大きなヤツが!」
「なんだと!」
そう。大型種が群れを成してやって来たのである。
しかもタイミングの悪い事に、帝国軍はここまで戦い続けて来た虎部隊を、後続の狼部隊と入れ替えた直後だった。
狼部隊の兵士達にとっては、これが初めてのモンスターとの戦闘となる。
いくら虎部隊の兵士達が大型種と戦っている所を見ているとはいえ、いきなり自分達が、しかも複数体を同時に相手にしなければならないのは厳し過ぎた。
しかもそれだけではない。このタイミングで帝国軍にとっては未知となる個体。大型種より一回り大きな別のモンスターまでやって来てしまったというのである。
「まさか、モンスター共は我々が部隊を入れ替えるこの時を狙っていたのか?」
あまりに狙いすましたかのようなピンポイントな襲撃に、グスタボは思わず敵の策略を疑った。
だが、それは彼の考え過ぎ。モンスターこと原始ネドマは、本能のままに餌を求めて徘徊するだけの、思考力を持たない、ないしはほぼ思考力のない原始的な生物に過ぎない。
このタイミングで大型種の群れが現れたのは、あくまでもただの偶然。それがたまたま帝国軍にとって最悪のタイミングに重なってしまっただけだったのである。
町に向けて後退中の虎部隊の隊長が、この事態に部隊の反転を命じた。
「これはマズいぞ! 虎部隊、反転! 狼部隊の援護に向かう!」
友軍の危機を見過ごせないという気持ちは最もである。だがこの虎部隊の隊長達の判断は、むしろ悪手と言えた。
実際、戦場に戻って来る虎部隊を見た指揮官のグスタボは怒りに声を荒げた。
「バカめが! 何をやっている! 戻って来るくらいなら、竜部隊を呼びに行かんか!」
そう。人間は機械ではない。数が倍になっても、単純に戦闘力が倍に増えるという訳ではないのだ。
虎部隊の兵士達は、自分達の役目が終わり、後は町で休むだけという事もあり、完全に士気が下がっている。
この場面で本当に虎部隊がやるべき事は、急いで町に戻り、竜部隊にこの事態を知らせる事だったのである。
竜部隊を編成しているのは、主に帝都第一軍。彼らは先日の戦いでこのような状況を何度も経験しているに違いない。
しかも長時間の戦いで疲れ切った虎部隊とは違い、休憩も十分に取れている。
彼らが到着さえすれば、状況を立て直す事も容易だろう。
グスタボは慌てて副官に指示を出した。
「こちらで町まで伝令を走らせろ! 竜部隊を呼び寄せるのだ! 急げ!」
「はっ!」
竜部隊さえ来てくれれば。
だが問題はそれまでにどれだけの被害が出るかという点にある。
小さくなっていく馬上の騎士を見つめながら、グスタボは独り言ちた。
「クソッ、早くも総力戦になるのか。俺に油断があったとは思いたくないが・・・」
順調過ぎる程順調だった戦いから一転。完全に予断を許さぬ状況となった。
町までモンスターの侵入を許せば、この場所で戦う理由はなくなってしまう。
急転直下とは正にこの事。
不幸中の幸いと言うべきか、狼部隊に虎部隊が加わった事により、今の所、辛うじて前線は維持出来ている。
予想外の粘りを見せる帝国軍だったが、残念ながらその健闘も長くはもちそうになかった。
「グオオオオン!」
戦場のイレギュラー、大型種を上回る巨大種が走り出したのだ。
巨大種の大きさはほぼ一軒家。
それ程の巨体が無数の脚を蠢かせて突撃して来たのである。
ドン! ズズーン!
質量はそれだけで武器になる。
たまたま進路上にいた大型種が追突され、脚をバタつかせながら跳ね飛ばされた。
大型トラックサイズのモンスターがまるで子供扱いである。人間程度の力ではどれだけ束になろうと、この暴力の塊に敵うとは思えなかった。
「ひいっ! だ、誰か早くあのデカブツを何とかしろ! このままではヤツ一匹のせいで全滅だぞ!」
「そ、そんな事を言われても、こちらも手一杯で――!」
「や、ヤバイ! こっちに来るぞ! うわあああああああ!」
大きな声に興奮しているのか、巨大種は狂ったように前線を走り回っている。
兵士達の悲鳴が上がる度に、人間の体が――たまに大型種の体が――冗談のように宙を舞う。
一見コミカルにも見えるその光景だが、笑い事ではないのは指揮官のグスタボの青ざめた表情を見るまでもなく明らかだった。
「まさかモンスターの力がこれほどの物だったとは・・・」
これは竜部隊がやって来てもどうにもならないかもしれん。
グスタボがそう考え、後方の町に――帝都のある南の方角に振り返ったその時だった。
太陽はほぼ中天。時刻は正午を少し回った所くらいだろうか。
ポツリポツリと白い雲が浮かぶ初夏の空に、キラリ一つ。小さな光がまたたいた。
星? いや、まさか。白昼の星など聞いた事もない。
目を凝らすと光は空を飛ぶ黒い点が反射したものである事が分かった。猛禽類のように大きく翼を広げて飛ぶその姿。
しかし鳥のはずはない。鳥の体は太陽の光を反射したりはしない。
そう。例えば金属やガラスのような物質で出来ているのでなければ――
ヴ――ン
戦いの喧噪の中、戦場に羽音のような独特な音が響き渡った。
耳慣れないこの響き。しかし虎部隊と狼部隊を構成する、チェルヌィフ方面軍の兵士達の中には、この音を良く知っている者達がいた。
一昨年、ウルバン将軍に率いられてペニソラ半島へと侵攻した際、何度も聞いたあの唸り声。
五万の帝国軍をたった一匹で振り回し、無敵の白銀竜兵団を一方的に蹂躙した恐怖の存在。
帝国軍の悪夢。
戦場の忌み名。
死を運ぶ翼。
ミロスラフ王国のドラゴン。
「う、うわあああああああ! ヤツだ! ヤツが俺達を殺しに来たんだ!」
「お、おい、急に一体どうしたんだ!? ヤツとは誰の事だ!?」
「ドラゴンだよ! 離せ! ここにいたらみんなヤツに食われちまうぞ!」
一部の兵士はその場に武器を投げ捨て、慌てて逃げ出した。
モンスターの群れにも勇敢に立ち向かっていた、あの兵士達がである。
今まで辛うじて持ちこたえていた戦場は、この瞬間、崩壊寸前となった。
「――はっ! か、閣下! お下がり下さい! ここは危険です!」
指揮官のグスタボの側近達が我に返ると、慌てて上官に撤退を促した。
一体どうしてこんな事に。 悪夢さながらのこの光景に、指揮官のグスタボは呆然と呟いた。
「バカな。なぜ・・・なぜこうまで悪い事が立て続けに重なる。運命は帝国に滅べと言っているのか」
絶望するグスタボ。
しかし、運命は更に彼の予想を超える展開を用意していた。
ヒラリ。ドラゴンは翼を翻すと、地上目掛けて急降下。
その進路上にいた兵士達が、みるみる大きくなる異形の姿に悲鳴を上げた。
「ぎゃあああああああ!」
パパッ!
ドラゴンの体に光がまたたいた。
そう思った次の瞬間。腹に響く重低音が鳴り響いた。
ズドドドドドド!
「ギャオオオオオ!」
帝国軍を苦しめていた巨大なモンスター。巨大種の周囲に土煙が立ち上がったと思えば、その肉体がズタズタになって弾け飛んだのである。
「えっ?」
グオオオオオオオ!
ドラゴンは轟音を上げながら、信じられない光景に目を丸くする兵士達の頭上を通過していった。
次回「帝国軍の戦い;ハヤテ視点」




