その13 野良プレイヤー
帝都バージャントから出発していく兵士達。
いつまでも続く長く伸びた隊列からも、かなりの大軍勢である事が見て取れる。
その総数は軽く見積もって数万人。あるいは十万にまで届いているかもしれない。
この世界では類を見ない程の大軍勢だ。
『ようやく帝国軍が本気でカルヴァーレ領のネドマに対して攻撃を開始するんですのね』
帝国兵の列を見下ろしながら、ティトゥがホッと安堵の息を漏らした。
飛行型ネドマとの遭遇があってから今日で五日目。
中々動き出さない帝国軍に、ティトゥはしびれを切らしていたのだ。
「むしろタイミングとしては申し分なかったよ。僕の体もようやく本調子になった所だからね」
あの日に懸念した通り、大型ネドマと衝突して破損した右主翼は、直ぐには直らなかった。
それでも損傷の大きさの割には、常識外れのスピードで直った方だとは思う。
完全に元通りになったのは今朝の事。本当にギリギリのタイミングだったのである。
ちなみにもう一つの懸念点だった機体の汚れの方は、ティトゥの丹精込めたブラッシングの甲斐もあって、その日のうちにきれいさっぱり、ピカピカになっている。
ホント、染みにならなくて良かったよ。
一生汚い体で生きていかなければならないとか、正直、ゾッとする所だ。
プラモデルだったら、ペイントリムーバー(模型の塗料を落とすための溶剤)で拭き取って塗り直せば済んだんだろうけど、この体じゃそういう訳にもいかないからなあ。
ティトゥは帝国軍の進行方向。彼らの進む先を見つめながら呟いた。
『そろそろ原始ネドマの数もヤバい事になっていた所だし、帝国軍には頑張って欲しいですわね』
そうだね。
それはそうと、ヤバいとかそういう言葉は人前では使わないように。代官のオットーが悲しそうな目で僕を見て来るから。良心の呵責に耐えられそうにないから。
僕もこの数日間、テントの中でジッと翼の回復を待っていた訳ではなかった。
二日に一度は帝国を訪れ、ネドマの様子を監視していたのである。
原始ネドマは着実にその数を増やし、その勢力範囲を増しつつある。
さっきティトゥがしびれを切らしていたと言ったのは、言ったなりの理由があったのだ。
「ティトゥ。分かっているだろうけど、今回の僕の役目は帝国軍のサポートであって、自分が矢面に立って戦うことではないからね」
そう。今回の主役はあくまでも帝国軍。僕達は彼らのサポートに回る予定になっている。
そもそも彼らには、この戦いに僕が参加する事すら知らせていない。
代官のオットー達に相談した所、仮に協力を申し出たとしても、無視されるか門前払いを食らわされるだけになるだろうと言われたからだ。
『ハヤテ様は帝国軍に随分と恨みを買っていますから』
『最近も帝国海軍の船を沈めたばかりじゃろうが。そんな相手から『そちらに協力したい』などと言って来られても、ワシなら絶対に信用などせんぞ』
いや、あれは戦争だったから・・・って、これはオットーとユリウスさんの意見が一理ある。こちらにこちらの言い分があるように、帝国側にも帝国側の言い分があるのだ。
とはいえ、事が事だけにこのまま黙って見ている訳にはいかない。
そこで僕は、事前連絡なしに勝手に参加して、勝手に彼らの戦闘をフォローする事にしたのだった。
つまりはオンラインゲームで言う所の野良プレイヤー。
ちなみに野良プレイヤーとは、オンラインの協力型のゲームで、フレンドやコミュニティーの一員ではない、一見様のプレイヤーの事を言う。
『分かっていますわ。いくらハヤテが強くても、無数のネドマを一人で倒し切るのはムリだと言うんでしょ』
ティトゥは口ではそう言ったものの、納得していないのは、その表情からも明らかだった。
自分達が――というよりも、僕が脇役に回るのが不満なのだろう。
僕は彼女に向き直った。
「ねえティトゥ。君が僕を高く評価してくれているのは嬉しいよ。けど、僕にだって出来る事と出来ない事があるから。いくら二十ミリ機関砲が強力でも、弾丸の数以上の敵はどうやったって倒せないんだよ。体当たりをしてでも倒せというなら話は別だけどね」
『・・・そんな事くらい分かっていますわ』
体当たりという言葉に、数日前の飛行型ネドマとの一件を思い出したのだろう。ティトゥは今度は神妙な面持ちで頷いた。
「分かってくれているなら良かったよ。それじゃ今日の所はこれで帰ろうか。帝国軍がネドマとの戦いを開始するのはどうせ明日以降になるだろうしね」
『りょーかい、ですわ』
帝都バージャントからカルヴァーレ領まで、直線距離で大体四~五十キロ。この時間に出発したとなると、途中で一泊して明日からネドマとの戦闘を開始するつもりなのだろう。
こうして僕は翼を翻すと、ミロスラフ王国へと戻ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテの予想通り、帝国軍は行軍の途中で一泊すると、翌早朝から再び進軍を開始した。
「いました! モンスターの群れが多数! この先です!」
先行していた偵察部隊から敵発見の知らせがもたらされると、指揮官の表情が引き締まった。
第一軍の指揮官は、行方不明になっている前任者に代わって任命されたヒゲの騎士。名前はグスタボ・カルヴァーレ。
その姓からも分かるようにカルヴァーレ将軍の親類であり、将軍の右腕としても有名な将であった。
グスタボは馬上で副官に振り返った。
「おい、ここから一番近い砦か町まではどのくらいかかりそうだ?」
「はっ。それでしたら、つい先程通り過ぎた分かれ道の先に小さな町がございます。あの道を半刻(約一時間)程行けば到着するはずです」
「ふむ、小さな町か。出来れば砦が望ましかったが・・・」
グスタボは少しの間考え込んだ。
「実際にモンスターの群れと戦った第一軍の指揮官達の話では、本当に厄介なのは大型種等の一握り。それ以外は慣れれば兵士でも十分に戦える相手だったと聞く。ただ、問題なのはその数の多さ。昼も夜も関係なしに途切れる事なく押し寄せるモンスターに、こちらの疲労が限界に達し、凌ぎきれなくなったと言っていた」
彼は「よし!」、と顔を上げた。
「全軍直ちに転進せよ! 一先ずその町を仮の防衛線とする! 町を背にモンスター共を迎え撃つのだ!」
「はっ! 転進! 転進ーっ!」
伝令の騎士達が声を張り上げながら走り去って行く。
兵士達の足が止まると、隊列が大きく膨らむ。この程度の乱れで済んでいるのは、第一軍の指揮官達が優秀だからである。
やがて帝国軍は街道を逆行。横道に入ると小さな町へと到着した。
そこで彼らは事前に決めてあった通り、全軍を竜・虎・狼の三つの部隊に分けた。
「最初はモンスターとの戦闘経験のある第一軍を中心とした”竜”部隊が受け持つ! ”虎”部隊は竜部隊の後方で撃ち漏らの始末をしながらヤツらとの戦いに慣れるように! ”狼”部隊は今のうちに町の中で体を休めておけ!」
これが帝国将軍カルヴァーレが今回のために考え出した対モンスター戦法。
全軍を三つの部隊に分け、攻撃・補助・休憩のローテーションで回す事によって、兵士の疲労を抑えて継続した戦闘を行うという作戦であった。
これも敵が策を弄さず、本能のままに攻め寄せるだけのモンスターだからこそ取れる戦法とも言える。
最初の部隊が配置を終え、迎撃の準備を整えたタイミングで、物見の兵士から声が上がった。
「モンスターが姿を現しました!」
「よし! 竜部隊は迎撃に移れ!」
こうして帝国軍による、ネドマとの我慢比べ。終わりの見えない戦いが開始されたのだった。
戦いの序盤は余裕を持って行われた。モンスターは五月雨式に襲い掛かるだけで、帝国精鋭部隊の脅威にはならなかったのだ。
しかし、いつまでも楽は出来そうになかった。
「大型種が出たぞ! 注意しろ!」
「――くっ、遂に来たか」
「グオオオオオオオン!」
兵士の悲鳴と共に、モンスターの雄叫びが響き渡る。
戦場を見渡すと、モンスターの群れの中に見上げる程の巨体が揺れているのが見えた。
「あ、あれが大型種なのか!? あんなにデカいモンスターもいるのかよ!」
後方の補助部隊から――主にチェルヌィフ方面軍から集められた将兵で編成された、モンスターとの戦闘の経験のない虎部隊から――驚きと恐怖の声が上がった。
巨体と質量はそれだけで十分な脅威となる。
前線の竜部隊の隊長から、すかさず指示が飛んだ。
「慌てるな! 片側の脚を集中して狙え! 動きさえ止めれば恐れる事はない!」
「「「はいっ!」」」
確かに大型種は脅威だが、対処方法は前回の戦いで経験済みである。
竜部隊の――その中でも第一軍の――兵士達は、勇敢に大型種の足元へと飛び込んで行った。
「ギャオオオオオン!」
ズズーン!
やがて大型種は悲鳴を上げて横倒しになった。
無事な脚を懸命にバタつかせているうちに、バランスを崩して今度は仰向けにひっくり返る。
こうなってしまっては最早身動きが取れない。
「「「おおーっ!」」」
後方部隊から大きなどよめきが上がる。
「よし、今だ! 頭を狙え!」
大型種は抵抗を続けるが、片側の脚が潰されているせいで、自分の巨大な質量が邪魔をしてなかなか元に戻れない。
もし上空からこの光景を見る者がいたとすれば、夏の終わりに道路に落ちている死にかけのセミと、それを取り囲む蟻の群れの姿を思い浮かべたかもしれない。
このまま攻撃を続けていけば、大型種を殺す事も出来ただろう。
しかし、隊長は敵が十分に弱ったと判断するや、即座に攻撃の中止を命令した。
「もう十分だ! 他部隊の援護に回れ!」
彼らが倒さなければいけないモンスターはこの大型種だけではない。こうしている間も、周囲では小型種との戦闘は続いているのだ。
いつまでも死にかけの相手に人数を割いている余裕はないのである。
竜部隊の手際の良さに、後方の部隊の兵士から敬意のこもった視線が注がれる。
しかし、隊長は少しも浮かれた気持ちにはならなかった。
(例え大型種であろうとも、一匹二匹ならこのようにどうにでもなる。だが、問題はまとめて押し寄せて来た時だ)
そう。前回の戦いではそのせいで危うく全軍の崩壊近くまで追いやられたのだ。
隊長は油断なくモンスターの群れを睨み付けた。
次回「帝国軍の戦い」




