その11 当事者意識
ティトゥ達が砦の中に入ると共に、太陽が西の空へと沈んで行った。
最後はかなりの速度で飛ばしたとはいえ、流石に一日で帝国を横断するのは、時間的にかなりギリギリだったようだ。
この様子だと、今夜はここで宿泊する事になるだろう。
早くも薄暗くなり始めた砦の広場で、僕は内心で大きく息を吐いていた。
(はあ・・・今日は失敗の連続だったな・・・)
思い出してみても、情けないやら恥ずかしいやらでいたたまれなくなってくる。
(ホント、穴があったら入りたい気分だよ。これ程のやらかしをしたのは、この体に転生してから初めてじゃないだろうか?)
誰にも言っていないが、最近の僕は、『結構この世界で上手くやれるようになって来たんじゃないかな?』などとまんざらでもない気分になっていた。
今となっては恥ずかしい。
今日の失敗は、僕の己惚れを打ち砕くのに十分なものだった。
(あ~あ、外板もこんなにベコベコになっちゃって)
すっかり汚なくなってしまった機体表面には、大小様々な凹みが残されている。
飛行タイプのネドマが衝突した跡である。
どうりでこの砦に来るまで、妙に燃料の消費が多かった訳である。
いつもより速度を出したせいだと思っていたが(いや、勿論それもあるだろうけど)、機体表面が荒れた事による性能低下――空気抵抗の増加が原因だったようだ。
(凹みは自己修復で直るだろうけど、汚れの方はそうもいかないよな。・・・はあ、今からじゃブラッシングをして貰うような時間もないし、今夜は汚れたままで過ごすしかないか)
塗料に汚れがこびり付いて、取れなくならなきゃいいんだけど。
僕は自分ではシャワーも浴びられない、この不自由な体を恨めしく思った。
そんな沈んだ気持ちで、見るともなしに機体の凹み箇所を確認していると、僕はふとある事に気が付いた。
「あれ? まさかもう直り始めている?」
そう。汚れている個所のいくつかには、何の凹みもキズも見当たらなかったのである。
思わずこぼれてしまった僕の声に、見張りの兵士がビクリと体をこわばらせた。
『お、おい。今どこからか声がしなかったか?』
『ああ。俺にも聞こえた。男の声だったな。何を言っていたのかまでは聞き取れなかったが』
おっと。そう言えばここでは言葉を喋っていなかったんだったっけ。
別に今から話しかけても構わないのだが、彼らが驚いてレフド叔父さんを呼びに行ったらティトゥ達の話し合いの邪魔になる。ここは黙っておいた方が無難だろう。
僕が何の反応も見せずにいると、兵士達は不思議そうな顔をしながら見張りの任務に戻った。
緊張した空気がなくなると、僕はさっき気付いた箇所へと視線を戻した。
(やっぱり凹んだ跡がない。ここだけが運良く無傷だったとも考えづらいし、飛んでいる間に直ったのかな)
どうやら小さな凹みはここまでの飛行中に、跡形もなく完治(修理?)したらしい。
そんなデタラメな、などと思っていると、ペコン。機体の表面の一部が小さな金属音を立てた。
論より証拠。凹んだ外板が元に戻った音に間違いないようだ。
驚いてその場所を確認していると、今度は別の場所がペコン。やはり音を立てて直った。
おお、我ながら何という規格外れの復元力。
などと心の中でツッコミを入れていると、またペコン。凹みが戻った音がした。
『お、おい、さっきからドラゴンの方から妙な音がしていないか?』
『あ、ああ。ペチンペチンって・・・何なんだろうな、コレ?』
『俺が知るかよ。誰か知らせに行った方がいいんじゃないか?』
そして僕の体のあちこちから響く音に、不安そうにする見張りの兵士達。
ええと、なんかゴメン。
ここは大人しくしておきたい所なんだけど、これって自分の意志じゃどうにも出来ないのだ。あまり気にしないでくれると助かるんだけど。
あ、また鳴った。ギョッと目を見張る兵士達。いやホントにゴメン。
僕は怯えた顔でこちらを凝視する兵士達に、申し訳ない気持ちで一杯になるのだった。
結局、見張りの兵士の一人が上官を呼びに行ってしまった。
預かり物のドラゴンから妙な音がしているのを、黙って放置する事は出来なかったのだ。
それが彼らの役目であり仕事なのは理解出来るが、僕にとってはバツが悪い事この上ない。
そんなふうにやきもきしていると、なんと兵士はティトゥ達を連れて戻って来た。
まさか大事な相談をしているティトゥ達の所まで話が行くとは思わず、僕は慌てて彼女に事情を説明する羽目になった。
『そんなにバツが悪かったのなら、私の所に呼びに来る前に、ここの兵士達に自分の口から説明したら良かったじゃないですの』
「いや、何となく話しかけるタイミングを逃しちゃってさ。兵士が誰かを呼びに行ったから、きっとここの責任者か彼らの上官辺りが来ると思って。だったら、その時に説明すればいいかなって。まさかティトゥの所まで話が行くとは思わなかったんだよ」
僕の言い訳にティトゥは呆れ顔になった。
『まあいいですわ。それで治ったのはどこですの?』
「どこだろう? 凹み自体は全身至る所にあったから」
理屈では凹んでいない箇所が直った個所になる訳だけど、それだとどこの事だか分からないよね。
ティトゥは翼の下を覗き込んだが、既に外は暗くなりかけている。翼の下は真っ暗で何も見つける事は出来なかったようだ。
『ナカジマ殿、結局ハヤテはどうだったのだ?』
チェルヌィフ軍の指揮官、レフド叔父さんがティトゥに尋ねた。
『何でもありませんでしたわ。音の原因はハヤテのケガが治る時に出た音だったそうです』
『へえ、ハヤテのケガがね』
聖国の第一王子、エルヴィン王子が興味深そうに僕を見上げた。
すると間が悪い事に、そのタイミングでペコン。凹みが戻った音がした。
みんなが一斉に音のした方へと振り返る。
なんだろう。妙に恥ずかしいんだけど。例えて言うなら、人前でうっかりおならをしてしまった時のような・・・ってちょっと違うか。
みんなは音がした箇所をジッと見つめたが、暗い中、汚れの跡は見えても、機体の凹みのあるなしまでは分からなかったらしい。
結局、怪訝な表情を浮かべるだけに終わった。
レフド叔父さんは日焼けした顔に男らしい笑みを浮かべた。
『何事もなかったのならばそれは良かった。今、食事を用意させている所だ。こんな場所だから大したもてなしも出来んが、ゆっくり楽しんでいってくれ』
『いえ、突然押しかけたのはこちらの方ですから。それに戦場で食べる食事というのなら、聖国海軍でも事情は変わりませんし』
『感謝いたしますわ』
ティトゥ達はレフド叔父さんに案内されて砦の中へと戻って行った――って、ティトゥ、ちょっと待った。
「ティトゥ、ちょっと待って」
『? どうかしましたの?』
ティトゥは怪訝な表情で振り返ると、レフド叔父さん達に声をかけた。
『先に行っていて下さい。ハヤテが私に何か話があるみたいなので、それを聞いた後で向かいますわ』
『そうか、分かった』
僕は考えを纏めながらティトゥが近付いて来るのを待った。
『それでどうしたんですの?』
「まず最初に謝らせて欲しい。今日は僕のせいで君達を危険な目に合わせてしまった。あれは完全に僕の判断ミスだった。本当にゴメン」
ティトゥは少し目を見開いたが、特に驚きはしなかった。これと同じような言葉はここまでの道中でも言っていたからである。
彼女は黙って話の続きを促した。
「僕は少しいい気になっていたみたいだ。――いや、これも違うか。そうじゃない。自分がこの世界での未来兵器の体を持った事で、何か別の存在になった気でいたみたいだ」
そう。だからあの時、僕は間違えた。
どうせ何とかなるだろうと、そんな甘い考えで深く考えずに行動してしまったのだ。
「この未曽有の大危機に、僕は本気じゃなかったんだと思う。いや、本気で災害に取り組んでいたのは間違いない。ただ何と言うか、本当の意味での本気じゃなかったというか、心のどこかで何か他人事のように考えていたんじゃないかと思う」
このニュアンスを正確に言葉にするのは難しい。
ティトゥを守るため。みんなの住むこの世界を守るため。そう思って行動して来たのは間違いない。
けど、そこには自分がいなかった。無自覚に自分の命を除外していた。
そう。僕はこの大災害で自分が死ぬとは思っていなかったのである。
「今日の事でそれを思い知らされたよ。僕が恐れ知らずなんかじゃない。単に僕は自分がみんなより強いという事を知っているだけだったんだ。僕はみんなよりも強いから、みんなの事を守らなければと思っていた。僕はみんなのために大災害に立ち向かうつもりだったんだよ」
『中々出来ない立派な考えですわ』
「違う、違うんだ。僕もみんなと同じなんだよ。だから、みんなのために大災害に立ち向かうんじゃない。本当なら僕も僕の命を守るため、大災害と戦うべきだったんだよ」
そう。僕に欠けていたのは当事者意識。
自分も大災害の被害者であるという危機意識。
なまじ人より優れた体を持ってしまったため、僕は無意識のうちに上から目線で、「みんなを助けてあげる」などと思い上がっていたのである。
「バカげた話だよね。僕だって今はこの世界の住人なのに。ねえティトゥ。僕は本当は日本人なんだよ。けど、今の僕はこの世界に生きる存在。この世界によって生かされている存在だ。そう、君達と同じ。今の僕にとってはここが唯一無二、ただ一つのかけがえのない世界なんだ」
ティトゥに僕の話の内容がどこまで理解出来ているかは分からない。
しかし、それは関係ない。これは僕の誓い。僕の宣言なのだ。
「ティトゥ。僕はこの大災害と戦うよ。勿論、これまでだって戦って来た。けど、今までみたいにみんなのためなんかじゃない。僕のため。僕が生きるこの世界を守るため、僕は大災害と戦うよ」
ティトゥは黙って頷くと、ヒラリと翼の上に駆け上り、操縦席に乗り込んだ。
「ちょ、ティトゥ。今日はもう飛ばないよ? エルヴィン王子を置いて行く訳にもいかないからね」
『分かっていますわ。ただ今はこうしていたいんですの』
そして嬉しそうに座席の背もたれに体を預けたのだった。
次回「共同戦線」




