その2 無口なメイドさん
ティトゥが僕のテントに連れて来た小動物系新人メイド、エマールさん。
それはいいとしても、わざわざ紹介してくれた理由が良く分からないんだけど?
『エマールはいずれ私の右腕になる人材なので、ハヤテにも紹介しておこうと思ったんですわ』
なる程、分からん。
戸惑う僕にメイド少女カーチャが捕捉を入れてくれた。
『ええと、ハヤテ様。エマールさんの実家は商売をやっていたそうでして――』
カーチャの説明によると、エマールさんの出身はチェルヌィフ王朝。お父さんはミュッリュニエミ帝国でお店を開いていたそうだ。
なんでチェルヌィフ人なのに帝国に? と、思う人もいるかもしれないが、そのこと自体は特に不思議はない。
なぜならチェルヌィフは商人の国。チェルヌィフ人は大陸の各地に散らばり、その国、その土地で商売を行っているからである。
『エマールさんの家は家族経営の小さな店だったそうです。それが昨年の夏ごろ、店に強盗が押し入ったそうで、その時にエマールさんのお父さんは強盗ともみ合いになり、お腹をナイフで刺されて重傷を負ってしまったんだそうです。その後、その傷が元でエマールさんのお父さんは亡くなられてしまったとの事です』
あー、それはまた気の毒に。
近年、帝国の治安は、皇帝ヴラスチミルの悪政の影響もあってか、悪化の一途をたどっているんだそうだ。
各地で食い詰めた者達が野盗と化し、小さな村々や街道を行く旅人なんかを集団で襲っているんだとか。
エマールさんのお店を襲った男も、そういった食うに困った流れ者? ならず者? だったのだろう。
「お気の毒に。それでエマールさんがここにいるという事は、お父さんが亡くなった後、一家でミロスラフ王国に引っ越して来たんだね」
『いいえ。お母様はチェルヌィフの実家に戻られたそうですわ』
「あれ? そうなんだ」
そういや、エマールさん一家はチェルヌィフ王朝の出身だったっけ。
最初に説明したが、エマールさんの家はこじんまりとした家族経営の店だったそうである。
仕事はエマールさんのお父さんが。仕入れも帳簿の管理も、全て一人でやっていたんだとか。
「じゃあエマールさんのお母さんは専業主婦だった訳か。お店の方には長年働いていて仕事に詳しい従業員とかいなかった訳?」
『小さなお店だから、お父様と子供達の手伝いだけで十分だったんだそうですわ』
なる程。
こうして誰も仕事を知る者のいない店の経営は、たちまちのうちに火の車となってしまった。
詐欺師まがいのタチの悪い同業者に騙された事も、一度や二度ではなかったそうである。
なんとも世知辛い世の中と言うか、渡る世間は鬼ばかりと言うか。
人の弱みに付け込んで悪どく儲けようとする輩は、どの時代、どんな場所にもいるものである。
『エマールのお母様は、それでもなんとかして夫の残した店を守りたかったようですが、幼い子供もいる中、無理をする事も出来ず、結局、店を手放してチェルヌィフの実家に帰られたんだそうですわ』
エマールさんの下には二人の弟がいるそうだ。
一番下はまだ六歳。日本ならようやく小学校に上がるくらいの年齢である。
お母さんとしても、そんな幼い子供を抱えたままで、将来の見通しの立たないお店をこれ以上続けて行く事は出来なかったのだろう。
泣く泣く店を手放すと、子供達を連れてチェルヌィフに住む両親の家まで戻る事にしたんだそうだ。
ちなみにお母さんの実家は、地元ではそこそこ名の知れた大きな商店だという。
こうして一家が国に戻る中、エマールさんは一人、知り合いの伝手を辿ってこのミロスラフ王国にやって来たんだそうだ。
『・・・私ももう大人だから』
とはエマールさんの言葉である。
これはもう大人だからお母さんに(それと母親の祖父母に)迷惑をかけたくなかった、って理解でいいのかな?
それはそうと、エマールさんは引っ込み思案と言うか、随分と無口な性格のようだ。
さっきから目の前で自分の事が話題になっているにも関わらず、ずっと黙ったままで立ち尽くしている。
無関心でないのは、時々視線が揺れている事からも分かるけど、それにしたって、普通は少しは口を挟んだり、相槌を打ったりくらいはするものだと思うけど。
『・・・・・・』
僕は黙ったままのエマールさんを見つめた。
「あ~、エマールさんのこの性格だと、確かに客商売は難しいかもね。だからティトゥの屋敷の求人募集に応募して来たのか」
『エマールは生まれが商家なだけあって、女性なのにとっても数字に強いんですわ!』
ティトゥは両手にこぶしを作ると、フンスと力説した。
この世界の社会では、残念ながら未だに男尊女卑の価値観が幅を利かせている。
それでもティトゥはまだ、貴族の娘という事もあって、最低限の教育を受けているものの、庶民の女性ともなると文字の読み書きどころか計算すらままならない者がほとんどだという。
エマールさんは、店の仕事の方はともかく、読み書きと計算はしっかりと父親から教え込まれていたそうだ。
『メイドとして雇った事もあって、今はまだ屋敷の仕事を覚えて貰っている最中ですが、そのうち、私の右腕として働いて貰うつもりなんですわ!』
あーそういう。ここでようやく最初の話に繋がる訳ね。
というか、ティトゥは『私の右腕』なんてカッコを付けているけど、要は自分に代わって仕事を引き受けてくれる相手が欲しかっただけなのだろう。
良く言えば自分の代理。悪く言えば身代わり。
いや、この場合は代官のオットーに捧げる人身御供と言った方が正解か。
年齢の近い女の子同士。しかも自分よりも数字に強く、大人しい性格であまり文句も言わなさそうなエマールさんは、正にティトゥにとってうってつけの代役候補だったのだ。
なる程、納得。ティトゥの考えは良く分かった。だけど――
「だけど、君の思うように上手くいくかなあ」
『エマールなら大丈夫ですわ!』
謎の自信を見せるティトゥ。
なんというパワハラ上司。エマールさんも就職早々、とんだ雇い主に見込まれてしまったものである。
『エマール、サン。イヤナラ、コトワル』
『ちょ、ハヤテ! 何を言っているんですの?!』
ティトゥは慌てて僕の言葉を遮った。
彼女の後ろではメイド少女カーチャが、『ハヤテ様、もっと言ってやって下さい』とばかりにウンウン頷いている。
どうやらカーチャも主人の浅はかな企み? 陰謀? に気付いているようだ。
『・・・別にイヤじゃないです。私、机に座ってやる仕事の方が好きだから』
エマールさんはかぶりを振ると、僕の言葉を否定した。
まあ確かに。掃除機も洗濯機もないこっちの世界では、掃除も洗濯も全て人力でやらなければならない。
ティトゥのお屋敷は御覧の通り、かなりの広さだし、雇われている使用人の数も多いから、洗濯物や食事の仕度なんかも一苦労だ。
そしてエマールさんは内向的と言うか、見た感じ、あまり活発な人とは言い難い。体も小さいし、そういった力仕事は向いていないのだろう。
「なる程。エマールさんにとっては、ティトゥの提案はある意味では渡りに船だったって訳か。本人がイヤじゃないなら、構わないんじゃない? これで少しでも君が仕事に対して前向きになってくれるのなら、オットーも嬉しいだろうし」
ティトゥにとっては、苦手なデスクワークを押し付けられそうな相手が現れてラッキーで、エマールさんにとっては、苦手な力仕事をやらずに済むならそれに越したことはない。そしていつも仕事から逃げ回っているティトゥが落ち着けば、代官のオットーも大喜び間違いなしだ。
これぞ正に三方良し。全員が損をしないWIN―WINの関係という訳だ。
『いつも仕事から逃げ回っているって・・・ハヤテは一体、私の事をどう思っているんですの?』
ティトゥはプンスとむくれているが、どう思うも何も、一度胸に手を当てて過去の自分の行いを振り返ってみるといいよ。
きっと悲しそうなオットーの顔が浮かぶと思うから。
噂をすれば影が差す。ではないが、その時、オットーの部下がテントの中に顔を出した。
『ご当主様。オットー様が呼んでおります。そろそろ休憩を終えて仕事に戻って下さいとの事です』
『・・・はあ。もうそんな時間ですの』
ティトゥは肩を落とすとクソデカため息をついた。
しかし、ついさっき僕に『いつも仕事から逃げ回っている』と言われた手前か、意外と素直に彼の言葉に従った。
『あ、あの、ご当主様。ファルコ様達を連れて行くのは――』
『途中でベアータの所に寄って、この子達におやつを与えるんですわ。あなたはハヤブサを連れて来なさい』
「ギャウ! ギャウ!(おやつ! おやつ!)」
いや、違った。
ティトゥは、少しでも仕事の始まりを遅らせるべく、ファル子達をダシに使うつもりのようだ。
全く、セコい悪知恵ばかり回るんだから。
オットーの部下も、喜んでいるファル子達を残して先に行かせる事も出来ないのか、仕方なくハヤブサを抱き上げるとティトゥの後に続いた。
『エマール。あなたは自分の仕事に戻って頂戴』
『・・・かしこまりました』
そしてエマールさんはティトゥの命令に頭を下げると――ふと、僕の方を振り返った。
なにかな?
しかし、それも一瞬の事だった。この無口なメイドさんは何も言う事もなく、そのまま黙って僕のテントを後にしたのだった。
一人になり、急に静かになったテントで、僕はさっきの光景を思い出していた。
「エマールさん、ね」
内向的で大人しい、小柄で少しふくよかな小動物系の見た目。
見るからに人畜無害、といった人物だったが・・・
「何だか妙に引っかかるんだよな」
そう。本人は上手く隠していたし、ティトゥもカーチャもまるで気付いていなかったようだったが、彼女はさっきのように極たまに、探るような目でこちらを――僕とティトゥを――見ていたのだ。
勿論、それ自体は特におかしな話ではない。
ティトゥは彼女の雇い主だし、貴族家の当主。そして僕は御覧の通りの謎生物。この世界で唯一無二の戦闘機だ。
だからつい気になって、目が引き寄せられてしまっても仕方がない。
そう考えるのが自然なんだろうけど・・・
「・・・いや、流石に警戒し過ぎだな」
知り合いもいない遠い土地で、男一匹――じゃなかった、女一人。気持ちも新たに心機一転、ゼロからやり直したい、という彼女の気持ちは理解出来なくはない。
エマールさんにとっては、たまたまそれがミロスラフ王国だったというだけで、多分、知らない場所ならどこでも良かったんだろう。
そしてその見ず知らずの土地で、自分と同年代の美人女性当主と、巨大なドラゴンを目にしてしまった。
それは思わずチラ見してしまうのも当然というものだろう。
この時の僕はそう考える事で、自分の中に浮かんだ僅かな疑問? 違和感? を頭の中から消し去ったのだった。
次回「新生・黒竜艦隊」




