プロローグ ドラゴンライダーの帰宅
お待たせしました。更新を再開します。
隣国ゾルタを東西に流れるアレークシ川。その下流の地、カルリア。
沖を埋め尽くした帝国艦隊を撃退した僕達は、河口に布陣していたミロスラフ王国軍の前に降り立ったのだった。
『『『わああああああああっ!』』』
僕が着陸すると、兵士達の歓声がまるで雷鳴のように轟いた。
桜色のリトルドラゴン・ファル子は、慌ててイスの下の隙間に頭を突っ込んだ。
「ギャウー!(うるさい!)」
『『『姫 竜 騎 士! 姫 竜 騎 士!』』』
やがて国王、カミルバルトが姿を現した。
『『『姫 竜 騎 士! 姫 竜 騎 士!』』』
だが、ティトゥを叫ぶ声は一向に鳴り止まない。
ティトゥは困り顔で僕に振り返った。
『ハヤテ、これってどうしたらいいんですの?』
「何?! 周りの声がうるさくて、全然聞こえない!」
『これって! どうしたら! いいんですの!?』
ああ、うん。分かった。
僕達はカミルバルト国王に大陸の危機――ミュッリュニエミ帝国の王都の北で発生すると考えられている、マナの大量発生とそれに伴う核爆発以上の破壊力を持つ大爆発――を伝えに来たのだが、周りがこんな状態だと落ち着いて話が出来るとは思えない。
なにせ、操縦席にいるティトゥとの会話にすら難儀している程なのだ。
「じゃあ、一度戻って! 出直して来るとか?! 今は戦いのすぐ後で! みんな興奮しているみたいだけど! 時間が経てば! 少しは落ち着いてくれるんじゃない?!」
『それがいいかも! しれませんわね!』
その時、見慣れたヒゲの武将がこちらに駆け寄って来た。
王城の僕達担当のアダム特務官だ。
ティトゥは挨拶もそこそこに、今の会話の内容を彼に伝えた。
『ええ?! なんですか?!』
『だから! 一度! 戻って! 出直して来る! と言ったんですわ!』
『もう一度お願いします!』
『だ~か~ら!』
『『『姫 竜 騎 士! 姫 竜 騎 士!』』』
あ~もう、じれったいな、コレ。
ちなみにカミルバルト国王も、最初は兵士達を静めようとしていたが、今では諦め顔で放置している。
おっと、ようやくティトゥの話がアダム特務官に伝わったようだ。
ていうか、たったこれだけの言葉を伝えるのに苦労している時点で、カミルバルト国王との話し合いがムリな事はお察しである。
アダム特務官が部下に指示を出すと、彼らは僕の前から兵士達を下げ、飛び立つための道を空けてくれた。
相変わらず気が利くね。
『『『オオオオオオッ! 姫 竜 騎 士! 姫 竜 騎 士!』』』
ドン! ドン! ドン!
兵士達は益々興奮しながら、剣を盾に打ち付け、一斉に足を踏み鳴らす。
まるで今にも暴動でも起こりそうな勢いだ。ティトゥ達の安全のためにも、一刻も早くこの場から立ち去った方がいいだろう。
『前離れーっ! ですわ!』
『『『わああああああああっ!』』』
バババババ・・・
ティトゥの掛け声に、僕はエンジンをかけるとブースト。
大きな歓声を背に受けながら、青空へと舞い上がったのだった。
『・・・ふう。ようやく落ち着きましたわ』
『スゴい声でしたね。怖かったです』
「「ギャーウ(うるさかった)」」
上昇を終えて水平飛行に移ると、操縦席のみんなは――ティトゥとメイド少女カーチャ、それにリトルドラゴンズ達は――ホッと安堵の息を吐いた。
「そう言えば、途中から話を聞いてなかったんだけど、結局、アダム特務官とはどういう話になった訳? 彼から何か言われていたみたいだけど」
『一度帰ると伝えたら、なら明日、今の時間より一刻(※約二時間)程前に来て欲しいと言われたんですわ』
「ふぅん。別に構わないけど、その時間に何か意味はある訳?」
ティトゥは『さあ? 分かりませんわ』と軽く小首を傾げた。
後で分かった事だが、帝国艦隊は海の満潮に合わせてカルリア河口に攻めて来ていたらしい。
今日の所は僕の攻撃で退却した帝国艦隊だが、明日になれば再びやって来るかもしれない。
アダム特務官としては、それに備えるため、というか、僕の力を当て込んで、満潮の時間を選んだようだ。
「じゃあ、カミルバルト国王に大陸の危機を相談するのは明日という事で、今日の所は一旦、ホマレの屋敷に帰ろうか」
『そうですわね』
僕は一瞬、いつものようにティトゥが、『帰ったら仕事が待っていますわ』とグズるんじゃないかと思い、身構えた。
しかし彼女は、なぜか不思議な程素直に僕の提案に頷いた。
ティトゥのいつにない殊勝な態度に、僕の頭に疑問符が浮かぶ。
メイド少女カーチャは、僕の日本語は分からなかったものの、主人の言葉から会話の内容を察したのだろう。少し心配そうな顔で僕を見つめた。
いや、二人して何なの、その反応? 僕がどうかした訳?
『あ、いえ。・・・ええと、今日はハヤテ様も戦いで疲れているんじゃないかと思って』
ああ・・・そういう事。
僕は二人に気を使われていた事に気付いた。
カーチャは――そしてティトゥも、僕が人殺しを嫌っている事を知っている。
そして僕は今回、無意味な戦いを終わらせるためとはいえ、戦争に介入してしまった。
二人は僕が沈み込んでいるのではないかと心配していたのだ。
先程ティトゥが珍しく我儘を言わなかったのも、そんな僕の心を気遣っての事だったのである。
「・・・大丈夫だよ。疲れる程派手に飛び回った訳じゃないし。でも、旅行中は毎回夜は外で過ごさなければならなかったからね。久しぶりに自分のテントでゆっくり出来るのは嬉しいかな」
『そうですわね』
『ティトゥ様、ハヤテ様は何と言ったんですか?』
カーチャは僕の言葉をティトゥに翻訳して貰うと、ホッと安堵の笑みを見せたのだった。
こうして僕達は無事、港町ホマレのティトゥ屋敷へと帰って来た。
屋敷の裏庭に着陸早々、ティトゥは代官のオットーとナカジマ家のご意見番のユリウスさんに捕まる事となった。
何と言えばいいのか。お気の毒様です。
『お帰りなさいませご当主様。早速ですが、あちらで分かった話を聞かせて頂けないでしょうか?』
おっと。僕の予想とは違って、彼らは領主の仕事を片付けさせるためではなく、チェルヌィフ王朝で得た情報を聞くためにティトゥを待っていたようだ。
二人にとっても、じきにこの星を襲うと予想される天変地異の情報は、かなり気になるものだったらしい。
『それもあるが、ワシとしてはチェルヌィフでの内乱がどうなったか、その話も聞いておきたいからの』
なる程。ニュースもSNSもないこの世界では、基本的に情報は人伝の噂話でしか知る事が出来ない。
遠く離れた外国の、しかも正確な情報ともなると、そちらに余程の伝手でもなければそうそう手には入らないのだ。
国の宰相だったユリウスさんにとって、大陸随一となる大国の最新情報はかなり興味がある物だったようだ。
二人の興味が溜まった仕事に向いてないことが分かったせいだろう。ティトゥはリラックスした様子でチェルヌィフで見聞きした事を二人に話した。
――まあ話が全部終わった後は、バッチリ仕事の話になるんだろうけど。
ティトゥには気の毒だけど、こればっかりは仕方がないよね。
ちなみに聖国メイドのモニカさんにとっても、聞き逃せない情報がてんこ盛りだったようで、かなり注意深くこちらの話に聞き耳を立てている様子だった。
ん? 何、ティトゥ。
『そうかしら? 私にはいつものモニカさんと変わらないように見えますわよ』
「ああうん。モニカさんもかなり上手い具合に誤魔化していたからね。けど僕はホラ、君達の話に加わらずに上から見下ろしていたから。だからモニカさんがいつもより気配を殺していたというか、あまり目立たないようにしていたのに気が付いたんだよ」
モニカさんは聖国王城からのお客さんというか、客分というか、そういった立場でありながら、なぜかメイドでもあるという謎存在である。
それでも建前上はメイドである以上、屋敷の主人のティトゥや、代官のオットーに用事を頼まれてしまえば、『このままここで話を聞いていたいのでイヤです』とは断り辛いのだろう。
出来るだけみんなの視界に入らないようにしつつも、なおかつ、話を聞き逃さない。そんな適切な距離を保ちながら、この場に控えていた様子だった。
『ご当主様。ハヤテ様は何とおっしゃっているのでしょうか?』
自分の名前が聞こえたのか、いつの間にかモニカさんが僕のすぐ横に立っていた。
い、いつの間に。
『ハヤテは――と言っていたんですわ』
「ちょ、ティトゥ! わざわざそんな事説明しなくていいから!」
僕は慌ててパートナーを止めたが時すでに遅し。
モニカさんはこちらを見上げると、いつもの人好きのする笑顔を深めた。ヒッ。
『ハヤテ様。女性を観察するような行いは、紳士としてマナーに反すると思いますが?(ニッコリ)』
『サ、サーセン』
やたらと圧の強い笑顔に、僕は即座に平謝りするしかなかったのだった。
次回「ユリウス老人の懸念」




