その21 連合軍指揮官レフド
明けて翌日。僕達は再びバンディータの町の水運商ギルド本部へと向かっていた。
ジャネタお婆ちゃんの話によると、今日、チェルヌィフ王城から責任者がやって来るらしい。
水運商に王城に連絡を取ってくれるように頼んでから五日。ようやくバラクこと叡智の苔との面会が叶うという訳だ。
ちなみに今日は責任者との話し合い(打ち合わせ?)なので、リトルドラゴンズはメイド少女カーチャと一緒にカルーラの屋敷でお留守番である。
どうせ待ち時間の間に退屈するのが分かっているからね。
ファル子辺りがゴネるかな? と心配したが、意外とすんなり僕達の言う事を聞いてくれた。
どうやら彼女はジャネタお婆ちゃんの事を苦手にしているようだ。
出会って最初にジャネタお婆ちゃんから物欲しげな目で見られたのが怖かったらしい。ファル子は意外と臆病な性格をしているというか、内弁慶な所があるというか。
全く、こんな所ばかりママに似るんだから。
『ハヤテ?』
『ナンデモアリマセンワ』
ええと、コホン。
という訳で、今日は僕とティトゥの二人だけのフライトとなったのだった。
てな訳で水運商ギルドの本部に到着。
道中に語る事は何もなかったのかって?
ティトゥはこれから王城の使者と面会するんだよ? 何かあるどころか、会話も弾まなかったに決まっているだろ。
『あら? あそこにいるのは――』
ティトゥは何気なく水運商ギルドの中庭を見下ろして驚きの声を上げた。
『ハレトニェート家の当主様ですわ! なんでここに?!』
「・・・なんでだろうね」
『・・・ハヤテ、あなたその反応、ハレトニェート様の事を覚えてませんわね?』
ギクッ。
僕はティトゥに白い目で睨まれて慌ててしまった。
いやいや、ちょっと待って。確かに名前に聞き覚えはあるんだよ。ええと、ここまで出かかってるんだけど、ええと、ええと――って、思い出した! ハレトニェート家はチェルヌィフの六大部族の一つだ! 戦車派で唯一、帆装派に味方した所!
そこの当主は・・・ああ、なる程。完全に思い出した。
「ハレトニェート家の当主、なんて言い方をするからピンと来なかったんだよ。あれだろ、イムルフ少年の叔父さん。勿論、覚えているって」
イムルフ少年は六大部族サルート家の新当主である。そして彼の叔父さんのレフドさんは、ハレトニェート家の当主なのだ。
僕とティトゥは、二人がオアシスの町ステージにやって来た時に、彼らと会って話をしている。(第十章 砂漠の四式戦闘機編 その5 マントの集団 より)
『本当かしら? 怪しいものですわね』
「そ、そんな事より、下にレフド叔父さんがいる訳? ホント? ――ああ、あれか。ていうか、ティトゥは良くあれがレフド叔父さんだって気付いたね」
中庭でこちらを見上げる数名の騎士。そのうちの一人は、確かに見覚えのある顔――だよね? 見覚えのある顔のはずだ、多分――だった。
いや、本当にティトゥは良く気付いたな、コレ。
驚く僕にティトゥは何だかしみじみと呟いた。
『同じ苦労をした者同士。決して忘れるはずなんてないですわ』
ふぅん、そう。あれ? 君達ってそんな経験してたっけ? 全然記憶にないんだけど。(※してます。第十章 砂漠の四式戦闘機編 その8 左利き 参照)
ティトゥはモニョる僕をせっついた。
『それよりそろそろ降りて頂戴。いつまでこうしてグルグル回っているつもりなんですの?』
「ハイハイ。安全バンド――は、もう締めてるね。じゃあ着陸するよ」
僕は高度を下げると可動翼片を展開。いつものように海軍式三点着陸でギルド本部の中庭に着陸したのであった。
エンジンを止めると、件の騎士達が僕に近付いて来た。
あれがレフド叔父さんなら、多分、護衛の騎士達も見た事がある人達なんだろうけど・・・流石にそこまでは覚えてないかな。ゴメン。
『久しぶりだな、ナカジマ殿。それにハヤテも。本当にこの国に来ていたんだな』
おおっ。顔は微妙に覚えてなくても、この男らしいイケボは忘れるはずもない。
ティトゥが見つけたレフド叔父さんらしき人物は、やっぱりレフド叔父さん本人だったようだ。
『ごきげんよう。ステージの町で会って以来、一年ぶりですわね』
「・・・・・・」
おっと、いけない。叔父さんの声に聞きほれてたら、ティトゥに睨まれてしまった。
『ゴキゲンヨウ』
ティトゥは機嫌を直すとレフド叔父さんに向き直った。
『今日は何のご用事でいらしたんですの? こんな所で会うなんて偶然ですわね』
『何の用事って、何を言っておるのだ?』
レフド叔父さんはヒゲ面を歪めて苦笑した。
『水運商ギルドの使いに連絡を頼んでおいたはずだぞ。だからそちらも来たのではないのか?』
『えっ? それってどういう意味なんですの? 私達は王城からいらっしゃる責任者の方とお話をするために――って、ええっ?! まさか責任者って?!』
レフド叔父さんは大きく頷いた。
『そうだ。俺がその責任者だ』
ティトゥと僕は、驚きに声を失ってしまうのだった。
今日、ティトゥが会う事になっている、王城からやって来た責任者。
なんとそれは懐かしのレフド叔父さん、その人であった。
いやいや、そんなの分かる訳ないって。ていうか、叔父さんってハレトニェート家のご当主様だよね? そんな偉い人がこんなお使いみたいな事をしてていいの? それにそっちは今それどころじゃないはずなんじゃない?
『そちらは今、ベネセ家との戦っている最中ですわよね? 指揮官のあなたが部隊を離れていても大丈夫なんですの?』
そうそれ。レフド叔父さんは、サルート家を中心とする、連合軍の総司令官なのである。
ベネセ家との戦いが大詰めを迎えているという今、こんな場所で呑気に僕達と話をしている余裕なんてないはずなのだ。
ティトゥの(そして僕の)最もな疑問に対し、レフド叔父さんは小さくため息ついた。
『確かに言う通りだ。指揮官は前線にいるべきで、こんな後方にいて良いものではない。――本当に俺はなぜこんな所にいるんだろうな』
『ご当主様・・・』
叔父さんの呟きに、護衛の騎士達が沈痛な面持ちを浮かべた。
『何か事情がおありのご様子ですわね』
『あの、ナカジマ様。こんな場所で話をするのもなんですので』
ああいたの? ジャネタお婆ちゃん。らしくもなく大人しくしているから、気付かなかったよ。
流石のジャネタお婆ちゃんも、六大部族の当主の前ではいつものようにはいかないらしい。
ティトゥは一度僕を振り返ったが、このまま中庭で込み入った話をするのもどうかと思ったようだ。
『そうですわね。お話の続きは中で伺いますわ』
『それもそうだな。ではハヤテ、またな』
『サヨウデゴザイマスカ』
こうしてティトゥとレフド叔父さんは、ジャネタお婆ちゃんの後に続いてギルド本部へと入って行ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
いつもの応接室に通され、ジャネタが部屋を後にすると、レフドはティトゥに自分の置かれている立場を説明した。
(そんな事になっていたんですのね。ていうか、これって他国の貴族の私が聞いてもいい話なんですの?)
ティトゥが困惑するのも無理はない。
実際、レフドの護衛の騎士達も、時には顔色を変え、時には「ご当主様、流石にそれは」「ご当主様、それではいらぬ誤解を招くかもしれませんので」とフォローを入れたりと、終始ハラハラし通しの様子だった。
ティトゥとしては、彼らの慌てふためく様子が気になり過ぎて、話の内容が頭に入って来ずに困ったくらいである。
それでもここまで聞いた話を、彼女なりに理解した所では――
(カルーラから聞いていた話よりも、随分と悪化している様子ですわ)
そう。小叡智カルーラが、叡智の苔の希望を叶えるために、王城を出てから一ヶ月と少々。
どうやらその間に、連合軍内部の軋轢は更に広がっていたようである。
(何だかいたたまれませんわね)
ティトゥにとって、レフドとの出会いは、正直、あまり印象の良いものではなかった。
しかし、彼がハヤテに挑んで敗れ、更にはその夜、(半ば自業自得とはいえ)ハヤテの酒癖の悪さの被害に遭ってからは、同じ迷惑を被った者同士。奇妙な連帯感を感じるようになっていた。
そんな彼が苦悩している姿を見るのは、正直、彼女にとってもしのびなかった。
だからティトゥが言った言葉は、社交辞令でも何でもなく、彼女の本心から出たものだった。
「何か私とハヤテでお手伝い出来る事があればいいんですけど」
その言葉にレフドは疲れた顔を上げると、「いいのか?」とティトゥに尋ねた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ティトゥがギルド本部から出て来た。その後ろにレフド叔父さん達も続いている。
もう終わったの? 意外と早かったね。
ティトゥは僕の前で足を止めると、珍しく神妙な顔つきでこちらを見上げてお願いした。
『ハヤテ。これからベネセ領まで飛んでくれないかしら?』
ベネセ領? どういう事?
次回「四面楚歌」




