その14 砂漠の盗賊団(仮)
水運商ギルドの本部にジャネタお婆ちゃんを尋ねに行ったその翌日。
僕は水運商ギルドが編成した隊商の護衛を行うべく、ティトゥ達と打ち合わせを行っていた。
『それで隊商の護衛と言っても、具体的にどうするつもりなんですの? ずっと隊商の上空をグルグル回っている訳じゃないですわよね?』
「う~ん、流石にそれだと燃料がもたないかなあ」
ティトゥの言葉に僕は苦笑した。
「隊商の通る道は決まっているんだよね。だったらそこを見張って、怪しいヤツらがいないかチェックすれば大丈夫なんじゃない?」
幸いな事に隊商の通り道は見晴らしの良い砂漠である。そして隊商の人数は三十人以上(護衛の人数を含む)との話だ。
それだけの人数を襲撃する以上、襲撃者はそれ以上の大人数で動いているのは間違いない。
空から見下ろせば、見落とす事などまずあり得ないだろう。
「隊商にも護衛は付いている訳だし、その襲撃者さえ排除出来れば差し当たり問題は無くなるんじゃないかな」
全ての脅威に対抗するためには、常時隊商に張り付いている必要がある。
僕だけならともかく、ティトゥにそんな生活をさせる訳にはいかない。
もしも日焼けして真っ黒になった顔でナカジマ領に戻ったりしたら、代官のオットーが驚きで卒倒してしまうだろう。
申し訳ないけど、襲撃犯以外の危機には自分でなんとかして貰うしかない。そもそも彼らはそのためにお給料を貰っている訳だし。
僕の言葉に、カルーラはうんうんと頷いた。
『ハヤテ様の言う通り』
『でしたらカルーラ、早速、私達と一緒に隊商の通り道を――って、あっ』
ティトゥはカルーラの申し訳なさそうな顔を見て、途中で言葉を飲み込んだ。
「そうだね。確かにカルーラには一緒に来て貰って道案内をして欲しい所だけど、カルーラって乗り物が苦手だから」
そう。カルーラは僕に乗るのを苦手としているのだ。
そんな事で良く長い船旅なんて出来たなもんだなと思ったけど、どうも船は別らしい。
というよりも、僕に乗るのだけがダメなんだそうだ。
なんで飛行機だけ・・・って、そういやアメリカ映画の特攻野郎チームにもそんなキャラがいたっけか。
『そもそも、隊商道がどこを通っているかなんて知らない』
それ以前の問題だった。
そりゃまあ、カルーラは貴族のご令嬢なんだから、隊商道なんて知らなくても当たり前か。
『けど、エドリア(カルーラの兄。カズダ家の当主)なら知ってるかも』
『それでもいいけど、水運商ギルドの隊商の事なんだから、水運商ギルドに聞けばいいんじゃない?』
カルーラは『確かに』と、ハタと手を打った。
早速彼女はテントの外の使用人達に声を掛けた。
『誰か大通りの別宅(※カズダ家の先々代当主が建てさせた屋敷。現在は水運商ギルドに貸し出され、ギルド支部として使用されている)まで使いに行って頂戴』
『それならば私が!』
勢い込んで名乗りを上げたのは、二十代半ばの青年だった。
さっきから妙にティトゥを熱っぽい眼差しで見て来るので、少しだけ気になっていた男だ。
僕が密かに警戒していると、ティトゥは男の顔を見て、『あっ』と驚きの声を上げた。
何、ティトゥ? 知ってる男なの?
『あなた、確か塩切手の――』
『はい! 覚えていて下さいましたか! あの時は本当に助かりました。おかげで昨年の秋、どうにか妻と結婚する事が出来ました!』
あっ! 思い出した!
ジャネタお婆ちゃんの悪辣な相場操作によって大暴落した塩切手。あの時、大損して泣き崩れていた使用人。あの時の男だ。
確か彼の損失分はティトゥの儲けから補填されたという話だったけど、そうかそうか。あの時の使用人がこの青年だったのか。
『結婚されたんですのね。おめでとうございますわ』
『ありがとうございます。結婚資金のためにと手を出した塩切手で、まさかあんな事になってしまうとは。危うく妻の両親から婚約を無かった事にされる所でした』
どうやら彼は、付き合っていた彼女との結婚資金の不足分を塩切手の儲けで補おうと手を出した所、突然の大暴落で危うく貯金を全て失う所だったそうだ。
このままだと彼女の両親からも見限られ、婚約の破棄を言い渡されるかもしれない、と絶望していた所をティトゥに救われたらしい。
なる程。どうりで熱のこもった目でティトゥを見つめる訳だ。彼にとっては正にティトゥは救世主。婚約者との破局を防いでくれた大恩人な訳だからね。
『これに懲りたら良く分からない儲け話には手を出さない事ですわね』
『・・・妻にもそう言われました』
青年はバツが悪そうにしながら頭を掻いた。
まあ、パッと見、いかにも真面目そうな青年だし、あの時は結婚資金を溜めるために焦っていたんじゃないかな? 知らないけど。
『お待たせしました』
塩切手青年に、水運商ギルドの支部に使いに行って貰ってからしばらく。テントに現れたのは、なんとギルド支部長のマイラスだった。
ティトゥもまさか支部長自らが来るとは思わなかったのだろう。驚きの顔で彼を見つめた。
『私は道案内を頼んだだけですのよ? なんで支部長のあなたが来るんですの?』
『部下に任せて、ナカジマ様に何か失礼があってはいけませんので』
マイラスはそう言うと慇懃に頭を下げた。
まあ確かに。カルーラはこのオアシスの町の領主の娘だし、ティトゥは外国の貴族家の当主だ。支部長が出て来てもおかしくはないのかもしれないけど・・・。隊商道の案内だけしてくれればそれでいいんだよ?
『というか、隊商道の場所を知ってるんですの?』
『勿論です。流石に専門の案内人のようにはいきませんが、今までに何度も通って来た道ですから』
ティトゥは困り顔で僕に振り返った。
「そこまで言うんならいいんじゃない? 僕達の方でも別に詳しい専門家を必要としている訳じゃないんだし」
『――と言ってますわ。じゃあ乗り込んで頂戴。そちらの準備が出来ているなら、このまま出発しますわ』
『それなら大丈夫です。それではハヤテ様、よろしくお願いします。――うわっ!』
「ギャウ?(誰?)」
マイラスは操縦席に乗り込もうとした所で、突然顔を出したファル子に驚きの声を上げた。
そういやファル子達は操縦席の中でお昼寝していたんだっけ。あまりに静かだったのでうっかり忘れてた。
『ファルコ。パパとママは今からお仕事ですわ。あなたはカーチャと一緒にカルーラの家でお留守番をしてなさい』
『ハヤブサ、ファルコ、おいで。一緒に家で冷たい果物を食べよう』
「ギャウー!(イヤー!)」
「ギャーウ(う~ん、僕はそれでもいいかな)」
「ギャ・・・ギャウッ?(イヤ・・・えっ?)」
ハヤブサはヒラリと操縦席から降りると、素直にカルーラに抱っこされた。
『ほら、ファルコもおいで』
「・・・ギャウ(※いかにも渋々といった感じの鳴き声)」
ファル子は釈然としない様子ながら、ハヤブサと離れるのがイヤだったのか、渋々操縦席から飛び降りた。
「ギャウギャウ?(何よアンタ、その人の事が苦手だったんじゃないの?)」
「ギャウー(別に嫌ってはないよ。構われ過ぎてちょっと疲れただけ)」
『カルーラ、ファルコ達の事をお願いしますわ。くれぐれも二人を構い過ぎないようにお願いしますわね』
『分かってる。節度は守る』
どうやら僕の知らない所でティトゥからカルーラに何かアドバイスがあったようだ。
カルーラはハヤブサをそっと抱きかかえたままフンスと頷いた。
『じゃあカーチャ、行ってきますわ』
『お気を付けて』
ティトゥはメイド少女カーチャに頷き返すと、操縦席に乗り込んだ。
『前離れー! ですわ!』
「「ギャウギャウー!(パパ、ママ、行ってらっしゃーい!)」」
僕はエンジンを始動すると広場を疾走。タイヤが地面を切るとオアシスの上空へと舞い上がったのであった。
その集団を発見したのは、二度目の偵察飛行の時だった。
ラクダ連れの四十人程の人間が、丘の上で待機していたのだ。
彼らを見つけた途端、マイラスの顔がハッと強張った。
『・・・あの丘のすぐ下には、丁度隊商道が通っています。仮に休憩をしているとしても、わざわざあんな所まで登る必要はありません』
『じゃあ、あの人達が?』
ティトゥの言葉にマイラスは『その可能性は高いかと』と頷いた。
『あれが盗賊団・・・。じゃあこれからやっつけてしまいますの?』
「えっ? 疑わしきは罰するって事? 今はまだ”その可能性が高い”ってだけなんだよね? いくらなんでもそれって乱暴過ぎない?」
『だったらどうするんですの? あそこに降りて彼らが何者か問いただしてみるとか?』
う~ん。残念ながらそれはちょっと難しいかな。
この辺はゴツゴツとした岩が飛び出していて、パッと見、僕が着陸出来そうな広い空き地が見当たらない。
ていうか、そもそも、盗賊団と疑わしい相手がいる場所に、ティトゥを乗せて着陸するなんてしたくないんだけど。
黙り込んでしまった僕達にマイラスが提案した。
『幸い、今の所隊商はまだずっと先を移動中です。それならば一度、ステージの町に戻って、援軍を呼んで来るというのはいかがでしょうか?』
『それって間に合うんですの?』
『ハヤテ様の速度であれば・・・ギリギリの賭けにはなると思いますが』
だったらグズグズ迷っている時間はない。拙速は巧遅に勝る、だ。
「ティトゥ」
『りょーかい、ですわ! ハヤテ、行って頂戴!』
僕は翼を翻すと水平方向から二分の一ロール。背面飛行に入った直後に急下降。そのまま機体を水平に戻すと、先程とは真逆の方向へと進路を変えた。
飛行機の代表的な空中機動、スプリットSである。
『ヒイイイッ!』
あっ、いけね。
最近だとティトゥも僕の機動に慣れていたから、このくらいなら当たり前にやってたけど、飛行機初心者のマイラスには刺激が強すぎたようだ。
『ゴメンネ』
『だだだ大丈夫です。少し驚いただけでして』
マイラスは座席の背もたれにしがみつきながら、ガクガクと頷いた。
思わず申し訳ない気持ちで一杯になるけど、今は人の命がかかっている状況だ。時間優先で。
『トバスヨ』
僕はそのままエンジンをブースト。ハ45誉エンジンが唸りを上げる同時に、機首周りに伸びた推力式単排気管が耳をつんざく爆音を上げる。
発動機取付架の鋼管が、増大したエンジンの振動を抑えきれずにギシギシと軋み音を上げる。
操縦席の中にまで、焼けたオイルの匂いが漂って来る。
僕はカウルフラップを展開。空気抵抗は増してしまうが、そこはトレードオフ。これでエンジンの冷却効率を上げられるはずである。
ゴオオオオオオ!
僕は轟音を上げながら、一路、オアシスの町ステージを目指して飛ぶのであった。
次回「襲われる商人」




