その3 今度こそ再びチェルヌィフへ
長らく滞在していた聖国から、ナカジマ領に戻って来てから今日で三日目。
あの後、ティトゥは驚異的な頑張りを見せ、溜まりに溜まっていた仕事をどうにか片付ける事に成功していた。
そう。ティトゥは頑張ったのである。
・・・実際は事情を汲んだ代官のオットー達によって、「最低限これだけは」という仕事だけ選んで貰ったのが大きかったみたいだけど。
あれ? それって本当に頑張ったのはオットー達なのでは?
いやいや、それでもティトゥだって頑張ったのだ。良くやったねティトゥ。
といった訳で、今日はいよいよチェルヌィフに向けて出発する日。
とは言っても、今もティトゥは屋敷の執務室でオットーとユリウスさんの監視の元、ギリギリまで仕事をさせられているんだけど。
僕がテントの外でボンヤリとパートナーを待っていると、長い灰色の髪をストレートにした少女が庭に出て来た。
「飛行機さんおはよう」
流暢な日本語で声を掛けて来たのは、遠くチェルヌィフ王朝から世界の危機を知らせにやって来た、小叡智姉弟の姉、カルーラである。
カルーラは胸の前で薄緑色のリトルドラゴン、ハヤブサを抱きかかえている。
ていうか、この子って見る度に毎回ハヤブサを抱いているんだけど。
ハヤブサは、姉のファル子と違って、人に抱っこされる事をイヤがったりはしないのだが、流石にげんなりしている様子だ。
変な苦手意識とか出来なきゃいいけど。
どうもカルーラは、好きなものを好き過ぎるというか、愛情がやや行き過ぎるきらいがあるようだ。
この子には、あまり子供達を構わないように、それとなくお願いしといた方が良いのかな?
「おはようカルーラ。今日はいよいよチェルヌィフに向けて出発だけど、準備の方は大丈夫?」
「問題無いわ。と言っても、私の方の準備は全部ここの屋敷の人達にして貰っているんだけど。この屋敷の使用人達は、ホントにみんないい人ね」
カルーラは日頃はちょっと言葉足らずな不思議ちゃん、といった感じだが、なぜか日本語の時には、いかにも年相応の女の子、といった喋り方になるのである。
「そう。君が困っていないなら良かったよ」
「全然。困ってる事なんて何もないわ。――あ~けど、ベアータが作るご飯が美味し過ぎて困っていると言えば困ってるかしら。あの子ってどれだけ色んな料理を作れるの? しかもどの料理も美味しいから、ついつい食べ過ぎちゃうのよね。良くティトゥはこんな食事をしていて太らないわね」
そう言えば、カルーラは以前に来た時も、お腹が一杯になって動けなくなるくらい食べてたっけ。(第八章 王朝からの来訪者編 『その8 ドラゴンメニュー』より)
僕のもの言いたげな視線を感じたのだろうか。カルーラは胸の前に抱いていたハヤブサをさりげなく下に下げて、自分のお腹周りが見えなくなるように隠したのだった。
そんな感じでカルーラと話をしていると、ようやく僕のパートナーが姿を現した。
ティトゥはいつもの飛行服姿。連日の仕事が余程堪えたのだろう。輝くような美貌は日頃の数割減で、ゆるふわの髪の毛も心なしかしぼんでいるようにも見えた。
そのティトゥの足元にはいつも元気なファル子が。そして二人の後ろからは代官のオットーとメイド少女カーチャ、それと鍛冶屋のドワーフ親方が続いた。ていうか、何で親方までいるの?
「ティトゥ、お疲れ様。仕事が無事に片付いて良かったね」
『今回は本当に酷い目に遭いましたわ。世界の危機だと言うのに、なんでみんなそれが分かってくれないのかしら。全くどうかしてますわ』
ティトゥはすっかりやさぐれてしまった目で、恨めし気にオットーを睨み付けた。
オットーはティトゥの恨み節を完スルー。使用人達にテキパキと指示を出した。
『お前達、そこの荷物をハヤテ様に積み込むんだ。ハヤテ様、荷物を入れるための樽を出して貰って構わないでしょうか?』
『ヨロシクッテヨ』
僕がハードポイントに樽増槽を出すと、使用人達が荷物をその中に詰め込み始めた。
じゃあ作業が終わるのを待っている間に、ドワーフ親方に挨拶でもしとこうかな。
『オヤカタ オハヨウ。キョウハ ドウシタノ?』
『おはようございます、ハヤテ様。ご当主様がハヤテ様と俺達の国に行かれると聞いた物で、届け物を持って来がてら、見送りをさせて頂こうかと思いまして』
『トドケモノ?』
『それでしたらこちらになります』
僕達の話を聞いていたメイド少女カーチャが、ポケットから何かを取り出した。
大きさは大きめの手帳? 木の板の表面に金属を張り付けたもののようだ。金属板の表面にはどこかで見たような紋章が。そして裏(木の部分)にはいくつかの単語――多分、人の名前――が書き込まれている。
あっ、思い出した。この紋章って確か――
『ギルドノ モンショウ?』
『左様で。コイツはウチのギルド――水運商ギルドが発行している手形です。コレはその中でも最高金額の物となります。ワシがこの国に向かう際に、ルボルト様の所の執事のホンザ様からお預かりした物でして』
ルボルト様、という名前に、ティトゥがイヤそうに眉をひそめた。君はあの人の事を苦手にしているからね。
ルボルトさんは、チェルヌィフの六大部族の一つ、サルート家の先々代の当主で、僕達が巨大オウムガイネドマと戦いを繰り広げたチェルヌィフ最大の港町、デンプションの港町の代官をしていた人である。
どうやらこの板は、ドワーフ親方が向こうを出発する際、執事のホンザさんから渡されたものらしい。
『手形とは言っても、この額になると実際に使えるようなシロモノではないんでして。どっちかと言えば信用証、いや、身分証のような物と思って頂いた方が良いですな』
どういう事?
ドワーフ親方の説明によると、なんでもこの手形一枚で王都の貴族の屋敷が丸ごと一軒、余裕で買えてしまうのだそうである。それはスゴイね。
それ程の高額な手形なので、盗難防止として渡した人間と受け取った人間の名前が、裏の木の部分に記入されているとの事である。
そしてもし、この手形を現金化しようと思ったら、その名前の人達に問い合わせをしなければいけないのだそうだ。
セキュリティー上、仕方がないのかもしれないけど、電話もネットもない世界でそれって不便なんじゃない? と思ったら、実際に不便なので、基本的には手形としては使われないんだそうだ。
じゃあ一体、何のためにこんな物があるのかと言うと、そんな高額な手形を持っているのはよっぽどの立場の人――つまりは大貴族やとびっきりの豪商、ないしは、そんな人達とのつながりが深い人物。つまりは、この手形を持っているだけで、その人は大物という証明になるのである。
『つまり、コイツを持っている者は、取引先として信頼出来る相手、という事になる訳ですな。実際、この手形にはルボルト様の名前と、デンプションの水運商ギルドのデミシャン様の裏書きがされております。言い換えれば、この手形を持つ者は、このお二人から保証されているも同然、とも言える訳ですわ。勿論、いざとなれば現金化も出来るので信用もバッチリです。この大陸中捜しても、こいつを見せて金を貸さない商会は、どこにもないでしょうなあ』
『そんな大事な物を私達に渡したりして大丈夫なんですの?』
ティトゥは不安そうに尋ねた。
どうやら彼女も詳しい話は聞かされていなかったようだ。あるいは単に仕事が忙しくて適当に聞き流していたのか。
ドワーフ親方は豪快にガハハと笑った。
『それでしたらご心配なく。ワシの方は仕事が軌道に乗ったので、もうコイツは必要ではありませんから。むしろこんな大層なシロモノが手元にある方が落ち着かないくらいでして。丁度、ご当主様がチェルヌィフに行かれるとお聞きしましたので、だったらホンザ様にお返しするついでに、そちらの旅の途中に便利に利用して頂ければ、などと考えた訳ですわ』
後でメイド少女カーチャから聞いた話では、実はオットーの方からドワーフ親方に相談があったようだ。
前のチェルヌィフへの旅の時には、僕達はチェルヌィフ商人のシーロから、身分証のようなものを預かっていた。
そのおかげでティトゥは旅先で困る事はなかったのだが、オットーは、今回もそのような物あれば助かるのだが? と親方に相談したそうだ。
親方はオットーの話を聞いて、だったら丁度良い物がある、とこの手形の事を説明したそうだ。
オットーは僕達に振り返った。
『という訳で、チェルヌィフに着いたら、デンプションのサルート家の屋敷にも立ち寄って下さい』
『サヨウデゴザイマスカ』
『ええ~。まあ仕方がないですわね』
ルボルトさんを苦手としているティトゥはイヤそうに顔を歪めたが、手形の有難さは理解したらしく、渋々納得した。
『それじゃあ出発ですわ! さあ、カルーラ。ハヤテに乗って頂戴!』
『ううっ・・・分かってる。私はハヤブサのお姉ちゃんだから頑張る。頑張れる』
「ギャーウー(カルーラは僕のお姉ちゃんじゃないんだけど)」
カルーラはハヤブサをギュッと抱きしめると、覚悟を決めて操縦席に乗り込んだ。
おっと、エンジンをかける前に樽増槽をしまっておかないと。僕は使用人達が離れた事を確認すると、増槽を謎空間に収納した。
ティトゥが操縦席に座ると、彼女に飛びつくようにファル子が。そして最後にメイド少女カーチャが乗り込んだ。
『前離れー! ですわ!』
「ギャウー!(離れー!)」
『ご当主様、お気を付けて! ハヤテ様、よろしくお願いします!』
『ヨロシクッテヨ』
屋敷の庭にハ45誉のエンジン音が軽快に鳴り響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
港町ホマレ。ドラゴン港から続く大通りは、いつも多くの人で賑わっている。
そんな人混みをかき分けるようにゆっくりと進む三台の馬車。
ティトゥよりも一足早く、船でランピーニ聖国レブロン港を出発した、ナカジマ家の使用人達の乗る馬車である。
彼らはようやく船が港に到着したので、これから屋敷に戻る所であった。
三台の中でもひと際豪華で人目を引く大きな馬車。その車内にいるのは、若いメイドの女性。
聖国からの押しかけメイド、モニカであった。
「ふう。それにしても、たったの一月程で三伯の懐に入り込み、見事に同盟をまとめ上げてしまわれるとは。本当にあの人達は規格外ね。こんな偉業、竜 騎 士のお二人以外には決して成し遂げられないでしょうねえ」
人目がないせいだろう。モニカは日頃の彼女からは想像もつかない上機嫌さで呟いた。
ついつい笑みがこぼれてしまう程、今回の旅は、竜 騎 士のファンである彼女にとって有意義なものであった。
「こうして思い出すだけでも心が躍って仕方がないわ。出来れば毎回ハヤテ様とご一緒したいくらいだけど、ハヤテ様のイスは二つしかないし、今はファルコ様達もいるから仕方がないわね」
モニカとしてはいつもハヤテ達と同行して、二人の活躍をずっと間近で見ていたい所だが、四式戦闘機・疾風の操縦席は単座、すなわち一人乗り。
今は胴体内補助席を取り付けて、どうにかもう一人乗れるようにはしているものの、流石に毎回同行するのはムリがある。
時々一緒に連れて行って貰えるだけでも我慢するべきだろう。
「「「おお~っ!」」」
その時、馬車の周囲でどよめきが上がった。
何気なくモニカが窓の外を見ると、何人かが立ち止まり、驚きの表情で空を見上げている。
彼等の視線の先、良く晴れた青空を見上げると――
「あれはハヤテ様。先に戻っていたのね」
そこには青い空を悠々と舞う大きな翼。ドラゴン・ハヤテの姿があった。
先程声を上げたのは、最近、他の土地から来た者達だったのだろう。町の者達は慣れたもので、チラリと空を見ただけで、いつもの生活に戻っていた。
「何処に向かわれたのかしら? 昨年末からひと月以上も領地を空けていたし、各村の視察か何かかもしれないわね」
モニカは空に消えて行くハヤテの姿を見つめながら、そんな事をボンヤリと考えていた。
この時、彼女は忘れていた。
いや。決して忘れてはいなかったはずだが、気が緩んでいたせいで、ついうっかりしていたのである。
竜 騎 士は普通じゃない。
そう。モニカが馬車の中で聖国での竜 騎 士の活躍を思い出し、過去の喜びに浸っている間に、当のハヤテとティトゥは、もうそんな事は忘れたと言わんばかりに次の事件に向けて突き進んでいたのである。
しかし、モニカを迂闊と言うのは、あまりに彼女に気の毒というものだろう。
モニカがハヤテ達から目を離していたのは、聖国からミロスラフ王国まで船で戻って来るまでの四日間。
そのたったの四日で、世界を股に掛ける大事件に巻き込まれる竜 騎 士達のスピード感の方がどうかしているのである。
今のモニカは何も知らない。
ハヤテ達がどこに向かったのかも、この後自分がどんな思いをする事になるのかも。
モニカは、幸せな気持ちのままティトゥの屋敷に到着した。
そして代官のオットーから全てを聞かされ、昨年のチェルヌィフ行きの時と同じく、再び自分が置いて行かれた事を知ると、ショックで膝から崩れ落ちるのであった。
次回「隣国のミロスラフ王」




