その22 黒龍の鎧 《ドラゴンメイル》
僕達は船乗り達から死の島と呼ばれている小島の調査を終えると、レンドン伯爵家の屋敷に降り立った。
ババババ・・・
エンジンを切ってプロペラを止めると同時に、桜色の子ドラゴンが操縦席に飛びついた。
「ギャウ! ギャウ!(パパ! パパ! ママ! ママ!)」
ファル子は必死になって風防をガリガリと引っ掻いている。
『ファルコ! パパを引っ掻いてはダメですわよ!』
ティトゥが風防を開けて中に入れてやると、ファル子は慌ててティトゥに抱き着いた。
もう一人のリトルドラゴン、ハヤブサはと言うと、聖国メイドモニカさんに抱きかかえられたまま、こちらを見上げていた。
「ギャーウー(パパ、お帰り)」
『お帰りなさいませ、ナカジマ様、ハヤテ様。バルガス島の調査の方はいかがでしたか?』
バルガス島? なんでモニカさんが調査の事を知ってる訳? と思ったら、彼女の後ろには人の良さそうな初老の男性が立っていた。
レンドンの港町に店を構える大店の店主、フェブルさんである。
どうやら彼女は彼から事情を聞いたようだ。
それはそうと、ティトゥに結果を聞いちゃうか。
僕が止める間こそあれ。ティトゥは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの渾身のドヤ顔を浮かべた。
『勿論、大成功ですわ! このレンドン伯爵家に代々伝わる相伝の鎧、黒龍の鎧! 私とハヤテが見事見つけて参りましたわ!』
この場に集まっていた屋敷の人達から、驚きと戸惑いの声が上がる。
あ~あ、やっちゃった。だから何で君はそう自信満々なのかな。
そりゃあまあ、彼女に向かって、『多分、これが黒龍の鎧じゃないかと思う』なんて言っちゃった僕が悪いんだけどさ。
ティトゥの言葉に、レンドン伯爵家の人達は顔を見合わせた。
『黒龍の鎧が見つかっただと? ま、まさか?』
『父上、もしもそれが本当なら・・・』
『お母様、みんな何をこんなに騒いでいるの?』
『無くなったと思っていた大事な鎧を、あの人がドラゴンと一緒に見つけてくれたんですって』
『ファルコのパパドラゴンが? パパドラゴン凄い!』
彼らの反応は、驚き半分、胡散臭さ半分、期待少々といった所か。
後で聞いた話だが、以前、黒く塗った鎧の欠片を持って来て、「これは私がバルガス島から命がけで持ち帰った品です。実は私だけが知っている、島に渡るための秘密の抜け道がありまして」などと言葉巧みに調査のための資金を出させようとした者がいたんだそうだ。
それって、詐欺師の話なんじゃない? と思ったら、正真正銘、詐欺師の話だったらしい。
『それでその人はどうなったんですの?』
『無論、首を刎ねたに決まっている。本物の黒龍の鎧を知っていれば、そやつの持って来た欠片が偽物である事は一目瞭然だったからな。ニセの相伝の鎧の話で、俺から金をだまし取ろうとしたのだ。当然だろう』
男はその場で即座にお縄になって、死刑が宣告されたという。
というか、これって実は僕達も結構ヤバかったんじゃない?
勿論、ティトゥにレンドン伯爵を騙すつもりなどさらさら無いのは言うまでもない。
しかし、あそこまで堂々と『黒龍の鎧を見つけて来た!』と言い切ってしまった以上、もし、僕達が持ち帰った鎧が黒龍の鎧じゃなかった場合、彼らの目には僕達もその詐欺師と同じに映るに違いない。
いやまあ、流石に他国の領主の首を刎ねたりはしないと思うけど。
そもそも、僕とティトゥは、そしてトレモ船長二号こと番頭のハントも、本物の黒龍の鎧を知らないのだ。
たまたまあの島でティトゥが見つけた鎧が、状況的にもそれっぽかったから、黒龍の鎧じゃないかと考えただけなのである。
『ハヤテ。樽増槽を出して頂戴』
「了解」
翼の下に樽増槽が現れると、周囲から大きなどよめきが上がった。
『な、ナカジマ殿! 今のは?! その樽は一体どこから現れたのだ?!』
『さあ? ハヤテにも良く分からないようですわ』
ティトゥは樽増槽の蓋を開けると、上半身を突っ込んだ。
『よいしょ、こらしょ』
鎧の入った箱の角が当たっているのだろう。中からガツンガツンとイヤな音がする。
大事な鎧にもしもの事があってはと、レンドン伯爵の額に冷や汗が浮かんだ。
『あ、あの、な、ナカジマ殿。よ、良ければこちらで取り出させて貰うが・・・』
『もう出ましたわ』
そう言ってティトゥが取り出したのは一抱え程の木箱。
元は白木の箱だったのかもしれないが、長年土に埋められていたためにすっかり薄汚れている。
汚い箱にレンドン伯爵の眉間に皺が寄ったが、箱の中身を見てハッと顔色を変えた。
『そ、それは・・・。い、いや、間違いない。汚れているが確かに・・・』
箱に入っているのは黒い塊。
レンドン伯爵は震える手をゆっくりと箱に差し入れ、丁寧にそれを取り出した。
『ま、間違いない・・・これぞ我が家に伝わる黒龍の鎧。まさか、まさかこの目で再び見られる日が来ようとは・・・』
伯爵の声は歓喜に打ち震えていた。
レンドン伯爵の指示によって、使用人の手によって白いシーツが敷かれた。
伯爵は神妙な面持ちで一つ一つ丁寧に、鎧の部品を取り出してはシーツの上に並べていく。
伯爵家の子供達が、母親を見上げて言った。
『すごくボロボロね』
『これ』
その子が言うように鎧はボロボロだった。
いや、違う。ボロボロなのではない、つぎはぎだらけのせいで実際の損傷以上にボロく見えるのだ。
この鎧は実用品。今でこそ、新当主就任の際に儀礼用で使われるだけになっているものの、昔の当主はこれを着て戦場を駆け回っていたのだ。
戦いで破損したり傷を受けた箇所はその都度修復され、色を塗られ、次の戦いではまた別の場所が傷付き、今度はそこを修復する。
そうやって黒龍の鎧は、歴代の当主と共に激しい戦いを潜り抜けて来たのだろう。
いわばこの鎧は古強者。このつぎはぎだらけの姿は、その身をもって主の命を守り続けて来た証なのである。
『これが黒龍の鎧だと?』
長男のパトリチェフは微妙な表情で古い鎧を眺めていた。
後で聞いた話だが、黒龍の鎧が盗まれたのは今から約十年前。当時、成人前だったパトリチェフは一度も黒龍の鎧を見た事がなかったそうである。
『父上は以前、鎧職人に作らせた黒龍の鎧を本物と似ても似つかない物だと言っていたが・・・確かにその通り。何という奇妙な形をしているんだ』
パトリチェフの呟きに、何故かティトゥが満足そうな表情を浮かべた。
いや、君も最初にこの鎧を持って来た時、彼と同じような顔をしてたからね。
あの時、ティトゥは『見た事も無い形をしたボロボロの鎧を見つけましたわ』と言って、汚れた木箱を持って来た。
鎧は箱に入った状態で船の近くに埋められていたという。
『近くには、これを埋めた船員らしき骨も残っていましたわ』
「ふぅん。ちょっと見せて貰ってもいいかな?」
ティトゥは地面の上に箱の中身を取り出した。
『どうかしら? 随分と見栄えは悪いけど、古そうな鎧だし、黒い色なので、一応、念のために持って来たんだけど・・・』
「――こ、これは!」
地面に無造作に置かれた黒い鎧に僕は衝撃を受けた。
それは僕にとって見覚えのある形をしていたからである。
「ええっ?! どうしてこんな物がここに?! ・・・いや、レンドンに港が出来たのは大昔。五百年前の大災害よりも前だったと考えれば、何もおかしな事はない、のか? トレモ船長の島に稲作や養蚕が伝わっていた事実からも、こっちの世界にも日本や中国に似た文化の国があるのは分かっていた訳だし。だとすると・・・」
『ハヤテ。あなた何か分かったんですの?』
突然ブツブツと呟き始めた僕に、ティトゥが慌てて尋ねた。
僕は考えを纏めながら答えた、
「――僕の予想が正しければ、多分、これが黒龍の鎧じゃないかと思う。
黒く塗られた場所がまだら模様になっているだろ? きっと光沢のある黒塗りの部分が、この鎧の元々の色だったんだよ。この鎧の作りは、この国の鎧職人達にとっては馴染みのない技法だったんじゃないかな。日頃自分達が使っている顔料で塗ったために、こんな風に色がまちまちになってしまったんだと思う」
『ええっ?! これが黒龍の鎧ですって?! このボロボロの鎧が?!』
ティトゥの声に、黙ってこちらの様子を窺っていた番頭のハントも驚きに目を見張った。
『こ、これがレンドン伯爵家の黒龍の鎧?! 伝説の漆黒の騎士の鎧がこんな形をしていたなんて!』
『けど、ハヤテがそう言うのなら間違いないですわ!』
ハントは、信じられない、といった顔で鎧を見つめ、ティトゥは先程とは一転、自信満々の表情で頷いた。
『それでハヤテ、あなたはこれを知っているんですの?』
「ああうん。これは【胴具足】だと思う。僕の知っている物は日本の戦国時代に使われた甲冑で、こういう全身に統一感のあるタイプは、当時における今風の甲冑という意味で【当世具足】とか言われてたんじゃなかったかな?
レンドンは大昔から港町として栄えていたみたいだから、遠い外国から運ばれて来た物が、当時の当主に献上されたんじゃないかと思う。
黒い部分は漆塗り。けど、残念ながら漆の技術は伝わって来なかったようだね」
次回「当主の証」




