その16 煮え切らない反応
ここはレンドン伯爵家の屋敷の庭。
僕は一人でティトゥの帰りを待っていた。
カシャッ!
『おい!』
『す、スミマセン』
・・・そういや一人じゃなかったっけ。
僕は周囲をグルリと取り囲んでいる、騎士団員達を見下ろした。
どうやら新人っぽい若手の騎士団員が姿勢を変えた拍子に、持っていた槍が隣の仲間が構えていた槍に触れたらしい。
つまり、それだけ彼らが密集しながら僕に槍を突き付けているという訳で。
どうしてこうなった。
いやまあ、こんな大きな謎生物がいきなり自分達の守っている屋敷に空からコンニチワしたんだから、彼らが警戒するのも無理はないんだけどさ。
それにしたって流石にこれはやり過ぎなんじゃない?
君らの主人、レンドン伯爵家当主のミルドラドさんは、「警戒する必要はない」と言ったよね?
どうやら彼と彼の奥さん、それに五人の子供達は、王城の新年式で僕を見ていたらしい。彼らは、むしろ物珍しそうに僕を見上げていた。
とはいえ、誰も「乗せて欲しい」と言い出さなかったのは、式典が終わった後で儀仗兵の隊長が僕に撃墜された現場を見ていたからかもしれない。
当主のミルドラドさんは、事前にコルベジーク伯爵家の新当主ハルデンからこちらの訪問予定を聞かされていたようだ。
ハルデンが書いてくれた紹介状をティトゥからから受け取ると、快く話し合いに応じてくれた。
『こんな寒い場所ではなんですので、屋敷の中にどうぞ』
『お邪魔しますわ』
『では子ドラゴン達のお相手は私と子供達が致しますね』
『行こうファルコ!』
『ハヤブサも! 屋敷を案内してあげる!』
ティトゥはミルドラドさんと、ファル子達リトルドラゴンズ達とメイドのモニカさんは、ミルドラドさんの奥さんアンド子供達と一緒に。
それぞれ屋敷に案内されて行ったのであった。
カシャッ!
『おい! 貴様、いい加減にしろ!』
『す、スミマセン!』
新人の騎士団員君は、今度は別の仲間の持つ槍に触れて怒鳴られている。
彼の顔は緊張に青ざめ、今にも倒れやしないかと心配してしまう程だ。
ていうか、君らが密集し過ぎなのがそもそもの原因だと思うけど?
はあ・・・。ティトゥ、早く戻って来てくれないかな。
僕が落ち着かない雰囲気の中で待つことしばし。
ティトゥが使用人に案内されて屋敷から出て来た。
「おかえり。どうだった? 話し合いは上手く行った?」
『『『『『喋った?!』』』』』
僕の言葉に騎士団員達から大きなどよめきが上がる。
ティトゥは庭の様子をひと目見ると、不愉快そうな表情になった。
彼女は騎士団員達に下がるようにお願いした。
『しかし、我々には伯爵家の方々を守る責務があります!』
『それは分かっていますわ。だからと言って、私はこんな風にハヤテが武器を突き付けられているのを黙って見過ごす事は出来ません。大体、最初にレンドン伯爵は、ハヤテを警戒する必要はない、とおっしゃっていましたわ。あなたは伯爵の言葉を無視なさるんですの?』
『そ、それは・・・』
この部隊の隊長らしき男は、それでもしばらくの間渋っていたが、流石に自分達の主人の言葉を出されては反論出来なかったようだ。
彼は仕方なく、最低限の見張りとしてこの場に四人だけ残すと、残りの部下には自分達の持ち場に帰るように命令した。
団員達は一様に安堵の表情を浮かべると――特に例の新人君は溢れんばかりの笑顔を浮かべると――小走りで庭から去って行った。
『これでようやく落ち着いて話す事が出来ますわ』
ティトゥは僕の操縦席に乗り込むと、小さなため息をついた。
「その様子だと難航している感じ? 最初の印象は悪くなさそうに思えたけど」
そもそも、エルヴィン王子のお母さん、この国の第三王妃は、レンドン伯爵家の出身である。
彼女は今のレンドン伯爵家当主、ミルドラドさんのお姉さん。つまり、ミルドラドさんにとって、エルヴィン王子は姉の子供――甥にあたるという訳だ。
勿論、ミルドラドさんがお姉さんの事が大嫌いで、今でも恨みの感情を抱いているというなら話は別だが、モニカさん情報によると特にそういった事情もないらしい。
だったらすんなり協力してくれるんじゃないの? と、思っていたのだが――
『私も最初はハヤテと同じように考えていましたわ。けど、何と言うか、のらりくらりと躱されていると言うか、煮え切らない態度と言うか・・・』
ミルドラドさんと話をしてみると、彼も三侯がやたらと幅を利かせている昨今の王城に不満を抱いていたらしい。
中でも、オルバーニ侯が自分の甥である第二王子カシウスを強力に後押しして、第一王子エルヴィンをないがしろにしている件に関しては、耐え難い程の憤りを感じていたそうだ。
「それって好反応だったって事じゃないの? そこまで来れば、むしろ協力してくれない理由がないくらいだと思うけど」
『私もそう思ったんですわ・・・』
ティトゥもそう感じたのだろう。ミルドラドさんに協力を願い出た。
しかし、ここからであった。
ミルドラドさんは、言葉を濁したり巧みに論点ずらしをしたりと、急に煮え切らない態度を取り始めたと言うのだ。
「どういう事? 原因は分からないの?」
『私も彼に尋ねたんですわ。けど、どうやってもはぐらかされるばかりで』
事前に聞いていたモニカさん情報によると、レンドン伯爵家は武断派――どちらかと言えば体育会系のノリに近いそうだ。
とはいえ、そこは聖国という大国で、長年に渡って三伯の当主を務めて来た人間。
ミロスラフ王国という半島の小国の片田舎で育ったティトゥとは、圧倒的に積み重ねて来た経験値が違い過ぎた。
ティトゥ程度の話術では、彼の真意を引き出す事は出来なかった。
完全に手詰まりになったティトゥは、僕の様子を見て来るという理由を口実に、休憩を挟んで一度頭を冷やす事にしたんだそうだ。
『・・・とは言っても、これ以上、私がレブロン伯爵と話を続けた所で、どうにか出来るとは思えませんわ』
ティトゥは先程の話し合いですっかり自信をなくしてしまったようだ。
こんな時に限って、ラダ叔母さんがいないのが痛過ぎる。
「だったら、今日は用件を伝えに来たという事にして帰ってしまう? 別に絶対に今、返事を貰わないといけないって訳じゃないんだし。続きは後日、今度はラダ叔母さんに一緒に来て貰うって事でいいんじゃない?」
『・・・そうする方がいいのかもしれませんわね』
僕達の心は、今日は一旦諦める方向で纏まりかけようとしていた。
その時、護衛の騎士団員達から誰何の声が上がった。
『何者だ?! 庭には誰も立ち入るなと言われなかったのか?!』
慌てて振り返ると、男が二人、屋敷の中から出て来る所だった。
一人は人の良さそうな笑みを浮かべた初老の男。もう一人は彼の息子だろうか? 日本で言えば大学生くらいの真面目そうな青年。
初老の男が騎士団員の言葉に答えた。
『失礼致します。ドラゴンの事をご家令様にお尋ねした所、庭にいるので見学しても良いと言われたものでして』
『こ、これは、フェブル殿でしたか。こちらこそ失礼しました』
騎士団員達は慌てて彼らに道を空けた。
ええと、誰?
騎士団員達の態度からするとどこかの貴族――にしては服装がパッとしない。とはいえ、見るからに仕立てが良さそうだし、お高い服である事は間違いはない。
とするとお金持ち? 富豪? 察する所、この辺りの地主か豪商といった所だろうか。
『誰ですの?』
『! こ、これは失礼致しました。まさかドラゴンだけではなく、姫 竜 騎 士様までいらっしゃるとは』
どうやら彼はティトゥの事を知っているようだ。
男は深々と頭を下げた。
『先日は私達の馬車を盗賊団から助けて頂きありがとうございます。私の名はフェブル。このレンドンの港町で商会を営んでいる者でございます』
初老の男の名はフェブルさん。
レンドンの港町の目抜き通りに大きな店を持つ、この町でも指折りの商人だそうだ。
ふむふむ。大体僕の予想通りだった訳か。僕も結構、この世界の事が分かって来たみたいだね。
ティトゥは少し考える様子を見せた。
『馬車を助けた? ひょっとして、コルベジーク伯爵領での事ですの?』
『左様でございます』
フェブルさんの話によると、彼は知り合いの商人の葬儀に出るために、奥さんを連れて隣のコルベジーク伯爵領に行っていたらしい。
葬儀も無事に終了し、後は家に戻るだけ。
しかし、その帰り道となる街道で、彼の乗る馬車は二十人程の武装集団に取り囲まれてしまった。
『その窮地を救ってくれたのが、ミロスラフ王国のドラゴンだったという訳です』
ああ、あの時の馬車に乗っていた人だったのか。
僕とティトゥは若干の気まずい気持ちになった。
あの時、僕達は、山賊達に僕の存在がバレるのを恐れて、馬車を見捨てるかどうか悩んでいた。
結果としてはちゃんと助けた訳だが、こんな風に感謝されると何だか申し訳ない気持ちの方が先に立ってしまったのだ。
『そうでしたの。ご無事でなによりですわ』
『はい。おかげさまで』
ティトゥは無難な返事を返すに留めた。
さて、命からがら逃げ延びたフェブルさん達は、レンドンの港町に戻ると、早速情報をかき集めた。
そこで、あの襲撃者達はお隣の領地を荒らし回っていたトゥラグ山賊団だった事。そして、山賊達を蹴散らした謎の飛行物体が、ミロスラフ王国のドラゴンだった事が判明した。
『幸い、私共の商会でも外洋船は所有しております。取引先だった小ゾルタが今はあんな有様ですので、最近ではアラーニャとの取引くらいでしか使っていませんでしたが、これは私自らお礼を申し上げに半島に向かわねばと思っていた所でした』
それはまた随分と律義な事で。
と、この時の僕は思っていたのだが、後でこの話を聖国メイドのモニカさんにした所、彼女に苦笑されてしまった。
『フェブルはお二人がミロスラフ王国の竜 騎 士と知っていたんですよね? ならばナカジマ様がナカジマ領の当主である事も、ナカジマ領にはホマレという将来有望な港町があるという情報も掴んでいたはずです。そして彼の商会の元々の取引先は、小ゾルタだった。
おそらくフェブルはこれをきっかけにナカジマ様と面会し、ミロスラフ王国に新たに商売の販路を作ろうと考えていたのではないでしょうか?』
なんと。自分達の命が狙われた事件を、新しい商売作りのきっかけにしようと考えていたとは。
転んでもただは起きないそのタフさ。流石はレンドンの目抜き通りに店を構える大店の店主である。
どうやら僕はこの世界の事は分かって来ていても、商人のしたたかさまでは理解していなかったようだ。
次回「漆黒の騎士 《ブラック・ナイト》」




