その2 海賊狩りの王女
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ティトゥは屋敷の離れにある騎士団の詰め所に案内された。
コルベジーク伯爵家の先代当主、トマーツは、騎士団員達にティトゥの到着を告げた。
「ではナカジマ殿。ワシらはここで」
「ハヤブサちゃん達の面倒は私達がちゃんと見ておきますからね」
「お任せしますわ。ファルコ、ハヤブサ、いい子にしているんですわよ」
「「ギャーウー(分かった、ママ)」」
トマーツと夫人はファル子達を連れて去って行った。
ティトゥは小さく気合を入れると、詰め所の入り口をくぐった。
部屋に入った途端、ムッと暖気が押し寄せ、彼女の体を包む。
次に感じたのが男達の体臭。そして装備に使われている革と鉄の匂い、更には手入れ用の油の匂い。
それらが混然一体となった、独特な匂いが部屋の中には立ち込めていた。
(ううっ。こういうのはやっぱり苦手ですわ)
ティトゥは鼻を押さえたい気持ちをグッと堪えた。
匂いが気になるのは最初だけ。すぐに慣れると分かっていたからである。
「これはナカジマ殿。出迎えに出ずに大変失礼致しました。こんなに早くおいでになるとは思わなかったので」
笑顔を浮かべながらティトゥに挨拶をしたのは、少し地味な印象の真面目そうな青年。
昨年、父親からこのコルベジーク伯爵家を継いだばかりの新当主、ハルデンである。
ハルデンは騎士団の団長達と打ち合わせをしていた最中だったようだ。テーブルの上には大きな紙が――多分、領内の地図が――広げられている。
ティトゥが何となくそちらを見ると、彼女の視線に気付いた団員が慌てて地図を横に片付けた。
(この人の気持ちも分からないではないですが・・・)
ティトゥは団員の行動を見て、微妙な気分になった。
彼女も今ではナカジマ領を預かる領主である。他所の土地の人間にあまり自分の領地の事を知られたくない、という彼の気持ちは良く理解できる。
(けど、ハヤテの前には無駄な努力なんですわよね)
ハヤテは、ハルデンが騎士団を率いて山賊を討伐に出る事になった、と聞かされると、『だったら前もって空から調べておいた方がいいよね』と、提案した。
そしてティトゥ達を乗せてコルベジーク伯爵領を飛び回った。
勿論、ハヤテには悪気はない。それどころかむしろ気を利かせたつもりだったのだが、同乗したレブロン伯爵夫人は大爆笑していた。
「おいおい、ハヤテの上から見下ろしたら、領内のどこに街道が通っているかも、村や町の位置すらも丸分かりじゃないか! あれはルーベルグ砦か? スゴイな、砦の縄張りまで一目瞭然だぞ! これでどうやって砦を守ればいいんだ?!」
レブロン伯爵夫人は、「ハヤテよどうする? お前がその気になったら聖国はミロスラフ王国を止められないぞ。その時はレブロンだけは攻め込まないでくれよ」などと、冗談なのか本気なのか良く分からない事を言った。
『いや、そんな事、考えた事もないから』
ハヤテは夫人のブラックジョークだと思ったらしく、適当に流していたが、ティトゥは「ラディスラヴァ様ですらそう思われるのね」と、今更ながらハヤテの規格外の力を知らされ、誇らしさで心が躍る思いがした。
「ナカジマ殿? どうかしましたか?」
「ああ、ごめんなさい。寒い外から急に暖かい部屋に入ったものだから、少し頭がボーッっとしてしまいましたわ」
ティトゥは「オホホ」と乾いた笑い声を上げて誤魔化した。
「それで、山賊退治にはいつ出発しますの?」
「そうですね。先程団長とも話していましたが、今、町で兵士を募集している所です。早ければ明後日には出れるんじゃないでしょうか」
クリオーネ島がランピーニ王家によって統一されてから、既に百年以上が経っている。
その間、何度か小規模な反乱や内乱はあったものの、概ね平和な時代が続いていた。
そのため三伯・コルベジーク伯爵家といえども、常駐軍は保有していない。
せいぜい騎士団が五百人程度。予備役とでも言うか、騎士団以外の職に就いている準騎士団員達をかき集めても、どうにか三倍。千を超える程度と見られていた。
ではその足りない戦力はどうするのか? それは今回のように募集された一般兵で賄われていた。
騎士団団長がハルデンの言葉を引き継いだ。
「こちらの戦力は、騎士団員が二百。一般兵が約千といった所でしょうか。トゥラグ山賊団の規模が百から二百と考えられていますので、これだけ集まれば十分かと」
トゥラグ山賊団、というのが、今回、彼らが討伐に向かう山賊団の名前である。
リーダーの名はトゥラグ。元は海賊だったらしいが、縄張り争いに敗れた事で船を奪われ、陸に上がって山賊になったと噂されている。
聖国では彼のように船を失った海賊が、野盗や山賊になるのも珍しくはないそうだ。
この話を聞いたハヤテは、『へえー。じゃあ聖国の海賊はアウトローの世界のエリートなんだ。まあ、確かに、最初に船っていう元手が必要な訳だからね』と、良く分からない感心の仕方をしていた。
ティトゥは黙り込んでしまったハルデンに向き直った。
「大丈夫ですわ。きっとお爺様は分かって下さいますわよ」
「それは・・・いえ、そうですね。今回の遠征で僕が実績さえ示してみせれば、きっと祖父も僕を認めてくれるに違いありません――」
ハルデンは拳を握ると、自分自身に言い聞かせるように小さく呟いたのだった。
話は数日前に遡る。
王城での新年式が終わった翌日。ハヤテはティトゥとファル子達、そしてレブロン伯爵夫人を乗せて、このコルベジーク伯爵家の屋敷を訪れた。
いつものように屋敷の中庭に直接降り立ったハヤテは、早速、コルベジーク騎士団員達に取り囲まれた。
「な、なんだこの巨大な空飛ぶ化け物は?!」
『あ。どうも、ハヤテです』
「「「「しゃ、喋った!」」」」
「皆さん、落ち着いて頂戴」
「女?! 化け物に女が乗っているぞ?!」
などというやり取りがあった後、ティトゥに続いてレブロン伯爵夫人がハヤテの操縦席から姿を現した。
「お、おい、あれってまさか?!」
「ああ、聖王都の王城で見た事がある。レブロン伯爵夫人だ」
「なんだって?! あの女性が有名なレブロン伯爵夫人なのか?!」
騎士団員達は驚きの声を上げた。
ティトゥの事は知らなくても、レブロン伯爵夫人の顔を知っている者はいたようだ。
「「「元祖・海賊狩りの王女!」」」
「・・・ラディスラヴァ様は、この国ではそんな風に呼ばれていたんですのね」
ティトゥは、誰が言い出したのかは知らないけど、随分と相応しい名前を付けた人がいたものだと感心した。
夫人は妙に誇らしげに胸を張った。
「昔の話だ。それに海賊狩りの王女の名も、今ではマリエッタ王女殿下に取られてしまったからな」
聖国の第八王女、マリエッタは、【聖国の銀細工】の呼び名で知られている。
しかし一昨年の夏、大規模な海賊退治の指揮を執ってからは、【海賊狩りの王女】、【吊るし首の姫】などの、厳めしい名で呼ばれるようになっていた。
『ああ、なる程。だから”元祖”・海賊狩りの王女なのか』
ハヤテはマリエッタ王女が恐ろしげな名前で呼ばれている理由に思い当たった。
大方、どこかの誰かが、「海賊狩りの王女の姪が聖国沿岸から海賊を一掃した! これは正に海賊狩りの王女の再来だ!」などと言い出したのだろう。
ハヤテは納得すると同時に、『そんなあだ名の二代目を襲名させられるなんて、マリエッタ王女も気の毒に』と、王女に同情した。
そしてなぜか想像の中のマリエッタ王女から、「ハヤテさんのせいじゃないですか!」と文句を言われた気がした。
その時、屋敷の方から、低い男の声がした。
「何の騒ぎかと思って来てみれば、レブロンの坊やの所の男勝りの奥方殿か。全く、人の屋敷に何てモノで乗り付けるんだか」
「ご隠居様!」
ご隠居様、と呼ばれたのは、白髪の初老の男。
ピンと伸びた背筋。泰然自若とした態度。
ハヤテの襲来、それに続くレブロン伯爵夫人の登場に、すっかり浮ついていた空気が、彼がこの場にやって来ただけでピシリと張り詰めた。
男は杖の先でハヤテを指し示した。
「それで? お前さんが乗っているそのデカブツは何かね?」
「これはこれは、コルベジーク伯爵家、先々代のご当主オスロス様。お元気そうで何よりです」
夫人が素直にオスロスの質問に答えなかったのは、別にはぐらかした訳ではない。
ティトゥとハヤテに目の前の老人が誰であるか伝えるためである。
「オスロス様。こちらの女性はミロスラフ王国、ナカジマ家当主ティトゥ・ナカジマ殿。そしてこの大きな生き物はナカジマ殿が契約しているドラゴン・ハヤテでございます」
「ティトゥ・ナカジマですわ」
『どうも。ハヤテです』
「なっ?! 喋った!」
まさか会話の通じる相手とは思わなかったのだろう。オスロスはギョッと目を剥いた。
「そしてハヤテの子供のファルコとハヤブサですわ」
「「ギャーウー(ごきげんよう)」」
「はあっ?!」
操縦席からヒョッコリ顔を出したリトルドラゴンズに、オスロスは絶句してしまった。
レブロン伯爵夫人は、周囲のざわめきが収まるのを待ってからオスロスに話しかけた。
「オスロス様。私がこうしてナカジマ殿とやって来たのは他でもない。コルベジーク伯爵家に相談に乗って欲しい事があるからなのだ」
「・・・分かった。とうに当主を引退したワシで良ければ聞こう。おい、誰かそこのご婦人方を屋敷に案内して差し上げろ。ここは話をするには寒くてかなわん」
「はっ!」
オスロスは、使用人が二人の所に向かったのを確認すると、年齢を感じさせないキビキビとした動きで振り返った。
そこで彼は、騎士団の男が困り顔でこちらを見ているのに気が付いた。
「なんだ?」
「あの、ご隠居様。お二人はいいのですが、ドラゴンとその子供はどうすればよろしいのでしょうか? 厩に入れるには、その、大きすぎて入らないと思うのですが」
「・・・レブロン夫人。どのようにするべきかな」
「ハヤテならこのまま庭で待って貰えばいい。それで良いな? ハヤテよ」
「ヨロシクッテヨ」
「なぜ、婦人言葉?! ・・・ゴホン。という事だ。分かったな」
「は、はあ」
騎士団の男は「こんなのを屋敷の庭に放置しておいて大丈夫なのかなあ」という顔になった。
ティトゥはファル子達に振り返った。
「ファルコ達は大人しくいい子にしていられるなら、私と一緒に来てもいいですわよ」
「ギャウギャウ!(私、大人しくする!)」
「ギャーウ(僕はパパと一緒に外でいいかな)」
「ギャウ! ギャウ!(ダメ! アンタも一緒に来るの!)」
「ギャーウー(ええ~、まあいいけど)」
ファル子は元気よく、ハヤブサは気乗りしない様子で、ティトゥの後に続いた。
「二人は屋敷に行くそうですわ」
「・・・そうか。何か必要な物があれば用意させよう」
「ありがとうございますわ」
次回「コルベジーク伯爵家の問題」




