その1 三伯の一 コルベジーク伯爵家
僕はティトゥとファルコ達、リトルドラゴンズを乗せて、冬の青空の中を飛行していた。
ランピーニ聖国のあるクリオーネ島は、西に暖流が流れている関係で冬でも雪の降る事はほとんどないという。
実際、昨年末にこの国に来て以来、僕は一度も雪を見ていなかった。
「ティトゥ、そろそろコルベジーク伯爵の屋敷に到着するよ。ファルコ達を捕まえといて」
『りょーかい、ですわ。ほら、二人共ママの所にいらっしゃい』
「ギャウギャウ!(ママ! ママ!)」
「ギャーウ(分かった、ママ)」
ティトゥは着陸に備えて安全バンドを締めると、リトルドラゴンズを両手で抱きかかえた。
そう。僕達の目的地はコルベジーク伯爵家の屋敷。
この国では領主貴族派を代表する三伯――三つの伯爵家が存在している。
その一つがここ、コルベジーク伯爵家なのである。
あれは王城での新年式が終わった日の事。
僕達はエルヴィン王子の力になるべく、マリエッタ王女の叔母、ラダ叔母さんに相談した。
しかし、いかにラダ叔母さんとはいえ、宮廷貴族の三侯を相手にするには荷が重すぎた。
『三侯の相手が出来るのは三伯くらいだ。よし。三伯を動かそう』
こうしてラダ叔母さんは、僕達と一緒に三伯の当主を訪れる事になったのであった。(第十九章 聖国新年会編 より)
僕達が最初に向かう事にしたのはコルベジーク伯爵家。
理由は簡単。三伯の領地の中で一番、ここから距離が近かったからである。
早速、出発しようとした僕達を、レブロンの代官、メルガルが慌てて呼び止めた。
『お、お待ちを! 式典が終わったのは今日の昼なんですよね?! 伯爵家のご当主の乗った馬車はまだ聖王都から出てもいないと思いますが?!』
『あっ。た、確かにその通りですわ』
『そう言えばそうか。ハヤテの能力がデタラメなのをつい忘れてしまったな』
二人は僕を見上げた。
えっ? それって僕が悪い事になる訳?
そんな訳で三伯の当主に会いに行くのはまた後日。とりあえずこの日は一旦、お開きとする事になった。
僕はいつもの演習所で、ティトゥはラダ叔母さんのお屋敷でのお泊りである。
こういう時、いつもなら渋るティトゥだが、流石に今からナカジマ領に飛ぶには時間が遅すぎる。
到着した頃にはすっかり夜になっているだろう。
この国にいると、ついつい忘れそうになるけど、ナカジマ領では普通に雪が降り積もっているはずである。
視界の効かない夜に、雪で覆われた中庭に着陸するなんて冗談じゃない。ティトゥ達を乗せてそんな危険な事など出来るはずがなかった。
「という訳で、今日はラダ叔母さんの屋敷で泊まっておいで。君が貴族のもてなしを苦手としているのは知ってるけど、幸い、と言うか、伯爵は新年式に参加するために、子供達を連れて王都に行っている訳だし。君もいつもより気を使わずに済むんじゃない? それとも今からでも王城に逆戻りする? 僕は別にそれでも構わないけど」
「ギャウ! ギャウ!(イヤー! お城キライ!)」
『ファルコ! 急に暴れないで頂戴! ・・・分かりましたわ。今日はここに泊めて頂きましょう』
こうしてティトゥとファル子達はラダ叔母さんの屋敷にお泊まりさせて貰う事になった。
てな訳で明けて翌日。ティトゥ達と一緒に再び僕の所に訪れたラダ叔母さんは、コルベジーク伯爵家の屋敷に向かうと言い出した。
「僕は別に構わないけど、昨日の話だと、伯爵はまだ領地に戻っていないんじゃないの?」
『――と言ってますわ』
『まあ、そうだろうな。だが、それならそれで別に構わないんじゃないかと思い直したんだ』
ラダ叔母さんの話によると、領地には先代の先代、今のコルベジーク伯爵家当主のお爺さんが残っているそうだ。
先ずは彼に会って話をするつもり、との事である。
「ふぅん。けど、当主のお爺さんも新年式に参加するために、一緒に王都に行ってたらどうするの? 空振りに終わっちゃうよ?」
『――と言ってますわ』
『それなら大丈夫だ。オスロス老は屋敷にいるはずだからな。なぜなら・・・イヤ、この話はここでするような事ではないか』
『「?」』
ラダ叔母さんはそう言うと言葉を濁した。
彼女が何を言おうとしたのかは少し気になったけど、僕が飛べば大した距離じゃない。叔母さんがそう言うなら僕としては別に構わない。
こうして僕はティトゥとラダ叔母さん、それにファルコ達を連れてコルベジーク伯爵家の屋敷へと向かったのであった。
果たしてコルベジーク伯爵家当主のお爺さん、オスロスさんは、奥さんと一緒に屋敷に残っていた。
僕達は叔母さんの紹介で・・・おっと、屋敷が見えて来た。
この話の続きはまた後で。
「じゃあ着陸するよ」
「ギャウギャウ!(ハヤブサ、あんた邪魔。ちょっとどいて)」
「ギュウ(え~)」
『ファルコ。ゴソゴソ動かないで頂戴。危ないですわよ』
僕は一度屋敷の上空を通過。下の様子を確認すると、旋回。
そうして着陸態勢に入ったのであった。
僕が屋敷の庭に着陸すると、いかにも武人然としたいかつい髭のオジサンと、品の良いオバサンが出迎えてくれた。
今の当主のご両親。先代の当主、トマーツさんと、彼の奥さんである。
ティトゥが風防を開けると、ファル子達がバサバサと翼をはためかせて飛び出した。
『コラ! ファルコ、ハヤブサ! 失礼ですわよ』
『ガッハッハッハ。構わないさ、ナカジマ殿。いらっしゃい、ファルコにハヤブサ。それにハヤテも』
『すみません、トマーツ様。ファルコ、ハヤブサ、お二人にご挨拶なさい』
「「ギャーウー(御機嫌よう)」」
『御機嫌よう。ファルコちゃん達もいらっしゃい』
トマーツさんの奥さんは、嬉しそうにファル子達を撫でている。
トマーツさんはそちらをチラリと見ると、ティトゥに向き直った。
『今日はレブロン伯爵夫人(※ラダ叔母さんの事ね)は一緒ではないのかな?』
『今朝はお子様の体調が悪かったらしく、大事を取ってあちらに残られたのですわ』
『そうか。それは残念だ』
トマーツさんはそう言うと、側に控える護衛の騎士達に振り返った。
『先日はウチの騎士団員連中を鍛え直して貰ったが、あれ以来、全員、別人のように引き締まった顔付きになってな。出来れば今日もまた、彼女に指導をして貰いたかったのだが』
ガチャリ!
騎士達の鎧が大きな音を立てた。慌てて振り返ると、槍の先が細かく振動している。どうやら体の震えを堪えているようだ。
喜びのあまりの武者震い――ではないよね? ラダ叔母さん、一体彼らに何をしたのやら。
ラダ叔母さんがレブロンの港町から海賊組織を一掃した話は、今でも聖国中で語り草になっているらしい。
聖国の芝居小屋は、年末になると――今年の借金を返す時期が来たら――レブロン伯爵の演目をかけるそうだ。
それだけの人気コンテンツという事なのだろう。
その話をマリエッタ王女から聞かされた時、何故かティトゥの負けん気に火がついてしまった。
彼女は突然、『ミロスラフ王国では竜 騎 士のお芝居の方が有名ですわ!』などと言い出し、僕は随分とバツの悪い思いをしたものである。
『そうか、残念だ。うむうむ』
トマーツさんは難しい顔をしながらも、その視線はさっきからしきりにファル子達の方を気にしている。
ティトゥは小さく苦笑すると、ファル子を捕まえ、トマーツさんの前に置いた。
トマーツさんはたちまち相好を崩すと、ファル子の前にしゃがみ込んだ。
『ファルコよ、今日は何をして遊ぶ? ワシの馬との早駆けか? それとも引っ張り合いか?』
「ギャウー!(引っ張り合い! 今日は勝つから!)」
『そうかそうか。ならばロープを持って来ないとな』
『だったらハヤブサちゃんには私が本を読んであげましょうかね』
「ギャーウー(うん、いいよ)」)
新年式の数日間、ずっと部屋で退屈していたファル子達は、トマーツさん夫妻に遊んで貰えて嬉しそうだ。
ファル子達は喜んでいるが、僕達がここに来た目的は二人と遊んでもらうためではない。
ティトゥは慌ててトマーツさんに尋ねた。
『あの、それでハルデン様はどこにいらっしゃるんですの?』
『おお、そうだった。息子なら、ウチの騎士団の詰め所に行っておるぞ』
ハルデンはトマーツさんの息子。このコルベジーク伯爵家の現当主である。
『あれにとっては初めての山賊退治だからな。楽しみ過ぎて昨夜は興奮して寝付けなかったようだぞ』
いや、あなたじゃあるまいし。
僕はトマーツさんの、良く鍛えられたガチムチな体を見つめた。
ハルデンは見るからに大人しそうな、地味目の大学生、といった感じの青年である。
父親よりも母親の方の遺伝子を強く受け継いでいるのは明らかだった。
そんなハルデンが寝付けなかったなら、それは楽しみで興奮していたためではなく、不安や恐ろしさのせいだったのではないだろうか。
ティトゥも僕と同じ事を思ったのだろう。何とも言えない微妙な表情を浮かべた。
『そうですの。それで騎士団の詰め所に案内して貰ってもよろしいかしら?』
『うむ、良かろう。ファルコも一緒に行くかね?』
「ギャウー! ギャウー!(行く! 行く!)」
トマーツさんはティトゥとファル子を連れて、トマーツさんの奥さんはハヤブサを抱いたまま、屋敷の中へと入って行った。
仮にハルデンが不安を覚えているとしても、今回の件は本人も納得しての事である。
僕達としては彼に協力するだけだ。
みんなの姿が屋敷に消えると、入れ違いのように初老の夫婦が現れた。
気難しそうな顔をした白髪の夫と、冷たい印象を与える無表情な夫人。
このコルベジーク伯爵家の先々代の当主。今の当主のお爺さんに当たる、オスロスさんとその奥さんである。
二人は僕を見上げると、黙って周囲を見回した。
え~と、これってティトゥ達を捜しているんだよね?
『ゴキゲンヨウ。ティトゥ ヤシキ。ラダオバサン キテイナイ』
『ふむ。ナカジマ殿は息子夫婦と屋敷の中に。レブロン伯爵夫人は今日は来ていないと言っておるのだな』
オスロスさんは言葉に出して確認した。
夫人の方は黙ったままで辺りを見回している。ファル子達を探しているのかもしれない。
『ファルコ ハヤブサ ティトゥトイッショ』
『・・・ファルコ達も息子夫婦と一緒にいるのね』
夫人はそう言うと、もう興味がなくなったのか、踵を返して屋敷に戻って行った。
オスロスさんは無反応。奥さんの方を振り返りもしなかった。
『それでハヤテよ。今日は一体どういう用件でやって来たのだ?』
『エエト・・・』
いや、どういう用件って、あなた知ってますよね?
なんで僕の口から説明させようとする訳?
僕の現地語が不自由なのは知っているんだから、後でティトゥに聞いてくれればいいのに。
とはいえ、ここには僕しかいない以上、誰かに頼る事も出来ない。
僕は苦労しながら、オスロスさんに説明をする羽目になったのであった。
次回「海賊狩りの王女」




