エピローグ 冬の港町レブロン
今回で第十九章が終了します。
僕はエンジンの出力を絞ると滑空飛行。主翼のフラップを展開すると、着陸態勢に入った。
飛行機の離着陸時の動画や写真で、主翼の後端が伸びるように後ろに広がっているのを見た事のある人もいるのではないだろうか?
あの稼働している部分が(後縁)フラップで、飛行機が低速飛行時のリフトを得るのを目的とした機構である。
四式戦闘機のフラップは蝶型フラップ。いわゆるファウラーフラップと呼ばれる、フラップがガイドに沿って後方にスライドする方式になっている。
『え~、もう降りちゃうの~』
『もっと飛んでいたかったのに~』
胴体内補助席の小さな貴族のお客さん達から不満の声が上がる。
ティトゥはシート越しに彼らに振り返った。
『着陸するから大人しくしていて頂戴ね。喋っていると舌を噛むかもしれませんわよ』
二人の幼い兄弟はティトゥの注意に慌てて口をつぐんだ。
そんなに身構えなくても、静かに降りるから大丈夫だと思うけどね。
僕は十分に速度を落とすとタッチダウン。すっかりお馴染みのレブロン伯爵領砦の広場に着陸したのであった。
バババババ・・・
僕は動力移動でみんなの所までゆっくりと移動した。
「ギャウー! ギャウー!(次私! 私がパパに乗る!)」
『ちょ、ファルコ様、危ないですよ! 落ち着いて下さい!』
落ち着きのない桜色ドラゴン、ファル子が興奮してこちらに駆け寄ろうとした所を、港町レブロンの代官・メルガルが慌てて捕えている。
ていうか、ファル子。お前はさっきまで僕に乗ってただろ。
今日はこれ以上飛ぶ予定はないからね。
そしてラダ叔母さんもワクワクしながらこちらを見上げないで欲しい。あなたさっき、末の娘さんと一緒に飛んだばかりですよね? 何、次は自分の番だな、みたいな顔をしているんですか?
ラダ叔母さんは、このレブロンの港町を治める領主、レブロン伯爵の奥さんである。
元々はミロスラフ王国先々代国王の落としだねで、将ちゃん事、カミルバルト新国王のお姉さんでもある。
男勝りの度胸と行動力を兼ね備えた女傑で、姪のマリエッタ王女が陰謀に巻き込まれた時には、僕に乗って自らマコフスキー家の屋敷に乗り込んだ事もある。(※第三章 王都招宴会編より)
昨日の夕方。僕とティトゥは、どうにか第一王子エルヴィンを助けてあげられないものかと話し合っていた。
とはいえこの国では僕達は外国人。助けたい気持ちがあっても、自分達には何が出来るのかすら分からなかった。
話し合いがすっかり暗礁に乗り上げたかと思われたその時、僕の脳裏に天啓のようにとある女性の顔が閃いた。
「! そうだ! ラダ叔母さん!」
『ラディスラヴァ様ですの?』
キョトンとするティトゥ。
ラディスラヴァはラダ叔母さんの本名だ。
ラダ叔母さんはレブロン伯爵夫人。つまりは領主貴族派に属している。
自分達の派閥のトップ、第一王子エルヴィンを助けるために手を貸してくれるのではないだろうか?
僕がそう説明すると、ティトゥはパッと手を合わせた。
『ハヤテの言う通りですわ! ラディスラヴァ様なら、エルヴィン殿下の窮状を聞けば、きっと力になってくれるはずですわ!』
そうと決まれば善は急げ。じゃあティトゥ、早速ラダ叔母さんに言って来て――とはいかなかった。
ラダ叔母さんは今年の新年式には参加していない。つまりは現在、王城にはいなかったのである。
言われてみれば、昨日の式典でもラダ叔母さんの姿は見ていなかった気がする。
昨日はそれどころじゃなかったから気付かなかったのかと思ったけど、実は最初からいなかったのか。
『なんでも、一番下のお子さんが熱を出したとかで、大事を取って子供達と一緒に領地に残ったそうですわ』
ティトゥが伯爵本人から聞いた話である。
『という訳で、今からレブロンの港町へ向かいましょう!』
「いや、何、シレッと式典を抜け出そうとしてるのさ。そんな訳にはいかないからね。そもそも、もう日が暮れるし。ラダ叔母さんの所に行くのは式典が全て終わった後。そうだね、ミロスラフ王国に帰る途中に寄ろうか」
『・・・仕方がありませんわね』
ティトゥは不満そうな顔を見せつつも渋々承知した。彼女は僕が夜間に飛ぶのを嫌っているのを知っているからだ。
ていうか、もし今の時刻がお昼だったとしても、式典をすっぽかしてティトゥをレブロンまで連れて行くなんて事はしないけど。
そして日は明けて翌日。つまりは今日だね。
ティトゥは聖国王城の新年式が終了すると同時に、取るものも取り敢えず、僕のテントへと駆け込んだ。
『さあ! 式典は終わりましたわ! ラディスラヴァ様の所へ出発ですわ!』
「ギャウ! ギャウ!(出発! 出発!)」
「ええっ?! もう行くの?! ちょっとくらいゆっくりすれば?!」
メイド少女カーチャを呼びに行く時間すら惜しんだ所からも、彼女がいかに一刻も早く王城から立ち去りたかったかが分かるだろう。
たまたまファル子とハヤブサが僕のテントに遊びに来ていたから良かったものの、下手をすればこの二人すら置き去りにしていたかもしれない・・・って、そうなったら流石に僕が納得していなかったと思うけど。
ファル子もこの数日、ずっと部屋に閉じ込められていたせいで、すっかりこの場所に嫌気がさしていたようだ。
ティトゥと一緒に操縦席に乗り込むと、早く早くと僕を急かした。
「あ~もう、分かったって。分かったから、二人してそんなに計器盤を叩かないでくれないかな。計器が壊れたら、君達だって困るんだからね。もしも帰りの海上で迷子にでもなったらどうするんだよ」
こうして僕はティトゥとファル子、ハヤブサの三人を乗せてテイクオフ。
年末から一週間程滞在した聖国王城を後にしたのだった。
という訳で、僕達は港町レブロンへとやって来た。
ちなみに末の娘さんの病気は無事に治ったそうで、ラダ叔母さんに抱きかかえられながら元気な姿を見せてくれたよ。
ティトゥは早速、ラダ叔母さんに事情を説明して協力を仰いだ。
『今日はご相談したい事があってやって参りましたの。実は――』
『それより、今日はハヤテに乗せてくれないか?! 以前、ハヤテに乗った話を子供達にしたら、自分達も乗ってみたいとせがまれて困っていたのだ!』
いや、違った。事情を説明する前にラダ叔母さんからお願いされてしまったんだった。
ティトゥは困り顔で僕に振り返った。
『どうしましょう? ハヤテ』
「ああ、うん。レブロンの上空をグルリと回るくらいなら、大して時間もかからないし、別にいいんじゃない?」
一応、こちらはお願いに来た立場だし。この後の話し合いを円滑に進めるためにも、ここはお願いを聞いておいた方がいいんじゃないだろうか。
「じゃあ早速、乗って貰って。ラダ叔母さんは操縦席に――いや、胴体内補助席に乗って貰って、子供達が操縦席に乗る方がいいのかな? まあその辺は向こうにお任せで。ああ、計器類には絶対に触らないように注意しておいてね」
『! ハヤテ、あなた全員を乗せて飛ぶつもりですの?!』
「そのつもりだけど、どうかした?」
大人一人と子供三人(内、赤ん坊一人)を乗せるくらい、僕にとってはどうという事はないくらい、君も知っているよね?
ティトゥは疑いの目でジッと僕を見上げた。
だから何なの? そんな目で見られたら落ち着かないんだけど。
『ハヤテ、あなた本当に大丈夫ですの? まさかラディスラヴァ様達まで酷い目に遭わせるつもりじゃないですわよね?』
「! はあっ?! ちょ、ティトゥ! 君まさか、僕がラダ叔母さん達を撃墜するんじゃないかって疑っている訳?!」
いやいや、いくらなんでも、そんな事する訳ないだろ。君は僕を何だと思っている訳?
僕がどれだけお調子者でも、幼い子供や赤ん坊を乗せてアクロバット飛行なんてするはずがないじゃないか。
『どうかしら? 本当に信用してもいいのかしら?』
「いや、そこは信用しようよ。僕達パートナーだよね?」
僕は憤慨したが、結局、ティトゥの疑いを晴らすまでには至らなかった。
つい先日、儀仗兵の隊長さんを撃墜したのがいけなかったらしい。
ぐぬぬっ。痛い所を。
誠に遺憾ながら、何も言い返す事が出来なかった。
『――という訳で、念のために私も一緒に乗る事になりましたわ。胴体内補助席には全員一度には座れないので、二度に分けて飛んでよろしいでしょうか』
『ああ。それでいい。ならば先ずは私と娘が乗る事にしよう』
『あっ! 母上ズルい!』
『僕達もドラゴンに乗りたいのに!』
『はっはっは。こういうのは早い者勝ちなのだ』
ラダ叔母さんは高笑い。娘を抱いたまま、サッサと僕の操縦席に乗り込んだ。
いや、あなた大人げないですね。自分の子供と順番争いをしてどうするんですか。
ティトゥは若干呆れながらも、ラダ叔母さんに安全バンドの締め方を説明するのだった
といった訳で、僕達は最初はラダ叔母さんと下の娘さん、次に二人の子供達を乗せた後、無事に遊覧飛行を終えて着陸したのであった。
ティトゥは風防を開いて機体の外に出ると、兄弟が降りるのに手を貸してやった。
二人は興奮に頬を染めて母親に抱き着いた。
『母上! 見てた?! 僕達、ドラゴンに乗って空を飛んだよ!』
『飛んだよ!』
『見ていたとも。どうだ? 良い景色だっただろう?』
『『うん!』』
二人は満面の笑みで頷いた。
そんなに喜んで貰えて僕も嬉しいよ。
胴体内補助席からだと外の景色も見え辛いから、あまり楽しめなかったんじゃないかと心配していたのだ。
全く、ティトゥが僕を信用せずに、一緒に乗るなんて言い出すもんだから――
『ハヤテ?』
『ナンデモゴザイマセンワ』
ラダ叔母さんは子供達の話を聞き終えると、ティトゥに振り返った。
『それでナカジマ殿。今日はこれからどうするのだ? 泊って行くなら屋敷に案内するが――』
『そんな事よりも、ラディスラヴァ様に相談したい事があるんですわ』
ティトゥは食い気味にラダ叔母さんの言葉を遮った。
『ああ、そういえば、最初にそんな話をしていたか。ふむ。それはここで話せるような話なのか? そうでないなら、屋敷の方で――』
『いえ、ここで結構ですわ。メルガルさんとも一緒に相談したい話ですので』
再度ティトゥは食い気味に言葉を遮る。この言葉に、気を利かせて離れようとしていた代官のメルガルが足を止めた。
『メルガルもいた方がいいのか? そうか分かった。よし、息子達よ。お前達は向こうでファルコ達と遊んでいなさい。ナカジマ殿、それで構わないな』
『ええ、結構ですわ』
『ファルコ、ハヤブサ、追いかけっこしよう! 行くよ!』
「ギャウ! ギャウ!(※興奮の叫びで、言葉としての意味はない)」
「ギャーウー(ええ~、まあいいか)」
ラダ叔母さんの子供達がファル子達を誘うと、練習場の奥に走って行った。
護衛の騎士が二人ほど、慌てて彼らの後に続く。
やれやれ、ようやく話し合いの席が整ったか。
ティトゥはラダ叔母さんと代官のメルガルに、王城で見聞きした事を――第一王子エルヴィンの置かれた窮状を説明した。
ラダ叔母さんも、今の王城がそんな事になっているとは知らなかったのだろう。ティトゥの話に興味深そうに目を光らせた。
そんなラダ叔母さんに代官のメルガルが頭を下げた。
『・・・確かにここ最近、アラーニャの港でのトラブルを巡る訴えが増えていました。その原因が三侯オルバーニ侯の勢力が増した事にあったとは。いや、私の方でもっと早く気付くべきでした。申し訳ございません』
メルガルの表情は歪んでいる。これでかなり優秀な人らしいから、自分で気付けなくて本気で悔しがっているようだ。
まあ、現場にいるとどうしても俯瞰で物事を眺めるのが難しいし、仕方がないよね。
『ふむ。このレブロンを預かる伯爵家としては、これ以上、この国が宮廷貴族派に傾くのは見過ごせないな』
『はい。そうでなくとも三侯には、カシウス殿下という強力な後ろ盾がありますので』
『それなんですわ! このレブロンがエルヴィン殿下のお力になる訳にはいきませんの?』
ティトゥの言葉に、メルガルは申し訳なさそうにかぶりを振った。
『申し訳ありませんが、流石にレブロンの力では三侯を相手にする事は出来ません』
『・・・そうですの』
ガッカリするティトゥ。
レブロン一つで宮廷貴族を相手にするには荷が重すぎたようだ。
しかし、例え三侯を相手にする事は出来なくても、エルヴィン王子を手助けする事くらいは出来るはずだ。
僕がティトゥにそう言おうとしたその時だった。ラダ叔母さんが『そうだな』と小さく笑みを見せた。
『そうだな。レブロンでは無理だ。というか、三侯の相手が出来るのは三伯くらいだ。よし。三伯を動かそう』
三伯か。確か宮廷貴族の代表である三侯に対する、領主貴族代表の三つの伯爵家の事を言うのだったっけ。
『その通りだ。このまま三侯の好きにさせておけば、我ら領主貴族の立場は弱くなる一方だ。彼らとて先の事は、見えているに違いない。話しさえ上手く持って行けば力を貸してくれるだろうよ』
『! だったら私とハヤテも協力しますわ!』
ちょ、ちょっとティトゥ! 君はまた勝手に・・・って、まあいいか。僕も同じ気持ちだし。
ラダ叔母さんが三伯に働きかけてくれるなら、その協力をするくらいやぶさかではない。
例え遠く離れた領地だったとしても、僕ならその日のうちに往復出来る訳だしね。
いいでしょう。
手紙のやり取りなり、使者の送り迎えなり、可能な限り協力させて貰うよ。
まだお話の途中ですが、これで第十九章は終わりとなります。
楽しんで頂けたでしょうか?
他作品の(メス豚転生の)執筆がひと区切りつき次第戻って来ますので、それまで気長にお待ちいただくか、私の他作品を読みながら待っていて頂ければと思います。
最後になりますが、いつもこの小説を読んで頂きありがとうございます。
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