その26 ティトゥの判断基準
シーロはため息と共に肩をすくめた。
『正直、エルヴィン王子が王位を継いでくれた方が俺達は助かるんですがねえ』
『ナゼ?』
『いえね、今の聖国は三侯の力が強くなり過ぎています。特にオルバーニ侯爵家の権力がこれ以上に増すのは良くない。侯爵の領地にはこの国最大の港町アラーニャがあります』
聖国の東と西には、国を代表する大きな港町がある。
東のアラーニャあれば、西にレンドンあり。
アラーニャを治めているのは、三侯・オルバーニ侯爵。
そしてレンドンを治めているのは、三伯・レンドン伯爵。
つまり、アラーニャは宮廷貴族の、レンドンは領地貴族最大の港町なのである。
『今まではアラーニャとレンドンはこの国の東西の港町として、長年その力は拮抗していました。しかし現在、経済の中心はレンドンからアラーニャに移りつつあります』
既に目端の利く商人達は、次々にアラーニャに活動拠点を移しつつあるという。
ここは社会が成熟し、法が整備された現代日本ではない。
まだ競争原理社会の競の字も生まれていないガチ封建時代である。
三侯・オルバーニ侯爵の権威が増せば、当然、アラーニャが有利になるような政策が取られるようになるに違いない。そう予想しての事だろう。
『とはいえ、まだまだ発展途上のナカジマ領の港町ホマレとは違い、アラーニャは完成済みの港町です。今更商人が殺到しても、町に店を出す場所も、港に船を置く場所も、そう簡単には手に入りません』
現在、アラーニャでは土地不足が問題になっているという。
猫の額ほどの狭い土地でも即座に買い手が付くそうだ。
一刻も早く店を出したい商会は、役人にワイロを送り、融通を利かせて貰えるように働きかけているそうである。
役人は連日の接待漬けで、酒の匂いを漂わせながら仕事をしているという。
『まあ、それで町が発展するってんなら、役人が酒臭い程度、みんな我慢するんでしょうがね。厄介なのは儲け話に飛びつくヤツらが出始めた事でして』
『――チュウカンサクシュ?』
『ちゅうかん? ええ、ハヤテ様のおっしゃる通り。中間搾取で儲けようとする輩の話です』
土地を転がして中間搾取をしようとする者達。つまりは「土地の転売ヤー」である。
日本でもバブル景気の影響で異常な地価高騰が起こった時、不動産の売り買いで利益を得ようとした者達が大勢いたらしい。
マスコミが煽り立て、全国に広まったこのブーム。
詳しい説明は専門の書籍や解説サイトに譲るとして、全ては「不動産地価は必ず上昇し続ける」という考えから来た「土地神話」を根拠としたものだった。
知っての通り、全ては泡の如く弾けてしまい、長い平成不況が始まった訳なんだけど。
『確かに今のアラーニャは、一見、金回りは良くなっているように見えます。だが、実情は危ういですな。土地や港の利用権を詐欺同然の方法でだまし取られた者も多いようです。そのくせ、あちこちに未利用地が転がっている。土地を寝かせて地価が吊り上がるのを待っている状態なんですよ』
もう地上げ屋が出ているのか。いや、大金が動いている訳だし、そりゃあ出るか。
地上げという行為自体は不動産業者の仕事の一つ、土地の確保という業務だが、バブルの頃は暴力団等が関わった悪質な地上げ業者が現れ、社会問題にもなったと聞く。
どうやらアラーニャは治安の悪化も問題になっているようだ。
『アラーニャとレンドンが同じくらいに栄えていた頃は、こんな事もなかったんでしょうけどね。
この上、カシウス王子が国王になれば、オルバーニ侯爵は国王の叔父、外戚となる。当然、アラーニャの商会は領主であるオルバーニ侯に働きかけ、ライバルであるレンドンを追い落とそうとするでしょう。
そうなればアラーニャの一極化は益々進んでしまう事になる。俺達、他所の国の商人にとってはやり辛くなってしまう、って訳です』
なる程。シーロが渋い顔をする訳だ。
ナカジマ家が――港町ホマレが、聖国に販路を広げようと調査に来たら、こんな事になっていたのである。
「何でよりにもよってこのタイミングで」と、うんざりした気持ちになるのも無理はないだろう。
とはいえ、確かにツイてなかったけど、これって別にシーロのせいじゃないよね?
調査を命じたユリウスさんもそれは分かってくれるだろう。
僕はシーロに、気にしないでと労いの言葉をかけた。
するとシーロは不思議そうな顔で僕を見上げた。
『ん? ハヤテ様、それは一体どういう意味ですか?』
意味って何が? 僕に愚痴を聞いて貰いたかったんじゃないの?
シーロは『いえいえ、とんでもない』と、パタパタと両手を振った。
『商売ってのは最初は上手く行かないのが当たり前。うまい話が転がってたら、とっくに誰かが手を出しているもんですから。だからこんな物は愚痴にもなりませんよ。私がここに来た目的は、ハヤテ様に今の話をお伝えするためです』
『ドウイウコト?』
『俺は商人ですから、情報の大切さは良く分かっているつもりです。この国の現状を「知っている」のと「知らない」のとでは何をするにしたって大違いだ。そうでしょう?』
そりゃまあ、そうだね。
僕は商人じゃないが、中身は現代人だ。情報の大切さは分かっているつもりだ。
シーロは『やっぱり。絶対そうだと思っていました』と、彼のトレードマークにもなっている例の胡散臭い笑みを浮かべた。
『流石はハヤテ様。やはりこの国でも何かやらかすつもりでしたか』
いや、何でそうなるんだよ。
シーロは言うだけ言い終えるとサッサと僕のテントを後にした。
最初は、蛇の道は蛇、とかカッコ良く言っていたものの、相当なムリをしていたらしい。
具体的に言うと、王家の人達や貴族の参加者達が町での式典を終え、城に戻って来るまでの間だけ、王城の奥に入る事が許されていたようだ。
とはいえ、これって日本で言えば、外国の商人が首相官邸に入り込んでいたような物だ。
そう考えると、シーロは結構、危ない橋を渡っているんじゃないだろうか?
シーロが立ち去った後も、僕の頭の中では、さっき聞かされた話がグルグルと駆け巡っていた。
「・・・はあ。こんな事なら、あんな話、聞かなきゃ良かったよ」
僕はため息を吐き出した。
情報は確かに大事だ。それは間違いない。けど、もし知らなければこんな悩ましい気持ちになる事もなかっただろう。
領主貴族派の第一王子エルヴィン。
宮廷貴族派の第二王子カシウス。
現在、王城では第二王子カシウスを推す宮廷貴族派が幅を利かせている。
第一王子エルヴィンは下手をすれば命を狙われている可能性すらあると言う。
「あくまでも聖国内部の事。僕達には関係ない。――そう割り切れるならいいんだけど」
『ハヤテとしては無視できないのですわね?』
まあね。
それに今も開発ラッシュに沸くナカジマ領。その原動力になっているのは、聖国から投入された大量の資本である。
そういう意味では、聖国はナカジマ家のパトロンみたいなものとも言える。
全くの無関係、と言うには関係を持ちすぎているのではないだろうか?
『確かにそうですわね』
「そもそも、ナカジマ領だけじゃなく、ミロスラフ王国も聖国の動向は無視出来ないよね」
この夏の即位式の際、新国王カミルバルトとパロマ王女の結婚が発表されている。
ミロスラフ王国としても、今後は聖国との関係性をより一層深めていくつもりなのは間違いない。
もっとぶっちゃければ、後ろ盾として聖国の力をあてにしている、と言ってもいい。
当然、次期国王の座を巡るお家騒動で聖国の国力が落ちては困る訳だ。
『――ハヤテの言いたい事は分かりましたわ。それで一体、ハヤテはどうしたいんですの?』
「僕がどうしたいって、それは・・・」
ティトゥにそう聞かれて、僕は返事に詰まってしまった。
ちなみに僕はさっきからティトゥと話をしている。
今更だって? いやまあそうなんだけどさ。
テントの中は僕とティトゥの二人だけ。メイド少女カーチャもファル子達リトルドラゴンズもいない。
ちなみに城の大広間では、盛大な舞踏会が開かれている真っ最中だ。
勿論、ティトゥも参加していた。
今は抜け出して僕の操縦席に座っているけど。
そろそろ日が西に傾き、空が夕焼けに赤く染まる時刻。新年式の四日目もつつがなく終了し、来客者はお城に戻って舞踏会に参加している。
社交場が嫌いでダンスも苦手なティトゥにとっては、苦手種目のダブルコンボだ。
予想通り、彼女は舞踏会の開始早々、身の置き場が無くなって困っていたらしい。
その上、独身の若手貴族達からやたらとしつこくアピールを受けたらしく、その気疲れとストレスで『あのままあの場所にいたら、胃に穴が開いて死んでいましたわ!』との事だそうだ。
正直、ティトゥがテントに現れた時は、「こんな所にやって来て大丈夫なの?」と心配したものの、事情を聞かされて納得した。僕だってティトゥが男達に言い寄られたとか言われて面白い訳はないからね。
思わずティトゥに、「だったらしばらく休んでいけばいいよ」と言ってしまったのだった。
『ハヤテ?』
「いや、何でもない。そうだね。僕がどうしたいか、か・・・」
僕は異世界人――というのは別にしても、僕はティトゥのパートナー。二人で一人の竜 騎 士だ。
ティトゥがミロスラフ王国の貴族である以上、この国で何が起きていても、積極的に関われる立場にはない。
けど――
「――けど、僕の心情的には、このままエルヴィン王子を放っておくのもどうかと思ってる」
エルヴィン王子は、最初は宰相夫人カサンドラさんに、そして二度目は護衛の騎士達に邪魔されながらも、僕にフレンドリーに接してくれた。
彼のように、初対面の時から僕を無条件に受け入れてくれたのは、実はティトゥの他にはエルヴィン王子が初めてだったかもしれない。
彼は聖国という大国の王太子。圧倒的な上位者だ。それなのに物腰は柔らかで、いい意味で偉い人と話している感じがしなかった。
普通なら、もっと高圧的な態度を取って、僕達に対しても何かしら要求して来そうなものである。
しかし、彼はそういうタイプではなかった。
むしろ一度目の時など、妹であるマリエッタ王女のお願いを受け入れ、楽しみにしていた僕との話を諦めた程である。
「多分、僕は、エルヴィン王子の力になってあげたい、って思っているみたい。僕なんかに何か出来る事があるのかは分からないけどさ」
『ハヤテの気持ちは良く分かりましたわ』
ティトゥは大きく頷いた。
『私もずっとエルヴィン殿下が国王になるべきだと思っていましたわ』
ティトゥの意外な言葉に僕は驚いた。
つい彼女に聞かれるまま、色々と説明をしてしまったが、ティトゥにとってはあくまでも外国の王家の話。
それなのにここまでハッキリ言い切るとは思わなかったのだ。
不思議なもので、僕はティトゥに同意して貰っただけで、沈んでいた心が少しだけ軽くなった気がした。
「うん、そうだね。継承権はエルヴィン王子の方が上なんだし、確かに彼が王位を継ぐ方が道理にかなっているよね」
『と言うよりも、カシウス殿下の方は国王に相応しくありませんわ』
ええっ?! そこまで言う?! いや確かにシーロの話だと、カシウス王子が国王になると今以上に三侯の権力が強くなって、あまり良くないって話だったけど。
確かにその説明はさっきティトゥにもしたけど。
『そんな話をしている訳じゃありませんわ』
? じゃあどんな話をしてるのさ?
『カシウス殿下は明らかにハヤテを見下していますわ。ハヤテのパートナーとして、見過ごす訳にはいきませんわ』
いや、何その判断基準。
君、そんな理由で国王に相応しいとか相応しくないとか言った訳?
僕は思わず呆気に取られた――が、ティトゥは至って本気だった。
『あの方はずっとハヤテを無視していますわ。そんな人が国王になった聖国と、今まで通り仲良くする事なんて出来るとは思えませんわ。その点、エルヴィン殿下はハヤテに好意的だし、私達とも話が合いそうな気がしますわ』
ティトゥは第二王子カシウスに招待されて、この新年式にやって来た。
しかし、カシウス王子はティトゥを呼んだくせに、ずっと無関心を貫いている。
ティトゥにはそれが面白くないようだ。
逆にエルヴィン王子は、僕にかなり好意的に接してくれている。
ティトゥ的にはかなりポイントが高いのだろう。
仲良くするならエルヴィン王子の方がいい。ティトゥがそう思ったのも分からなくはない・・・のか?
いや、領地を治める貴族として、そんな理由で今後の付き合いを決めるのってどうなんだろう?
『じゃあ早速、エルヴィン殿下に国王になって貰うための作戦を考えましょう』
あまりに当たり前のように言われたので、僕は一瞬、彼女が何を言ったのか理解出来なかった。
「作戦って、ええっ?! ちょ、本気で言ってるのティトゥ?!」
君、自分で何を言ってるか分かってる?!
『勿論ですわ』
ティトゥはドレスに包まれた豊かな胸を張った。
次回「王都に降り積もる雪」




