その29 オリパの最後
僕は逃亡中の海賊サエラス一家の奴隷船に対して空襲を行った。
狙いは帆船の推進源。風をはらんで大きく膨らんだ帆だ。
20mm機関砲の攻撃を受けて帆が焼け落ちると、船は漂流状態となった。
僕の狙い通りである。
「相手の足は奪えたけど、これからどうしようか」
おそらく、今頃ホマレの港では、オットー達ナカジマ家騎士団と、バース副隊長達、聖国海軍騎士団の連合軍が到着している頃だろう。
しかし、サエラス一家の船は既に出航した後だ。
普通に考えれば、彼らは慌てて自分達の船で追いかけて来るに違いない。
手遅れだと諦めるんじゃないかって? いやいや、それはない。
彼らは僕が海賊船へ向かったのを知っている。
オットーは――そして昨年の夏、聖国で僕達と一緒に海賊退治を行ったバース副隊長も――飛行機の飛行速度が船の航行速度を大きく上回る事を知っている。
だったら、僕なら簡単にサエラス一家の船を見つけるんじゃないか? と、考えるはずである。
まあ、実際にこうして見つけている訳だけどね。
さて、ここからが問題だ。
ここから僕達が取れる選択肢は二つ。このまま海賊船の上空で待機して、聖国海軍騎士団の船がやって来るのを待つか、こちらから出向いて彼らをここまで案内してくるか、である。
待っている場合のメリットは、迎えに行ってすれ違う、という心配がなくなるという点だ。
それにひょっとして、この船には予備の帆を積んでいるかもしれない。
もしも何かがあった時に、現場で即座に対応できる、というのは素直にありがたい。
逆に迎えに行く場合のメリットは、確実にここまで案内出来るという点だ。
バース副隊長達は、サエラス一家の船がどの方向に逃げたのかを知らない。
ひょっとしたら、見当違いの場所を探し回る事になるかもしれない。
そうなればここで待っていたとしても待ちぼうけ。燃料だけを無駄に消費する事になってしまう。
「そうならないためにも、こちらから探しに行く方がいいかもしれない。ねえ、ティトゥ。君はどっちがいいと思う?」
『そうですわね・・・』
僕達は二人で話し合った結果、ひとまずこの場で待つ事に決めた。
燃料が乏しくなったらその時はその時。一度港に戻って増槽を積んで戻って来ればいいのである。
『それよりも問題は、ヤラが目を覚ました場合ですわ』
僕とヤラの繋がりはもう切れている――とは思うが、証拠はない。
治療を終えたヤラが目を覚ましたら、僕の意識は再び彼女の頭の中に囚われてしまうかもしれない。
この場を離れた後でそうなってしまえば、二度とこの位置が――海賊船の場所が――分からなくなってしまう。
ならば聖国海軍が発見してくれる事を信じて、この場に留まり続けた方がいい。ティトゥはそう説明したのだ。
「・・・・・・」
もし、そんな事になれば、その時は操縦を失った四式戦闘機の機体は墜落。ティトゥも無事では済まないだろう。
(やっぱりムチャだったんだろうか)
僕は今更ながら深い後悔の念に駆られた。
自分の中ではそれなりに根拠はあった。
けど、ティトゥの安全を第一に考えるなら、あの時、彼女にどう言われようと、ガンとして断るべきだったのかもしれない。
彼女の言葉にほだされて、つい、許可してしまったが、失敗だったのかもしれない。
僕はどうするのが正しかったのだろうか?
いくら考えようが、後悔しようが、答えは出ない。
それが分かるのは、この一件が――全てが終わった後の事だ。
僕は黙ったまま海賊船の上空を旋回し続けるのだった。
どのくらいそうして飛んでいただろうか?
下を見ていたティトゥが、不意に呟いた。
『人がゾロゾロと出て来ましたわね。みんな海賊――ではないようですわね』
彼女の言葉に慌てて船を見ると、確かに。十人以上の男達が甲板に姿を現していた。
みすぼらしい身なりに、ビクビクと怯えた態度。そして驚愕の表情でこちらを見上げている。
「多分、この船に乗せられている奴隷じゃないかな?」
『なんで海賊はあの人達を連れ出したのかしら?』
さあ? 船を捨てる覚悟を決めたにしては様子がヘンだ。
すると海賊達が二人がかりで一人の男を担いで現れた。
「あれは! オリパ叔父さん?! ヤラ達の叔父さんが、なんで仲間のはずの海賊に縛られている訳?!」
そう。海賊達が担いでいたのはヤラの叔父のオリパ。
彼は手を後ろに縛られ、足には木製の足枷まで付けられていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「みんな! みんな、聞いてくれ! 違うんだ! 悪いのは俺じゃねえ!」
「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」
オリパの悲痛な叫びは、周囲から浴びせられる罵声によってかき消された。
海賊の船員が長い板を船の舷側に固定すると、オリパはその前に降ろされた。
やがて船内から、大柄な髭の男が現れた。この船の船長だ。
周囲が水を打ったように静まり返る。
船長は愛用のサーベルを抜き放つと、オリパに突き付けた。
「オリパ。この船に化け物を呼び込んだ償いをして貰うぜ。これから罪人の裁きを行う!」
「「「「オオオオオオッ!!」」」」
「違う! 俺のせいじゃねえ! 俺は関係ねえ!」
オリパは力の限りに絶叫するが、血に飢えた海賊達の耳には届かない。
これから行われるのは海賊流の裁判――という名の生贄の儀式。
罪人は両手両足の自由を奪われた上で、舷側に渡された板の上から海に突き落とされる。
もしも彼が自力で船によじ登って来れば無実。海の加護に守られたという事になり、罪を許される。
逆に力尽きて溺れ死ねばそれっきり。罪人は罪をその命で償ったという事になる。
ちなみに罪人が助かったという話は聞かない。
いくら海の男とはいえ、手足を縛られた状態で、外洋船の高い舷側をよじ登れるはずがないのである。
つまりこれは実質的な死刑執行。もがき苦しむ罪人を見下ろして楽しむ残酷なショーなのであった。
オリパは一縷の望みをかけて無実を訴え続ける。
だが、興奮している仲間の耳には届かない。
実は船長は彼に罪がない事を分かっている。
いや、あるいはここにいる海賊達も全員、分かっているのかもしれない。
全ては化け物のせいに過ぎない。
たまたま船の進行方向に嵐があったとしよう。その場合、誰に罪があるだろうか?
それと同じで、化け物は人間がどうこう出来る相手でもなければ事象でもないのである。
ならばなぜ、こんな蛮行が行われているのか。
要はただの犯人捜し。
原因がなければ不安が広がる。ただそれだけの理由だ。
つまりオリパは船を纏めるための生贄に選ばれたのである。
(運が無かったなオリパ)
船長はサーベルを振り上げた。
「テメエら、罪人を海に突き落とせ!」
「「「「オオオオオオッ!!」」」」
シャラン!
海賊達が一斉に剣を抜き放った。
「チ、チクショウ!」
オリパは血眼になって辺りを見回すが、どこにも逃れる場所は無い。
それどころか、あちこちから突き出される剣によって、次第に板の上へと追いやられていく。
「イヤだ! 死にたくねえ! 誰か・・・誰か助けてくれ!」
一歩、また一歩。板の端が近付いて来る。
それは彼にとってのこの世の終わり。地獄の淵に他ならなかった。
「や、やめてくれええええええ!!」
オリパの絶叫と同時に、一斉に海賊達の剣が突き出された。
そのうちの二~三本が体に刺さり、オリパは苦痛の悲鳴を上げながら海へと転落した。
ドボーン!
冬も近い海水は、身を切るような冷たさだった。
オリパは不自由な手足を使って必死に海面を目指した。
「ガハッ! ハアッ! ハアッ! うぶっ・・・」
海の上に顔を出したオリパは、大きな波を頭から被って塩水を飲んだ。
頭上から海賊達の笑い声、そしてオリパを囃し立てる声が聞こえる。
(チクショウ! チクショウ! 一体、俺が何をした! 俺はどこでボタンを掛け違えちまったんだ!)
彼の頭を占める思い。それは奇しくも、彼が命を奪った義理の兄、ヤラ達の父親が最後に抱いたそれと同じ物であった。
冷たい海水と、出血。そして外海の荒波はみるみるうちにオリパの体力を奪っていった。
彼は懸命に船にしがみつき、どうにかして登ろうと試みたが、水から這い上がる事すら出来なかった。
そんな無駄とも思える涙ぐましい努力を繰り返すうちに、やがて彼の姿は波間へと消えた。
こうしてヤラ達を裏切った男。奴隷商人オリパは海の藻屑と消えたのであった。
次回「その名は竜騎士」




