その26 罪悪感
ティトゥとリーリアを乗せた僕は、お馴染みペツカ山脈を左手に見ながら、大湿地帯の上を東に東に進んでいた。
やがて山脈に切れ目が見えると、草ぼうぼうの荒れ果てた平地が見えて来た。
平地を見下ろす丘の上には大きな砦が建てられている。
ミロスラフ王国の北の砦。
今年の初めに僕が帝国軍と戦ったあの国境の砦である。
どうやら見張りの兵士が僕の姿を見つけたようだ。
砦の上で兵士達が大きく手を振っている。
僕は彼らに翼を振って応えた。
「どうしよう? 一応、降りて挨拶しておく?」
『面倒だけど仕方がないですわね。あまり問い詰められると厄介だから、出来るだけ手早く済ませてしまいましょう』
了解。
いつもの僕らは、海を越えての山を越えての国境やぶりの常習犯だが、今回は「リーリアを親元に送り届けに行く」という目的――というか建前がある。
もちろんそれは口実で、本当はリーリアの実家のあるバルトニクを助けに行く事になっている。
建前を守るなら、ちゃんと出国の手続き――挨拶? くらいはしておくべきだろう。
といった訳で僕は翼を翻すと砦の近くに着陸したのであった。
数日続いた雨が止んだ後とあって、国境の街道は多くの旅人で賑わっていた。
野次馬達は僕を遠巻きにしながら、興味深そうに見つめている。
これでも隣国ゾルタが健在だった一年前に比べると、随分と旅行者自体が減っているそうだ。
しばらく待っていると、砦から騎士団員達がやって来た。
・・・ん? ちょっと多くない? いやいや、多すぎだって。ちょっとちょっと、君ら集まり過ぎだって。
慌てて逃げ出す野次馬達。
その間も騎士団員達はどんどん数を増していく。
ぞろぞろ、ぞろぞろと、これって砦にいる全員が出て来たんじゃない?
あちこちで班長らしき男が声を掛けると、彼らは僕の前にズラリと整列をはじめた。
何なのコレ?
全員がピシリと姿勢を正すと、砦の指揮官と思わしき人物がこちらに振り返った。
・・・・・・。
あ。こっちの言葉を待ってるのね。じゃあティトゥ、よろしく。
ティトゥは恨めしそうに僕を睨むと、しぶしぶ風防を開いて立ち上がった。
山からの風が街道を吹き抜け、ティトゥの豊かなレッドピンクの髪をサッとなびかせた。
その端正な美貌に、騎士団員達がハッと息を呑んだ。
『ナカジマ家当主、ティトゥ・ナカジマですわ! 隣国ピスカロヴァーからお預かりしているリーリア・バルトニク嬢をご両親の下にお連れするため、ハヤテと一緒にこの砦を通らせて頂きますわ!』
『はっ! バルトニク嬢でありますか?』
ティトゥが翼の上に避けると、リーリアはおずおずと立ち上がった。
『リ、リーリア・バルトニクです。ナカジマ様の下でお世話になっております』
ティトゥはザッと事情を説明した。
リーリアはホームシックにかかったのか、最近は元気が無くふさぎ込むようになっていた。そんな彼女を見かねて、僕達は彼女の実家のバルトニクまで彼女を連れて行く事にした。
という例の作り話だ。
どうだろう? 筋は通っているとは思うけど、ティトゥ自らが出向くというのは流石にムリがあるかな?
僕は内心でハラハラしながら彼らの様子を窺った。
しかし、意外な事に騎士団員達の反応は悪くはなかった。
『そうでしたか。ご苦労様です』
『・・・それだけですの? 何か気になる点とかは?』
『? 気になる点とは? 領主様自らが他国にまで赴く。中々出来ない事だと思いますが』
騎士団員達は完全にティトゥの言葉を信じている様子だった。
ティトゥは戸惑った表情で、チラリと僕の方を見た。
・・・ああ、うん。ティトゥには悪いけど、僕は何だか分かった気がする。
どうやら僕らが思っている以上に、ティトゥの人気は――姫 竜 騎 士の人気は――高かったようだ。
多分この人達、ティトゥに何を言われても肯定してたんじゃないかな?
彼らは完全に僕達が用意した作り話を真に受けたばかりか、あろうことか美談として信じ込んでしまったようだ。
砦の指揮官はリーリアに振り返った。
『今まで大変でしたね。もうすぐご両親にお会い出来ますよ』
『え、えと、あ、ありがとうございます』
優しい気遣いの言葉を掛けられて、気まずそうにギクシャクするリーリア。
そのぎこちない仕草を子供の照れと受け取ったのか、団員達から温かい視線が注がれる。
なんだろう、この心温まる光景。
そしてなんだろう。この湧き上がる罪悪感。
『ボソッ(い、いたたまれませんわ)』
ティトゥも良心が痛んだのか、目の前の光景から目を反らしている。
『・・・そろそろ行ってもいいかしら?』
『ええ。早く両親に会わせて元気にしてあげて下さい』
止めて! これ以上、優しい言葉をかけるのは止めて! 罪悪感で僕らのハートが壊れちゃうから! ハートブレイクしちゃうから!
いそいそと操縦席に乗り込むティトゥ。
一刻も早くこの場を離れたい。
僕達の心は一つになっていた。
その時、北から(隣国から)騎馬の騎士団員が駆けこんで来た。
彼は目の前の光景にギョッとした様子だったが、余程急を要する事情があったのか、急いで砦の指揮官に駆け寄った。
『何事だ!』
『大変です! 隣国ピスカロヴァー王国から援軍の要請――』
「ティトゥ! 急いで!」
『前離れー! ですわ!』
ティトゥが座ると同時に僕はエンジンをかけた。
突然回り出したプロペラとエンジンの轟音に慌てて道を開ける騎士団員達。
『リーリア! 安全バンドを締めて頂戴!』
『し、締めました!』
『ハヤテ!』
「了解! 離陸準備よーし! 離陸!」
僕はエンジンをブースト。
砦の騎士団員達と野次馬のどよめきを背に受けながら、大空へと舞い上がった。
『危ないところでしたわ』
空に上がった途端、ティトゥはホッとため息をついた。
「そうだね。あの様子だと、丁度ピスカロヴァー王国からミロスラフ王国に援軍要請が来た所だったんじゃないかな」
どうやらピスカロヴァー王国の国境の砦の戦局が悪くなり、ミロスラフ王国に援軍の要請が来た所だったようだ。
後ほんの少し出発するのが遅れていたら、「今、隣国に行くのは危険だから」と足止めを受けていたかもしれない。
『ぷふっ』
その時、ティトゥの背後、胴体内補助席でリーリアが小さく吹き出した。
『ふふっ』
ティトゥもつられて小さく吹き出す。
「ふふふ」
僕もつられて笑い出す。
「くくく・・・ちょっとティトゥ、そんなに笑ったら砦の騎士団員達に悪いって。完全に君の言葉を信じてたんだからさ」
『うふふ・・・ふふふふ。ハヤテだって笑っているじゃないですの』
『うふふふ・・・あはははは』
緊張感の反動だろうか?
安心した途端、さっきまでのやり取りを思い出して急に可笑しくなって来たのだ。
「いやいや、僕は罪悪感で危うくハートブレイクしかけてたから。君の方は知らないけど」
『私だってそうですわ! もう! なんでハヤテは自分だけ繊細な心を持っているみたいに言うんですの!』
『ナカジマ様、ハヤテ様は何と言ったんですか?』
リーリアはティトゥから説明を受けると、『ナカジマ様とハヤテ様も気まずかったんですね』と言って再び笑い始めた。
何だか初めて聞く、リーリアの子供らしい笑い声だった。
僕達はひとしきり笑った後でようやく落ち着いた。
『これからどう進むんですの?』
「しばらくは大きな街道に沿って北上しようか。そして王都が見えた所で西に折れ、旧カメニツキー伯爵領を抜けてフォルタ砦に向かうルートで。大体の地理と途中の目印はトマスに聞いているから、多分、迷う事は無いと思うよ」
『だったらそれで行きましょう』
ティトゥは今の話をリーリアに説明した。
リーリアは真剣な面持ちでティトゥの言葉を聞いていたが、さっき笑った事で少し心が軽くなったのか、今朝のような思い詰めた表情ではなかった。
『心配しなくても、私達にはハヤテが付いているから大丈夫ですわ!』
ティトゥは豊かな胸をボムッ! と叩いた。
相変わらず君はいつも自信満々だな。僕は君の信頼が重いよ。
『・・・ハヤテ様よろしくお願いします』
・・・まあ、みんなの前でやると言ってここまで来た以上、今更怖気づいて逃げ出す訳にもいかないんだけどさ。
やるだけやってみるさ。
こうして僕達は戦場を目指し、混乱の隣国の空を北へと向かうのだった。
次回「ブシダハ橋」




