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その30 元老院議長選挙

 僕達は今朝訪れたヒーグルーンの港に、聖国メイドのモニカさんを迎えに来た。

 そこでティトゥは、港町アンブラで起こった事件のあらましをザッとモニカさんに説明したのだった。


『という訳で、ハヤテはトレモ船長に嫉妬しているんですわ』


 いや、だから違うんだって。

 確かに、リア充爆発しろとは言ったけど、僕がモヤモヤしているのはそれが理由じゃないんだって。

 ていうか、君だって商会主のフランコさんから話を聞いただろ? 今、都市国家連合で起きている問題――元老院議長選挙の事を。


『なる程。やはりハヤテ様も気にしていらしたのですね』

『そういえばそんな事も言ってましたわね』


 モニカさんは事情を知っているようだ。そしてティトゥは忘れていたようだ。君ねえ。

 僕の呆れた視線を感じたのか、ティトゥは慌てて言い訳を始めた。


『も、勿論覚えてましたわ。けど、外国人の私達が気にしても仕方がない事じゃありませんの。商会主のフランコさんも「残念ながら、もう手の打ちようがない」と言っていましたわ』


 事情をザックリ説明しよう。

 この都市国家連合は、五つの港町の代表による合議制で政策を決定しているそうだ。

 その中でも中心になっているのは二つの港町。港町ルクル・スルーツと、港町ヒーグルーン。

 ちなみにヒーグルーンとは、今、僕達のいるこの町の事である。

 そして現在、議長に就任しているのは港町ルクル・スルーツの商会主エム・ハヴリーン。

 何かと悪い噂の絶えない、ひと癖もふた癖もある人物だそうだ。

 フランコさんの説明によると、エム・ハヴリーンは強引な手段で議長の座に就くと、この地に傭兵団を呼び込んだのだと言う。


『おかげで都市国家はすっかり治安が悪くなってしまいました。それに、傭兵団に支払う給与や、彼らが壊した建築物の修繕費やらで今やどこも財政は火の車です』


 彼らとしては、生産に寄与しないばかりか、破壊と出費しかもたらさない傭兵達には、是非とも出て行って貰いたい。

 しかし、現議長が私兵として傭兵団を雇っている以上、対抗するためにはこちらも雇わざるを得ない。

 最高権力者である議長が傭兵団の存在を認めている以上、それに逆らう事は出来ないのである。


 だが、その議長の任期は今月いっぱいで満期を迎えるそうだ。

 四日後に開かれる議長選挙で反対派が勝利を収める事が出来れば、議長権限で都市国家連合から傭兵団を追い出す事も可能である。

 しかし、もし、現議長が再選するような事があれば、当然、次の任期終了まで傭兵達はこの地に居座り続ける事になるだろう。

 普通に考えれば、みんなが傭兵に迷惑しているのなら、満場一致で反対派が勝利しそうなものである。

 しかし、そう一筋縄ではいかないのが政治の――商人の世界なんだそうだ。


『ハヴリーン商会は都市国家連合全体を見回しても最大手となります。評議会議員といえども逆らえない者達が多いのです』


 ちなみについ先日までは、十六対十五の一票差で、ギリギリ反議長派が勝利すると見られていたそうだ。

 しかし、直前で港町アンブラの二商会が現議長派に回ってしまった。

 これで票数は十四対十七。現議長派に逆転されてしまったのである。


「あれ? 今のは港町アンブラでの話だよね。現議長派の港町ルクル・スルーツと、反議長派の港町ヒーグルーンはともかく、残りの二つの港町の票数まで前もって分かっている訳?」

『――と、ハヤテは言っていますわ』

『トル・テサジークとトル・トランは隣り合った港町で、昔から仲が悪く、ずっと争いを続けているんです。片方が反議長派に付けば、もう片方は現議長派に付くでしょう。今までも毎回そうでした』


 隣り合った港町か。

 確か東の方に双子のように並んだ港町があったっけ。あれがそのトル何とかと、トル何とかだったんだな。

 といった訳で、港町アンブラで現議長派が主流となってしまった以上、今の評議会議長、エム・ハヴリーンを最高権力の座から引きずり下ろすのは不可能になってしまったのだった。


『不可能ではありませんが、かなり困難になったのは間違いありません。任期の半ばで不信任決議案を提出する事も出来ますが、それまでの四年間にどれ程の被害が出るか』


 ちなみに議長の任期は八年間。

 その間に被害が増えれば、体力のない商会から経営が立ち行かなくなっていく。

 そしてエム・ハヴリーンはそんな商会に援助の手を差し伸べ、自陣の傘下に引き込むだろうと言うのである。なんという酷いマッチポンプ。


 そういや、今日、アデラお嬢さんを攫った相手は、ハヴリーン商会の商会主の息子だったそうだけど大丈夫?

 トレモ船長達が殺しちゃったみたいだけど。


『構いませんよ。商会を襲撃して娘を攫って行くような大悪党だ。もし、トレモが生かして連れて来ていても、その時は私が殺していましたよ』


 フランコさんはそう言うとニコリと笑ってみせた。いや、そんな虫も殺さないような笑顔で言われても、全然説得力がないんだけど。


『それに今回の一件で、トレモは聖国王城の御用商人に選ばれました。いくらハヴリーン商会とはいえ、聖国王城と直接繋がりのある商会を相手に表立って敵に回ったりは出来ませんよ』


 ああ、なる程。フランコさんが娘とトレモ船長の結婚を喜んでいたのは、そういう理由もあったのか。

 聖国王城という巨大な後ろ盾を得たトレモ船長の所になら、安心して娘を預けられる、という訳か。

 逆にハヴリーン商会の商会主としては、息子を殺されたというのに復讐すら出来ない状況になったと言える。それはさぞや悔しい思いをする事になるだろう。

 まあ、殺される原因を作ったのは当の息子本人なんだけど。


 しかし、こうして色々と話を聞いてみると、ハヴリーン商会は僕達とも陰で色々と絡んでいるんだな。

 例えば、先日のミロスラフ王家を狙った包囲網戦。

 南の軍勢を差し向けたのは、間違いなく現評議会議長エム・ハヴリーンだろう。というか、そんな立場の人間が四千もの軍の軍事行動を把握していないはずがない。

 つまり現議長は僕達、ミロスラフ王国側の人間にとっても、明確に”敵”になっているという事だ。

 そんな危険人間の再選が濃厚というのは、当然、僕達にとっても面白くはないね。


『今からでも票数の挽回は出来ないんですの?』

『・・・難しいでしょう。現議長派に寝返った両商会共、ハヴリーン商会からの資金援助を受けてどうにか成り立っている状況ですので』


 もし、事情を知るのがもう少し早ければ、何か手を打てたかもしれない。

 しかし、選挙は四日後――実質、後二日と半日しか残っていなかった。

 

『残念ながら、もう手の打ちようがありません』

『そんな・・・』


 ティトゥは僕に振り返ったが、そんな目で見られても、僕にだってどうする事も・・・。

 僕に出来る事と言ったら、評議会議長の頭の上に爆弾を落とすくらいだけど、それをやったら絶対に戦争になるだろうし。

 戦争の引き金を引いた人間として、ティトゥのミロスラフ王国での立場が悪くなるのも困るし。

 最悪、罪に問われて領地の取り上げ、なんて事まであるかもしれない。

 ・・・あれ? ナカジマ領って、取り上げられて困るような領地だったっけ? やたらと開発にお金と手間のかかる湿地帯ばかりだったような――


 おっと、話が逸れてしまった。

 といった訳で、僕は今の都市国家連合の現状を聞かされた事で、誘拐された女の子を無事に助けた喜びに、すっかり水を差されてしまったのだった。

 ――何度も言うけど、ちゃっかりその女の子とくっついたトレモ船長に嫉妬している訳じゃないからね。

 トレモ船長の主人公補正をひがんでいる訳じゃないから。リア充爆発しろとか、本気で思っている訳じゃないから。




 聖国メイドのモニカさんは、僕の話を聞き終えると大きく頷いた。


『良いタイミングでした。私も丁度、お二人にその話を相談しようと思っていた所だったんです』

『モニカさんも、りあじゅう爆発しろ、なんですの?』


 いや、しつこいね君。だから違うって言ってるでしょ。

 モニカさんは振り返ると、さっきから神妙な顔つきで立っている身なりの良いオジサン達を紹介した。


『彼らはこの港町ヒーグルーンの商会主の方達。つまりは評議会議員の方達です。それと港町トル・テサジークとトル・トランから来られた議員の方達となります』


 なんと。やたらと人数が多いと思ったら、評議会議員が勢ぞろいしていたのか。

 ていうか、港町トル何とかとトル何とかって、仲が悪いんじゃなかったの? なんで仲良く一緒にここにいるわけ?


『いえ、我々は決してトル・トランと仲良くしている訳じゃありません』

『長年争った関係ですからね。そう簡単には仲良くは出来ませんよ。しかし今は自分の町のため、一時的にトル・テサジークと手を結ぶ事にしたのです』

『私から説明させて頂きます』


 トル何とかのオジサン達では話が長くなりそうだと思ったのか、その後はモニカさんが説明してくれた。


 ええと、つまりはこういう事かな。

 トル何とかとトル何とかの港町は、昔から仲が悪く、ずっと争っていた。

 都市国家連合に傭兵団が流れ込むと、両港町は先を争うように彼らと契約した。

 相手が百人雇ったら、こっちは二百人。だったらこちらは四百人。だったら・・・

 そうして二つの港町は、身の丈を超えた数の傭兵達を抱え込む事になってしまったのだった。


『トル・テサジークでは、彼らに支払う金が、今では年間予算の五割にも達しているのです』

『トル・トランも似たようなものです。町のインフラ整備に回す予算も無くなり、老朽化した港の整備もままなりません』


 港町で港が老朽化して使えなくなるのってヤバいんじゃない?

 と思ったら本当にヤバかったようで、事ここに至って、両港町もようやく「これは戦っている場合じゃないぞ」と気付いたようだ。

 ハト派の声がタカ派の声を押さえ込み、代表者達は秘密裏に接触。両港町が同時に傭兵達と手を切る事で同意したのだった。

 さて。「こっちは傭兵を解雇するからな。約束通りお前もそうしろよ」「いいだろう。絶対に裏切るなよ」「よし、同時に解雇するぞ」「せーのでいくぞ」「「せーの!」」と、いくかと思った所で、突然、問題が発生した。

 互いの陣営の傭兵達が砦に立てこもり、解雇に断固反対を訴え始めたのである。


『傭兵達は、自分達を追い出すのなら、今度はトル・テサジークを襲うと言い出しまして』

『トル・トランも同じです。どうやら彼らは、事前にどこからかこちらの情報を掴んでいたらしく、裏で示し合わせて、同時に我々に要求を突き付けて来たのです』

『残念ながら我が町の衛兵だけでは、傭兵達から町を守るには力が足りず』

『ここは彼らの要求を呑むしかないのでは、という流れになりつつあるのです』


 なる程。コッソリ示し合わせて追い出すつもりが、傭兵達(あちら)もコッソリ示し合わせて対抗して来た、と言う訳だね。

 しかし、どうしても諦め切れない彼らは、議長選挙にかこつけてここ港町ヒーグルーンを訪れ、ヒーグルーンの議員達に泣きついたんだそうだ。


『トル・テサジークとトル・トランの両傭兵団と戦えるだけの傭兵団を抱えているのは、ルクル・スルーツかヒーグルーンしかありません』

『しかし、傭兵団をこの地に呼び込んだ現議長に頼るのは、心情的にやはりちょっと・・・』


 といった訳でヒーグルーンを頼った彼らだったが、色よい返事は貰えなかったそうだ。


『距離があり過ぎると言われました』


 そう。このヒーグルーンは都市国家連合の一番西にあたる。逆にトル何とかは東の端。

 その間は険しい山に隔てられているため、迅速に兵士を移動させるためには船を使う必要があるのだ。

 傭兵達に相談しても、「敵が待ち構えているかもしれない場所に、船で乗り込むなんて冗談じゃない!」と、猛反発を食らってしまったんだそうだ。

 そりゃまあ、水陸両用作戦(※上陸を伴う攻勢作戦)は、圧倒的に防衛側が有利と言われているからね。彼らの言わんとしている事も分からなくはないかな。


 モニカさんは僕を見上げてほほ笑んだ。


『このヒーグルーンの者達も、出来れば力になりたいと思っているようですが、この場合、やはり距離が問題のようです。私にも相談されたのですが、残念ながら力不足で。

 どうでしょうか? ここはハヤテ様から、彼らに知恵を授けて頂けないでしょうか』


 え? 何で僕? まあ、藁をもすがるって気持ちは分からないでもないけど。

 う~ん。確かに気の毒だとは思うけど、正直言って、これって自業自得なんじゃない? あまり同情は出来ないかなあ。


 僕の白けた空気を感じたのだろう。両港町のオジサン達は慌てて身を乗り出した。


『も、もし、傭兵達を追い出してくれるなら、トル・テサジークは議長選挙ではヒーグルーンに協力させて頂きます!』

『トル・トランも同じです! 反議長派としてヒーグルーンに票を入れさせて貰います!』


 なに? ちょっと待って。今の話、もう少し詳しく聞かせて貰おうか。

次回「良い警官・悪い警官」

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっとこの章の本題にはいってきましたねw [一言] そういや死んだクズ息子以外に後継者いるのかしら?
[一言] 荒事で飯食ってる連中も命掛けないで良い思い出来るなら無理する必要無いからな、正規の軍隊が存在してそれじゃ足りなくて雇うならまだしも衛兵程度しかいない状況で大量の傭兵雇ったら居直るってリスクは…
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