その28 船上の死闘
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トレモ船長は先陣を切ってハヴリーン商会の船に乗り込むと、手にした剣を大きく振り上げた。
「野郎共、やっちまえ! 相手が傭兵だろうが関係ねえ! 皆殺しだ!」
「「「「おおーっ!!」」」」
武装した船乗り達が、次々と商会の船に飛び移った。
「ひいいいっ!」
「た、助けてくれ!」
「バカ野郎! 邪魔だ、どけ!」
ハヴリーン船の船員達は、突然の襲撃に怯えて傭兵達に縋り付いた。
だが、傭兵達は全員船の中に武器を置いたままにしている。
その上彼らは防具すら身に付けていない、下着一枚の姿だ。
攻撃するための武器も無し、身を守るための防具も無しでは、いくら戦い慣れした傭兵達とはいえ戦う術はなかった。
「ギャアアアアアッ!」
「く、クソがっ!・・・ぐあああっ!」
傭兵達はあっけなく切り殺されていく。
船のあちこちで一方的な虐殺が繰り広げられた。
「傭兵だろうが何だろうが関係ねえ! 相手は武器も持たない丸裸だ! 殺せ! 息の根を止めろ!」
「チクショウ! ぐはっ・・・」
「テメエら船乗り風情が――ぎゃあああ!」
「ひっひいいいいっ! お、俺達は傭兵じゃない! た、助けてくれ!」
ハヴリーン船の船員達は算を乱して逃げ惑う。
傭兵達は必死の抵抗も虚しく、みるみるうちに血の海に沈んでいった。
この時になって、ようやく武器を手にした傭兵が船内から現れた。
彼らは仲間の死を前に、顔を真っ赤にして怒気を漲らせた。
「なっ! テメエらこんな真似をして、ただで済むと思うなよ!」
「こっちに武器を持った傭兵がいるぞ! 油断するな!」
「思い知らせて――ぎゃあ!」
「よし! 今だ、怯んだぞ! 一斉にかかれ!」
しかし、この時点で、既に船の上は、ほぼ襲撃者によって制圧されていた。
彼らの参戦も焼け石に水。
武器を手にした傭兵だろうと、数の暴力には敵わない。
四方八方から同時に攻撃され、彼らは全身血だらけになって甲板の上に倒れたのだった。
こうして戦闘が開始してから僅か数分。
骸骨団は、トレモ船長ら襲撃者達によって、あっけなく壊滅されてしまったのであった。
戦いが終わった甲板の上は、まるで赤い絵の具をぶちまけたようになっていた。
潮の匂いに血の匂いが混じり、錆臭い吐き気を催す悪臭が漂っている。
こうして全ては終わった。――いや、違う。彼らがここに来た目的がまだ終わっていない。
トレモ船長は、降伏したハヴリーン船の船員の胸倉を掴み上げた。
「おい! この船にアデラお嬢様――若い娘が連れ込まれているだろう! 案内しろ!」
「は、はひいいいいっ!」
船員は血の付いた剣を突き付けられ、ガクガクと体を振るわせた。
トレモ船長は、仲間の船乗り達に振り返った。
「何人かは俺に続け。残りは傭兵共に止めを刺して回れ。死んだふりをして機会をうかがっているヤツがいるかもしれねえ。くれぐれも油断はするなよ」
「「「おう!」」」
「は、はひいいいいっ!」
気の毒に、ハヴリーン船の船員の顔からは、すっかり血の気が引いて紙のように真っ白になっている。
彼はトレモ船長に促されて船内に入ろうとして――「ぎゃっ!」蹴り飛ばされて床に転がった。
「おおっと、誰も動くんじゃねえぞ」
哀れな男を蹴り飛ばして現れたのは、傷だらけの凄みの有る男だった。
今となっては骸骨団のたった一人の生き残り。団長のガドラスである。
ガドラスは利き手に剣を、そして左手に少女の細い腕を掴んでいた。
「アデラお嬢様!」
「ト、トレモ!」
「ひ、ひいいい、お、お前達、俺に近付くな!」
後ろ手に縛られ、ガドラスに引っ張り出されたのは、うら若き少女だった。
バニャイア商会の娘、攫われた少女アデラである。
そしてアデラを羽交い絞めにしている、顔中白塗りの異相の青年。
こちらはこの騒ぎの元凶。評議会議長の孫、ペル・ハヴリーンである。
アデラは少し疲労している様子だが、どうにか気丈に振る舞っている。
着衣にも大きな乱れは見られない。
どうやら傷付けられたり乱暴されたりしてはいないようだ。
トレモ船長はひとまずその事に安心した。
ガドラスは周囲の惨状を見回すと、「チッ」と舌打ちをした。
「テメエらよくもやってくれたな。おい! この娘の命が惜しければ、この船の船員を放せ!」
ガドラスの恫喝に、トレモ船長の部下達は思わず後ずさった。
船員達がおっかなびっくり立ち上がる。
「おい、向こうの船に乗り移れ! コイツらの船を頂いていくぞ!」
船員達はガドラスの指示で慌ててトレモ船長達の船に向かった。
「テメエらは動くなよ。この娘がどうなるか分かっているよな?」
トレモ船長達はガドラスを睨み付けるだけで一歩も動けない。
もし、誰かが迂闊に動けば、この男はためらいもなく人質の少女を切り殺すだろう。そう思わせるだけの凄みがこの男にはあった。
「・・・船長」
「・・・ダメだ、動くな」
トレモ船長達は僅かなチャンスも見逃すまいと、武器を持つ手に力を入れた。
しかし、その動きが怯えたペル・ハヴリーンを刺激してしまった。
「お、お前ら全員武器を捨てろ! こ、この女がどうなってもいいのか!」
「! ・・・ちっ!」
トレモ船長達は渋々、武器を足元に転がした。
ペル・ハヴリーンは相手が武器を失った事、そして相手が自分の命令に従った事で、すっかり調子付いてしまった。
「は、ははっ! 情けないな! お前達この女を助けに来たんじゃないのか? なのになんだその姿。完全に俺の言いなりじゃないか。俺達がコイツを人質にするとは思わなかったのか? ははははは! バカ共め。剣を降り回すだけで頭は足りていないようだな」
ペル・ハヴリーンは悔しがるトレモ船長達をあざ笑うと、アデラの髪の毛を掴んだ。
「バニャイア商会はバカばかりだ。良かったなアデラ、あんなヤツらと縁が切れて。俺が連れ出してやった事に感謝しろよ」
だが、ペル・ハヴリーンがいい気になっていたのはここまで。
彼の笑いは即座に凍り付いた。
ペル・ハヴリーンの視線の先。夏の陽光を反射して、大きな翼がこちらに向かって一直線に向かって来たのだ。
「ひっ・・・ば、化け物!」
グオオオオオオオオッ!
大きなうなり声が響き渡ると共に、ハヤテの四門の機関砲が唸りを上げた。
ドドドドドドドドド!
バリバリバリバリ!
20mm機関砲の弾丸は、ハヴリーン船の帆に集中した。
厚手の帆布はズタズタに引き裂かれ、焼夷弾で焼けて火の粉を撒き散らした。
「ひいいいっ! ガ、ガドラス、お、俺を助けろ!」
「なっ! このバカ! 何しやがる!」
ペル・ハヴリーンは恐怖に我を忘れて、この場に残った最後の味方――ガドラスに縋り付いた。
ガドラスは突然、護衛対象にしがみつかれて身動きが取れなくなった。
トレモ船長はこの隙を見逃さなかった。彼は足元の剣を拾うと大きく前に突き出した。
「バカ、離れ――ぐっ・・・」
ガドラスの胸にトレモ船長の剣が深々と突き立てられた。
彼はそれでも剣を振り上げたが、その時にはもう何人もの船乗り達が彼に切りつけていた。
「――ぐふっ!! くそっ・・・こんな仕事・・・受けるんじゃ・・・なかった・・・ぜ」
「ガ、ガドラス!」
ガドラスは全身をなますに切り刻まれ、血だまりの中に倒れた。
倒れた彼に追い打ちの攻撃が襲い掛かり、彼は無数の剣に刺されて死んだ。
傭兵達の間にその名を轟かせる、骸骨団のガドラスのあっけない最後だった。
「ガ、ガドラス! ち、違う、俺は、俺のせいじゃ・・・。そ、そうだ、アデラ!」
ペル・ハヴリーンは人質の存在を思い出し、慌てて手を伸ばした。
――が、その手は横から伸びたトレモ船長の手に掴まれていた。
「これ以上、好きにやらせるものかよ」
「ひいっ! い、イヤだ! た、助けて――ゲッ、ゲフッ」
トレモ船長は無言でペル・ハヴリーンを引き寄せると、その胸に剣を突き刺した。
剣は肺を突き破り、ペル・ハヴリーンは血の塊を吐き出した。
彼は泣きじゃくりながら床に崩れ落ちた。
白塗りの顔は、血と涙の跡でぐしゃぐしゃに汚れていた。
「ヒッ、ヒッ、い、痛い・・・ゴフッ。痛いいたいいたいゲホゲホ・・・こんなのウソだ・・・死にたく・・・な・・・い・・・死・・・な・・・」
ペル・ハヴリーンは血だまりの中で弱弱しくもがいた。
胸を焼く激痛の中、やがて彼は意識を失い、そのまま二度と目覚める事はなかったのである。
次回「リア充爆発しろ」




