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その27 道案内

◇◇◇◇◇◇◇◇


 洋上を進む青い小型船。トレモ船長の乗るブルードラゴン号である。

 トレモ船長は帆柱の上の見張りに向かって叫んだ。


「どうだ?! ハヤテ様の姿は見えないか?!」

「全然ダメです! ドラゴンもハヴリーン商会の船も見当たりません!」


 トレモ船長は大きな舌打ちをした。

 たまたま近くにいた船乗りが呆れ顔になった。


「船長、焦り過ぎだぜ。海の上であてもなく相手を見つけるなんて、最初から無理があるんだからよ」

「・・・そんな事くらい、言われるまでもねえよ」


 この広い海原で、たった一隻の船に追いつき、見つける。それがどれだけ困難な事かは当然分かっている。


(だが、相手はあの竜 騎 士(ドラゴンライダー)なんだ。だったら、俺には分からない不思議な力で、どうにかしちまうかもしれないだろ)


 竜 騎 士(ドラゴンライダー)は普通じゃない。


 トレモ船長はハヤテ達とのこの数日の付き合いで、おぼろげながらその事実に気付きかけていた。

 その時、船長は見張りが空の一点を注視しているのに気付いた。


「おい! 何か見つけたのか?!」

「あ、いや、カモメにしてはおかしな姿だし、あれがそうなのかどうか、俺にはちょっと・・・」


 見張りは自信が無いのか、その言葉はどこか歯切れが悪い。

 トレモ船長は男の態度に焦れると、ロープを掴み、スルスルと帆柱を登っていった。


「お、おい、船長! 何やってんだ!」

「どこだ?! どこに見えた?!」

「えっ? こ、この指の先、あの雲の上だ」


 見張りの指差すずっと先。抜けるような青空の中、黒い点がまるで縫い付けられたようにピタリと静止していた。

 いや、静止しているのではない。こちらに真っ直ぐ向かって来ているから、止まって見えるのだ。

 トレモ船長は叫んだ。


面舵(おもかじ)いっぱい! 右舷だ! 南の空だ! ドラゴンのお出ましだぜ!」

「ドラゴン?!」

「まさか本当に?!」


 途端に船の上は大騒ぎになった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティトゥは驚き顔で呟いた。


『本当にトレモ船長の船だったんですわね』


 どうやらそうみたいだね。

 帆柱の上には、四色に塗り分けられたカラフルな旗がはためいている。

 旗は対角線で区切られて、それぞれ黄、青、赤、黒。

 僕がトレモ船長に目印として頼んでおいた”Z旗(ゼットき)”である。


 Z旗(ゼットき)とは国際信号旗の一つで、名前の通りアルファベットの”Z”を意味する旗である。

 しかし、ミリオタの間では、Z旗と言えば特別な意味を持つ。

 日露戦争の際、海軍元帥東郷平八郎(※当時大将)が日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を打ち破った時、旗艦三笠のマストに掲揚したのがこのZ旗だったのだ。


 ていうか、僕も気付かなかった船を、ハヤブサはよくあの距離で見つけたもんだ。

 メイド少女カーチャはハヤブサの背中を撫でた。


『ハヤブサ様は随分と目が良いんですね。凄いです』

『きっとハヤテ(パパ)に似たんですわ』

「グルグルグル(たまたま気付いただけだって)」


 ハヤブサは、みんなに褒められて、まんざらでもなさそうに喉を鳴らした。


「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(ママ! カーチャ姉! 私も! 私も見つけてた!)」


 そしてファル子。ちゃっかり自分も便乗しようとしないように。君は見張りに飽きて操縦席の床で棒を齧っていたからね。僕はちゃんと見てたから。

 トレモ船長の船は僕の接近に気付いたようだ。大きく左に傾くと、ゆっくりとこちらに船首を向けようとしている。

 僕は翼を振って彼らに応えた。


『後はあの船を誘拐犯の船まで案内するだけですね。トレモ船長はアデラさんを無事に助け出せるでしょうか?』

『さあ。ねえ、ハヤテが誘拐犯達をやっつけてしまう訳にはいきませんの?』


 ティトゥは僕が誘拐犯達を直接攻撃しない事に、まだ不満があるようだ。


「さっき言ったよね。僕の攻撃は強力すぎるって。これ以上船を破壊して沈めてしまう訳にはいかないし、攫われたお嬢様――アデラさんだっけ? 彼女まで傷付けてしまったらマズいだろ?」

『それは・・・勿論そうですわ』

『強すぎるっていうのも、意外と不便なんですね』


 まあね。

 僕が個人的に人殺しをしたくない、っていうのはここでは言わない方がいいかな。

 戦争であれだけ殺しておいて何を今更、という感じもしないではないけど、やっぱりね。

 もしもこれ以上引き金が軽くなったら――人殺しを「仕方がない」と割り切って考えるようになったら――僕は身も心も人間を止めて戦闘機になってしまうんじゃないか。そう思うと怖いんだよ。

 ・・・いや。そうなった時には、きっとティトゥが止めてくれるから大丈夫か。


『ハヤテ?』

「何でもない。それより、船に進行方向を教えるために何度か機関砲を発砲するよ。カーチャにそう言っておいて」

『りょーかい、ですわ』


 僕は大きく旋回すると、トレモ船長達の船の案内を開始したのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはハヴリーン商会の船の上。下着一枚の男達が空を見上げて呟いた。


「・・・あの化け物め、ようやく諦めたか」


 化け物は――ハヤテは――強力な攻撃で船の船尾を破壊すると、こちらを襲って来る訳でもなく、かと言って去る訳でも無く、上空で旋回を始めた。

 化け物は何を考えているのだろうか? ヴーン、ブーンと羽音のような不気味な音を響かせながら、飽きることなく船を見下ろし続けた。

 いくら荒くれ者揃いの傭兵達とはいえ、相手が弓矢も届かない遥か上空を飛んでいては勝負にならない。

 彼らは生きた心地もしないまま、ジッと化け物の動きを見守っていた。

 そんな化け物がついさっき、ようやく船の上から去って行った。

 彼らは安堵のため息と共に、大きな歓声を上げたのだった。


「やれやれ。こんな仕事は二度と御免だ」

「団長、どうでしたか?」


 全身傷だらけの強面の男――骸骨団(コステラ)の団長、ガドラスが、疲れた顔で船の中から現れた。


「どうもこうもねえ。あのガキ、『化け物がいなくなったのか? ならば今のうちにこの場所を離れろ! 何をボヤボヤしている!』だとさ。それが出来るならとっくにやっているぜ。自分が命じればどんな無理でも通ると思ってやがる」


 ガドラスは顔を歪めて吐き捨てた。

 彼らの護衛対象、評議会議長の孫ペル・ハヴリーンは、騒ぎに驚いて船室から出て来た所で、船の被害と上空を飛ぶ化け物を見てすっかり怯えてしまった。

 彼は化け物の唸り声に震えあがると、船室に逃げ込み、頭からシーツを被ってずっと震えていたのである。


「で? 船の方はどうだって?」

「それですが、あまり良くないみたいですぜ」


 船員達は化け物が上空にいる時から、命の危険を覚悟で船の修理を行っていた。

 その時点で既に船は傾き始めていた。一刻も早く浸水を止めないと手遅れになる。

 傭兵達も彼らに協力して、建材を運んだり、積み荷を海に捨てたりと懸命に働いた。

 その甲斐があってか、今では船の傾きは止まり、小康状態が訪れていた。


「今日明日中に沈没するってぇ心配はないようですが、舵がやられちまったんで、思った方向に進めねえそうです」

「・・・まあ、派手にやられちまったからな」


 ガドラスはしかめっ面で船の後部を見つめた。

 船は全体的に大きく沈み込み、後ろ三分の一程は海面下に没し、波に洗われている。

 懸命の修理作業の結果、どうにかこれ以上の浸水は防げているが、船体に大きな力が加われば修理箇所が再度破損する恐れがあった。


「ボートで逃げる事は出来ねえのか?」

「全員が一度に乗るのは無理らしいです。その場合は何度か往復する事になると言ってました」

「それは・・・分かった。一応、考えておく」


 もし、ボートで逃げる事になった場合、船に残される者達は決して納得しないだろう。

 最悪の場合、殺し合いも覚悟しなければならない。ガドラスは心の中で連れて行く者達を選別していた。


 その時、見張りをしていた男が情けない悲鳴を上げた。


「や、ヤツだ! あの化け物が帰って来やがった!」

「なんだって?!」


 全員が作業の手を止めると、船の縁に集まった。


「クソッ! あの化け物め! どこまでも祟りやがる! 俺達に何か恨みでもあるってのかよ!」

「待て! 見ろ、船だ! 船が襲われているぞ!」


 どうやら化け物は別の獲物を探しに行っていたようだ。一隻の小型船を執拗に追い回している。

 船は真っ直ぐこちらに向かって逃げて来ているらしく、その姿はみるみるうちに大きくなっていった。


「ああっ! あのままじゃ、やられちまうぞ!」

「チクショウ! あの化け物め!」


 今では船の上の船員達の姿まで見えるようになっていた。

 彼らもこの船に気付いたらしく、こちらを指差しては船の上を走り回っている。

 その時、ガドラスはふと目の前の光景に違和感を覚えた。

 化け物に追われているにしてはおかしくはないか? 小型船の船員達は手に武器を持ち、続々と船首に集まり始めている。これではまるで・・・


「バカ野郎! 何をボヤボヤしてやがる! ヤツらは俺達を襲撃するつもりだ! 武器だ! テメエら武器を構えろ!」


 ガドラスの声に、傭兵達はハッと顔を見合わせると、慌てて走り出した。

 全員、武器を船内に置いたままにしていた事に気付いたのだ。

 二十人近くの男達が、一斉に小さな入り口に殺到した。


「くっ! 急げ! 武器を手にした者から――」


 ドスン! バリバリバリ!


 大きな振動と共に、木と木が噛み合う軋み音が響き渡った。

 小型船が接舷したのだ。

 小ざっぱりした身なりの若い男が、こちらの船に飛び移ると、手にした剣を大きく振り上げた。


「野郎共、やっちまえ! 相手が傭兵だろうが関係ねえ! 皆殺しだ!」

「「「「おおーっ!!」」」」

次回「船上の死闘」

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― 新着の感想 ―
[一言] >>ハヤブサはよくあの距離で見つけたもんだ これはハヤブサが進化したら彩雲になるフラグですね?(違)
[一言] 同じ海の藻屑になるにしても一方的に機銃でミンチにされるよりは、トレモ船長達と戦って死ねるならまだ傭兵として納得できる形かな?同じ死ぬなら
[良い点] よかった…船長が来るまで船が沈没してないで…(ぉ ともあれあとは船長らの頑張り次第なんだけど …えらい君等勇ましいけど元海賊かなにかかな?w
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