その27 道案内
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洋上を進む青い小型船。トレモ船長の乗るブルードラゴン号である。
トレモ船長は帆柱の上の見張りに向かって叫んだ。
「どうだ?! ハヤテ様の姿は見えないか?!」
「全然ダメです! ドラゴンもハヴリーン商会の船も見当たりません!」
トレモ船長は大きな舌打ちをした。
たまたま近くにいた船乗りが呆れ顔になった。
「船長、焦り過ぎだぜ。海の上であてもなく相手を見つけるなんて、最初から無理があるんだからよ」
「・・・そんな事くらい、言われるまでもねえよ」
この広い海原で、たった一隻の船に追いつき、見つける。それがどれだけ困難な事かは当然分かっている。
(だが、相手はあの竜 騎 士なんだ。だったら、俺には分からない不思議な力で、どうにかしちまうかもしれないだろ)
竜 騎 士は普通じゃない。
トレモ船長はハヤテ達とのこの数日の付き合いで、おぼろげながらその事実に気付きかけていた。
その時、船長は見張りが空の一点を注視しているのに気付いた。
「おい! 何か見つけたのか?!」
「あ、いや、カモメにしてはおかしな姿だし、あれがそうなのかどうか、俺にはちょっと・・・」
見張りは自信が無いのか、その言葉はどこか歯切れが悪い。
トレモ船長は男の態度に焦れると、ロープを掴み、スルスルと帆柱を登っていった。
「お、おい、船長! 何やってんだ!」
「どこだ?! どこに見えた?!」
「えっ? こ、この指の先、あの雲の上だ」
見張りの指差すずっと先。抜けるような青空の中、黒い点がまるで縫い付けられたようにピタリと静止していた。
いや、静止しているのではない。こちらに真っ直ぐ向かって来ているから、止まって見えるのだ。
トレモ船長は叫んだ。
「面舵いっぱい! 右舷だ! 南の空だ! ドラゴンのお出ましだぜ!」
「ドラゴン?!」
「まさか本当に?!」
途端に船の上は大騒ぎになった。
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ティトゥは驚き顔で呟いた。
『本当にトレモ船長の船だったんですわね』
どうやらそうみたいだね。
帆柱の上には、四色に塗り分けられたカラフルな旗がはためいている。
旗は対角線で区切られて、それぞれ黄、青、赤、黒。
僕がトレモ船長に目印として頼んでおいた”Z旗”である。
Z旗とは国際信号旗の一つで、名前の通りアルファベットの”Z”を意味する旗である。
しかし、ミリオタの間では、Z旗と言えば特別な意味を持つ。
日露戦争の際、海軍元帥東郷平八郎(※当時大将)が日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を打ち破った時、旗艦三笠のマストに掲揚したのがこのZ旗だったのだ。
ていうか、僕も気付かなかった船を、ハヤブサはよくあの距離で見つけたもんだ。
メイド少女カーチャはハヤブサの背中を撫でた。
『ハヤブサ様は随分と目が良いんですね。凄いです』
『きっとハヤテに似たんですわ』
「グルグルグル(たまたま気付いただけだって)」
ハヤブサは、みんなに褒められて、まんざらでもなさそうに喉を鳴らした。
「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(ママ! カーチャ姉! 私も! 私も見つけてた!)」
そしてファル子。ちゃっかり自分も便乗しようとしないように。君は見張りに飽きて操縦席の床で棒を齧っていたからね。僕はちゃんと見てたから。
トレモ船長の船は僕の接近に気付いたようだ。大きく左に傾くと、ゆっくりとこちらに船首を向けようとしている。
僕は翼を振って彼らに応えた。
『後はあの船を誘拐犯の船まで案内するだけですね。トレモ船長はアデラさんを無事に助け出せるでしょうか?』
『さあ。ねえ、ハヤテが誘拐犯達をやっつけてしまう訳にはいきませんの?』
ティトゥは僕が誘拐犯達を直接攻撃しない事に、まだ不満があるようだ。
「さっき言ったよね。僕の攻撃は強力すぎるって。これ以上船を破壊して沈めてしまう訳にはいかないし、攫われたお嬢様――アデラさんだっけ? 彼女まで傷付けてしまったらマズいだろ?」
『それは・・・勿論そうですわ』
『強すぎるっていうのも、意外と不便なんですね』
まあね。
僕が個人的に人殺しをしたくない、っていうのはここでは言わない方がいいかな。
戦争であれだけ殺しておいて何を今更、という感じもしないではないけど、やっぱりね。
もしもこれ以上引き金が軽くなったら――人殺しを「仕方がない」と割り切って考えるようになったら――僕は身も心も人間を止めて戦闘機になってしまうんじゃないか。そう思うと怖いんだよ。
・・・いや。そうなった時には、きっとティトゥが止めてくれるから大丈夫か。
『ハヤテ?』
「何でもない。それより、船に進行方向を教えるために何度か機関砲を発砲するよ。カーチャにそう言っておいて」
『りょーかい、ですわ』
僕は大きく旋回すると、トレモ船長達の船の案内を開始したのだった。
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ここはハヴリーン商会の船の上。下着一枚の男達が空を見上げて呟いた。
「・・・あの化け物め、ようやく諦めたか」
化け物は――ハヤテは――強力な攻撃で船の船尾を破壊すると、こちらを襲って来る訳でもなく、かと言って去る訳でも無く、上空で旋回を始めた。
化け物は何を考えているのだろうか? ヴーン、ブーンと羽音のような不気味な音を響かせながら、飽きることなく船を見下ろし続けた。
いくら荒くれ者揃いの傭兵達とはいえ、相手が弓矢も届かない遥か上空を飛んでいては勝負にならない。
彼らは生きた心地もしないまま、ジッと化け物の動きを見守っていた。
そんな化け物がついさっき、ようやく船の上から去って行った。
彼らは安堵のため息と共に、大きな歓声を上げたのだった。
「やれやれ。こんな仕事は二度と御免だ」
「団長、どうでしたか?」
全身傷だらけの強面の男――骸骨団の団長、ガドラスが、疲れた顔で船の中から現れた。
「どうもこうもねえ。あのガキ、『化け物がいなくなったのか? ならば今のうちにこの場所を離れろ! 何をボヤボヤしている!』だとさ。それが出来るならとっくにやっているぜ。自分が命じればどんな無理でも通ると思ってやがる」
ガドラスは顔を歪めて吐き捨てた。
彼らの護衛対象、評議会議長の孫ペル・ハヴリーンは、騒ぎに驚いて船室から出て来た所で、船の被害と上空を飛ぶ化け物を見てすっかり怯えてしまった。
彼は化け物の唸り声に震えあがると、船室に逃げ込み、頭からシーツを被ってずっと震えていたのである。
「で? 船の方はどうだって?」
「それですが、あまり良くないみたいですぜ」
船員達は化け物が上空にいる時から、命の危険を覚悟で船の修理を行っていた。
その時点で既に船は傾き始めていた。一刻も早く浸水を止めないと手遅れになる。
傭兵達も彼らに協力して、建材を運んだり、積み荷を海に捨てたりと懸命に働いた。
その甲斐があってか、今では船の傾きは止まり、小康状態が訪れていた。
「今日明日中に沈没するってぇ心配はないようですが、舵がやられちまったんで、思った方向に進めねえそうです」
「・・・まあ、派手にやられちまったからな」
ガドラスはしかめっ面で船の後部を見つめた。
船は全体的に大きく沈み込み、後ろ三分の一程は海面下に没し、波に洗われている。
懸命の修理作業の結果、どうにかこれ以上の浸水は防げているが、船体に大きな力が加われば修理箇所が再度破損する恐れがあった。
「ボートで逃げる事は出来ねえのか?」
「全員が一度に乗るのは無理らしいです。その場合は何度か往復する事になると言ってました」
「それは・・・分かった。一応、考えておく」
もし、ボートで逃げる事になった場合、船に残される者達は決して納得しないだろう。
最悪の場合、殺し合いも覚悟しなければならない。ガドラスは心の中で連れて行く者達を選別していた。
その時、見張りをしていた男が情けない悲鳴を上げた。
「や、ヤツだ! あの化け物が帰って来やがった!」
「なんだって?!」
全員が作業の手を止めると、船の縁に集まった。
「クソッ! あの化け物め! どこまでも祟りやがる! 俺達に何か恨みでもあるってのかよ!」
「待て! 見ろ、船だ! 船が襲われているぞ!」
どうやら化け物は別の獲物を探しに行っていたようだ。一隻の小型船を執拗に追い回している。
船は真っ直ぐこちらに向かって逃げて来ているらしく、その姿はみるみるうちに大きくなっていった。
「ああっ! あのままじゃ、やられちまうぞ!」
「チクショウ! あの化け物め!」
今では船の上の船員達の姿まで見えるようになっていた。
彼らもこの船に気付いたらしく、こちらを指差しては船の上を走り回っている。
その時、ガドラスはふと目の前の光景に違和感を覚えた。
化け物に追われているにしてはおかしくはないか? 小型船の船員達は手に武器を持ち、続々と船首に集まり始めている。これではまるで・・・
「バカ野郎! 何をボヤボヤしてやがる! ヤツらは俺達を襲撃するつもりだ! 武器だ! テメエら武器を構えろ!」
ガドラスの声に、傭兵達はハッと顔を見合わせると、慌てて走り出した。
全員、武器を船内に置いたままにしていた事に気付いたのだ。
二十人近くの男達が、一斉に小さな入り口に殺到した。
「くっ! 急げ! 武器を手にした者から――」
ドスン! バリバリバリ!
大きな振動と共に、木と木が噛み合う軋み音が響き渡った。
小型船が接舷したのだ。
小ざっぱりした身なりの若い男が、こちらの船に飛び移ると、手にした剣を大きく振り上げた。
「野郎共、やっちまえ! 相手が傭兵だろうが関係ねえ! 皆殺しだ!」
「「「「おおーっ!!」」」」
次回「船上の死闘」




