その16 絹《シルク》
僕達はランピーニ聖国に里帰りしていたメイドのモニカさんを、聖国王城まで迎えに行った。
コノ村へと戻る海上で、ティトゥはモニカさんに問われるまま、この数日にあった出来事を語った。
ティトゥの説明を聞いたモニカさんは、なぜか次第に機嫌が悪くなっていった。
彼女から発せられる謎のプレッシャーに怯えた僕達は、急遽目的地を変更。トレモ船長のいるバーバラ島へ彼女を連れて行く事になったのであった。
といった訳でバーバラ島に到着。
いつもよりも遅い僕達の到着に、村人達は不思議そうな顔をしている。
その中に、満面の笑みを浮かべながら大きく手を振っているオタクっぽい青年の姿があった。家具職人オレクの弟子、オバロである。
僕がいつものように村の広場に着陸すると、彼はプロペラが止まるのも待ちきれない様子でこちらに走って来た。
『ご領主様、ハヤテ様! 今日は随分と遅かったですね!』
『先に聖国まで行っていたんですわ。それより、トレモ船長はいませんの?』
ティトゥはキョロキョロと村の中を見回した。
『トレモですか? 彼なら村の者達と一緒に山に天蚕の繭を採りに行ってますよ』
ここで日に焼けた若者が大慌てで村に駆け込んで来た。
噂をすれば影が差す。トレモ船長である。
どうやら山でみんなと一緒に天蚕を採っていた所に僕の姿を見かけ、慌てて村に戻って来たようだ。
『ナカジマ様! お待たせしてすみませんでした! 今日はもういらっしゃらないのかと思いまして!』
『モニカさん、こちらがトレモ船長ですわ。トレモ船長、この人は聖国王城でメイドをしているモニカさん。この島をお見せしたくて連れて来たのですわ』
『は、はあ。そうですか』
トレモ船長は、事情が呑み込めずに戸惑っているようだ。
それはそうだろう。「聖国王城で働いているメイド」が、なぜ「ナカジマ家の当主と一緒」に、「僕に乗って」「バーバラ島に来た」のか。
トレモ船長に分からなくて当然だ。モニカさんを連れて来た僕達だって、なんでこうなったのか分ってないのだから。
ちなみにオバロは、少し意外そうな顔をしただけだった。
あるいは自分には無関係な人と思って、関心が薄かっただけかもしれない。それはそれで職人らしい、のか?
ティトゥはオバロに向き直った。
『オバロ。モニカさんに座繰機が動いている所を見せて上げて頂戴』
座繰機は、例の蚕の繭から糸を取る道具の事だ。
流石、オバロは本職の家具職人。島に連れて来て道具を見せた途端、彼はその仕組みとどこが壊れているか、それと足りない部品に即座に当たりを付けてみせた。
『どうかしら? 直せそうですの?』
『ええまあ。仕組み自体は複雑な物ではないですし、素材もごく普通のクヌギの木です。加工も特に難しい所はなさそうなので、多分、直すだけなら半日もあればいけると思います』
オバロは目の前の道具をあちこち触りながら不思議そうに尋ねた。
『ところでこれは何をする道具なんでしょうか? それが分からないと、流石に使えるようには直せないんですが』
『それはハヤテに聞いて頂戴』
僕はティトゥに通訳をしてもらい、彼にこの道具の使用目的と使い方を伝えた。
『――と、言ってますわ』
『虫の繭をほどいて糸を作る道具ですか・・・。はあ~っ。ドラゴンは変わった事を考えるんですね』
オバロは驚きのような呆れのような、何とも言えない微妙な表情を浮かべた。
いや、養蚕は僕が思い付いたものじゃないから。この道具自体、元からこの島にあったもので、僕が作ったものじゃないから。
『それでどうなのかしら?』
『こんな妙な道具の話は、聞いた事もなければ作られたという噂も知りません。直すだけなら直せますが、俺ではハヤテ様の言っているような形で使えるように出来るかどうかまでは保証しかねます。それでも良ければ』
結局、この日はここでタイムアップ。日が傾き、ティトゥはコノ村に帰らなければならなくなったのだ。
オバロは『だったら俺がここに残って、今晩中に直しておきます』と請け負ってくれた。
『あの、すみませんが、オレクに俺は戻らないと連絡をお願いします』
『分かりました』
メイド少女カーチャが伝言役を引き受け、僕達はその日、バーバラ島を後にした。
そして翌日。
いつものように島に到着した僕達の前に、オバロは宣言通り、ちゃんと動くように直した道具を披露してくれたのだった。
彼は性格はちょっとアレだが、随分と腕の良い職人だったようだ。
それをひと目で見抜いたティトゥの眼力恐るべし、である。
『どうですか、この座繰機。何か問題はありませんか?』
「ざぐりき?」
座繰機とはオバロがこの道具に付けた名前だった。座って糸を繰る機械だから座繰機。
確かにいつまでも、蚕の繭から糸を取る道具、と呼んでいるのもまどろこしいし、悪くない名前なんじゃないかな。
『だったらドラゴン座繰――』
「そうだ! せっかく動くようになったんだし! 早速試してみたいな!」
『・・・と、ハヤテは言っていますわ』
『確かにそうですね』
さて。実験するとなると、ハヤブサが見つけた天蚕の繭だけでは足りない。
この日は村人総出で山に天蚕の繭探しに出る事にした。
その結果、結構な数の天蚕の繭が見付かったので、翌日に座繰機を動かしてみる事になったのだった。
――というのが前日までの話となる。
『昨日集めた天蚕の繭を持ってきて頂戴』
『それがその・・・』
オバロは気まずそうに目を反らした。
なんぞ?
トレモ船長が申し訳なさそうにティトゥに告げた。
『実はもうないんです』
『?』
ここからは僕達が去った後の話。
オバロはティトゥの前で座繰機を動かす前に、事前に動かしてみる事にしたらしい。
領主様の前で何か不手際があっては申し訳ない。大きな問題点があるようなら事前に洗い出しをしておきたい。
そう思って、試しに使ってみたんだそうだ。
とはいえ、マニュアルも無ければ実際に使った事がある者もいない。
ヒントになるのはオバロが僕から聞いた、ふんわりとした説明だけ。
座繰機を使って天蚕の繭から糸を引く作業が、難航を極めたのは間違いない。
しかし、逆にこの困難な状況がオバロの職人気質に火をつけてしまったのだろう。
彼は協力してくれたトレモ船長達と、ああでもない、こうでもないと、激しく意見を戦わせながらこの困難な任務に取り組んだ。(※まるで見ていたように語っていますが、全てハヤテの想像です)
こうして大量に採れていた天蚕の繭は、一晩のうちに全て使い尽くされてしまったのだった。
ティトゥはトレモ船長の説明に驚いた。
『全部って――確か、駕籠一杯にありましたわよね? あれを全部使い切ったんですの?!』
トレモ船長とオバロは申し訳なさそうにしながら頷いた。
マジで? ちょっと引くくらい結構な量があったと思うけど?
『はい。それで今日は、山まで追加の繭を採りに出ていたんです』
事情は分かったけど、なんだかなあ。
ティトゥは呆れながらも彼らに尋ねた。
『それで、成果は何かあったんですの?』
『そ、それでしたらこちらに! 少々お待ちください!』
トレモ船長はそう言うと、村の中で一番大きな家に駆け込んだ。多分、彼の実家――島長の家なのだろう。
家から出て来た時、彼は一抱え程の木で出来た枠を抱えていた。
『これはずっと家の奥にしまってあった道具です。何に使うのか誰も知りませんでしたが、オバロから「他に村に古い道具は無いか」と聞かれて思い出したんです』
木の枠は幅25センチ程、長さは50センチ程。枠の中には三本の横木が渡してあって、真ん中と上下の横木には細い溝が切られている。
その溝にはピンと糸が張られ、中央には小さなハンカチ程の大きさの黄緑色の布があった。
『これは織り機だったらしいです』
なんと、オバロ達は試行錯誤を重ねて天蚕の繭から糸を引いて生糸を作っただけではなく、島長の家から発見された織り機を使って布まで織っていたのである。
彼らの行動力に、僕とティトゥは驚いてすっかり言葉を失くしてしまった。
しかし、オバロは僕達に失望されてしまったと勘違いしたのか、慌てて言い訳を始めた。
『た、確かに、小さな布しか作れていませんが、材料は虫の繭だと考えるとこれでも凄いと思いませんか?
それに、最初の内は失敗して繭を無駄にしていたので、実際に糸として使用しているのは、集めた繭の半分程の数でしかありません。
もし、昨日と同じ量の繭が集まったら、この倍の大きさの布が作れる計算になります』
いや、僕達は布の小ささにガッカリしてた訳じゃなくて、たった一晩でここまでこぎ着けた、君の凄まじい行動力に呆れているんだけどね。
オバロはティトゥに『まだ改良の余地はありますが、今でも品質は悪くないと思います』とか、『生産性は良くないですが、使用者が作業に慣れれば』などと懸命に言い訳を続けている。
そして彼が熱っぽく語れば語る程、逆にティトゥはどんどん引いていく。
あ、これヤバイ。昔、オタクの友人が、女の子に自分の趣味を熱く語ってドン引きされていた光景を思い出すんだけど。
あれは軽いトラウマ光景だった。自分はああはなるまいと、彼を反面教師にした過去の記憶が蘇る。
うわ。そう思ったら凄くいたたまれない気持ちになって来た。どうしよう。
僕達の騒ぎをよそに、メイドのモニカさんはトレモ船長の前に進み出ると、織り機の布――シルクのハンカチをジッと見つめた。
『手に取ってもよろしいでしょうか?』
『あ、はい。少々お待ち下さい』
トレモ船長はたどたどしい手つきで織り機からハンカチを外すと、モニカさんに手渡した。
『――これは! ・・・まるで手に吸い付いて来るような柔らかさ。そしてとても上品な肌触り。まさかこの布が虫の繭から作られているなんて』
どうやらオバロの試作品は、聖国の上流階級を知るモニカさんのお眼鏡にも適ったようだ。
シルクは別名「繊維の女王」。適度な吸湿性と放湿性があり、強さ、しなやかさ、軽さと美しさも兼ね備えた、最高級の天然繊維なのだ。
肌触りが良いのも当然で、生糸は動物由来のタンパク質繊維。人間の肌に近い成分のため、女性のお肌にだって優しいのである。
『――と、ハヤテは言っていますわ』
『繊維の女王・・・なる程。そう呼ばれるのも分かる気がします』
モニカさんはシルクの表面を撫でながらブツブツと呟き始めた。
『この布で肌着を作れば・・・フフフッ。王侯貴族の夫人達から豪商の夫人まで、あらゆる高貴な女性を魅了するでしょうね。ああ、彼女達が恥も外聞も忘れて、醜く奪い合う光景が目に浮かぶようです。クフフフ・・・全く。ハヤテ様は、とんでもなく罪深い物を生み出してくれたものです』
モニカさんの顔には、まるで世界征服を企む邪悪な魔女のような凄みのある笑みが浮かんでいた。
次回「座繰機」




