その1 ナカジマ領の夏
僕達が王都からコノ村に戻って来て、そろそろ二週間。
この国の南、ヨナターン領トルスター砦に迫っていた謎の軍隊は、僕の執拗な嫌がらせ攻撃に諦めたのか、数日前に撤退してしまった。
同じく、北の砦に攻め込んでいた隣国ゾルタのヘルザーム伯爵も、ピスカロヴァー伯爵軍改め、ピスカロヴァー王国軍に背後を突かれて撤退。
国王カミルバルトに反旗を翻した、東の大貴族メルトルナ家も、先日、国王軍に敗れて自分の領地に敗走した。
現在、王国軍は勝利の勢いのままにメルトルナ領に進行、当主ブローリーが降伏するのも時間の問題と見られていた。
その間、僕達もファル子達の脱皮騒ぎに振り回されたりしたものの、こちらも無事に解決。
こうして僕達に平和な日々が戻ったのだった。
思えば今年は、春の雪解け早々、大陸の大国チェルヌィフ王朝まで飛び、戻って早々、王都の戴冠式に出席と、翼を休める暇もなかった。
久しぶりに実家でのんびりゴロゴロと・・・と、行きたい所だが、ティトゥには領主の仕事が待っていた。
開発ラッシュに沸き返るナカジマ領は、いつでも仕事が山積みなのだ。
といった訳で、ティトゥは今日も書類と格闘しているのだった。
『心配していた病人はほとんど出なかったみたいですわね』
『ええ。先んじて行っていた治水工事が功を奏したようです』
ティトゥの言葉に代官のオットーが頷いた。
元・焼け跡は『第一次開拓地』と呼ばれ、そこでは春先から三本の川の河川工事が行われている。
これはナカジマ家のアドバイザー、聖国の土木学者のベンジャミンのアイデアで、事前に湿地帯に水の流れを作る事で、夏場に疫病や腐臭の発生源となる”水の淀み”を無くすというものであった。
以前も言ったと思うが、僕は疫病の原因は蚊やダニ、あるいはアメーバ症等の寄生虫関係が怪しいと睨んでいた。
湿地帯の環境に変化があった事で、それらの害虫の繁殖が抑えられ、結果として疫病の減少につながったのではないだろうか?
ベンジャミンって言動がちょっとアレだけど、学者としては意外な事に結構頼りになるんだよな。
『それでベンジャミンは?』
『湿地帯に調査に行って貰っています。その・・・また問題を起こされても困りますので』
オットーはちょっと言い辛そうにした。
どういう事?
仕事の面では頼りになるベンジャミンだが、実は人間的には色々と困った点を抱えている。
中でも金遣いの荒さは問題で、先日も借金取りに追われている所をオットーが間に入り、ナカジマ家で肩代わりしたんだそうだ。
僕達が王都に行っている間にそんな事があったんだね。
『――大した金額ではなかったのですが、彼は金に対して無頓着というか・・・。どうも、あればあっただけ、無ければ人に借りてでも使うようで、本国にもそれが原因でいられなくなったと聞いています』
『しっかりした奥さんを見つけてあげた方がいいのかしら』
ティトゥは呆れ顔になりながら、無意識にこの場にいない女性の姿を――聖国メイドのモニカさんの姿を――捜して視線を彷徨わせた。
ちなみにモニカさんは現在、聖国王城に里帰りしている。
何でも、ドラゴン港の開発のための人手をかき集めているんだとか。
結構マジな目をしていたけど、あの人の本気って、それはそれで何だか怖いんだけど。
それとティトゥ。ベンジャミンはモニカさんに気があるみたいだけど、あれってどう見ても片思いだから。モニカさんにその気は全くないと思うから。
そんなベンジャミンの話はさておき。
河川工事は上手くいったらしく、この夏、領地には疫病が流行る事も無ければ、水不足に陥る事も無かったらしい。
『三竜川の工事で農業用水の確保も出来ましたし、予定を前倒しにして、今年の秋から第一次開拓地に麦を撒いてみてもいいかもしれません。セイコラ商会に頼んでおきましょうか』
『そうですわね。その方向で手配して頂戴』
おっと。遂に農地の開拓も本格的にスタートするのか。
現在、ナカジマ領では小麦の生産量が消費量を圧倒的に下回っている。
足りない分はどうしているのかと言えば、他の領地から買っているのだ。
代金はナカジマ家の持ち出しと、商人達からの投資――借金で賄っている。
最初、僕達は聖国のマリエッタ王女のお姉さん、宰相夫人カサンドラさんから貰った海賊退治の報奨金で、領地の開発を進めていたのだが、いつの間にか商人達がどんどん集まって来て、彼らの投資だけで開発が回るようになっていたのだ。
ティトゥは「それでいいのかしら?」と悩んでいたようだが、ナカジマ家のご意見番、この国の元宰相のユリウスさんは「もちろん構いません」と、どんどん投資を受け入れていった。
『領地経済の観点から見ても、商人が懐に金を溜め込んでいても良い事は何もありません。当主は商人から借金をしてでも金を回すべきなのです。ましてや相手から投資を申し出て来るのなら願っても無い。ナカジマ領には開発が手つかずの土地がいくらでもあるし、人手も余っている。金はいくらあっても足りませんぞ』
ユリウスさんにそうハッキリ言い切られてしまえば、ティトゥには返す言葉もない。
領主一年生のティトゥに対し、長年に渡ってこの国を運営して来たユリウスさん。
知識も経験も天地の開きがあるのだ。
そんな感じで、忙しいながら領地の開発は問題無く進んでいた。
問題事が僕のテントに飛び込んで来たのは、丁度そんな話をしていた時だった。
テントの外で言い争う声が聞こえたかと思うと、大きな手が勢い良くテントの入り口の布を跳ね上げた。
『ご当主様! 不届き者を取っ掴まえて来ましたぞ!』
『こ、コラ! 勝手に入るな!』
テントの外で立哨していたナカジマ騎士団員を引きずりながら現れたのは、髭モジャのドワーフ――のような見た目の鍛冶屋のオジサン。
チェルヌィフ王朝からナカジマ領の港の工事のために来てくれた、ドワーフ親方――じゃなかった、ドワーフのような鍛冶屋の親方である。
ちなみに港の工事をしているのは、聖国で雇った別の職人さん達で、親方は彼らの使う道具を作るのが仕事である。
空いた時間にはナカジマ騎士団の武器や、領民の使う農具なんかも作って貰っている。
ナカジマ領には今まで腕の良い鍛冶屋がいなかったので、彼の存在は非常に重宝されているようだ。
親方が「おい!」と顎をしゃくると、男達が縄でグルグル巻きにされた男を引っ張って来た。
髭面の男だ。親方達に散々ボコられたのか、まるで試合後のボクサーみたいに顔があちこち腫れている。
ボサボサの髭のせいで気付くのが遅れたが、若い男だ。多分、二十代後半。三十歳には届いていないと思う。
男はテントに入って来た途端、電気ショックでも受けたように立ち尽くした。
『ひいっ! こ、この化け物がドラゴン?!』
『そうともよ。ドラゴンのハヤテ様だ。しっかりテメエらのしでかした事を謝りな』
男は親方に突き飛ばされると、慌てて土下座をするとガクガクと震え出した。
『ス、スススススミマセン。わ、わわ、わる悪気は無かったんです。俺達はたたたたただ、ひ、ひいいい。せ、船員達の命だけはどうか助けてやって下さい。あ、アイツらはフランコさんからの預かりものなんです』
ええと、何コレ?
全然話が見えないんだけど?
この人が何かやったわけ?
ティトゥとオットーも困り顔を見合わせている。
僕達の中に微妙な空気が流れる中、テントの入り口から、小柄なメイド少女がおずおずと顔を覗かせた。
ティトゥのメイド少女カーチャだ。
『あの・・・外まで大きな声が聞こえて来ましたが、何かあったんでしょうか?』
『ギャーウ?(どうしたの?)」
カーチャに続いて、緑色の子ドラゴン――ハヤブサがテントの中を覗き込んだ。
男はハヤブサの声がした途端、ビクンと跳ね上がると、今度はカーチャ達に向かって土下座をした。
『ささささっきはスミマセンでした。追い回したりしてスミマセン。どうか許してください』
カーチャは突然、髭の男に縋り付かれて、目を白黒させている。
『ええっ?! この人どうしたんですか?!』
『カーチャ、あなたの知ってる人ですの?』
『全然知らない人です! お願いですから立って下さい!』
カーチャは慌てて膝をつくと男を立たせようとする。
男は「スミマセン。スミマセン」と繰り返しながら、額を地面に擦りつけている。
ていうか、何なのこの状況。
「ハヤブサ。お前の知ってる人なのかい? この人は追い回したとか言ってたけど」
「ギャウー(全然知らない)」
ハヤブサも知らないようだ。不思議そうに首をかしげている。
オットーはこのままでは埒が明かないと思ったのか、ドワーフ親方に事情を尋ねた。
『ブロックバスター(※親方の名前)。この男は誰なんだ? さっきはハヤテ様に謝るように言っていたようだが』
『そうなんですよ。コイツら港で――』
「ギャーウ! ギャーウ!(パパ! ママ!)」
ドワーフ親方が説明をしようとしたその時。開いたままのテントの入り口からピンク色の子ドラゴン――ファル子が元気良く駆け込んで来た。
ファル子はテントの中の騒ぎに驚いて立ち止まると、土下座男を見つけて叫んだ。
「ギャウギャウ!(コイツ! 私を誘拐しようとした男だ!)」
『誘拐?! ファルコ、一体どういう事なんですの?!』
『ひっ! ひいいいいいいいっ!』
ティトゥの眦がキリリと上がると、男が情けない悲鳴を上げた。
次回「都市国家の商人」




