エピローグ 包囲網
今回で第十四章が終了します。
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ハヤテ達のいるミロスラフ王国の南の山脈を越えたその先。
半島の南端には五つの大きな港と、その港を中心とした五つの大きな都市――都市国家が存在している。
これらの都市国家群はどこの国家にも属さず、またそれぞれが自治を保ち、互いに協力し合い、全体で一つの独自勢力を形成していた。
これが”都市国家連合”である。
都市国家連合の中でも特に力を持つ都市国家ルクル・スルーツ。
ここはルクル・スルーツの政治の中心となる評議会会館。その一室で一人の老人がこみ上げる笑いをこらえていた。
やけに小柄な、どこか愛嬌のある人好きのする老人だ。
実際に彼と話をした人間は、その巧みな話術と人の良い雰囲気に呑まれて、スルリと距離を詰められ、いつの間にか心を許してしまうという。
しかし、好々爺然とした彼の外面に騙されてはいけない。
彼の名はエム・ハヴリーン。
このルクル・スルーツの評議会議長であり、残り四つの都市国家をも従える、都市国家連合全体のトップの座につく男なのだ。
ハヴリーン老は読んでいた報告書を机に投げ出した。
「いいぞ、いいぞ。ワシの計画通り。いや、むしろここまで見事にハマるとは流石に思わなんだ」
報告書には、ミロスラフ王国のメルトルナ領の領主ブローリーが、二列侯への勅諚を持ち出して王家に対して叛意を示した事。ネライ領でも追随する動きを見せている事。ミロスラフ王国の北で小ゾルタの野心家、ヘルザーム伯爵が軍を南下させた事。が、記されていた。
「これでワシら都市国家連合の軍がヨナターン領の砦に到着すれば、東西南北、四方向からの完全な包囲網が完成する。カミルバルト国王も一巻の終わりじゃな」
ハヴリーン老は人の良い笑みを深めた。見ている者までつられて楽しくなりそうな笑みだが、その腹の内は黒く、むしろ醜悪と言っても良かった。
小柄で力も無く、生まれも卑しく、学も無いハヴリーンは、たった一つの天性の才能、”人をたらし込む術”だけで頂点まで登り詰めた異才なのだ。
彼はこれはと目を付けたとある人物に取り入り、長い年月をかけて彼を評議会議長まで担ぎ上げ、最後の最後にその地位と権力を丸ごと奪ったのである。
蛇のように狡猾で、カラスのようにずる賢く、サメのように残忍。
それがこの老人、ハヴリーンなのである。
彼がカミルバルトに対して敵対する理由。その一番大きな理由はカミルバルトが優秀な君主だからである。
彼は優秀な人間を嫌っている。いや、憎悪していると言ってもいい。
そんな彼にとって、隣国に優秀な為政者が誕生するという事態は決して気分の良いものではなかった。
そもそもミロスラフ王国は都市国家連合の隣国――仮想敵国だ。敵は力を付ける前に叩きのめさなければならない。
出る杭は伸びる前に打つ。
彼がいささか性急にカミルバルト包囲網を実行したのは、そういった危機感によるものだった。
これに彼の優秀な人間嫌いという独特の価値観が加わる。
優秀な人間は信用出来ない。信用出来るのは、己が手のひらで転がす事の出来る無能なマヌケだけ。
そういった意味では、メルトルナ家当主ブローリーや、小ゾルタのヘルザーム伯爵は申し分のない人材だった。
彼がネライ家当主を直接狙わず、彼の柔弱な息子アマラオをターゲットに選んだのも、同じ理由によるものである。
彼らは実に良く踊ってくれた。やはり無能なヤツはいい。
ハヴリーン老は満足そうに頷いた。
作戦は上手くいきそうだ。いや、上手くいった。
それこそ、報告書を読みながらこみ上げて来る笑いを堪えきれない程だ。完璧だ。
「ただ一つ気がかりなのは、隣国に現れたという竜 騎 士か・・・」
ハヴリーン老も元は商人上がりの例にもれず、情報を重視する傾向にある。
いや、人たらしの才能以外に何の力も持たない彼だからこそ、自分の力を過信する事無く情報をどん欲に集め、慎重に自らの行動を決めていた。
しかし、彼の下に集まった竜 騎 士の情報はどれも信じ難いものだった。
曰く、竜 騎 士はゾルタの大型輸送船を一撃で破壊した。
曰く、船の何倍も早く飛び、一日で聖国まで往復する事が出来る。
曰く、昨年夏の聖国の海賊退治は竜 騎 士の力があってこそのものであった。さらわれた王女がかくも簡単に助け出せたのも、竜 騎 士がいたからだ。
曰く、新年戦争でミロスラフ王国は帝国のウルバン将軍の軍を撃退したが、あれはほとんど竜 騎 士の力によるものである。
曰く、竜 騎 士はこの春、チェルヌィフ王朝のザトマ砂漠で伝説の黄金都市リリエラを発見した。
曰く、竜 騎 士はチェルヌィフの港町デンプションで外洋船を食らう巨大な怪物を退治している。
曰く、曰く、曰く・・・
確かに噂話は誇張されるのが当たり前。語り手の願望や妄想によって歪められ、どんどん膨らんでいくものではある。
しかしいくらなんでもこれはデタラメ過ぎる。
もしもこの話が全て本当なら、竜 騎 士は本当の化け物という事になってしまう。
まるで夢物語のような現実感の無い情報の数々に、ハヴリーン老は竜 騎 士の実像を掴みかねていた。
結果的に彼は竜 騎 士を相手にしない事に決めた。
彼は悪知恵は回る男だが、だからといって頭の回転が良い訳ではない。無能な相手を好むのもそれが理由だ。
つまり彼は、下手な指し手としか相手をしない一流半の棋士なのだ。
そして年を取って想像力も衰えていた。
そんな彼にとって、未来の超兵器ドラゴン・ハヤテが、どれだけの脅威になるか、予想する事は不可能だったのである。
「――まあいい。全てはワシの計画通り。ここまで来ればもう成功したと言ってもいいじゃろう」
ハヴリーン老の狙いはカミルバルトの即位を妨げる事。
仮に失敗したとしても、消耗するのは隣国ミロスラフ王国。それと小ゾルタのヘルザーム伯爵家。
戦場となったミロスラフ王国は国土も荒れ、当分の間回復不可能な被害を負うはずである。
それに対して、こちらはほぼ損害が無い。
確かに軍は進めるように手配したが、相手は弱兵のヨナターン家。
砦を攻める際に多少の被害は出るだろうが、その後の略奪で十分に賄える計算になっている。
そう。ハヴリーン老はまともに戦うつもりはない。
こちらはあくまでも圧力をかけるだけ。ついでに親国王派のヨナターン家を砦に釘付けにすれば、カミルバルトの力を削ぐ事にもなる。一石二鳥である。
最終的にカミルバルトが勝とうが負けようが、あくまでもそれは二次的な事である。
こちらが手を下さずに、相手が一方的に被害を被っている時点で、こちらの勝利なのである。
こうしてこの報告書を読んでいる時点で、既に都市国家連合の――ハヴリーン老の勝ちは決定している。
自分達の勝利で戦いは終わったのだ。
ハヴリーン老は思い違いをしていた。
この世界には電話も無ければ無線も無い。
だから彼の所に報告が伝わっている時点で、既に何日ものタイムロスが生じている。
つまりこの報告書は、数日前の最新情報に過ぎないのだ。
そして渦中の国には、ドラゴン・ハヤテがいる。
竜 騎 士は普通じゃない。
彼はこの戦いで、その事実をいやという程思い知らされる事になるのだった。
ティトゥのパーティーも終わった所で第十四章を終わらせて頂きます。
最後の最後になってようやく陰謀の黒幕も登場しました。
次章はハヤテ達が包囲網に挑む話になる予定です。
他の作品の執筆を終え次第、出来るだけ早く再開するつもりです。
それまでお待ち頂ければと思います。
それとまだブックマークと評価をされていない方がいましたら、今からでも遅くありませんので是非よろしくお願いします。
この作品をいつも読んで頂きありがとうございます。




