その24 生殺し
ナカジマ家のパーティーが始まってそろそろ二時間。
参加者もドラゴンメニューに満足したのか、今は思い出したように挨拶に走り回っていた。
おや、あれはティトゥの妹クリミラと彼女の旦那さんだな。確かええと――誰だっけ?
ああ、そうそう、思い出した。バナーク家だ。バナーク家の当主アランさん。
アランさんの相手をしているのは・・・こちらは知らない人だな。恰好から見てどこかの貴族家の人だと思うけど。
なんというか、いかにも坊ちゃん然とした人の良さそうな若い男性だ。
逆に奥さんの方はスラリと背の高い、ちょっとキツ目のカッコいい系の美人である。
見た感じ、頼りない旦那と姐さん女房といった感じか。
ん? 姐さん女房の方が僕をジッと見ているな。
はて、あの人。どこかで見覚えがあるような・・・って、あれってカトカ女史じゃん!
カトカ女史は、脳筋集団王都騎士団で将ちゃんの秘書的な仕事をしていた脳筋系女性騎士だ。
脳筋過ぎて秘書として役に立たなかったのか、将ちゃんから戦力外通告を言い渡され、ティトゥの護衛任務に回されていた。
夏に僕らがランピーニ聖国から帰った時には、結婚が決まったとかで既に騎士団を寿退社していたけど・・・。
まさかこんな場所で再会するなんて意外――でもないのか?
ていうか懐かしいなあ。ひょっとしたら、さっき僕の周りに集まっていた人達の中にいたのかもね。全然気が付かなかったけど。
さっきは旦那さんを頼りなさそうとか思ってゴメン。優しそうな人じゃない。どうぞお幸せに。
おっと、あそこにいるのはティトゥパパとティトゥママだな。
何人かの貴族夫婦と世間話をしている。
どうやら話しながら、互いに記憶の中の情報とのすり合わせを行っているようだ。
顔は笑っているけど、何とも言えない独特な緊張感が漂っている。
見ているだけで胃が痛くなりそうだ。
これはティトゥが貴族の社交場を苦手とするのも分かる気がするね。
ふと気が付くと、あれだけ大人気だったタコ焼きの実演販売ブースも片付けられている。
もうみんなお腹がいっぱいになったようだ。
ここからの時間が参加者にとって、本当の意味でのパーティーの本番なのかもしれない。
僕がギスギスし始めたパーティー会場を眺めながらそんな事を考えていると、屋敷の使用人が慌てて中庭に駆け込んで来た。
『みなさん! 陛下の馬車がお見えになりました! 屋敷の入り口に向かって下さい!』
その瞬間、水を打ったように会場がシンと静まり返った。
『陛下が?!』
『お見えになるという噂は聞いていたけど、まさか本当だったなんて』
『王城の親衛隊の姿を見た時からよもやと思っていたが・・・』
互いに顔を見合わせる参加者に、使用人が慌てて手招きをした。
『みなさん急いで下さい! 急いでこちらに! もう馬車が到着致します!』
参加達は、「こうしちゃいられない」とばかりに、あたふたと屋敷の入り口へと急いだ。
どうやら全員でカミルバルト国王の到着を出迎えるようである。
こうして中庭はあっという間に誰もいなくなってしまった。僕を除いて。
うん。どうやら僕はお出迎えのメンバーには入っていないようだね。
まあ確かに。僕のわがままボディーは人一倍場所を取っちゃうし。
混乱を避けるために呼ばれなかったんだろう。きっと。
さ、寂しくなんてないんだからね。
『『『『おおおおっ!!』』』』
その時、屋敷の入り口で大きなどよめきが上がった。
どうやら国王が到着したらしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
参加者全員が首を垂れる中、国王夫人と娘が、そして国王カミルバルト本人が馬車から降り立った。
パーティーのホストとなるティトゥが、慌てて前に出ようとした所を、メイドのモニカがさりげなく遮った。
一瞬、モニカの意図をはかりかねて、戸惑いの表情を浮かべるティトゥ。
しかし、カミルバルトが馬車に振り返った事で、彼女はまだ全員が降りていない事を知った。
カミルバルトが差し伸べた手を取って馬車から降りたのは金髪の少女。
「パロマ王女殿下――」
「お久しぶりです、ティトゥ――ナカジマ様」
そこに立っていたのは、ランピーニ聖国の第六王女、パロマであった。
予想外の出会いにティトゥは少しの間呆けていたが、モニカの視線を受けてハッと我に返った。
「よ、ようこそ我が家の招宴会に。こ、光栄の至りに存じますわ」
「うむ。今日は楽しませてもらう。皆の者も楽にするといい」
カミルバルトの許しを受け、参加者達は一斉に顔を上げて国王夫妻の尊顔を拝した。
「楽しい時間になるのは間違いありませんわ。ナカジマ家のドラゴンメニューは大変美味しゅうございますから」
「そ、そうか。それは楽しみだな」
「ご、ご期待に応えられるよう努力致しますわ」
パロマ王女にハードルを上げられて、困った顔になるカミルバルトとティトゥ。
王女は二人の困った顔を見て、小さな笑みを浮かべた。
どうやら彼女のいたずら好きな性格は変わっていないようだ。
「それでは陛下。こちらに」
「うむ」
モニカの案内で国王夫妻とパロマ王女は屋敷に入って行った。
彼らのすぐ後に親衛隊が、その後ろに領主達が続く。
全員の姿が屋敷に消えてしばらくすると、残された参加者達の間から、ざわめきが広がっていった。
やはり話題の中心は予想外の来客――パロマ王女に関してである。
「まさかパロマ王女殿下までいらっしゃるとは・・・」
「確か聖国の第六王女でしたか。昨年いらしたマリエッタ王女殿下といい、聖国が我が国との関係性を重視しているのは間違いないでしょうな」
「とても素敵なドレスだったわ。聖国の新しい流行かしら?」
「殿下とナカジマ様は顔見知りのご様子だったが、どこで知り合われたのだろうな」
「なんだ知らないのか? パロマ王女殿下と言えば、昨年海賊にさらわれたお方ではないか。殿下をお救いするために竜 騎 士が活躍したんだよ」
「お前・・・それは芝居の演目だろうが。しかしそうか。聖国の王女が海賊にさらわれたとは聞いたが、それがパロマ王女殿下の事だったのか」
噂話は熱を帯び、彼らは中々屋敷の入り口から去ろうとしなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
屋敷に案内された国王夫妻とパロマ王女。
当初はそのまま大広間に移動して、全員の前で挨拶をする予定であった。
その後、国王は何人かの領主と言葉を交わし、三十分もしないうちに屋敷を去る。
なにせ国王が参加したというだけで、パーティーは天井知らずに箔が付くのだ。
最大の目的を果たした以上、パーティー会場に残り続ける意味は無いし、警備上の観点からもあまり好ましくはなかった。
しかし、ここで待ったをかける者がいた。
パロマ王女である。
「えっ。ベアータのドラゴンメニューが食べられると聞いて、せっかくドレスを仕立て直してもらったのに?」
パロマ王女は昨年末の新年戦争の際、ナカジマ領を訪れ、ナカジマ家の料理人ベアータの作るドラゴンメニューを食べていた。
王女はあれ以来、いつかまたあの美食を味わってみたいと、ずっと心の中で考えていた。
ナカジマ家からパーティーの案内に、彼女が一も二もなく飛びついたのはそれが理由である。
パロマ王女はドラゴンメニューのためにドレスの仕立て直しを命じた。
高価なドレスの仕立て直しには予想以上に時間がかかり、危うくパーティーに間に合わない所であった。
パロマ王女がドラゴンメニューを食べる気満々である以上、それを断る事は出来ない。
そしてカミルバルト夫妻も、聖国の王女を残して自分達だけ帰るわけにもいかない。
こうしてカミルバルト一行は予定を変更。大食堂に通される事となった。
念のために席まで空けておいたメイドのモニカの大ファインプレーである。
「パロマ様が王城にいらしている以上、こうなる予感はしておりましたので」
「モニカあなたね・・・。いや、今回ばかりはぐうの音も出ないわ」
王女と気安く話すメイドにギョッと目を剥く警備の親衛隊。
モニカの実家カシーヤス家は、代々王家に仕える伯爵家である。
モニカの母は王女達の乳母であり、中でもモニカは第四王女セラフィナと姉妹同然に育っている。
パロマ王女にとって、モニカは頭の上がらない数少ない人物の一人であった。
こうしてカミルバルト一行は大食堂に案内された。
食事をする事になるとは思っていなかった、カミルバルト夫妻は微妙な表情を隠せない。
娘のユーリエは何も聞かされていなかったのか、弾むような足取りで席に案内されている。
遅れて入った領主達が席に付くと、早速料理が運ばれて来た。
ちなみに、既にお腹がいっぱいの領主達の前にはお酒と簡単なおつまみだけが並べられた。
コース料理の最初はトマトのスープである。
赤いスープにギョッとする国王夫妻。
パロマ王女だけは納得した表情で、「ああ、トマトのスープね」と呟いている。
「こちらは冷製トマトスープとなります」
「冷製? ナカジマ様。これは以前に食べたトマトのスープじゃないの?」
「パロマ王女殿下に召し上がっていただいた時は冬でしたから。これは夏用に冷やしたスープなのですわ」
王女とティトゥの会話を聞きながら、周囲の者達は「どうやらトマトを使ったスープには色々なバリエーションがあるらしい」と、新たな情報を得ていた。
そして、国王夫妻がおっかなびっくりといった様子でスープを口に運び、「えっ! ウソ、美味しい!」と驚く姿を見て、「さっきまでの自分達もああだったなあ」とコッソリうんうんと頷いていた。
(これは・・・正直言って辛いぞ。まさかこれ程の料理だったとは)
運ばれて来た料理に、一口だけ口を付けるカミルバルト。
体を締め付ける礼服のため、多くを食べられずにいるのだ。
料理はまだまだ続くらしい。ここで無理をするわけにはいかなかった。
カミルバルトは料理から漂う鼻孔をくすぐる香りに、もっと食べたいという欲望をグッと押さえつけた。
ドラゴンメニューはどれも美味しかった。いや、美味しすぎた。
己の食欲に抗うには意思の力を総動員する必要があった。
もしもいつもの服であったなら、どの皿も残さず平らげていたのは間違いないだろう。
彼もまだまだ二十代の若者なのだ。
事情は彼の妻のインドーラも変わらなかった。
いや。体のラインの出るドレスを着ている彼女は、男服のカミルバルトよりも苦しそうだ。
今も皿に残った料理を恨めしそうに見つめている。
そして、そんな母親を娘のユーリエは悲しそうな目で見ている。
このキツい服を着替えちゃダメ? 娘の目はそう訴えていた。
そんな暗い国王一家を尻目に、ひとりパロマ王女は旺盛な食欲を見せていた。
この日のために仕立て直したドレスは良い仕事をしているようである。
その細い体のどこにそんなに入るのか不思議な程、彼女はぺろりと料理を平らげていた。
(そうそう、これこれ、これなのよ! ああ。やっぱりベアータの作る料理は最高だわ! 同じ料理を王城の料理人に作らせてもどこか違っていたのよね。あの子、私の専属料理人になってくれないかしら)
こうして国王一家にとっては生殺しの、パロマ王女にとっては至福の時間は、過ぎて行くのだった。
次回「ナカジマ銘菓」




