その4 食事問題
なんでも最近、ナカジマ騎士団の間に不満が溜まっているという。
『いえ、不満と呼べる程のものではないのです。強いて言うならば”不公平感”とでも言えばいいんでしょうか』
『不公平感? ですの?』
ティトゥの所に報告に来た騎士団員と、なんとなく雑談をしていた所、彼の口から気になる話が飛び出したのだ。
彼は申し訳なさそうにしながら説明した。
『コノ村で任務に就いている者と、他の場所で任務に就いている者との間で、食事の差が激しいと不満が出ていまして』
騎士団員の食事はナカジマ家のメイドさん達が作っているが、宴会の時なんかはベアータがドラゴンメニューを作ってサービスしているんだそうだ。
そうでなくてもナカジマ家のメイドさん達は、日頃からベアータのドラゴンメニューを手伝っている。
彼女達の作る料理は、豊富な種類といい斬新な味付けといい、王都の一流店にも決して引けを取らないんだそうだ。
騎士団員の話に代官のオットーが首をかしげた。
『騎士団員の勤務地は、ひとところに長くならないように移動するようにしていたはずだが?』
『それが・・・コノ村の勤務を希望する者が多すぎて、色々と問題になっているのです』
彼の説明によると、あまりにコノ村勤務の人気が高すぎて、選ばれなかったものの間に、「人事を担当する者がえこひいきをしているのではないか?」という噂がまことしやかに囁かれているそうだ。
『そんなはずは無い! 私の部下は、能力と任務に取り組む態度を見て公平に決めているはずだ!』
『その、所詮は根も葉もない噂ですから』
部下の仕事を疑われて憤慨するオットー。
しかしこれは思ったよりも深刻かもしれない。ただの噂と放っておいたら、騎士団全体の士気にも関わって来ないだろうか?
僕も二~三年間とはいえ会社員だったから分かるけど、仕事をしていて何が一番不満に思うかと言うと、”自分の仕事が(能力が)正当に評価されない”って所だからね。
自分より仕事の出来ない人間が、長く勤務しているという理由だけで給料も休みも多かったり、上の人間に気に入られている者が自分よりも仕事が評価されたり。
そういう事が重なると、真面目に仕事をするのが馬鹿馬鹿しくなってしまうのだ。
もちろんこれは会社に限らず、人間社会である以上、どこにいってもある話だろう。
けど、そういった”不公平感”を強く感じながら仕事に意欲的に取り組める程、人の心は強くは出来ていないのである。
『最近はご当主様が他国に行かれていたため、巡視もありませんでした。そのため、どうしても団員の間で不満が溜まりがちだったようで』
ナカジマ騎士団の団員達は、元々、ティトゥの下で働きたいと思って、エリートコースである王都騎士団の仕事を蹴ってでも、ナカジマ領にやって来た変わり者達である。
そんな彼らが、「ティトゥの下で働いている」と実感出来るのは、僕に乗ってやって来たティトゥに閲兵されている時なんだそうだ。
僕達が何ヶ月もチェルヌィフに行って、彼らと会えずにいた間、彼らの心の中には少しずつ不満が蓄積していたようだ。
『だったら巡回の回数を増やせばいいんですの?』
『不満は抑えられると思いますが、抜本的な解決にはならないかと』
『そうは言っても、今でも騎士団の人数は不足している。コノ村に多くの者を勤務させては、他が人手不足になってしまうぞ』
これにはオットーもお手上げのようだ。
ふむ。食糧問題ならぬ食事問題という訳か。
どうという事もない話に聞こえるかもしれないけど、本人達にとっては大問題なんだろう。
確かに、一日の仕事を終えての食事が寂しかったら、明日の仕事に向けてのモチベーションだって下がるかもしれないよね。
だったらベアータに大勢弟子を取らせて、各地に派遣すればどうだろうか?
う~ん、悪くない考えのような気もするけど、即応性に欠けるかな。それにベアータが受け入れてくれるかどうかが問題だ。
職人気質の子だし、「大勢の弟子を取るなんてとんでもない! まだまだアタシは料理人として未熟者ですよ!」なんて言い出しそうだな。
待てよ? 新たに料理人を大勢育てると考えるからいけないのかも。
そもそも、これをやったら、今、騎士団の料理を作ってくれている人達が失業してしまう事になる。
別に彼らに落ち度があるわけでもないのだ。
だったら今の料理人を残したままで問題を解決出来ればそれが一番だ。そのためには――ああ、なるほど。
「――ティトゥ。ちょっと思い付いた事があるんだけどいいかな?」
『! 何か良いアイデアがあるんですのね!』
良いアイデアかどうかは分からないけど、ベアータに相談したい事があるんだけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは隣国ゾルタの南、オルサーク。
トマスとアネタは無事に数ヶ月ぶりの里帰りを果たしていた。
『オルサークの竜軍師』の帰還に住民達は喜びに沸き返り、可愛い一人娘の帰郷に父親のオスベルトの相好は崩れっぱなしとなった。
そんな里帰りだったが、二人は早々に不満を感じる事になっていた。
カチャリ。
アネタは力無くフォークを皿に置いた。
皿の上には半分以上残った腸詰め肉が乗っている。
「アネタ。もう食べないの?」
母親の言葉にアネタは小さくかぶりを振った。
その隣では兄であるトマスが、やはり同じようにフォークを置いている。
「母上。これは俺とアネタには塩味が濃すぎるようです。誰か料理長を呼んでくれ。――アネタ、料理長に頼んでスープにでも入れて貰おう。そうすれば食べられるよな?」
コクリと頷くアネタ。
日頃はわがままを言わない、聞き分けの良い少女だが、食事の時にテンションが下がるのだけはどうしようもないようである。
やがて現れた料理長に、トマスは皿を押しやった。
「俺とアネタの分は塩を控えてくれと言っただろう。なぜ言う事を聞いてくれない」
料理長は慌てて言い訳を始めた。
「そうは言われましても、お屋敷の料理はこういった味付けと決まっております。私はそれを守っているだけでして」
料理の味付けに使われる調味料は、それが塩であっても庶民にとっては立派な贅沢品である。
屋敷の料理にはその調味料がふんだんに使われている――つまり、味付けが濃い料理であればあるほど贅沢品、という感覚なのだ。
それに腸詰め肉は元々保存食の意味合いが強い。どうしても塩味が濃くなるものであった。
「お前の言っている事は分かるが、贅沢だからと言って、何でもかんでも濃い味付けにする必要はないだろう。ナカジマ家では――」
「トマスさん」
アネタの母に言葉を遮られ、トマスは口をつぐんだ。
ここでナカジマ家の料理を引き合いに出しても仕方がないからである。
「・・・とにかく、これは俺達には塩味が濃すぎる。スープに入れて整えてくれ」
「はい」
皿を持って下がる料理長だったが、出されたスープも結局、味付けが濃すぎて、二人は食べきれずに残してしまうのだった。
部屋に戻ったトマスは早速アネタに泣きつかれていた。
「兄様! ベアータの所に帰りましょう!」
「・・・ナカジマ様の所な。お前の気持ちは分かるが、すぐには無理だ」
『オルサークの竜軍師』として一躍有名になったトマスの下には、各地から面会の申し込みが殺到していた。
面会を希望するのは主にピスカロヴァー伯爵家傘下の貴族、それに各地の有力な地主、そして大商会の商人達。
彼らはトマスの口から直接、昨年末の戦いの話を――トマス達の武勇伝を――聞きたがった。
トマスは内心辟易しながらも彼らと面会し、乞われるままに戦いの話を語っていた。
「兄様だって、毎回同じ話をさせられてうんざりしているって言っていたじゃない」
「それはそうなんだが・・・ そういえば今日は何人と会わないといけないんだろうか」
トマスはこの時既に、控えの間に何人もの来客が待たされているとは知らなかった。
知った所でどうなるというものでもないのだが。
しゅんとしょげ返るアネタ。
トマスはかける言葉を失ってしまった。
そもそも、面会で忙しいのはトマスであって、アネタはずっと暇を持て余している。
優しいアネタはそれでも、「自分だけナカジマ領に戻りたい」とは言わないのだ。
そんな健気な妹に、トマスの胸は締め付けられるように痛んだ。
アネタはポツリとこぼした。
「私、ナカジマ様の所の子供になりたい」
「なっ?! ち、父上が泣くからそれだけは勘弁してくれ!」
そこまで思い詰めていたとは。
どうやら彼は妹の抱えた不満の大きさを見誤っていたようだ。
トマスは戦慄を覚えた。
その時、何やら屋敷の外が騒がしくなった。
トマスが訝しんでいると、部屋のドアが乱暴に開かれた。
身構える二人。だが、飛び込んで来たのは屋敷の家令だった。
余程急いでいたのだろう。彼はノックを忘れた事にすら気付いていない様子だ。
「ト、トマス様! ドラゴンです! ミロスラフのドラゴンが来ました!」
「「ハヤテ様が?!」」
トマスは慌てて窓を開けるとテラスに飛び出した。
ヴ――ン
その直後、屋敷の上空を大きな翼が横切った。
間違いない。ナカジマ家のドラゴン・ハヤテだ。
「ハヤテ様? どうしてここに?」
屋敷の使用人達が、トマスの両親が、兄であり現当主のマクミランが、この騒ぎを聞きつけて次々と姿を現した。
ハヤテはみんなの注目を集めながら屋敷の上空を悠々と旋回。
やがて翼を翻すと、屋敷の庭へと降り立ったのだった。
次回「テスト・マーケティング」




