その3 兄妹の里帰り
少しだけ時間は遡る。
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コノ村に初めてやって来た者が一番最初に抱く感想は、「とても貴族の領主が住んでいる場所とは思えない」というものであろう。
それもそのはず。元々コノ村はアノ村の者達が冬の間だけ利用していた漁村だったからである。
そのため、この村では領主のティトゥですら、他の者達とさほど変わらない漁師小屋で生活している。
ナカジマ家の食客で、ミロスラフ王国元宰相のユリウスは、口を酸っぱくして再三ティトゥに「貴族の当主に相応しい屋敷を建てるように」と諫言しているが、ティトゥは面倒臭がって真面目に取り合っていなかった。
彼女はハヤテのテントの目と鼻の先で生活している事に、何ら不満を感じていなかったためである。
ハヤテ達がチェルヌィフ王朝へと旅立っている間に、代官のオットーの指示で小屋は改修工事が行われたが、元々の建物の土台が貧相だった事もあって大きな作り替えは行われなかった。
ユリウスは「この機会に壊して建て替えてしまえ!」と怒鳴ったが、オットーに「もし、ご当主様が急に戻って来たら困りますから」と言われると何も言い返せなかった。
実際にハヤテがいつ帰って来るかは誰にも分からなかったし、もしも家が建つ前に戻って来たら、「住む所が無いならハヤテのテントで寝泊まりすればいいですわ」などと言い出しかねない、と思ったからである。
そのため工事は必要最小限――壁の修復と部屋の建て増し、それと屋根の張り替えだけに留まった。
冬の間に雪が積もり、屋根が緩んで雨漏りをするようになっていたのである。
さて。コノ村では、そんな漁村の家で寝泊まりする貴族がティトゥ以外にもいる。
隣国ゾルタからやって来たオルサーク男爵家の兄妹、トマスとアネタである。
アネタは兄、トマスの言葉に大きなショックを受けていた。
「兄様・・・」
「言うなアネタ。俺だって辛いんだ」
トマスは顔を伏せたまま、ジッと何かに耐えている。
朝。いつものように美味しいドラゴンメニューの朝食に舌鼓を打った後、「今日はファルコ様達にご本を読んであげましょう」と張り切っていたアネタに対し、トマスは深刻な表情で話を切り出したのだ。
「父上との約束だ。俺達は一度オルサークに帰らないといけない」
そう。二人がナカジマ家に向かうに際して、二人の父――前当主のオスベルトは一つの条件を付けていた。
それは、”最低でも半年に一度は、無事な顔を見せに戻って来る事”というものであった。
「本当に私も帰らないといけないの?」
「そうだ」
「ベアータの料理は?」
「しばらくお預けになるな」
その途端、アネタの顔から表情が抜け落ちた。
明日、世界が終わると告げられた時に、人はこんな顔をするのかもしれない。
妹の気持ちが痛い程分かるトマスは何も言ってやれなかった。
どんな慰めの言葉も、今の妹の心には届かないと分かっていたからである。
この約束。建前上は二人の母親が寂しがるから、という理由だったが、誰の目にもオスベルト本人が「アネタがいないと寂しい」と思っていたためである事は明らかだった。
それが分かっているトマスは、「あれ? ひょっとしてアネタが実家に戻れば、自分はこのままナカジマ領に残っていてもいいのでは?」という誘惑に駆られそうになってしまった。
「兄様?」
「――何でもない」
妹の怪訝な表情に、トマスは慌てて自分の思い付きを心に沈めて蓋をした。
トマスは立ち上がると軽く身だしなみを整えた。
「とにかく、俺達は一度オルサークに戻らないといけない。丁度ナカジマ様がチェルヌィフへの旅から戻って来た所だ。なにかと忙しい方だ。今を逃せばまたどこかに行ってしまうかもしれない。今のうちに挨拶をしておこう」
もし、代官のオットーが今の言葉を聞けば、「またどこかに行くなんて・・・」と、絶望の表情を浮かべたかもしれない。
「・・・はい」
アネタはしょんぼりと頷くと、トマスの後に付いて家を出るのであった。
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トマスとアネタの兄妹がやって来たのは、丁度ティトゥが仕事の休憩でお茶を飲んでいる時だった。
ティトゥは遊んで欲しくてまとわりつくファル子達をあしらいつつ、二人の話を聞いていた。
『そうですの。お気を付けて。ご両親によろしくお伝え下さいまし』
『はい。お世話になりました』
『・・・お世話になりました』
二人は一度親元に里帰りをする事に決めたので、その挨拶に来たらしい。
えらく深刻な顔付きでテントに入って来たので、良くない事でもあったのかと心配したよ。
久しぶりに両親に会うんだよね? だったらもうちょっと嬉しそうに報告に来てもいいんじゃない?
『ベアータに言って、日持ちのするメイカを用意させますわ』
銘菓という言葉に反応して、アネタの顔に少しだけ明るさが戻った。しかし、すぐに元の沈痛な表情へと戻ってしまう。
何故に?
『お気遣いありがとうございます。母も喜びます』
うん。トマス達のお母さんズは銘菓が大好物だからね。
ベアータに言ってたくさん用意してもらうといいよ。
二人の出発は明日に決まった。
急なようだが、一時的な里帰りであって、二度と戻って来ないわけではない。
旅行先が実家とあって、荷物も必要なだけしか用意していないみたいだし、準備と言ってもこんなものなんだろう。
トマスから連絡を受け、二人の護衛のオルサーク騎士団員達はショックを受けているようだ。
『そんな・・・今日でコノ村の飯を食うのが最後だなんて・・・』
『気持ちは分かるが気を落とすな。人生に浮き沈みは付き物だ。生きていればいつか再びチャンスは巡って来るさ』
『そうだぞ。俺達だって王都騎士団の仲間を蹴落としてナカジマ騎士団になったんだ。お前に覚悟があれば出来ない事なんて何も無いさ』
落ち込むオルサーク騎士団員をナカジマ騎士団員達が慰めている。
どうやら彼らの任務は二人をオルサークに送り届けるまでで、戻った後は別の部署に配属変えされるようだ。
名残を惜しむ彼らを、微妙な言葉で慰めるナカジマ騎士団員。仲間を蹴落としてって・・・それって胸を張って言うような言葉じゃないだろう。
『よし! 今夜は送別会だ! お前達のナカジマ領での最後の夜だ! 飲め! そして食え!』
『そうだぞ! 心残りの無いようにな!』
『くっ・・・ありがとう。俺はここでの夢のような(食)生活を一生忘れない!』
こうしてオルサーク騎士団員はナカジマ騎士団員達と肩を組んで去って行った。
う~ん。これっていい話、なのか?
僕は何とも言えない気分で彼らの後ろ姿を見送るのだった。
ちなみに騎士団詰め所での宴会は深夜遅くまで続けられた。
代官のオットーが怒鳴り込んだ事でようやくお開きとなったようだ。
明日から隣国まで旅行だというのに、みんなタフだなあ。
明けて翌日。
僕はトマス達の見送りのためにテントの外に出ていた。
『いつも美味しい食事をありがとう』
『ありがとう』
名残惜しいのだろう。いつまでも料理人のベアータの手を握って離さないトマスとアネタ。
うんうん。二人の気持ちは十分に伝わったと思うよ。だから、そろそろベアータを解放してあげな。困った顔をしてるし、ティトゥ達も手持ち無沙汰にしてるからね。
二人はティトゥ達に順にお礼を言うと、最後に僕を見上げた。
『ハヤテ様もお世話になりました』
『ゴキゲンヨウ』
『ファルコ様とハヤブサ様も元気でね』
「ギャウギャウ」「ガウガウ」
アネタはファル子達と良く遊んでくれていたからね。
二人の友達がいなくなるのは寂しいよ。
そしてあちこちで涙ぐむオルサーク騎士団員達。
『泣くなよ。山を越えれば直ぐじゃないか』
『俺、両親を説得してナカジマ領に引っ越そうかな・・・』
そう? 急速な発展を続けるナカジマ領で、騎士団員はいつも人手不足なので、経験者は優遇されるんじゃないかな。
もし、本気で考えているならオットーに相談してみたら?
僕がそんな事を考えている間に、トマス達は馬車に乗り込んでいた。
『ごきげんよう! お気を付けて!』
『さようなら! いつも美味しい食事をありがとう!』
『ベアータ、バイバーイ!』
馬車の窓から顔を出して、いつまでも手を振る二人。
その目からは大粒の涙が流れている。
そんな二人に手を振り返しながら、もらい泣きするティトゥ達。
いい場面。なのか?
これってただの里帰りだよね? 別に今生の別れってわけじゃないよね?
それに何だか二人は、特定の人物に対して手を振っているように思えるんだけど。
微妙にモニョる僕を尻目に、馬車は次第に小さくなっていき、やがて街道の先へと姿を消した。
今度二人に会うのは一か月後になるそうだ。
――とまあ、ここまでが僕達がナカジマ領に帰って来たすぐ後の話。
今から半月ほど前の話となるのだ。
次回「食事問題」




