その5 イヤな予感
日焼けした、いかにも海の男といったオジサンが僕を見上げている。
ふむ。そんなに僕の四式戦闘機ボディーが珍しいかね? まあ、珍しいだろうね。
ちなみに彼はこのデンプションの港町の漁業ギルドのギルド長だ。
つまりは漁師達を束ねる網元というわけだ。
彼はティトゥの求めで僕の前へとやって来たのだ。
『それで、ネドマのせいで海の魚が減っているというのは本当ですの?』
ティトゥが網元ギルド長に尋ねた。
ずっと僕に見とれていた彼は、ティトゥの言葉に慌てて答えた。
『その・・・ネドマのせいかどうかまではアッシらにはちょっと。けど、このところ漁に出てもめっきり魚が獲れなくなったのは事実でございます』
この辺りでは元々、春先は資源回復のための禁漁期間になるらしい。
とはいえ全く漁に出ないとなると、漁師は収入がなくなってしまう。
そこで彼らは漁日を決めて舟を出しているそうだが、ここ一月程はいわゆるボウズ――獲物の取れない日が続き、漁師たちも首を傾げていたんだそうだ。
『どうかしらハヤテ。これってネドマのせいかしら?』
う~ん。僕にも分からないけど、そうなんじゃない? 多分。
ご存じの通り、今の僕は食事という物を一切必要としない。
その理由は、僕の四式戦闘機ボディーが魔法元素”マナ”で出来ているからだ。
マナで作られているから食事による栄養補給を必要としない、という訳だ。
なにせこの惑星は大気中にマナが溢れているからね。
もし、巨大オウムガイネドマが僕と同じく魔法生物であるのなら、当然、食事は必要としないだろう。
しかし、一見怪物にしか見えないアイツも、あくまでも通常の生物の範疇にあって僕のような魔法生物ではない。
なら食事を必要とするのが道理だ。
クジラのような大きな体だ。あそこまで大きく育つには、さぞかし大量の餌が必要だったんじゃないだろうか。
だったら近海の水産資源が根こそぎやられていたとしても別に不思議はないと思うよ。
『そんな! あんまりだ!』
最悪の予想を聞かされて、網元ギルド長は悲鳴を上げた。
彼ら漁師にとって近海の水産資源の枯渇は死活問題だ。ショックを受けるのも無理は無いだろう。
『まさか、この辺のお魚を全部食べつくしたから人間の船を襲うようになったんでしょうか?』
『十分にあり得ますわね』
メイド少女カーチャの言葉にティトゥが頷いた。
彼女達の予想が正しいとすれば、この数日、ネドマは食事を抜いて腹を空かせているという事になる。
おそらく海底に身を潜めて、僕に負わされた傷を癒しているんだと思う。
けど、傷が癒えるか、あるいは空腹に耐えかねれば・・・
その時僕は、周囲の野次馬達に小さなざわつきが起きているのに気が付いた。
船乗りらしい何人かが、不思議そうに沖を見ている。
彼らの視線の先には二隻の船。
一隻は港に入って来ようとしている大きな外洋船。そしてもう一隻はその船を護衛するサルート家の軍船。
それはこの数日ですっかり見慣れた光景だった。
いや、違うぞ。
誰かのこぼした呟きが、僕の感じた違和感を言い表していた。
『あの船、何であんなところで舵を切っているんだ?』
そう。二隻の船はこちらに横っ腹を向けようとしていたのだ。
広い湾内とはいえ、こんな場所で大きく舵を切る船なんて今まで一度も見た事がない。
あの船に何かが起きている。
いや待て。もしやあの船は、海中を近付いて来る巨大な何かを避けようとして舵を切っているんじゃないだろうか?
僕が何かに注意を引かれている事に気が付いたようだ。
ティトゥが怪訝そうな顔で僕を見上げた。
僕は叫んだ。
『ティトゥ!』
『! 何かあったんですのね?! 隊長!』
『分かりました! お前達下がれ! ドラゴンの道を空けろ!』
竜 騎 士部隊の隊長が、僕のために滑走路を空けてくれようとした。
ポカンと口を開けて立ち尽くす網元ギルド長。カーチャが彼の腕を引きながら離れていく。
しかし、突然の事態に、野次馬達は顔を見合わせるばかりで中々その場を動こうとしない。
素早く操縦席に乗り込んだティトゥが、そんな様子をイライラしながら見下ろしている。
『! ティトゥ! フネ!』
『あれは、お化けネドマ!』
ティトゥの睨む視線の先、丁度二隻の船の真ん中あたりで海面が大きく盛り上がった。
見間違うはずも無い。あの巨大オウムガイネドマだ!
外洋船はネドマの大きな殻に乗り上げ、今にも横転しそうだ。
護衛のサルート家の軍船も、ネドマのたてた波に煽られて大きく傾いている。
巨大オウムガイネドマの出現に周囲の野次馬達が騒然となった。
『か、怪物だ! 怪物が出たぞ!』
『見ろ! 船がやられているぞ!』
『キャアアアッ!』
悲鳴を上げて立ち尽くす者、ショックのあまりその場にへたり込む者、一目散に逃げだす者、誰かに突き飛ばされて倒れる者。
竜 騎 士部隊の老騎士達が声を枯らして彼らを制止しようとするが、野次馬の数に対して彼らの数はあまりにも少ない。
パニックに陥った群衆は算を乱して走り回り、彼らのコントロールを受け付けなかった。
『みなさん落ち着いて! 落ち着いてハヤテの進路を空けて頂戴! これじゃハヤテが飛び立てないわ!』
ティトゥが声の限りに叫ぶが、その声も周囲の悲鳴にかき消されてしまう。
こうして僕達が飛び立てずにモタモタしている間に、外洋船は船底を見せて転覆。
甲板上の荷物と人間がバラバラと海に投げ出されるのが見えた。
海面から何本もの巨大ネドマの触手が現れると、彼らに向かって一斉に伸びた。
『アイツ、人間を襲うつもりだ!』
『ヒイイイイッ!』
この光景に益々パニックにおちいる野次馬達。
『ハヤテ!』
「ダメだティトゥ! 今ここでエンジンをかけたらみんなのパニックが大きくなってしまう!」
それにもし、滑走中に誰かが進路に飛び出しでもしたら大惨事が起きてしまう。
ティトゥもそれくらいの事は分かっているはずだ。
だが、気持ちが急いて黙っていられなかったのだ。
僕達はじりじりと焦る気持ちを抑えながら、周囲から十分に人が消えるのを待った。
その時ティトゥの悲痛な悲鳴が上がった。
『ああっ! 人が!』
くそっ! くそっ! くそっ! こんな事になると知っていたら、最初から野次馬を遠ざけておいて貰ったのに!
だが、いくら後悔しても後の祭り。
僕は頭の芯が熱くなるほどの焦りを覚ながら、周囲から人がいなくなるのをじっと待ち続ける事しか出来なかった。
転覆した外洋船が波に舷側を洗われている。
船の周囲にはサルート家の軍船が集まり、生き残った人達の救助活動を行っている。
僕は大きく旋回しながら海上を見回したが、巨大ネドマはあれほどの大きさにもかかわらず、影も形も見当たらなかった。
とっくに海底に身を潜めているのだ。
『・・・逃げられてしまいましたわね』
ティトゥが悔しそうに呟いた。
そう。僕の接近を察知したネドマは、あっという間に海中に姿をくらませてしまったのだ。
僕が出発できずにもたついたのは五分か十分程だろうか。
その間に巨大ネドマは狙った獲物を思う存分に貪ると、海中に姿を消してしまった。
それはもう憎たらしい程潔い逃げっぷりであった。
その間、サルート家の軍船が何をやってたかって?
そんなの何も出来なかったに決まってるだろ。
外洋船を護衛していた軍船は、ネドマのたてる大きな波に煽られ、転覆しないようにしているのが精一杯だった。
いや。僕の到着が後数分遅れていれば実際に転覆していたかもしれない。
それくらい大きく船は傾いていた。
そもそも、大砲すら積んでいない軍船で、巨大ネドマを相手にしようと考えるのが無理だったのだ。
彼らも今回の経験でその事が分かったんじゃないだろうか。
僕は沈鬱な気持ちで海上を見下ろした。
もし、僕がもっと早く現場に到着出来ていたなら、もっと多くの人を助けられたかもしれない。
あるいはネドマが完全に海中に姿を消す前に到着出来ていたなら、二発の250kg爆弾でヤツの息の根を止められたかもしれない。
僕にはこちらを見上げる海上の人達の視線が、僕を非難しているように感じた。
僕が落ち込んでいるのを察したのだろう。
ティトゥが優しく声を掛けてくれた。
『今回は出遅れてしまいましたけど、次は必ずやっつけましょう』
だが、ティトゥの励ましも僕の心を慰める事は出来なかった。
僕はイヤな予感がしてたまらなかったのだ。
ひょっとしてネドマは、完全に僕から逃げる事にしたんじゃないだろうか?
なまじ最初の遭遇で手傷を負わせたために、こちらを警戒させてしまったんじゃないだろうか。
もしそうなら、ネドマはもう二度と僕の攻撃の届く距離に近付かないかもしれない。
そして相手は僕が海中に潜んだ相手に攻撃する方法が無い事に気付いてしまった。
これはマズい事になったんじゃないだろうか。
『ハヤテ?』
僕の返事が無い事を訝しんだのだろう。
ティトゥが心配そうに僕の名前を呼んだ。
『ヨロシクッテヨ』
『・・・とにかく港に戻りましょう。いつまでもこうしていても仕方がありませんわ』
ティトゥの言う通りだ。
ここで僕がやれることは何も無い。
僕はそんな自分が酷く無能に思えてならなかった。
僕は翼を振ると港へと戻った。
しかし、悪い予感ほど当たるものらしい。
この日、デンプションの港に出入りする三隻もの船が、巨大オウムガイネドマに襲われ、沈められる事になるのだった。
次回「被害報告」




